第174話 ユラン方面侵攻軍



View of ザナロア=エルシャン=ソラキル ソラキル王国新国王 元王位継承順位第七位






 陣の後方に張られた天幕で私は軍議の様子を眺めていた。


「斥候からの情報入りました。エインヘリア軍は戦場に展開している五万のみ、周囲に伏せている軍も近くの街や村にも待機している軍はありません」


「こちらは十五万だぞ?五万程度で野戦って頭おかしいんじゃないか?」


 報告を受けた指揮官の一人が嘲る様な声で言うが、恐らくこの天幕にいる全員が同じような想いなのだろう。


 微妙に弛緩した空気が天幕に流れる。


「五万相手なら小細工は必要ないですね」


「というか、向こうの小細工を警戒しなきゃっしょ?斥候はなんか変な動きとか掴んでないの?」


「今の所目立った動きは何も。普通に横陣を敷いているみたいです」


「そこはせめて密集隊形じゃないのかよ……」


「それはあれじゃない?出来る限り広く構えて抜かせないようにしてるとか」


「いやいや、十五万対五万よ?密集しようが横に広がろうが変わんないでしょ。っていうか、薄く広がるならどっちにしろ突破されるっしょ?」


 軍議は白熱しているような弛緩しているような……なんとも中途半端な空気だな。


 まぁ、私が若い貴族を軍に多く採用したのが原因だが。


「折角数字に差があるんだし、ゆっくり押しつぶす王道の戦いって奴でいいでしょ。それよりさっき誰か言ってたけど、敵軍の動きが気になるよね」


「この数の差で野戦だからな。間違いなくなんか仕掛けて来る。後は何を仕掛けて来るかってところだが……」


 今まで勢いよく意見を言い合っていた全員が一斉に黙りこちらを見て来る。


「なんだ?」


「いや、陛下だったら相手の狙い分かるのではないかと……」


「……私は戦術に関してはからっきしだ。期待に応えるのは無理だな」


「戦術って訳じゃなく……相手が今何を狙ってくると思うかってだけでもいいのですが」


 この場にいる全員が期待するような目でこちらを見て来る。


「あくまで参考程度という事であれば……この状況で敵が打てる手の中に正面戦闘はないだろう。援軍や伏兵?それは斥候が可能性を潰した。こちらを誘い込んでの罠……それも厳しい。数に差があり過ぎる。相当大がかりな仕掛けが必要だろう。そう言った報告もないし、儀式魔法の準備をしている様子もない」


 斥候が相手の全てを暴いているわけではないだろうが、現時点では仕掛けの一つも見つかっていないのは確かだ。


「そうなって来ると、敵が狙うのは大掛かりな策ではなく、最小限の動きで最高効率を狙ったもの……こちらの兵糧、若しくは私の首、その辺りではないか?」


 暗殺については対策を偏執的なまでにしているから問題ないがね。


「……兵糧というと、焼くということですか?」


「兵糧は厳重に守られている上に分散して配置されているのだろう?それを全て焼くのは不可能だ。私なら、毒を仕掛ける。焼かれた食料は食べられなくなるが、残った食糧は食べられる。しかし毒の入れられた食料は食べられないが、毒が入れられたかもしれない食料も食べられないだろ?」


 奪うよりも焼くよりも、目に見えない毒を仕込む方が遠征軍を苦しめられるだろう。


 まぁ、敵の領地深くまで入り込んでいるわけではないし、補給線が途切れているわけではない。兵糧攻めだけでは決定力に欠けるだろう。


「兵糧を狙ってくるという事は、こちらの補給線を潰しにかかる?」


「いや、別動隊は確認出来なかった。その線は薄いだろう」


「でも毒はありそうだな……」


 私の言葉を受けて天幕の中で再び議論が始まる。


 私は人の裏をかいたりかたに嵌めるのは得意だが、それが戦場でも通じるとうぬぼれるつもりは無い。


 勿論今の様に私の意見を求められれば答えはする……しかし、今後も戦を起こすつもりではあるが、私が戦場に出るのはこれで最後だ。


 戦場での読み合いや嵌め合いは私の趣味ではないし……何より、王が戦場に立つ意味なぞ一つとしてありはしないだろう。


「よぉ……もういいだろ?」


 軍議に参加していながら今まで一声も言葉を発することなく眠そうにしていた男が声を上げると、天幕の中が一気に静まり返る。


「相手の狙いがどうであろうと、話は単純だろう?俺を先頭に奴らに突撃する。軍の大多数は王と食料を守ればいい。万が一相手が奇策に出たとしても一撃で全滅するような策はない。ならば何か策に嵌められたとしても、俺が戻るまで耐えきれば必ず王を助け出してやる」


 その大言壮語を否定出来る者は誰もいない。


 何故なら彼はソラキル王国の最大戦力にして英雄。


 その名をエリアス=ファルドナ。我々の常識から外れた化け物だ。


「先陣をきってくれるのか?」


「当然だろ?俺が何の為にこの国に居ると思っている?」


 不敬極まりない態度ではあるが、私を含めそれを指摘する者はこの場に誰もいない。


「それもそうだな」


「折角俺がこの国に来てやってるってのに、前の王は全然戦争をしなかったからな。それに引き換えあんたはいきなり戦争を起こすし、中々見どころがあるぜ?」


 獰猛な笑みを浮かべながら私を睨みつけるエリアス。そんな彼に私は肩を竦めながら答えて見せる。


「私の治世ではエリアス殿の出番は多くなりそうだ。その力存分に振るって欲しい」


「任せときな。とりあえず、あんたの大事な初戦だ。全力で暴れて、あんたの強さを国の内外に知らしめてやるよ」


 尊大な態度で話す英雄エリアス。


 それが許されているのは、彼がソラキル王国において誰よりも強者であると言う事ともう一つ。彼が仕えているのはソラキル王国ではないからだ。


 対外的にはソラキル王国に所属する英雄という触れ込みだが、その実……ソラキル王国に所属しているとされた過去の英雄たちも全て……大帝国からの出向なのだ。


 その事を知るのは大帝国と我が国の上層部だけなのだが、ここにいる我が友人達はその事を知っている。


 下手に忠義を見せて余計な一言を放てば、殺されかねないからな……。


 さしもの私も、友人が無駄に命を散らすのは好まない。


 どうせ死ぬのであればそんな突然死ではなく、もっと楽しませて貰いたいものだ。


「心強い限りだ。では、私は私でエリアス殿が存分に暴れられるように、これからも争いの中心にいることにしよう」


「それは今後も楽しめそうだな。期待してるぜ?新王様」


 そう言い放ったエリアスは、椅子の背もたれに体を預け目を瞑る。


 これ以上話す事は無いと言った態度だが、流石に彼の意見だけで軍議を終わらせるわけにはいかないだろう。


「エリアス殿はこのように言っているが、戦の指揮権を持つのは君達だ。最終的にどう戦うかは君達が決めなくてはならない」


 私がそう告げると、天幕の中にいる者達は微妙な表情を見せながらお互いの顔を伺っている。


 今回の戦争において、指揮官として抜擢された人材の殆どが年若く、士官教育を受けてはいるものの、実戦の経験など無い。


 勿論それには理由がある。


 王位継承権争いで私の後ろ盾となる様な譜代の高位貴族は存在しなかったからだ。


 重職は高位貴族が独占しているのと同様に、軍上層部も昔ながらの貴族達で独占されていた。


 無論私が新王として即位した以上、元々の将軍達も私に忠誠を誓ってはいるのだが……その忠誠は本当の物ではない。


 故に私は、取り巻き達を連れて戦場に出る事となった。勿論それしか選択肢が無かったからそうしたわけではないが……。


 新王となった直後にいきなり国を開けたのだ……腹に一物を抱えている者共は必ず動く。


 いきなり反乱……とまではいかないだろうが、少なくとも姉上に接触を試みるはずだ。


 そういった旧臣たちをあぶり出す意図が今回の戦争にはある。


 今の段階で姉上が俺を裏切る事は無い筈だが、姉上の周囲は見張らせているし動いた者は全て監視下に置かれる。


 はっきり言って私の興味は、対峙しているエインヘリア軍にはなく、私の留守中に動くであろう者達……そちらに向かっている。


 無論、だからと言ってこの戦争に負けるつもりは無い。


 だからこそのエリアスであり、もう一つの軍を任せたシェランザだ。


 エリアスについては言うまでもないが、シェランザはその見た目に反してかなり優秀だ。


 実戦経験こそ無い物の、その才覚は本物で、過去にない程の成績で士官教育課程を修了したらしい。


 本当はこちらの軍の指揮を任せたかったのだが、そうなると向こうの軍がかなり手薄になってしまうので仕方なくシェランザには向こうに行ってもらった。


 しかし、この状況はシェランザを向こうに回した弊害だな。


 シェランザは今回向こうの軍の大将を引き受けるにあたって、自分に近しい者達も向こうの軍へと引っ張っていった。


 シェランザ程では無いにしても、彼の周りの人間もそれなりに優秀な者達だったので……こちらの軍に残されたのは、いわば出涸らし……。


 ここにいる指揮官達は良くて二流、下手をすれば三流以下の者もいると言った状態。こちらの軍にはエリアスがいるから、指揮能力に欠けたとしても力押しでどうとでもなるという考えだ。


 無能な味方は有能な敵よりも恐ろしいという話はあるが……彼等が勝手な動きを取る事は無い。


 私に逆らえばどうなるのか、今まで共に遊んできた彼等が一番よく知っているからだ。


 先程の目配せも、私の意図に沿う答えを求めての事だろう。


「軍議中失礼いたします!斥候より重要な情報が届きましたので、ご報告に上がりました!」


 煮え切らない天幕の空気を、外から聞こえて来た声が吹き散らす。


 私が頷いて見せると、入り口に立っていた兵が急ぎ天幕の外に行き、情報を受け取り戻って来る。


「ご報告いたします。敵軍の中にエインヘリア王の姿を確認しました」


「ほう?」


 王自らが五万を率いて前線にやって来た?


 私もこの場にいる以上、相手を馬鹿だと言う資格は無いが……負け戦が確定している戦場に出て来る王がいるとはな……。


 だが、良い機会かもしれない。


 今はまだエインヘリアの王を殺すつもりは無いが……こちらの実力を直接目の当たりにさせ、軽く先制の一撃とするのも良いだろう。


 恐らく、これから長い付き合いになるだろうしな。


 そう考えた私は、報告に一切の興味を見せることもなく目をつむったままのエリアスに声をかける。


「エリアス殿。開戦前の舌戦、私と共に来てくれぬか?エインヘリア王の顔を見ておいて欲しいのだ」


「殺すのか?」


「いや、逆だ。殺さぬために顔を覚えておいて貰いたい」


 私が苦笑しながら答えると、めんどくさそうな表情になりながらもエリアスが頷く。


「まぁ、そういう命令なら仕方ないな。今後の為に必要って事だろ?」


「理解が早くて助かる。エインヘリア王の事はしっかりと持て成す必要がある。その為にも、いきなり殺されては困るのだよ」


「了解。ならば王同士の顔合わせ……舌戦の場には俺が護衛として行こう」


 今回の戦争を通じて、エインヘリア王がどのような人物なのか推し量るつもりだったが、本人と会えると言うのであればこれに越した事は無い。


 舌戦なんてものはただの形式上のお遊びでしかないが、少なからず本人の言葉が聞けるのだから、そこから人物像を推し量ることも不可能ではない。


 こんな負け戦に出て来る辺り、相当な自信家か、それとも考え無しか……自己犠牲という名の自己陶酔型か……ここに来てこの戦、かなり面白くなって来たな。


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