第191話 クガルラン王国にて



View of プルト=ロッセ クガルラン王国侯爵 クガルラン王国将軍






 ソラキル王国の要請に従い、エインヘリア侵攻に参加した我々クガルラン王国軍は、その初戦で友軍であるソラキル王国軍と共に圧倒的な敗北を喫した。


 いや、アレは戦と呼べるようなものではなかった……言うなれば、アレは天災。


 広範囲での大地の隆起……それに我が軍の方には飛んでこなかったが、ソラキル王国軍を襲った凄まじい火柱や雷の雨……あんなもの、天災と呼ぶ以外何と呼べばよいのか。


 あるいは、かの魔法大国の連中であれば可能なのだろうか?あの国は大国でありながら排他的で血統主義故、あまり外に情報が出てこないのだが……あの魔法狂いと言われる国なら同等の魔法を使いこなすことが出来るのかもしれない。


 しかし当然のことながら我々にはそんな魔法技術はなく、ただ一方的に蹂躙されただけ……本当にあっという間の出来事だった。


 そしてエインヘリアの将ジョウセンによって捕虜となった私だったが、その翌日には馬と食料を与えられ、数名の部下と共に解放された。


 捕虜となった当初は、我等の軍と対峙したのがジョウセン殿の部隊で幸運だったと思った……何故なら右翼と中央のソラキル王国軍はほぼ全滅と言った有様で、多少の死傷者だけで済んだ我が軍の状況とは天と地ほどの差があったからだ。


 しかし、捕虜として捕まり解放された今、我々が生かされたのは予定通りだったと考えるのが正しいだろう。その意図は読めなかったが、私達はとにかく全力で王都まで帰還……事の次第を陛下へと報告した。


 そんなエインヘリア侵攻作戦から……約一ヵ月の時が流れた。


 その間、敵軍は破竹の勢いでクガルラン王国に侵攻を仕掛けて来ている……と言っても、あの戦力にしては侵攻の速度はあまり速くはないが、それでも我等は戦えば連戦連敗……籠城しようが罠を仕掛けようがお構いなしと言った勢いは、はっきりとお互いの戦力差を見せつけて来ている。


 そして現在、捕虜から解放された私と数人の部下、そしてクガルラン王国の上層部が集まり今後の動きを決める会議が行われているのだが……。


「ロッセ将軍!一体何をしておるのだ!敵が我が国内に侵攻を始めてから既に一ヵ月!何故未だに敵軍を押し返せておらぬのだ!」


「……陛下。以前にも申し上げた通り、敵軍の兵数は五万なれど、その戦力は我等を凌駕しております」


 それに我が国は以前の侵攻で三万五千の兵を失っており、戦力の天秤は間違いなく敵軍側に傾いているのです……そんな言葉をぐっと飲みこんだ私は、陛下の言葉に答える。


 我が国の兵は、その大半が徴兵によってかき集められたもの。その練度はエインヘリアのものとは比べ物にならない。


 例えあの時捕虜となった遠征軍が全て国に帰って来ていたとしても、あの強力な魔法を使いこなし、こちらが混乱していたとはいえ、風の如き速さで本陣まで切り込んでくるような将を有するエインヘリア軍を我等が抑えるのは不可能だろう。


 それよりも……エインヘリアを攻めた三万五千の内、あれだけの大敗にも拘らず殆どの兵が生存したまま捕虜となっている。正直私としては早めに和睦を申し入れて捕虜となった民を取り戻したかったのだが……。


「そもそも何故我等が攻め込まれなければならんのだ!我等はソラキル王国の要請に従って軍を出しただけだと言うのに!」


 ……確かに我等は援軍を請われたから出しただけではあるが、エインヘリアからすれば自分達に攻め寄せて来た相手に対して容赦をする必要性は一切ない。


 陛下の怒りは臣下の私からしても理不尽と言わざるを得ないが……それはこの場にいる全員が同じ思いのようだ。


 まぁ……陛下を除く全員が、だが。


「陛下……既に攻め込まれている現状をどうするかという会議ですので……」


「っ……!?」


 困ったような表情を見せながら、陛下の隣に座る宰相が言うと陛下は顔を真っ赤にしながら何かを言おうと口を開いたが、そのまま何も言わずに黙り込む。


 それを見た宰相は、全員の顔を見渡す様にしながら会議を進めるべく口を開いた。


「それでは、侵攻をしてきている対策会議を進めましょう。ロッセ将軍、敵軍の動きを」


「はっ……西の国境より攻め込んで来たエインヘリア軍は、国境付近の集落を大小問わずに制圧。その後、軍を二つに分け南回りと北回りで道中の集落を制圧しながら侵攻を続けております」


 私の説明にその場にいる者達の表情が硬くなる。


「軍を分けているのだから、どちらか片方に戦力を集中して叩けないか?」


「……将軍として、あるまじき発言だと思いますが。私としてはこれ以上の抗戦は無意味だと考えております」


「血迷ったか!ロッセ将軍!」


 宰相の問いかけに答えた私の言葉に陛下が激昂する。


「陛下、私は正気です。その上で具申させていただきたい……どうか、エインヘリアと和睦しては頂けないでしょうか?」


「和睦だと!?何を言っておる!」


「此度の戦、そもそもの始まりはソラキル王国の援軍要請に応え、エインヘリアへと我々が攻めた事にあります。確かに陛下のおっしゃる通り、ソラキル王国に従ったに過ぎませんが……それでもエインヘリアを攻めたという事実に違いは無いのです。こちらから和睦を申し出る以上、条件はかなり足元を見られるでしょう。ですがこれ以上攻め込まれてしまっては、和睦を申し入れる事さえも不可能となります」


 これ以上国土を奪われてしまっては、和睦というよりも全面降伏となるだろう……。


「駄目だ駄目だ!和睦などすれば何を要求されるか分からん!それにこちらは国の半分近くを攻め落とされているのだぞ!?今和睦をすればそこは奪い取られたまま……取り返せたとしても、どれだけの金額を要求されるか……!」


「制圧された範囲が広すぎます。金銭で取り戻すのは……現実的ではないでしょう」


 陛下の言葉に宰相が補足するように言う。


「ロッセ将軍の言うように、敵軍とまともにぶつかるのが無理なら……敵の補給線を潰してはどうだ?」


「それは現実的じゃないな。敵軍は既にかなりの集落を落としている。補給線を一つや二つ潰したところで相手を揺さぶる事は不可能だ。それに、補給線は西からだけ伸びているわけではない。南のルフェロン聖王国、北東のギギル・ポーはエインヘリアの領土と言っても過言ではない。北東、西、南……それを全て止められるか?」


「それは……すまない。無理だな」


 私の向かいに座る二人が、意見を言い合うがその会話は二人の中だけで完結、すぐに答えが出てしまった。


 しかし、二人が話していた通り、補給線を狙うのはもう不可能に近い……そして各個撃破も不可能。罠を仕掛けると言っても、エインヘリア軍を一発で壊滅させられるような罠がそう簡単に思いつくはずもない。


 これ以上の侵攻を避けたいと言うのであれば、ここで和睦するというのが一番こちらの傷を押さえられる……しかし、その意見を陛下に受け入れてもらうのはかなり困難だ。


「とにかくもっと徴兵を進めろ!時間を稼ぐんだ!何とか踏ん張れば、ソラキル王国が必ず助けを送ってくれる!」


 それはどうだろうか……恐らくエインヘリアはユラン方面を攻めたソラキル王国本隊を倒している筈。そうでなければ、我等に侵攻を仕掛けるなど不可能だ。


 ソラキル王国の本隊は十五万とソラキル王国の将から聞いていたが……あのエインヘリアの強さを見た後では、十五万の兵も紙の如く吹き散らされる光景が脳裏に浮かぶ。


 無論、ソラキル王国にも規格外の存在……英雄がいることは知っているが……あの軍を倒せるとは到底思えない。


 もし我が国と同じように、ソラキル王国もエインヘリアに攻められているとすれば……こちらに援軍を送り込む余裕はない。


 ……いや、そもそもソラキル王国が我等に援軍を送るだろうか?


 ソラキル王国は我等が滅びようと気にはしない。もし、エインヘリアとソラキル王国が未だ戦争中だとすれば、間違いなくこちらに援軍を寄越す事は無いだろう。


「ソラキル王国が助けに来てくれればそれで終わりだ!我等はそれまで時間を稼げばよいのだ!」


 しかし、陛下はソラキル王国であればエインヘリアを蹴散らしてくれると盲信している。既に遠征軍が蹴散らされていると知っているにも関わらずだ。


「しかし陛下、時間を稼ぐと言っても……簡単な話でありません」


「それに徴兵と言っても……限界があります。ただ人を集めただけでは壁としてすら使えません」


 他の出席者が口々に陛下に否定的な意見を言う。


 それもそのはず。既に王都近郊から徴兵出来る若者は殆どいないだろう。各都市でも防衛の為に徴兵はしているし……そもそも彼らに渡す装備も糧食も無限にはない。


「ならばどうする!どうやって時間を稼ぐと言うのだ!」


「……陛下、ソラキル王国が援軍をこちらに向けてくれるのが何時になるか分かりません。エインヘリアが一つの集落を落としてから次の侵攻を始めるまで少し時間はありますが……我等がその侵攻を押さえることは恐らく不可能です。何卒……和睦の方向で考えてはいただけませんか?」


 私は頭を机に擦り付けんばかりに下げて陛下の説得を試みる。


 恐らく今が最後のチャンス……クガルラン王国が生き残るためには、今和睦するしかない。


 敵を跳ね返すことはおろか、時間を稼ぐことすら我々には不可能なのだから。


「ならん!誰かこの敗北主義者を捕えよ!このような者が将軍位におっては勝てる戦も勝てんわ!」


 しかし、私の請願は届かず、陛下は激昂してしまう。


「お待ちください陛下!ロッセ将軍は我が国随一の将!彼がいなくなればそれこそ軍が瓦解いたします!」


 他の出席者たちが慌てたように私を庇ってくれるが……陛下の怒りは収まる事は無い。しかし、私を更迭するという考えだけは引いてくれたようだ。


「くっ!?もう良いわ!貴様等!何としても時間を稼ぐのだ!何のために貴様らを取り立てておると思っておる!国から俸禄を得ておきながら出て来る案が和睦だと!?ふざけるのも大概にしろ!明日までに手立てを考えて来るのだ!どのような策でも構わん!とにかく敵の進軍を遅らせる案を絞り出せ!」


 そう叫んだ陛下は会議室から足早に出て行ってしまう。


 今日の会議はここまでと言う事だろう……しかし、陛下が退席したとしてもここで話を終わらせるわけにはいかない。


 残った者達で何とか今後の事を話し合わなければ、クガルラン王国に未来はないのだから……。


 残された私達は必死になって話し合いを続け……そして、最悪の知らせがその翌日私達の元に届いた……。


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