第178話 英雄剛撃

 


View of ザナロア=エルシャン=ソラキル ソラキル王国新国王 元王位継承順位第七位






 私の指示で旗を降ろした旗持ちの兵が緊張した面持ちを見せる中、私は馬に飛び乗る。


「向こうが旗を降ろすことがあれば好きにしていいが、それまでは待ってくれよ?」


「……おう」


 馬には乗らず隣を歩くエリアスに話しかけると、後方を気にしながらも頷いた。


 どうやらこちらの言う事はちゃんと聞いてくれるようだ。


「まぁ、こちらが先に降ろしたからな、あの王であれば間違いなく旗を降ろす。それと、戦うのは構わないが、危険だと思ったら引いてくれ。ここでエリアス殿を失うのは避けたい」


「はっ……言ってくれるな?だが、了解だ。後一つアドバイスだ。向こうが旗を下ろしたら全力で逃げろ。巻き込まれて死にたくはないだろ?」


「当然だ。脇目も振らず逃げるさ」


 戦や戦いといった物にはあまり興味の無い私だが、英雄同士の戦いという物には流石に興味はある。


 しかし、それはこちらの身が安全であればだ。


 本当の戦場で、周囲に一切の配慮をせずに力を振るう英雄の傍になぞ、留まる必要性は全く無い。


「俺の事は向こうに知られているのか?」


「間違いなく。悔しいが、向こうの諜報力はこちらより上だ」


「なら不意打ちは無理だな。しかし、俺の事を知っていながら殆ど俺に意識を向けなかったのは、肝が据わっているのか……それともただの馬鹿か」


「あの王に限っては、ただの馬鹿や戦闘狂ということはあるまい。アレは私が見てきた中でも極上の部類だ」


 考え方がどうとかいう話ではなく、その身にまとう空気、覇気……周囲に与える影響力……そういったものが、そこらの凡百の王とは一線を画す。少し対峙しただけでも分かるほど、あの王は特異な存在だ。


「王としてどうとかは俺には分からんが、お前はアレとやり合うつもりか?」


 私とは違った意味でエインヘリアの王の凄味を感じ取ったエリアスが、訝し気に尋ねて来る。


「私はエリアス殿のようにあの王と殴り合いたいわけではなく、全てを奪い、心を折り、地に這い蹲らせたいのだよ。エリアス殿の言う戦いとは、根本からして違う」


「随分といい趣味だな」


 こちらを嘲るような笑みを見せながらエリアスが言うが、私は肩を竦めて見せた。


「エリアス殿と大して変わらないさ。エリアス殿は強き者と戦い、そして打ち勝つ事を楽しんでいるのだろう?苦戦しようと、卑怯な手を使おうと、最終的に強者を倒し敗者を見下ろすことが出来れば良い。違うかな?」


「それを一緒と言われると複雑な気分になるが……まぁ、結果相手を這い蹲らせたいという点は一緒……なのか?いや、かなり違う気がするんだが……」


 そんな風にエリアスと会話をしつつ馬を歩かせていると、突然轟音と共に隣を歩いていたエリアスの姿が消え、私はそれを疑問に思うよりも早く馬を全力で走らせた。






View of フェルズ 別にびっくりしたわけではない覇王






 いや、びっくりした。


 俺は今、非常にやりたくなかった舌戦からの帰り、召喚兵に命じて軍使の旗を下げたのだが……次の瞬間俺の背後で凄まじい音が鳴り響いた。


 まぁ、何の音かは確認するまでもなく分かっているのだけど……。


「はっ!マジかよ!お前もそうだったのか!」


「……」


 俺がゆっくりと振り返ると、そこには盾を構えたリーンフェリアとその盾に鉄塊のような巨大な剣を振り下ろしたソラキルの英雄の姿があった。


「そっちの王の気配に気を取られて、全く気付けなかったぜ……やっぱり俺は敵の強さを推し量るってのは苦手だ」


 目をギラギラさせながら好戦的な笑みを浮かべるソラキルの英雄……名前は確か……エリアス、だったはず。


 そのエリアスが後ろに飛び、盾を構えたリーンフェリアから距離を少しとりながら口を開く。


「挨拶が前後しちまったが、俺はエリアス。ソラキル王国に所属している一兵卒だ。高々一兵卒が王様に勝負を挑める機会なんて今を置いて他ないからな。無礼だとは思ったが後ろからいかせて貰ったぜ?」


「別に構わんさ。私の元にはそよ風の一つも届きはしなかったしな」


 俺は睥睨するように顎を少し上げながら言う。


 これが英雄か……。


 俺達と相手の距離はかなり離れていた……多分五十メートル以上。


 その距離をあっという間に詰め、更にリーンフェリアの足元の地面が軽く陥没するくらいの威力の攻撃を放つ……どちらもこの世界の人族としては規格外な能力だ。


 恐らく、身体能力だけならうちのメイドの子達以上だろう。


 彼女たちの訓練風景を少しだけ見た事はあるが……ここまでの身体能力は無かったように思う。


 この世界に来て何度も英雄という存在の話は聞いていたが……本当に規格外の能力を有しているようだな。


 ……うちの子達より強かったりしないよね?


 予想以上の身体能力を目の当たりにして俺が内心ドキドキしていると、エリアスは手にした大剣を肩に担ぐようにしながら笑みを深める。


「確かにな!いや、驚いたぜ。あんたならともかく、付き人に俺の一撃が止められるとはな!しかも受け流すんじゃなく、真正面から盾で受け止めるとはな!あんた名前は?」


「……エインヘリア近衛騎士長リーンフェリア」


「へぇ、近衛騎士のトップか……」


 うん、近衛騎士長はいるけど近衛騎士隊は一人もいないんだよね。


 リーンフェリアは近衛騎士長という名の俺の専属護衛みたいなもんだし……近衛隊とか作った方が良いだろうか?


 でも城の守りは皆が持ち回りでやっているし、俺の護衛はリーンフェリア一人いれば事足りる……いらんか。


「アンタみたいな王に最強の護衛が必要かね?他所に回して暴れさせた方がいいんじゃないか?」


「忠告痛み入るが、私は王だからな。弱き護衛を傍に置くなど、私は良くても周りが許してはくれんよ」


「窮屈なもんだな。やはり自由に戦える立場が一番って訳だ!」


 そんなことを叫びながら、凄まじい速度で踏み込み、巨大な剣を軽々と振るいリーンフェリアに襲い掛かるエリアス。


 振り下ろし、切り上げ、横薙ぎからの逆袈裟……とても巨大な剣を振り回しているとは思えないエリアスの鮮やかな連撃を、リーンフェリアは表情一つ変えることなく盾で捌いていく。


 辺りには金属を打ち付け合う轟音が鳴り響き、けたたましい物ではあったが、その激しい音とは裏腹に音の発生源である二人からは静謐ささえ感じられた。


 表情を変えないリーンフェリアはともかく、ギラギラとした笑みを浮かべながら暴風を巻き起こす様に剣を振るうエリアスは、静謐とは正反対なのだが……二人の剣戟はどこか一枚の絵画の様にさえ俺には見えたのだ。


 ……まぁ、現実は受け損なえば大怪我どころか、一発で即死するであろうことは疑いようのない死の旋風ではあるけど。


「ははははっ!とんでもねぇ盾捌きだな!盾だけでここまで完璧に凌がれたのは初めてだ!」


「……」


 めちゃくちゃ嬉しそうに語り掛けるエリアスと、一切反応を返さないリーンフェリア……温度差が凄い。


 まぁそれはいいとして、やはり英雄ってのは驚きのスペックだな。


 あれだけ激しく動いているのに疲れる様子が一切ない。寧ろ攻撃の鋭さはどんどん増して行っているように見える。


 そんな竜巻のような猛攻を見ながら、俺は改めて先程感じた驚きの原因に想いを馳せる。


 先程エリアスが突っ込んで来た時に俺がびっくりしたのは、エリアスが突然剣を振って来たからでも、それを受け止めたリーンフェリアの盾が馬鹿でかい音を立てたからでもない。


 旗を降ろした瞬間、前もってキリクから聞いていた通りエリアスが突っ込んできたからだ。


 ほんと……キリクって凄いわ。


 なんで会った事すらない相手の行動をここまで完璧に読み切れるのか……攻めて来た相手の兵数も進軍ルートもタイミングも……後ついでと言わんばかりに潰したユラン公国の蜂起の件と、エスト方面で集落を襲おうと放たれた別動隊……なんで事細かに全部読みきれたの?


 実はキリクがソラキル王国側の作戦立てた?


 この舌戦に、ソラキルの王と英雄が連れ立ってくることもばっちり読んでたし……未来視みたいなアビリティは無かったはずだけどな……。


 なんかもう驚きすぎて……チート系主人公がよく呆れた様に言われる「あぁ、○○だしね」って台詞……アレを言う側の気持ちがちょっと分かって来た気がする。


 まぁ、ソラキル王国の件はキリクが物凄い張り切ってたというか……全力でやった感があるよね。


 現状……キリクの予定通りというか想定通り……キリクの説明から外れた事は何一つ起こっていない。そりゃ、ここまで読み切っていたら控えめに言ってチェックメイトとか言っちゃうよね……。


 後それだけ読み切っているのなら、舌戦の台本も用意しておいて欲しかった……途中から何の話してんのか分かんなくなったし。


 そんな風にうちの頼れる参謀の事を考えていると、ひと際大きな音が鳴り、剣戟を続けていた二人の距離が離れる。


 リーンフェリアが盾を使ってエリアスを弾き飛ばし、エリアス自身もそれに逆らわず後ろに飛んで軽々と着地したといったところのようだ。


「すっげぇな!一歩も動かずに俺の攻撃を捌ききるだと!?」


「……」


 相変わらずリーンフェリアはエリアスの言葉に反応をしないが、エリアスは攻撃が一切届いていないにも拘らず楽しそうだね。


「ところでよ、あんたの守りがすげぇのは分かったが……なんで攻撃してこねぇんだ?明らかに攻撃できる隙があっても手を出してこなかったよな?何考えてんだ?」


 リーンフェリアは英雄の強さを計ろうとしているからね……まずは自由に攻撃させて攻撃力を調べているのだろう。


 因みにリーンフェリアが防御に専心すると、ジョウセンやサリア、レンゲでも崩せないからね。うちの子達の中で、リーンフェリアが一番安全に相手の強さを計ることが出来る。


「……口より先に手を動かしたらどうだ?それに、いつまでも遊んでいる様なら、これ以上価値無しと判断して切り捨てる」


 そう言って盾の影に体を隠す様に半身になるリーンフェリア。


 傍から見ている俺でも背筋がぞくっとするような声音だ……正直俺がさっきの台詞を今の雰囲気で言われたら、全力で謝ると思う。


「はははっ!すげぇ殺気だ!そこの王とやる前の前座くらいに考えていたが、本気でやらないとマズそうだな……仕方ねぇ、美人を殺すのは勿体ねぇが……全力で叩き潰してやるぜ!」


 巨大な剣を片手で構えたエリアスが、血振るいの様な動作をすると剣が白く淡い光を放つ。そしてそれと同時にエリアスの身体が一回り大きくなったような……筋肉が膨れ上がったのか?


「一撃で死んでくれるなよ?」


 先程までよりも更に速度を上げたエリアスの一撃がリーンフェリアの盾に触れた瞬間、二人を中心に凄まじい爆発が巻き起こった!


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