第182話 伯爵の真の実力
View of ザナロア=エルシャン=ソラキル ソラキル王国新国王 元王位継承順位第七位
「左翼で突如巨大な竜巻が発生しました!しかも数本同時に!」
転がり込むように天幕に入って来た友人が、その勢いのまま外で起こっている事態を報告してくれる。
いや、報告というよりも、目の当たりにした現象を喚き散らしたいだけかもしれないが。
そのくらい落ち着きを失くした様子だが……だからこそ、外で起こっている事態が深刻な物であることを物語っている。
「竜巻?敵の儀式魔法か!?」
「いや、偵察の報告では儀式魔法を準備している様子は無かったはずだ。戦場に当てられて大げさに言っているのでは?」
「馬鹿言うな!なら自分の目で確かめてみろ!尋常じゃない状態になっているんだぞ!」
顔を真っ赤にしながら戦況を見てきた者が叫ぶ。
確かに見間違いを疑いたい所だが、彼はどちらというと理性が優先されるタイプだし、恐らく竜巻が発生しているのは間違いないだろう。それが敵の儀式魔法による物かどうか分からないが、彼の様子から考えるに左翼は壊滅的な被害を受けているのかもしれない。
「それと左翼だけではありません!右翼に突撃した敵部隊はそのまま右翼の内部に食い込みそのままこちらの兵を蹂躙するように暴れています!恐らく両翼は長く持ちません!」
「馬鹿な!それぞれ五万の軍だぞ!?こんな短時間でやられるはずないだろ!?」
「事実だ!疑うなら見に行けばいい!」
「落ち着け。私は最初から疑っていない、両翼とも壊滅寸前と見て間違いないだろう。伯爵はどんな様子だ?」
私が尋ねると、少し落ち着いた様子で見て来たことを報告してくれる。
「もう既に意味のある指揮は出来ておりません。ただ喚き散らしている状態です」
「ははっ、それは是非見ておきたかったが……残念ながら潮時だな。左翼は竜巻で壊滅と見て良いのだな?」
「はい。私が見た限り巨大な竜巻が陣を襲い、兵が吹き散らされているのが確認出来ました。また竜巻は複数本出現しており指揮系統も分断され、組織立った動きは不可能でしょう。壊滅、と見て間違いないかと」
「両翼は既に壊滅、となると我等にはもう中央の五万しか残されていないという訳だ。さて、どうする?」
「陛下、落ち着いている場合ではありません!すぐに撤退しましょう!既に十万が壊滅したという状況であれば撤退は当然です!」
「中央の軍を下がらせましょう!敵がこちらに攻めてくる前に距離を開けるのです!その上で後衛は撤退を!」
周りの様子が一気に慌ただしくなる。
撤退は既に決まっていたことだが、ここまで慌ただしいものになるとは予想外だな。
「軍の体裁を保ったままの撤退は不可能だ。兵には大まかな撤退の指示だけ出せ。敵が中央を攻めて来ていないのは……恐らく中央の撤退、それを追撃してそのままソラキル王国に進軍する腹積もりだからだろう」
私が軍を引かせた場合の相手の動きを予想すると、天幕に居た者達が顔を青褪めさせる。
「こ、このまま逆侵攻を仕掛けてくると!?」
「あり得ません!遠征には相当な物資が必要です!それにソラキル王国は今まで奴らが戦ってきた小国とは違います!」
「そうは言っても、開戦から一刻も持たずに十五万の兵がほぼ壊滅だ。恐らく我等が防衛に回っても勝ち目はあるまい」
焦る友人達に、客観的に見た事実を伝える。
「へ、陛下!それはソラキル王国が敗れると!?」
「……そうは言わぬが、今はそんな話をしている場合ではないだろう?まずはここから逃げてからだ」
私の言葉に数人が天幕から飛び出していく。
我先に逃げたという訳ではなく、我々の退却の手筈を整えてくれている筈だ。
「まずは国まで逃げるが、その前に王都に伝令を可能な限り出せ。軍の潰走、英雄の捕縛、大帝国への援軍要請。この三つを王都に必ず届けさせろ」
「っ!直ちに!」
指示の内容を理解した友人がまた一人天幕から飛び出す。
「撤退路は問題ないな?」
「はい。進軍してきた際に確認してあります」
「ならば我等が撤退する直前に軍に撤退の合図をだせ。だが細かい指示は与えるな、出来る限り散逸するように、各々の判断で逃げるように仕向けろ。我々はそれに紛れて逃げるぞ」
「「はっ!」」
私は軽く指示を出した後、天幕の外へと出た。
遠く、左翼の方で竜巻が発生しているとのことだったが、ここからでは見えない……いや、既に消えているのかもしれないな。
ただ、左翼の上空の雲が少し縦に細長い形に変形しているように見える。あれが竜巻によって発生した雲なのかは分からないが、少なくとも何かがあった事だけはその名残で分かる。
本陣に建てられた指揮官用の物御台の上では、何やら伯爵が叫んでいるようだが……この状況でまだ指揮を執ろうとするところは見事な物だと言えよう。
「陛下、少し宜しいでしょうか?撤退に際してですが……馬が潰れないように、出来る限り早く移動する事をお約束致しますので……」
友人が近衛に撤退の指示を出したのだろう。近衛騎士の一人が私の傍に来て最敬礼をしつつ、言い難そうに申し出て来る。
「大丈夫だ、撤退中は近衛の指示に従おう。よろしく頼む」
撤退の際にパニックになり、がむしゃらに馬を走らせ潰してしまうことを恐れたのだろう。私が近衛の指示に従うと告げると、顔を上げほっとした様子を見せる近衛騎士。
「ありがとうございます。それでは急ぎ撤退の準備を進めますので、もう少々お待ちください」
そう言って近衛騎士は私から離れたが、別の騎士が二人私の護衛として侍るようだ。
友人達も各々準備を進めているようだが……ふ、舌戦前とは打って変わった慌ただしさだな。
私も状況がここまで悪くなるとは予想出来なかったが、ここまで全て相手の手の内とすれば……無事に逃げられるかどうか、分からんが王国領土内に戻れば、多少の兵は補充できるだろう。
その兵を使って、王都までの道中の村や街は焼いてしまう必要があるな。
先程誰かが侵攻には物資が必要と言っていたが、道中の略奪を許さず物資を全て焼いてしまえば、相手の足も少しは鈍るだろう。
状況が落ち着いてから相手の危険度をより詳しくまとめた物を大帝国に送れば、遠からず援軍が送られてくる。それまで時間が稼げればこちらに負けは無いだろう。
問題は大帝国の援軍が来るまで持ちこたえられるかと言う所だな。最悪の場合亡命も考えねばならぬが……いや、時間を稼ぐと言うのであれば、何も戦だけが手段ではない。
今回は随分といいように転がされてしまったが、本来私はそういった戦いの方が好みだ。
それに、今回十五万の兵を失ってしまった時点で、ソラキル王国は全兵力の三分の一近くを失ったことになる。残り四十万を総動員したとしても……まともにやり合ってあの軍を止められる気が全くしない。
寧ろ止められると考える方が馬鹿だろう。だから戦以外の方法で敵を足止めする必要がある……焦土作戦、暗殺、流言飛語。あとは敵将に調略をかけるのも良いだろう。
実際に寝返らなかったとしても、その疑いを仕向けるだけで相手は動きがとりにくくなる。
それに防御側であれば、敵の進軍に合わせて儀式魔法を仕込んでおくことも可能だ。シェランザが向こうの戦場で儀式魔法を発動させられたかどうかは分からないが、アレを使うのも良いだろう。
進軍ルートは焼き払い、進軍ルートから少し離れた位置には毒を仕込むか。進軍ルートにしか手が回らなかったと油断させることが、出来れば高確率で引っかかるだろう。
一度毒に引っかかれば、敵は警戒してこちらが放置した食料に手を出すことは出来なくなる……そうすれば焼き払うのも最小限で済むかもしれないな。
まぁ、進軍ルート上の集落は全て焼くが。対外的には全てエインヘリアの仕業と流布すれば、多少の嫌がらせにはなるだろう。
エインヘリアはここ数か月で急速に勢力を拡大した国だ。
当然周辺国のやっかみは多いだろうし、悪い噂はすぐに広がる……というか周辺国が積極的に広げてくれるだろう。
問題は商協連盟だな。あの商人達は我が国とは犬猿の仲……商人であるが故、我ら憎しと言った感情では動かないが、隙を見せた以上何かしらの行動は起こす可能性が高い。
エインヘリアを物資的に支援する……その辺りが一番ありそうだが、商協連盟がエインヘリアの力を正しく把握していた場合は話が変わって来る。
エインヘリアの戦力は間違いなくソラキル王国以上、下手をすれば商協連盟の保有している戦力をも超えるかもしれない物だ。
しかもどんどん戦争で領土を広げている危険な国……あの商人達がソラキル王国以上に警戒していてもおかしくはない。
……その辺りの不安を煽って上手く横槍を入れさせるか?
幸い、急成長してきたエインヘリアと違って商協連盟は歴史がある。当然、うちの手の者も多くその内部に食い込んでいるので、エインヘリア相手よりも数段細工がしやすい。
商協連盟に情報が伝わって動くよりも先に、こちらから仕掛けた方が良さそうだな。上手く行けばエインヘリアの足止めも出来るはずだ。
商協連盟としても、エインヘリアがソラキル王国を併呑してしまうのは見過ごせないだろうしな。
裏工作に失敗してエインヘリアと商協連盟が手を組む様な事になったら完全に終わるが……その場合は大帝国に亡命して遊ばせてもらうとしよう。
それにしても、折角国を取ったと言うのにあっさりと存亡の危機に瀕するとは、やはり私は王には向いていない様だな。
「陛下!どうされたのですか!?」
そんなことを考えながら撤退の準備を眺めていると、物見台から降りて来た伯爵が私に声をかけて来た。
「……伯爵か。もう戦は決したからな。撤退より他あるまい?」
「何を弱気な!戦はこれからですぞ!?」
……正気か?
喉元まで上がって来たそんな台詞を私は飲み下す。
「伯爵にはここから逆転する手があると?」
「逆転とはまた異なことを!左翼は残念ながら突如発生した竜巻によって甚大な被害を被りましたが、それは左翼を攻めた敵軍二万も同様!今左翼に伝令を飛ばし、生き残った者達は中央に合流するように命令を出しております。少なめに見積もっても三万程の兵が中央に合流するでしょう」
その数字は何を根拠としているのだ?
そう思いはしたが、伯爵の言葉はまだ続いているので好きに喋らせる。
「右翼にはどうやら敵英雄が突撃して来たようで、突撃当初はこちらも好き放題去れておりましたが、今は調子に乗って右翼深くまで入り込んだ敵兵を、徐々に包囲を狭め潰しているところであります!さすれば、敵の残りはたった二万……もはや勝利は目の前ですぞ!」
……どうやら私は伯爵の事を見誤っていたようだ。まさかこれ程とは……。
「ふむ、しかし、そんな大事な局面に総大将である伯爵が指揮を離れるのはマズいだろう?私の事は気にするな、存分にその辣腕を揮ってくれ。それと、伯爵。此度の戦が終わったのち、貴殿をソラキル王国の大将軍に据えようと思う」
「わ、私を大将軍に!?」
「うむ。我等の英雄が膝を屈したこの戦場で、伯爵の働きは実に見事な物だ。このまま勝ちきるにせよ、和睦となるにせよ……第一巧は間違いなく伯爵のものだ」
「……」
「期待しているぞ、伯爵」
「はっ!必ずや陛下に勝利をを捧げます!それでは、御前失礼いたします!」
そう言って伯爵は、肩で風を切るようにして物見台の方へと去っていく。
恐らく私が撤退すると言った言葉はすっかり抜け落ちているのだろう。
あれ程素晴らしい
「撤退の準備が整いました。陛下こちらへ」
私が伯爵との別れを悲しんでいると、近衛騎士が声をかけて来る。
「……あぁ」
「……どうかされましたか?」
「いや、伯爵が殿を申し出てくれてな。生きて再会したいと思っていた所だ」
「然様でしたか……あの伯爵がそのような事を……」
「無駄にするわけにはいかん。疾く撤退するとしよう」
「はっ!では、こちらへ」
私は未練を断ち切り、近衛騎士の用意してくれた馬の方へと向かう。
「おい!何ぼーっとしているんだ!最低限の荷物でいいんだ!とっとと準備しねぇと置いていくぞ!」
「……大丈夫……準備は終わった……後は……始めるだけ……」
「ん?そうなのか?だったらとっとと騎乗しろ!」
「……了解……乗馬は練習した……問題ない……」
馬に乗ろうとした所そんな会話が私の耳に届く……今のは女の声か?
「……近衛騎士に女性はいたか?」
一言二言の会話だったが、妙に気になった私は傍に居た近衛騎士に問いかける。
「近衛に女性はいませんが、どうかしましたか?」
「いや、女性の声がしたような気がしてな」
「あぁ、おそらく従卒ではないでしょうか?彼らの中には、まだ声変わりする前の者も居りますので」
なるほど、だから乗馬の訓練をしたとか言っていたのか……従卒にしてはどことなく尊大な印象も受けたが……まぁ、どうでも良い事だな。
「なるほど。変な事を聞いて済まない。それでは行くとするか」
「はっ!」
こうして私は、初陣である戦場を後にした。
私の後方では多くの者が命を燃やし戦っているのだろう……それらを堪能する事が全くできない戦場と言う場所は……やはり私の性には合わないな。
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