第181話 指揮官達の欲



View of ザナロア=エルシャン=ソラキル ソラキル王国新国王 元王位継承順位第七位






「こうなった以上、今日の終わりまでは戦い切らねばなるまい」


 遠くから聞こえる喊声は、敵軍が動き出したことを本陣にいる我々に如実に告げて来る。


 戦闘が始まってしまえば軍使の旗を掲げたとしても攻撃される可能性は非常に高い。


 故に軍使を送るのは戦闘中を避けるのが常道だが……今回も慣例に従った方が良いだろう。


 エインヘリアはこの状況であれば、間違いなく軍使を殺すだろうしな。


「ふん!攻めて来たのなら好都合!どうせ相手は英雄を先頭に攻め寄せて来ているのでしょう!ならばこちらは包囲するように軍を動かし、敵兵を削り殺していきましょう!」


 伯爵が気炎を上げている。停戦の使者を送る手配はどうしたと言いたいが……こういう考えが浅く欲に忠実な者は本当に好きだ。愛おしささえ覚える……が、本当に今はそれ所では無いと自制し、私はこの場にいる者に尋ねる。


「今から防御よりの布陣に変更する事は可能か?」


「既に敵軍が動き始めている状態で、陣を組み換えるのは危険です。中衛と後衛は組み替えることも可能ですが、前衛を見捨てることになるでしょう。それよりも、まずは物見台に上がって敵軍の動きを見た方が良いかと存じます」


「陛下!守りに入らずとも、この激突で敵兵を大きく削ってしまえば、最終的に和睦をしたとしてもこちらに有利な条件で納めることが出来ますぞ!」


 伯爵の意見はともかく、確かに高所に上がった方が良いのかもしれないが……。


「皆、急ぎ高所に上がり軍の指揮を執ってくれ。私もすぐに行くが、実際指揮を執るのは諸君等だ。まずは軍の頭脳を正常に動かさなければ、あっさりと瓦解してしまうだろう」


 私の言葉に数名が天幕から飛び出していく。そのいずれもが処分予定の旧臣で、真っ先に出て行ったのは強気な台詞を放っていた伯爵だった。


 私は天幕の中に残っている友人達を見ながら、これ見よがしにため息をついて見せる。


「君達はいかないのかな?」


 私の質問に、天幕に残った者達は曖昧な笑みを浮かべる。


「陛下はどうするんですか?」


 私はその問いには答えず、友人達に別の質問をした。


「仮に敗走したとして、十五万の兵はどのくらい国に戻ってくると思う?」


「流石に敵の三倍の兵がいますし、全てが殺されたり捕虜になったりってことはないでしょう。散り散りになったとして、半数に届くかどうかってくらいは戻って来るんじゃないですか?」


「出来ればエインヘリア国内で野盗化してくれると嬉しいのだが……」


「ここはまだ国境に近いですから、自国を目指す者が殆どでしょうね」


 やはりそうなるか……せめて戦に使えないなら嫌がらせに使いたかったのだが、ままならないな。


 一先ず当初の予定であった処分対象の者を使い切るとするか。


「伯爵に伝令を。貴殿等の迅速な行動と判断を信じ、全軍の指揮を委ねる。その腕を振るいソラキル王国に栄光を齎せ。以上だ」


「……了解。すぐに伝えてきます」


 そう言って友人の一人がにやにやしながら天幕から出て行く。


 私の言葉の意味を正確に理解したのだろう。


「あのおじさん達、すっごい張り切るんだろうなぁ」


「陛下は、あぁいう無邪気な奴等も嫌いじゃないのでは?」


「そうだな。だが、今は流石に遊んでいる場合でないことくらい、私にも判断出来る」


「いやいや、アレに指揮を丸投げって完全に遊んでるじゃないですか」


 私の言葉に一人がツッコミを入れると、天幕の中で笑いが巻き起こる。


「それにしても、英雄とかいってデカい態度取ってた奴が一瞬でやられるって、ありえなくない?」


「ほんとそれな。近くで見られなかったのがマジ残念」


「陛下、あの英雄の戦いはどんな感じだったんですか?」


 そう言って私に尋ねて来る。


 既に天幕の中には旧友達しかいない為、私に対しても随分と砕けた態度を取っているが、無論私はそれを彼らに許している。


「流石にのんびりと見ている暇はなかったからな。ちらりと見たくらいだが……人がボールのように吹き飛んでいる様は、少々現実感がなかったな」


 あまりの速さに、遠目で見てようやく大まかな動きが見えたと言う感じだったが、流石は英雄たちの戦い……その常人離れした動きは、噂通りただの人間がどれだけ束になっても勝てるものではないだろう。アレは根本から次元の違う存在のように感じられた。


 しかし、そんな英雄達であっても疲労はすると分かったのは良い情報だ。


 戦闘が終わる直前、エリアスは遠目からでも肩で息をしているように見えた。


 疲労しない化け物であれば、数を頼りに押し切ると言うのは難しかったが、疲労する以上いつかは殺しきれるかもしれない。


 疲労させるのにどの程度の犠牲が出るのかは分からないが……もしかしたら伯爵がエインヘリアの王を討つ事があるかも知れない。


 その可能性を考えた私は、小さく笑みを漏らす。


「そんなに面白い戦闘だったんですか?」


 私が笑ったのは、先のエリアスの戦闘を思い出しての事だと思ったらしい友人が尋ねて来るが、私はかぶりを振って見せる。


「いや、そうではない。ただ、先の戦いを見る限り、英雄と言えど疲労するようでな。もしかしたら、伯爵が敵の英雄を打ち取るかも知れないと考えたのだ」


「そりゃ面白いですね!そうなった場合、伯爵を大将軍にでも任じますか?」


「それも良いな。もしそんな事態になったら据えてみるか」


 私が肩を竦めながら言うと、再び天幕の中に笑いが起こる。


 そんな中、先程伯爵の元に伝令に向かった友人が天幕へと戻って来て首を傾げる。


「随分楽しそうな雰囲気ですが、なにかありましたか?」


「いや、大したことではない。それより伯爵はどうだった?」


「えぇ、鼻息荒く興奮していましたよ」


 伝令に行ってくれた友人がそう答えると、天幕の中は先程よりも大きな笑いに包まれる。


「いや、すまないな。伯爵が此度の戦で戦功をあげたら、我が国の大将軍に据えるのも良いという話をしていた所だったのだ」


「いや、ありえないですよ」


 一人だけ話について行けないことを不満に思っている友人に向けて事情を説明した所、至極真面目な表情でかぶりを振る姿に、もう一度天幕で笑いが起こった。


「人が仕事をしていたってのに、楽しそうですね」


「なら今度は俺が外を見て来る。お前は報告が終わったら休んでおいてくれよ」


 見せかけだろうが、憮然として見せた友人に別の物が声をかけて天幕から出て行く。


 その後ろ姿を見送った友人は、肩を竦めながら戦況の報告を始める。


「それでは報告を。敵軍は二万の兵を、我が軍の左翼側にぶつけてきました。左翼前衛はこれを迎撃。敵は足を止め左翼前衛と一進一退の攻防をしております」


「なるほど……左翼側には敵英雄は来なかったか。しかしそうなると、たったの二万で十五万の我等に突撃をしてきた敵兵は相当勇敢だな。蛮勇とも取れるが」


「敵がこちらの前衛を突破できず足を止めたのを見た伯爵は、左翼中衛に敵突撃部隊を包囲するように命じました。敵軍の足が止まっている以上、包囲は成功すると思われます」


「あれ?敵軍意外としょぼい感じじゃないですか?また陛下の深読みしすぎ癖ですか?」


 少し茶化すようにしながら友人の一人が言うが、私は肩を竦めて見せる。


「そうであれば良いのだがな。英雄とは言え、相手は一国の王だ。流石に先頭にたって剣を振るうような者ではなかったようだが……それでも後ろに英雄が控えているという安心感が、十五万の相手に突撃を仕掛けることが出来た要因だろうな」


「ですが、五万の内の二万はかなり大きい。突撃させて失うには少々大きすぎる数字。何もしなければ相手は全軍の四割をいきなり失う……退却してもおかしくない損耗です」


「二陣を左翼に送り込んで来るんじゃないか?いくらなんでも、包囲されるのをそのまま放置するとは思えないが」


「包囲を邪魔するように二陣が突撃してくれば、伯爵は中央の前衛を動かしてそれを止める算段のようです」


「……それマズくないか?多分敵の二陣には英雄が居ると思うぞ?中央の前衛が抜かれかねない」


「もしくは、二陣も囮で三陣を英雄に率いさせて手薄になった中央を一気に突破……こちらの本陣を狙ってくると言う可能性もあります」


 敵の初動から、今後の相手の戦術を語り合う友人達。その姿自体は頼もしいものだが……残念なのは自分が敵軍だったらどう動かしてこちらを叩く、という話ばかりで我が軍が敵に打ち勝つ戦術を話す者がいないことだ。


「中央の前衛が動いた穴をねらって敵が動けば、伯爵は右翼前衛を中央のカバーに入らせるだろ?あの手のおっさんは自分を危険に晒すことを良しとしないからな」


「流石にその後、四陣を出せる程相手の兵力はないと思いますが……出せるならば最後に本命を右翼に突撃ですね。敵軍には英雄と言う切り札が二枚残っている状態ですし……やはり開戦前にこちらの切り札があっさりと破られているというのは厳しいですね。何をやっても一手でひっくり返される可能性がある」


「普通切り札は最初に切った方が負けるからな。まぁ、切る前に破られたんだが」


 皮肉気な笑みと共に吐かれた台詞とほぼ同時に、先程外に出た者が天幕に戻って来た。


「敵の二陣が動いたぜ、今度は右翼に一万で突撃だ」


「右翼……?予想が外れたな」


 天幕の中で話していた戦術とはかけ離れた動きをした敵軍に、皆が首を傾げる。


「右翼に突撃した一万だが、多分今度は英雄が率いていると思う。攻撃の激しさが左翼に突撃した二万とは比べ物にならない。恐らく右翼の前衛は抜かれるぞ」


「もう英雄を出したのか……よし、今度は私が戦況を見に行く」


 そう言って一人の友人が天幕を出て行く。中々せわしない感じだが、本来本陣とは伝令が常に行き交い慌ただしいものらしいし、この本陣はまだ静かな物だろう。


 恐らく伯爵の方は賑やかなのだろうが。


「右翼に英雄か……どういうことだ?」


「……右翼を縦に切り裂いて、中央の本陣……つまりここを横から強襲するとか?」


「いや、流石に距離があり過ぎるだろ。英雄以外が全部脱落するんじゃないか?」


「そうだな。右翼の兵だってただ立っているわけじゃない。いくら英雄に率いられているからと言っても、敵兵一人一人が強くなるというわけでもないしな。確実に数をすり減らされるだろう」


「右翼に食い込んだ英雄が暴れて、そのまま右翼を壊滅させるって可能性もあるんじゃないか?」


「こちらの右翼には五万の兵がいるんだぞ?いくら英雄だからってその数を相手にどうにか出来るものか?」


「一人で戦況を覆すと言われている存在だぞ?十分あり得る話ではないか?」


「「……」」


 やはり英雄と言う存在が出て来ると、我等では対処出来そうにないな。


 まぁ、エリアスが居たとしても、敵英雄との戦いを見る限り対処できたとは思えないが……。


「流石に今日だけでこちらがやられるなんてことはないよな……?」


 その台詞は、今までこの天幕の中にあった余裕を一気に失わせたように感じられた。


 この天幕に居た者達のこれまでの余裕は、圧倒的な兵力の差に支えられたものだ。


 英雄という規格外の存在の事を危険視してはいるものの、十五万という味方の数が安心感を与え、戦場と言う場でありながらもどこか他人事のような余裕を見せていたのだ。


 ……その絶対に安全だと思っていた壁が崩された時、この友人達がどんな顔を見せるのか……その身に危険が迫った時どんな言葉を吐くのか、そして……死にゆくとき、どんな絶望を見せるのか……長年ともに時間を過ごした友人達のそんな姿を、私は心の底から堪能したい。


 心にそんな欲が生じ陶酔しかけたのだが……不意に人差し指に痛みが走り私は正気に戻る。


 どうやら口元に当てていた拳……その人差し指を思いっきり噛んでいたようだ。少し血がにじんでいる。


 滲む自身の血を見た私は、急速に頭が冷えていくのを感じる。


 友人達の絶望を味わいたくはあるが、まずは安全を確保するべきだろう。


「我等だけでも撤退する事を考える必要があるようだな。早急に策を纏めてくれるか?」


「わ、わかりました。すぐに!」


 私の言葉に気を取り直した友人達が撤退プランについて議論を始めようとした瞬間、先程戦況を見に行った者が慌てた様子で天幕に駆け込んできた。


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