第177話 ユラン方面舌戦



View of ザナロア=エルシャン=ソラキル ソラキル王国新国王 元王位継承順位第七位






 私が軍の前方に進み出るのとほぼ時を同じくして、対峙するエインヘリア軍からも三人の人物が進み出て来る。


 こちらから既に使者を送っており、此度の舌戦には王と護衛、そして旗持ちの三名を出す事を打診し、了承を貰っている。


 余程の腰抜けでない限り、アレがエインヘリアの王本人だろう。


 黒い鎧を身に纏い、威風堂々たる姿は戦争による領土拡大を続けている王に相応しい姿に見える。


「……」


 エインヘリアの王の姿が見えた瞬間、私と共にこの場に来ているエリアスの雰囲気が変わったのを感じた。


「エリアス殿、どうかしたのか?」


「……驚いたな。なぁ、王様……あの黒い鎧が敵方の王だよな?」


「そうだな。話に聞いていた通りの風貌だ。何か問題が?」


「……いや、問題はねぇ。いや、大ありか?とりあえず、あんたが最初に言ってた件。アレは諦めた方がいい」


「私が言っていた件?」


 若干煮え切らない様子のエリアスに私は首を傾げる。


 エインヘリアの王がどうかしたのだろうか?


「殺さないようにって奴だ。アレはそんな生易しい相手じゃねぇ。全力で殺しにかからないとこっちがやられちまう」


「……つまり、エインヘリアの王は英雄級だと?」


「間違いないな。俺は相手の強さを計ったりする事は出来ないが……アイツからは序列上位の連中に近い空気みたいなものを感じる」


「……序列上位というと、帝国の?」


「それ以外にあるかよ……」


 ここに来て想定外の情報が出て来たな。


 エインヘリアに英雄が居る可能性は私も考えていた。


 そうでもなければ、この短期間でこのように領土を拡大できるとは考えられなかったし、今回我等の十五万という軍に対し五万の軍……しかも野戦で対処しようというのは、英雄という存在が控えている事を如実に物語っている。


 エインヘリアという国自体、様々な情報が秘匿されており、これまでの戦争の情報が殆ど集められなかったのだが、状況から英雄の存在は感じ取れていた……しかし、そうであったとしても、大帝国から借り受けているエリアスが居れば問題ないと思っていたのだが……序列上位者並みとなると話は変わって来る。


 帝国に所属する英雄はその実力に応じて序列が付けられている。


 その中でも一位から九位までの存在を上位者と呼ぶのだが……噂では上位者は一人で小国を落とせるほどの戦力だと言われている。


 流石に誇張はあるのだろうが、それでも上位者と呼ばれる存在が規格外である英雄の中でもさらに規格外なのは確かだ。


「エインヘリアの王はそのレベルだというのか?」


「身に纏っている空気って言ったろ。アレは負けを知らない絶対的強者って自負からくるものだ。帝国に来て本物と相対した時にあっさり霧散する程度のもんかも知れねぇが……」


「つまり、やってみないと分からない。そういう訳だな?」


「悪いがそう言う事だ」


 なんとも中途半端な情報だ。


 せめて勝てないと言い切ってくれた方がやりやすいのだが……そうだな。勝てない前提で動くとするか。


「隙があったらやっていいな?」


「……出来れば軍使の旗が上がっている時は止めてくれないか?」


「そんな悠長なことを言ってたら、機を逃すぜ?」


「……私がこうして前に出れば、エインヘリアの王も必ず出て来る。機会を作ろうと思えば作る事は可能だ」


 相手が王であろうとするならば、こちらの誘いを断る事は出来ない。


 もし戦場という場で王が尻込みをすれば、王としての権威は地に落ちる。


 エインヘリアは戦で領土を拡大している強い国だからね……そういった評価は絶対に避けたいだろう。故にこちらから申し出れば会合は確実に実現する。


「……向こうの旗が下りる様な事があれば俺は行く。お互いが万全の今こそ、一番面白くやり合えるからな」


 ……そういうのは心底どうでもいいのだが……エリアスがエインヘリアの王を止めている間に、後ろの兵を刈り取ることが出来れば御の字といったところか。


 まったく、初陣だというのに面倒なことだ。


 仮にエインヘリアの王がエリアスの言う通り英雄で、更に上位者並みの強さを持っていた場合……エリアスを失えばこちらは確実に敗北するだろう。


 エリアスが勝てないまでも相手を押さえてくれたら、兵数の差でこちらが勝てる。


 エインヘリアの王の弱点を突くにしても、敵方の防諜により有益な情報は殆ど無い……情報さえあれば、いくらでも搦め手を使って苦しめられるのだが……ない物ねだりをしても仕方ないか。


 正攻法で行くなら……英雄とは言え、疲労しないという訳ではないし、こちらの兵をぶつけ続けた後にエリアスに打ち取らせるというのがベスト……しかし、そう簡単にはいくまい。


 英雄とは言え相手は王。普通は軍の後方にいるはずだ。


 ……此度の戦、早々に引き上げ、痛み分けとした方が良さそうだな。


 予想以上にこの国は面白い相手のようだ……今回の戦争は顔見せ程度で良いかもしれぬな。


 ユラン公国は……そう言えば既に武装蜂起しているのだろうか?


 予定では開戦に合わせてという事であったはずだが……どうでも良いのですっかり忘れていたな。


 そんなことを考えている間に我等の距離は狭まり、程よい距離で足を止める。


「貴公がエインヘリアの王か。噂通り、争いを好みそうな面構えだ」


「そういう貴公は、裏でこそこそと小細工をするのが好きそうだ。まさにソラキルの王に相応しいと言えよう」


 まずはお互い、軽い挨拶から入る。


 ここで交わす言葉に意味など一つもない。


 ただ定型文の様なやり取りをしながら、その中で相手の本当の考えを一握りでも掴むことが出来れば御の字という物だろう。


 しかし、私にとってこれは貴重な機会だ。


 例え定型文とも言えるやり取りであっても、やはり人である以上、そこには色々な感情や思いが乗ってしまう物だ。


 抑え込もうとする感情、露にする感情、怒り、憎しみ、恐れ、悦び、悲しみ、絶望……言葉を発するという事は、それが台本通りに言葉を発しただけの物であっても、何かしらの感情が乗ってしまう物だ。


 そういった発露を逃さずに捕え、分析し、味わう……。


 それこそが私の愉悦の第一歩なのだから。


「武力でしか物事を解決できない王には、我が王道も小細工に見えるのだろう。エインヘリアの王よ、貴公に問おう。武力によって蹂躙された国の民が、真の意味で自国の民になると思っているのか?」


「そのような問いを発するという事は、貴様の底も知れたというものよ。大方、貴様は民とは統治されるもの、国という巨大な意思に飼われる家畜のような物と考えているのだろう?」


 へぇ……?


 王を名乗るだけあって、決まりきったやり取りではなく……正しく意見を戦わせようということか?


 ……いいな。


 最初に受けた印象より随分と人間らしい王じゃないか。


「エインヘリアは、民を守る事はするが導く様な事はせぬ。守り、場を整える。そこから先は民自身が選択するのだ。自分が何者なのか、どうしたいのか、何処に行きたいのか。それを考え続けた結果、民の一人一人が自身に誇りを持つだろう。私が平定した土地に住む民がエインヘリアの民なのではない。自らを誇ることの出来る者、それこそがエインヘリアの民だ」


「エインヘリアでは貴族を廃し、民の好き勝手にさせることを国是としていたな。そのような在り方で、本当に国がやっていけるとでも?民の全てが愚かとは言わぬが、知識ありし賢人たちが導いてこそ、民は幸福に辿り着けるというものだ。何故なら賢人たちには知識と歴史があるからだ。何処に危険がある、どうすれば怪我をする……そういった知識を持っているからこそ、同じ過ちを避け、昨日よりもより良き明日へと向かうことが出来る。歴史無き民達に自由にやらせれば、一部の者は成功するかもしれないが、多くの者は失敗し挫折して、その生涯を悲哀に満ちたものとしよう」


「確かに、自由とは諸刃だ。時に大きく怪我をすることもあるだろう。しかし、人は痛みを知る事で成長するのもまた事実。自由は辛く厳しい物であると同時に、楽しくやりがいのある物。民は国の為に生きるのではない、自分の為に生きるべきだ」


「誰もが好き勝手にしてしまえば国は成り立たない。国を回す為には幸福も絶望も限りなく薄く引き延ばし、万遍無く行き渡らせる方が結果的に民は不幸を感じない筈だ」


「支配階級の者達が率先して不幸を引き受けるのであれば納得もしようが、薄く引き伸ばした不幸を民達に押し付けているだけだろう?」


「そういう貴公のやり方は、少数の勝者と多数の敗者を生み出すだけだろう?立ち直れない程負けるのも自己責任。そう言っている訳だ。それはそれで別に構わないが、やりたいのならば自国でのみやりたまえ。何故戦争を起こし、他国の民であった者達にまでそれを強要するのだ?」


「何を言っている?俺達は一度足りとて自ら侵略に乗り出した事は無い。これまで幾度となく戦争に巻き込まれてきたが、それは全て仕掛けられた事。降りかかる火の粉を払わなければ、身を焼き尽くすだけだろう?此度、貴様たちが我が国の領土に土足で踏み込んで来たようにな」


「それは否だ、エインヘリアの王よ。ここはエインヘリアの土地ではない。貴公等に滅ぼされ、血の涙を流し頭を垂れたユラン公国の土地よ。我等はユラン公国の盟友として、この土地を正しき場所に返すためにやって来たのだ。土足で他国の領土を踏み荒らしているのはそちらなのだと自覚して貰いたいものだな」


「ユラン公国は、たき火に飛び込んだ羽虫よ。夜のたき火はさぞかし魅力的に見えたのだろう。自ら炎に飛び込み、勝手に燃え尽きたのだ。我等がたき火を焚いたのは暖を取る為であったというのに、愚かな事よ。此度の貴様たちと全く同じだがな」


「その小さきたき火、我等の業火で飲み込んでくれよう。心しておけ、エインヘリアの王よ。我等の刃は、既に貴公の喉元に突き付けているぞ?我がソラキル王国を今まで戦ってきた相手と同じと考えているのであれば、それは間違いどころの話ではないぞ?」


「「……」」


 最後は決まり事……お互いの正当性を言い合い、否定して、挑発して終わり。


 もう少しエインヘリアの王を知りたかったが……想像していたよりも民の事を人として見ている人物だったようだね。


 戦争を繰り返す戦狂いだと思っていたのだが、当てが外れたな。


 しかし、エインヘリアを引っ掻き回すとっかかりとしては十分だ。


 私は小さな満足を覚えつつ踵を返し、同時に旗持ちに目配せをして旗を降ろさせる。


 これで向こうも旗を下ろせば、エリアスが動くだろう。


 ここだけは、エリアスの望みのままにやらせてやる必要がある……飼い犬にしっかりと餌を与える主だと認識してもらわねば、今後の作戦がやりづらくなるからね。


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