第189話 韜晦する者
View of ザナロア=エルシャン=ソラキル ソラキル王国元国王 元王位継承順位第七位
姉上が民に演説を行い、私の刑が執行されるまでの間待機しておくように言われた天幕の中には、そこが自分の部屋であるかのようにくつろいだ様子のエインヘリアの王がいた。
「手枷は必要ないだろ、外してやれ」
エインヘリアの王に命じられた騎士が、私の傍に来て手枷を外す。
この騎士は、間違いなくエリアスを倒したあの女騎士だな。
あれ程の者を小間使いの様に使う様は驚嘆に値するが、この王に限って言えばそれが虚勢ではなくごく自然な事のように私には受け入れられた。
「ん?リーンフェリアが気になるか?」
「リーンフェリアと言うのがそちらの英雄殿の名かな?あの時は挨拶も出来なかったので少し気になっていたのだ」
「それは、そちらの英雄殿が突然斬りかかってきたのが原因だろう?」
「そうだったかな?まぁ、お互い軍使の旗は降ろしていたのだから別に問題は無いだろう?」
私の言葉にエインヘリアの王は肩を竦めて見せる。
「まぁ、座ると良い。ここで貴公の首と体を泣き別れさせるつもりは無いから安心すると良い」
「私の出番はこれからだからな。こんな裏でひっそりと死んでしまっては、民衆たちも納得すまい」
冗談めかしたように言うエインヘリアの王に、軽口で答えてみせながら私は用意されていた椅子へと座る。
「まぁ、そうだな。これだけ大々的に処刑をすると告知しているのだから、その主役が首だけとなって会場入りしてしまっては、民の不満も爆発するだろう」
首だけとなった私が舞台に連れていかれる……それを見た時の民の反応は見てみたい気もするが、肝心の私が死んでしまっていてはな。
「さて、ザナロア=エルシャン=ソラキル。我々は別に友人という訳ではない、前置きはこのくらいにして本題に入らせて貰おう」
そういったエインヘリアの王は、傍に居た騎士……リーンフェリアから仮面を受け取るとローテーブルの上へと置いた。
エインヘリアの王が置いた仮面は、顔を完全に覆い隠すタイプの物で目の部分や額の部分に少し装飾がされていおり、仮面特有の不気味さはあるものの全体的に品の良いバランスに纏まっている。
「これは?」
「『韜晦する者』という仮面でな。昔亡国の王子が身分を隠し世界を巡っていた時に使っていたという逸話を持つ仮面だ」
「……顔は隠れるだろうが、こんなものを付けていては逆に目立つのではないか?」
仮面としては美しい代物ではあるが、普段からこんなものをつけて外を歩いていれば元王族であることは隠せても、存在自体を隠すことは不可能だろう。
目立てば必然的に身元が割れやすくなり……そうなってしまえば身分を隠すも何もないだろう。
「その通りだが……この仮面は魔導具の一種でな。この仮面をつけると目立たない、印象が薄まるといった効果がある」
「ほう?聞いたことのない効果の魔道具だな。密偵辺りに持たせれば重宝するのではないか?」
……いや、エインヘリアの諜報力は相当なもの……既にこの仮面を活用していると考える方が自然か。
「完全に認識されない程強力なものではなくてな。まぁ、顔を隠し正体がバレない程度の代物だ」
「ふむ……それで、そのような仮面を持ち出して、何が言いたい?」
「何、簡単な事だ。これを使い私に仕える気はないか?」
「……」
仮面が出て来た時から予想はしていたが……まさか本当に私を召し上げようとはな。
「意味が分からないな。それは私の処刑を止めると言う事か?そんなことをすれば、私が首だけで舞台に連れていかれるよりも遥かに民は納得しないだろう。暴動でも起こさせたいのか?」
「くくくっ……我等なら、民達にお前の処刑される姿を見せ、全ての者にザナロア=エルシャン=ソラキルは死んだと確信させることが出来る。何も問題はない」
「……別の者を代わりに処刑すると言う事か?」
「そのような野蛮な真似はせん。民達は非道な王の処刑を見て満足してもらう、誰一人の死者も出さずにな。あの場にいる全員を処刑は正常に行われたと誤認させるくらい造作もないことよ」
何をどうやってという話は一切せず、しかし自信満々にそう言ってのけるエインヘリアの王。
その姿を見て、もう少しだけ話を聞いてみたくなった。
「何故私を?」
「うちの参謀が貴公の事を優秀だと褒めていたからな。我が国には力も金も技術もある。無論人材もな。だが、だからと言って現状のままでいて良い筈もない。そして、人材と言うのは育成するのに非常に時間がかかる。有能な人材が落ちていれば、拾いたくなるのが人情と言うものだろう?」
「私が有能?即位した直後に国を潰した愚王の間違いじゃないか?」
「全く持ってその通りだな。王としては三流以下だろう。だが、もしお前が王として在りたいと考えていたのであれば、そうではなかったはずだ」
「……」
この王は、俺の欲を知っているのか?
いや、そうだな。姉上が恭順している以上、知っていて当然だ。だが、知っていてなお私を迎え入れようとするだろうか?何が狙いだ?
「仮に、エインヘリアに仕えることになったら、お前は参謀であるキリクの下につく。アレの下で、お前が今までしてきたような事が出来るとは思わぬことだ」
……なるほど。
確かに、あの男の下で動くのであれば、私は今までのような行為で欲を満たすことは出来ないだろう。
だが、それと引き換えに、もっと大きなスケールで欲を満たすことが出来るかもしれない……しかも、あのキリクという男の手腕を近くで学びながらだ。
それは、私にとって何より望ましい未来と言える……。
「名を捨て、顔を捨て、だがその罪だけは背負ったまま、エインヘリアに仕える気はあるか?ザナロア=エルシャン=ソラキル」
なんとも魅力的な誘いだ。当然私の答えは……
「……断る」
「そうか」
私が誘いを断ると、事も無げに頷くエインヘリアの王。
その様子を見るに、私が断る事は分かっていたのだろう……どこまでもこちらを見透かしてくる主従だな。
「理由くらいは聞きたいものだな」
そう尋ねて来るエインヘリアの王だが……あまり興味があると言った様子は無く、恐らく自分の考えがあっているのかどうか確認したいだけなのだろう。
さて、ここで教えてやる必要はないが……いや、そうだな。ここは正直に話して一つ協力してもらうとするか。
「……私は自らの欲に従って今日まで生きて来た。ならば最後の幕引きもその欲によって成されるべきだ。自らの欲が健全でないことは理解しているが、だからと言ってそれを否定するようなことは出来ない。欲に生き欲に死ぬ、実に私らしい話だ」
「自分を否定せぬためか。貴公のしてきたことはけして許されることではないからな、私から特にそれについて言う事は無い」
そう語るエインヘリアの王の目には、私に対する侮蔑も怒りも賞賛も……何一つ感情が乗っていなかった。
これほどまでに澄んだ目を見るのは初めてかもしれない。
……この目を絶望に染め上げたい。そんな欲が私の中に沸き上がる。
ふっ……この期に及んでそんなことを考える私は、やはりここで欲に溺れ死ぬべきだろうな。
「……ところで、私を勧誘したのは貴殿の意志ではないな?」
「あぁ。貴公の姉君……彼女に頼まれたのだ。己の罪を悔い、欲を捨て、生にしがみつこうとしたら……救い上げて欲しいと」
……この期に及んでなお、姉上の狙いは読めないが……姉上が私の助命嘆願をしたのは何となく分かっていた。
ここで救いの手を振り払った私は不義理なのだろうか……?それとも姉上は私がここで断ることも読んでいた……?本当にあの人は読めないな……。
「本当に良いのだな?」
「あぁ、迷いはない。だが、一つだけ……考えを正直に伝えた返礼が欲しい」
「何を望む?」
今までと違い、何処か興味深げに私に尋ねて来るエインヘリアの王。その姿を見ながら、私は心持ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……姉は、なるべく穏やかに過ごしたいと考えているようだが……こき使ってやってくれ」
「……約束は出来ないな。だが、貴公がそれを望んでいたと伝えておこう」
エインヘリアの王の返事に、私は小さく笑みを浮かべる。
それで十分だ。
出来ればそれを聞いて嫌そうにしている姉上の姿を見たかったが、それは想像するだけにしておこう。
最後に小さな嫌がらせを残した私は、天幕の外が少し騒がしくなって来た事を感じ立ち上がる。
……私の出番が来たのだろう。
立ち上がった私に、エインヘリアの王の傍に控えていた騎士が手枷を嵌める。
「最後に一つだけ聞きたい。エインヘリアはこれからどこを目指す?」
「北だ」
北……つまりは大帝国と事を構えるということだ。
ソラキル王国を潰した以上避けることの出来ない相手ではあるが、何の気負いもなく大帝国とやり合うと言ってのける王が、この大陸にどれだけ存在するだろうか?
いや、恐らくこの王の他に平然とそれを口に出す王はいないだろう。
「……興味深い未来だ」
エインヘリアと大帝国の戦いがどうなるか私には分からない。この先の展開は面白そうだとは思うが……。
私は座ったままのエインヘリアの王に背を向ける。それと同時に、天幕の入り口から近衛騎士が二人姿を現した。
「準備が整いました。こちらへ」
「あぁ」
私も、エインヘリアの王もこれ以上言葉を交わす必要はない。私は近衛騎士に頷き、その後に続いて天幕から出る。
姉上の演説も終わり、民達は処刑を心待ちにしている事だろう。
私としては、簡単にただ殺してしまうだけの処刑は面白いものではないのだが……高き者が地に落ちる様を楽しむ感覚はよく分かる。
アレは非常に良いものだ……まぁ、今回そうなるのは私だから、楽しんでいる余裕はないがな。
私を先導する近衛騎士はゆっくりと歩み、舞台へと登って行くとざわめきが小さくなったが……その騎士に続き私が舞台に登ると、民衆たちのざわめきが一気に広がった。
そんな民達の様子を横目で伺うと、様々な負の感情が私に向けられているのが見える。実に心地良い視線だが……そんな民達からの視線を切り、私は舞台の上……断頭台の傍に立っている姉上へと視線を向ける。
姉上は私と視線を合わせ……少しだけ寂しげに苦笑したように見えた。
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