第179話 直角三角形



 今度はほんとにびっくりした……。


 大剣を叩きつけて大爆発?いや、大爆発って程じゃないけど……それでも地面が爆砕したって言うよりも明らかに火薬的な爆発だった。


 思わずリーンフェリアの名前を叫びそうになったけど、爆発に続き煙の向こうから聞こえて来る剣戟の音でリーンフェリアの無事が分かり自制出来た。


 聞こえて来る音からして、二人は先程までと変わらず元気……いや、先程よりもより激しさを増しているように聞こえる。


 しかし、さっきの爆発はなんだったのだろうか?


 魔道具的なヤツ……?それとも魔法的なヤツ?うん、この現象については要報告だな。


 まぁ、多分リーンフェリアがちゃんと報告してくれるだろうけどね。


「おいおい、何処まで頑丈なんだよ!?無傷とかありえないだろ!?」


「……」


 強力な風が巻き起こり二人の姿を隠していた煙が吹き散らされると、相変わらず楽しそうに凶悪な剣を振るうエリアスと、それを軽々と捌くリーンフェリアの姿が現れる。


 二人の様子は爆発が起こる前と何ら変わりないように見えるが……いや、先程までは心底楽しそうだったエリアスに、少し余裕が無くなっているようにも感じられるな。


 リーンフェリアとの実力差に気付いたか……?いや、攻撃を完全に防がれている時点でそう考えていてもおかしくないのだけど……。


 そんな、すこし焦りを見せ始めたエリアスと相対するリーンフェリアは、一切様子は変わっていないが……いや、どうやらチェック項目を変更するみたいだね。


 振り下ろされた大剣を、リーンフェリアが以前の戦闘で幾度か見せた動き……盾による強打で弾き返す。


「ぐぉ!?」


 今までは受け止めるか受け流すだけだったリーンフェリアが、突如攻撃を弾き返したことでエリアスが驚いたように声を上げる。


 反撃されることは当然エリアスも考えていたはずだけど、こういう反撃は予想外だったのだろうか?


 最初の激突の後距離を空けた時とは違い、明らかに体勢を崩しながら後ろに下がったエリアスに、今度はリーンフェリアが追撃を仕掛ける。


「ま、じ、か!?」


 距離を詰めたリーンフェリアは剣を使わずに、盾を叩きつける様にエリアスを責め立てる。


 ……一応剣を持ってるリーンフェリアだけど、ドラゴンの時もミミズの時も、そして今回も盾しか使わないよな。


 レギオンズには盾兵って兵科は無かったし、盾で攻撃するようなスキルはないんだけど……いや、『受け流し』とか『盾巧者』みたいなアビリティはあるし、その影響かしら?


 そんな事を考える俺の視線の先ではエリアスの大剣による攻撃以上の迫力で、リーンフェリアがどんどんエリアスの事を押し込んでいく。


「……くっ!」


 リーンフェリアの猛攻にさらされ、苦し紛れに放つエリアスの一撃は力もスピードも乗り切る前に中途半端な位置でリーンフェリアに止められる。


 エリアスが一歩踏み込んで攻撃を放とうとしたら、そのタイミングでリーンフェリアが軽く踏み込み、エリアスの踏み込みを半歩で止める。


 完全に動きを封じつつ、攻撃を続ける……これ、エリアスは随分ストレスが溜まりそうだよな。


「くっそがっ!?」


 距離を空けようと後ろに下がろうとすれば、ほぼ同時に動いたリーンフェリアに距離を詰められ、闇雲に放った攻撃は全て迎撃される……リーンフェリアが攻撃に転じているというよりも、相手を封殺していると言った方が正しいかもしれない。


 うん、この戦いは……なんというか、肉体的なダメージは無いけど精神的にめっちゃ来る感じだな……なんとなくエリアスの方に感情移入してしまう。


 もはや最初の頃にあった楽しげな様子は一切なくなり、忌々しげな表情で時々悪態を放ちながら翻弄されるエリアスの姿は、かつてのドラゴンやミミズの姿を彷彿とさせる……。


 リーンフェリアが涼しげな顔でエリアスの攻撃を捌いていた時からなんとなく理解していたけど、エリアスよりもリーンフェリアの方が実力は数段上だな。


 英雄が全部このくらいの強さであるなら……うちの戦闘系の子達であれば問題なく対処できるかな?まぁ、エリアスよりも強い奴は多分いるのだろうけど……油断さえしなければ問題ない筈。エリアスの倍くらい強くても、リーンフェリアなら行けそうな感じもするしね。今の完璧な封殺っぷりを見ていると。


 戦闘が始まった当初は俺の中にあった緊張感が、完全に解けてなくなっていくのを感じる。


 そのくらいリーンフェリアとエリアスの間には差があり、英雄の強さを計るという仕事が無ければ、リーンフェリアは一瞬で片を付けていたと思う。


 まぁ、今一番その事を痛感しているのはエリアスだろうね。


 相手の強さを計るのは得意じゃないとか言ってた気もするけど、リーンフェリアを見落とすのはダメだろ……。


 なんか、俺の気配に紛れてリーンフェリアの事に気付けなかったとか言ってたけど……そもそも俺の気配ってなんぞ?


 俺って、なんかそういうの出してんの?内から滲み出る俺の覇王力とかかしら?


 ……今度誰かに聞いてみるか?うちの子達以外で聞けそうなのは……バンガゴンガ辺りだろうか?


 でもアイツは戦闘するタイプじゃないしな……まぁ、威圧感があるのは覇王ムーブするにあたってとても良い事だし、困る事ではない。もし機会があったら、誰かに聞いてみるとかで良さそうだな。


 フィオに聞いたら鼻で笑われそうだし、絶対聞かないが……。


 そんなことを考えていると、リーンフェリアがエリアスの大剣に強めに盾を叩きつけ相手を後方に弾き飛ばし、両者の距離を再び空けた。


「……」


 最初の頃はあれだけ暴れまわっても全く疲れた様子の無かったエリアスだったが、今は肩で息をする程疲労しているのが見て取れる。


 動き的には、エリアスが攻撃してた時の方が派手に大きく動いていたように見えたけど、相手に動かされるのと自分で好きに動くのじゃ勝手が違うという事だろうか。


「……最後に二つほど、良い事を教えて差し上げましょう」


 そんな、すっかり大人しくなってしまったエリアスに、リーンフェリアが初めて自分から声をかける。


「……あ?」


 息を切らしながらも、話しかけられた事で絞り出すように問い返すエリアス。しかしリーンフェリアは良い事を教えると言いながらも、それ以上何も口にせず盾を構え半身の体勢になる。


 そして次の瞬間、辺りにどんっという音が鳴り響く。


 この音が、リーンフェリアが地面を蹴った音なのか、それとも地面を蹴った後物凄い勢いでエリアスの後ろに回り込んだリーンフェリアが、盾で彼を強打した音なのかは分からないけど……少なくともその一撃は確実にエリアスの身体を捉え、彼の身体を勢いよく前方へと弾き飛ばした。


「がっ!?」


 そして前方に弾き飛ばされたエリアスを追い越し、再びリーンフェリアがエリアスをバッシュ!盾で強打されたエリアスの身体は、今度は斜め上空へと打ち上げられ……当然の如く空中に先回りしたリーンフェリアが、今度はエリアスの身体を地面に叩き落とした。


 ……なんか、今の動き、バトル物の漫画とか格ゲーとかで見たことある気がする。


 二次元だとスピード感と爽快感があって格好良かったけど……リアルで見るとめっちゃえぐいな……。


 って言うか、リーンフェリアさん……良いこと教えてやるって言った次の瞬間、相手をぼっこぼこにしちゃって……エリアス氏ピクリとも動かないんだけど……生きてる?


 俺がそんな風に戦慄していると、メテオスマッシュと言った感じにエリアス氏を地面に叩きつけたリーンフェリアが彼のすぐ傍に降り立ち、完全に気絶しているエリアス氏を睥睨しながら口を開く。


「……一つ、貴方は戦闘中に喋り過ぎです。そしてもう一つ、フェルズ様に不敬を働いた大罪、万死に値しますが……今回の目的は貴方の捕獲ということなので殺しはしません。ですが安心してください……禊の準備は整っておりますので」


 なんか……本人が起きていたら顔を青褪めさせそうなことをリーンフェリアが言っているけど……覇王は関知しておりませんので悪しからず……エリアス氏の今後に幸あれ。


 さて、それはそれとして、この戦争でのキリクのオーダーはこれで完了だな。


「リーンフェリア、ご苦労だった」


「いえ、この程度どうということはありません」


 俺がねぎらいの言葉をかけると、汗一つ掻いてない普段通りの姿でリーンフェリアが小さく微笑む。


「英雄と戦った感想は後程聞くとして、この戦での我等の役目は終わりだな。アランドールにその者を引き渡したら次の場所に向かうとしよう」


「はっ!畏まりました!」


 俺達はこれからキリクの作戦に従い、この戦争はアランドールに任せて別の場所へと移動しなくてはならない。


 この戦場にはソラキルの王もいるし、相手の兵力はこちらの三倍。かなり重要な局面だと思うのだけど……キリクにとっては行き掛けの駄賃程度の物らしい。


 この戦争での俺の役目は、開戦前に英雄を釣り上げる餌の役でしかなく、その為だけに舌戦とかいう心労の塊を乗り越えさせられたのだ。


 キリクに文句の一つも言いたい所だが……ここまで完璧に事を運んだ参謀様に、そんな事言えよう筈もない。


 凡人は賢人に使役されるのみよ……。


 気絶したままリーンフェリアに襟首をつかまれ引きずられるエリアス氏の姿を見つつ、俺は内心うちの子達が味方で良かったと思う反面、今後も見放されないように精進せねばと心に誓った。


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