第175話 エスト方面開戦



View of シェランザ=ビヒラ ソラキル王国子爵 エインヘリア侵攻軍総大将






 ソラキル王国とエスト王国は敵対関係にあったわけではないけど、決して友好的であったわけでもない。


 まぁ、仕方ないけどね……ソラキル王国がユラン公国の後ろ盾になっているのは公然の秘密ってやつだし、エスト王国としてはユラン公国と同じくらい僕達の事が嫌いだった筈だ。


 それでも国境に見張り程度の意味しかない砦しか建設できなかったのは、ひとえに双方の国力に絶大な差があったからに相違ない。


 堅牢な砦を建設して、中途半端に刺激するような真似を避けていたってところだね。


 まぁ、前の王は病にかかってから外征するつもりは完全に無くなっていたみたいだし、砦は必要なかったとも言えるけどね。


 そのお陰で今回の侵攻は楽になったんだから、文句はないけどね。


 もし、国境に堅牢な砦を作られていたら、この程度の兵数の差じゃ攻めきれなかったと思う。


 ……あれ?でもその場合、砦に毒の雨降らせれば良かった気がする。


 もし敵が籠城を選択していたら……儀式発動までの時間を稼ぐのは野戦よりも簡単だっただろうし、普通に戦うよりかなり楽だったに違いない。


 うん、やっぱり前の王ダメだね。今更言っても仕方ないんだけどさ。


 そんなたらればより、この戦場でどうやって時間を三日程稼ぐかってことの方が大事だね。


 既に儀式魔法の準備は始めているけど、どんなに早くても三日目の昼頃までは発動させることが出来ない。


 普通に考えるなら、僕等は攻めている側で向こうは守る側……こちらが大きく動かなければ相手は守り重視で戦うのが上策だと思う。


 でも今の状況は普通とは言えない……何故なら陛下の率いる本隊が十五万という大軍でエインヘリアに攻め寄せているからだ。


 そうなると、こっちで相対するエインヘリア軍は、本来防戦側……自国内での戦いという有利な条件が機能しないという事になる。


 僕らの攻撃を受け止め、守り、時間を稼いでいる間に援軍が派遣されてくる……そういった当たり前が今回は行われない。


 寧ろ、我々を撃破して本隊の方に救援に向かいたいと思っているくらいだろう。


 そうなると……相手は前のめりになるよねぇ……。


 初日から全力で向かって来られると中々キツイんだけど……数の上では有利だけど、相手はこの短期間で戦争を何度も行っている分、兵達も戦慣れしている者が多いだろう。


 ソラキル王国の兵は実戦経験に乏しく、いざ戦いが始まった時……十全に戦えるとは思えない。


 皆には、防御をしっかりしておけばのらりくらりと受け流せるって説明したけど……僕達の軍の練度からすれば、寧ろ恐怖や緊張から一気に総崩れになる危うさがある。


 それも懸念があったから、初日はしっかりと盾を構えて引きこもらせたかったんだけど……遠目に見える敵軍の整然とした動き……あれを見てしまっては、そう簡単にうちの兵が敵の突撃を支え切れるとは思えない。


 真正面から支えきれないのであれば……うん、敵を引っ掻き回す役が必要だ。


 本当はその役をクガルラン王国軍に担ってもらうつもりだったけど、向こうは攻め気を見せて欲しいって頼んである分、初日から激戦区になりそうだ……三日目まで踏ん張ってくれるといいけど。


 崩れそうだったらすぐに援軍を回す必要があるけど……出来れば援軍を送るのではなく、相手の攻めをかき乱す方向で処理したい。


 本陣詰めの騎兵千を別動隊にして、機動力で引っ掻き回してもらうか……問題は指揮を誰にするかだけど……そういう臨機応変なのが得意な連中は右翼に回しちゃったんだよね。


 どうしたもんか……。


 そんな風に僕が別動隊の指揮を誰に任せるか頭を悩ませていると、舌戦に出ていたユーインが天幕に入ってきた。


「おかえり、ユーイン。相手はどうだった?」


「いや、なんていうか……相手は総大将が舌戦に出て来たんだけど。色々凄かった」


「へぇ?どんな風に?」


 ユーインのギラギラした目を見ればなんとなく分かるけど……。


「あんな綺麗な女見た事ねぇよ。それにめちゃくちゃ色っぽかった。服とかもよ、絶対こっちを誘ってるって感じに着崩してて、一つ一つの仕草がまたエロいんだ」


「うん……まぁ、予想はしてたけどね。って、服を着崩してた?鎧姿じゃなかったの?」


「あぁ、ローブ姿だったな。将軍って感じじゃなかった、多分アレは魔法使いだろうな」


「へぇ、総大将が魔法使いって珍しいね。エインヘリアはやっぱり型破りな国みたいだ」


 普通、魔法使いは魔法を使ってこそ意味があるので、指揮官の立場につくことは珍しい。


 指示を出す暇があったら魔法を撃てってのが常識だからね。


「あの総大将は絶対に生け捕りにするぞ。アレを殺す様な奴が居たら俺が殺してやる」


 そう言って鼻息を荒くするユーイン。


 彼は頭の回転も悪くないし、腕もそこそこ立つんだけど……女が関わると知能がかなり下がるんだよね。


 まぁ、ご褒美って形を作ってやると、急に頭も回りだすんだけど……。


「分かったよ、ユーイン。これから仕事を一つ任せるからさ、それが上手く行ったら君に玩具として進呈するよ。舌戦に出てた女性をね」


「マジかよ!いいのか?そんなこと言って。お前見てないからそんな風に言えるんだろうけど、正直アレを取り合って殺し合いが起きるレベルだぞ?」


「僕はそういった、傾国の美女みたいなのは好きじゃないからね。何をするにしても緊張しちゃうでしょ?僕はもう少しお手軽な方がいいんだ」


「他の奴らはいいのか?」


 既に若干締まりのない表情になっているユーインに、僕は気持ち真剣な表情で言葉を続ける。


「ちょっと難しいし、危険も多い仕事を任せるつもりだからね。そのくらいは抑えるよ。ユーインの働き如何で、僕達が三日間耐えきれるかが決まる」


「……まぁ、あの女なら命がけの報酬としても釣り合ってるレベルだ。何をすればいい?」


「騎兵千を率いて敵を引っ掻き回して欲しいんだ」


「……後背を突いたり横腹を狙ったりしろって事か。分かった。替えの馬を用意しておいてくれ、それと水も」


「了解。手配しておく」


 僕が頷いたところで、喊声が上がった。


「始まったか……この声を聴く限り、右翼も中央も相手は突っ込んで来ているって感じだな」


「そうみたいだね。じゃぁ、ユーイン。早速頼むよ、率いる騎兵は……あぁ、僕も一緒に行って直接命令するよ。その方が早い」


 ユーインに預ける騎兵は僕の天幕近くに配置されているから、多少ここから離れたところで問題はない。


 寧ろ直接動きを指示しておかなければ、一気に敵に飲み込まれる恐れがあるからね。


 僕とユーインは騎兵の所に向かう為、急ぎ天幕を出る。


 敵が動き始めているなら猶予はあまりない、こちらの兵が崩れる前に別動隊を送り出さなければ……。


 指示する内容を整理しつつ、騒がしくなって来た前線の方に目を向けると、ものすごい勢いでこちらに迫って来る敵軍の姿が見えた。不覚にもその姿を見た僕は一瞬思考が止まってしまう。


「え?速過ぎない?敵軍徒歩っぽいんだけど……」


「なんだあの速度……鎧を着て全力疾走なんて、数秒も持たねぇだろ……ってか、鎧を着てない俺の全力より速い気が……」


 僕達が敵の速度に目を丸くしている間にも、敵軍はこちらを目掛けて突き進んで来る。


「不味い、予想以上に接敵が早くなりそうだ。急ごうユーイン」


 まだ敵との距離がかなりあり、こっちが少しだけ高台ということで敵軍の姿が良く見える。


 左翼、右翼、中央……敵軍はこちらの陣形などお構いなしと言った様子で三つに分けた軍に向かって突撃を仕掛けて来ている。


 想定していたよりも相手の戦意が高いようだ……エインヘリアからすればエスト、ユランの土地は厄介な土地だし、そこまで全力で守りに来ることも無いのではと考えていたのだが……やはり一度手にした土地は、そう易々と手放したくないということみたいだ。


 こちらの事前の読みが悉く外れているようで何処か気持ち悪い。


 まるで誰かに化かされているかのような、そんな思いが一瞬頭を過る。


 敵軍がこちらに小さな物とは言え高台を取らせたのも不可解だ……まぁ、相手の陣形を隅々まで見渡せるほどの高台ではないから、あの踏破力があるのであれば些細な起伏など気にも留めなかったのかもね。


 僕は心に生まれた嫌な感じを振り払うように足を動かす。


 僕達が急ぎ騎兵達の所に辿り着くと、馬上で敵軍の動きを見て目を丸くしていた部隊長が馬から降りてきた。


「これより命令を下す。君達は、ユーイン将軍指揮下に入れ。そして、その機動力で敵を翻弄してもらう。深く当たる必要はない、ただ素早く一撃離脱を心掛けろ。部隊の損耗を最小限にしつつ相手の気を正面だけに向かせないことが役目だ」


「はっ!」


「よし、じゃぁユーイン後は……」


 任せる、そう言葉を続けようとした僕は、突然の地響きに驚き言葉を止めてしまう。


 これは大軍が走って攻め寄せて来ているとか、そんな生易しい物ではない。


 明らかに地面が鳴動している……訓練された軍馬は暴れてはいないが、明らかに怯えているし、兵達の中には立っていられない者もいるようだ。


 一体何が起こっている……落ち着いて状況を調べようと辺りを見渡そうとした瞬間、地面のあちこちが突然盛り上がり……いや、凄まじい速度で隆起していき、僕の視界を塞いでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る