第173話 エスト方面侵攻軍

 


View of チェラ=フェローキン クガルラン王国子爵 エインヘリア侵攻軍副将






「うん、君達はね、左翼を任せます。ちょっと左翼偏重って感じだけど、行けますよね?」


「承知いたしました」


 ソラキル王国軍の総大将であるビヒラ将軍の言葉に、ロッセ将軍が頷く。


 ソラキル王からの伝令を受け取った私達クガルラン王国軍は、いたずらに時間を引き延ばすことはせずに予定通りソラキル王国軍と合流し、現在はエインヘリアとの国境付近まで軍を進めていた。


 現在はエインヘリアに足を踏み入れる直前の、最後の軍議となっている。


「右翼は、ホルン将軍に一万五千預けるんで上手い事やって下さい。中央は私が二万預かります」


 左翼は我等三万五千、中央が二万で右翼が一万五千……確かに左偏重と言っても良い。


 というか、ソラキル王国と私達の軍の二つに分けて布陣すると思ったが……三軍に分けるのか。


「僕達に連携なんて無理ですからね、簡単な決め事だけして、後はそれぞれの軍で頑張ってください」


 ビヒラ将軍は、総大将とは思えない程の軽さで各軍の将軍に簡単な指示を出していく。


「ロッセ将軍の左翼は、我が軍の中で一番数が多いですし、主攻を担ってもらいますね。何かあれば予備軍は中央から出しますが、こっちはあまり余裕がないんで上手くやってくれると嬉しいですね」


 戦を目前とした総大将とは思えない程、柔らかい笑みを見せながらビヒラ将軍が言う。


「主攻ですね。承りました」


「左翼と中央は、初日は受けに回ります。相手が攻めてくれば、ですがね。逆にクガルラン王国の皆さんは出来る限り相手を削って下さい」


 ……私達はなるべく敵と正面からぶつからず、受け流す様にのらりくらりと敵を躱すつもりだったのだが……その願いとは真逆、主攻にして唯一の攻撃役か。


 ビヒラ将軍は爽やかな笑顔を見せながら、確実に私達を使い潰すつもりだろう。


「あぁ、削って欲しいとは言いましたが、最初から全力で当たる必要はないですし、深追いは絶対にしないで下さい。特に初日は上手い事攻め気を見せて、相手を前のめりにする感じにしてくれると嬉しいですね」


「初日は流す感じですか?」


「流すというと少し語弊があるかな?初日は敵も味方も、一番緊張して一番力が入りますからね、そこでの被害は馬鹿にならないですし、僕としてはいきなりの大きな被害は避けたいんですよ。二日目以降、こちらの準備が出来てからが本番です。でも、攻め気を見せないと相手も何かあると勘繰るでしょう?だからその辺を上手い事誤魔化して欲しいわけですよ」


「なるほど……少々難しい注文ですが、なんとか期待に応えて見せましょう」


 真剣な表情でロッセ将軍はビヒラ将軍に頷いて見せる。


 二日目三日目に余力を残す為、被害を押さえつつ攻め気を見せる……策とはそういうものだが、少々どころではなく難しい注文だと思う。


「お願いしますね。いやぁ、クガルラン王国の援軍として来て下さったのが、戦上手と有名なロッセ将軍で本当に良かったですよ」


「はっはっは!私はただの老兵に過ぎませんよ」


「いえいえ、長年戦場というものに身を置き、酸いも甘いも知り尽くした方が傍に居て下さることの心強さは私達には大切ですよ。何せ、私もホルン将軍も実戦の経験は殆どありませんからね」


 そう言って笑うビヒラ将軍は、何の含みも無く純粋にロッセ将軍の事を頼りにしていると言った様子だ。


 難しい注文をされてはいるが……我等を使い潰そうとしているというのは穿ち過ぎだっただろうか?


「我々の目的は、エインヘリアに攻め込みユラン公国領を奪還するための橋頭堡を作る事ですが、それと同時にエインヘリア軍をここに足止めする事でもあります。本隊は陛下の率いる軍ですからね。こちらの倍以上の数で攻めている分、あちらは敵方の守りも厚いでしょうが、それでもここで我等が敵軍を自由にさせないことで本隊は楽になるはずです」


 ビヒラ将軍の言葉に天幕にいる者達が頷く。


 この将軍は、ロッセ将軍の様に覇気を見せて背中で皆を引っ張っていくタイプではない様だが、こちらを包み込んでくるような不思議な器のような物を感じる。


 一気に燃え上がるような士気というよりも、静かにぐつぐつと滾る様な士気の上がり方を感じる。


「まぁ、足止めをすると言っても最終的にはこちらにも橋頭保を築かないといけない訳で、敵軍を撃破しないとダメなんですけどね。その為の二日目以降の仕掛けなんで、ロッセ将軍……初日は厳しいと思いますが、よろしくお願いします」


「承知いたしました、ビヒラ将軍。なんとか良い形で二日目を迎えられるように尽力いたします」


 正直、この戦にもソラキル王国軍にもあまり良い感情を持っていなかったが、ビヒラ将軍の人柄に私はすっかりと毒気を抜かれてしまっていた。


 ここまで来た以上、やるしかないのだが……それでも私はこの戦について少し前向きになっている自分に気付く。


 人心掌握という物だろうか……将軍と呼ばれるには若く線も細く、ただの優男にさえ見えるビヒラ将軍だが、流石はソラキル王国という国で将軍職を務め、遠征軍の総大将に任命されるだけの事はある。


 実戦の経験は殆ど無いと言っていたが、それはソラキル王国自体が近年外征をすることもなく侵攻されることも無かったが故の事だろう。


 もし今回の戦を見事勝利する事が出来たら、ビヒラ将軍は経験と実績を手に入れ、近い将来ソラキル王国でも屈指の将となるかも知れない。


 もしかするとその経験を積ませるために、ソラキル王は敢えて自分の軍と離れた位置から侵攻をするこの軍の総大将として、ビヒラ将軍を任命したのかもしれないな。


「そういえば、ビヒラ将軍。確か、こちらに回されたソラキル王国軍は四万ではありませんでしたか?先程の配置では三万五千しか指示されていないようでしたが、残りは予備軍でしょうか?」


「あぁ、先程言わなかった五千については既に作戦行動に従事しており、既に我々とは別行動となっております」


「そうだったのですか。流石に手が早いようですね」


「えぇ、ここまで短期間に領土を拡大したエインヘリアを侮る事は出来ませんよ。本隊と違ってこちらには英雄はいませんからね。打てる手は全て打っておかないと……」


 そう言って机の中央に置かれた地図を見下ろすビヒラ将軍の目から柔和な様子は消え、猛禽類の様な鋭く力強い色を帯びていた。






View of シェランザ=ビヒラ ソラキル王国子爵 エインヘリア侵攻軍総大将






 軍議が終わり、天幕からクガルラン王国の将兵達が出て行った後、僕は小さくため息をついた。


「なんで僕が総大将なんだろうね?」


「くくっ……いや、中々堂に入る姿だったと思うぞ?あのクガルランのじーさんも納得してたように見えたし」


 右翼を任せた友人、クラッツ=ホルン男爵が笑いながら言ってくる。


「それなら良かったけど……いや、それにしたってこっちの将官若すぎるでしょ……総大将からして僕だし……」


 若干げんなりとしながら天幕にいる指揮官達を見まわす。


 そこにいるほとんどの人間が二十代前半……三十代以上なんて多分片手で足りるくらいしかいない。


 ここにいる全員が、新王即位後に家督を継いだばかりの新人貴族だ。


 威厳も何もあったものではない。


「まぁ、確かにそこは不自然だけど……でもシェランザは上手くやってたぞ?正直ちょっと尊敬したわ」


「本当?」


「あぁ。お前らもそう思うだろ?」


 クラッツの問いかけに、天幕にいる友人達がその通りだと言った感じで頷く。


「殿下……いや、陛下も無茶ぶりが過ぎるよね。いきなり軍を率いろだなんて……いや、一応士官教育課程は修めたけどさ……いきなり実戦なのは仕方ないにしても、初陣が総大将っておかしくない?僕子爵だよ?」


「陛下が突拍子もない事をするのは今に始まった事じゃないだろ?それに陛下のお陰で、予定をかなり前倒しにして当主になれたんだ。だったら貴族の義務って奴を果たさないと駄目だろ?」


「そうなんだけどさ……僕の負担大きくない?」


「そりゃ、お前が俺達の中で一番出来る奴だからな。仕方ないだろ?」


 クラッツがそう言うと他の友人共もニヤニヤしながら同調する。


「完全に貧乏くじだよね。折角当主になったし、これから今まで出来なかったような遊びも色々出来ると思ってたのにさ」


「まぁ、いいじゃねぇか。こうやって功績をあげたら、とっとと爵位上げてくれるって話だしな。爵位が上がればもっと派手に遊べるようになるだろ?」


「……いや、陛下も一緒にいるんだし、その時点で何したって大丈夫でしょ」


 僕たちの遊び……外に漏れると色々面倒なので、今までは秘密裏に小規模にやっていたけど、陛下の権力があれば遠慮なんて必要ない。


「まぁ、そうだけどな。この前やった平民の兄妹対決とかめっちゃ面白かったよな」


「あー、しこたま薬ぶち込んでおかしくしてから戦わせた奴?僕途中で呼び出されたから、最後まで見てないんだよね」


「そうだったのか?最後の方めちゃくちゃ笑えたんだけどな。妹の方が兄貴のアレを食い千切ってさ……」


「おおぅ……って、今はそれどうでもいいよ。それより今回の戦争だよ」


 話が遊びの方に向かって行きそうだったので、僕は手を振って追い払うようにしながら話を戻す。


「なんか策があるんだろ?」


「一応ね。基本的にはさっきの軍議で説明したけど、暫くは引き気味に戦うよ。その間に儀式魔法の準備を進めるんだ」


「儀式魔法?何するんだ?」


「毒の雨を降らせるんだ。かなり強力な毒で、直接浴びたら人はあっという間に死ぬし、土地も死ぬみたいだね」


 この儀式魔法は陛下と一緒に使えそうな儀式魔法を調べていた時に見つけたもので、禁忌魔法ではない物の、ソラキル王国の禁書庫で厳重に封印されていた代物だ。


「毒の雨って、俺達は大丈夫なのかよ?」


「うん、雨を降らせる場所は指定できるし大丈夫。ただ指定できる距離が儀式魔法の割に短くてね……こちらの陣地で発動させたら、多分相手の陣地までは届かないと思う。戦場となる中間辺りまでかな」


「中途半端だな。敵の陣まで届くんだったら一気に殲滅出来そうなのによ」


「こっちは攻めだから戦場の指定も難しいし、その辺は中々難しいよね。後、発動までにかなり時間がかかるから、その時間も稼がないといけない」


「だから初日は流す感じなのか」


「そういうこと」


 クラッツの言葉に僕が頷くと、別の友人がしたり顔をしながら口を開く。


「あぁ、なるほどね。だからクガルラン王国の軍を前に出しつつ深追いはさせないのか。儀式魔法の準備が出来たら諸共毒を叩き込むって寸法だろ?」


「儀式が完成するまでにクガルラン王国の軍をすり減らされたら、囮が居なくなるからね。誰かやりたい?」


 僕の問いに皆が首を横に振るが、ロッソがそういえばといった感じで口を開く。


「囮なら処分予定の連中にやらせれば良かったんじゃね?」


「駄目駄目、アイツ等じゃ儀式が完成するまで持たないよ。それに、アイツらはちゃんと仕事があるからね」


「そう言えばさっき別行動がどうとか言ってたな」


 処分予定の連中とは、先程の将軍に伝えた五千の別動隊の事だ。


 彼等は陛下から要らないと宣言されており、本人達には伝えていないがこの戦争で華々しく散ってもらう手筈となっているのだ。


「うん。彼等には五百ずつの部隊に分かれて貰って、エインヘリア軍の後方にある街や村に略奪を仕掛けて貰うんだ」


「何それ?めっちゃ面白そうじゃん?」


「だよね。彼らも、奪った物は全部自分達のモノにして良いよって言ったら、凄く気合を入れてたよ」


 僕が略奪に行って来てって頼んだ時、滅茶苦茶目をぎらつかせてたもんね。


 まぁ、侵略戦争で一番面白い部分だと思うけどさ。


「なんであの連中にそんな面白そうな役をやるんだ?俺が行きてえよ」


 不満気に言うクラッツに、僕は苦笑してみせる。


「行ってもいいけど、かなり危ないよ?少なくとも連中は最終的に全部死ぬし」


「……止めとくわ」


「それがいいよ。敵の後ろに回り込んでの略奪だからね。どう考えても逃げ場はないし殲滅されるでしょ。まぁ、彼らには本隊がしっかり敵軍を足止めしておくから、思いっきり派手にやれって言ってあるけどね」


 僕の言葉に天幕の中に笑いが起こる。


「いや、それを信じるってどんだけよ!頭に花でも咲いてるんじゃね?」


「ほんとね。まぁ、仮に逃げ延びたとしても十日後には毒で死ぬし、全滅は確定だよ」


「毒?」


「うん、出発の前に景気づけにって振舞った酒に毒を入れておいたからね。遅効性の毒でその日が来るまでは元気いっぱい暴れてくれる筈だよ」


「なるほどな……」


「開戦初日に最低でも数カ所の村は焼き払えって頼んであるし、あの様子なら、手分けしてかなりの範囲で暴れてくれると思うよ」


「村を焼き払っちまっていいのか?俺達の水や食料が現地で確保出来なくなるんじゃ?」


「いいのいいの。僕達の規模の軍だと村程度で確保できる糧食なんて焼け石に水程度だからね。それに別動隊は五百ずつの部隊に分けたから、大き目の街を攻める事も出来ない。結果、彼らの働きはしょぼい村を襲って焼く程度に納まるって訳だよ」


 それに食料は十分過ぎる程持って来ているし、水源も既に場所は把握している。


「なんでわざわざ別動隊にしてまで略奪をさせるんだ?こっちの戦場で使い潰しても良かっただろ?」


 クラッツは略奪に参加できないことが不満の様で、憮然としながら尋ねて来る。


 まぁ、そんなに焦らなくても初戦の相手を潰せば相手が軍を再派遣するまで時間はあるし、その間は好きに遊べばいいと思う。


「これもちゃんと作戦だよ。エインヘリアって国は民を大事にしているみたいでね。その民が無惨に殺されたと知ったら、きっと勢い込んで突撃してくる筈さ」


「そう言う事か……」


「エインヘリアは情報伝達も早いからね。開戦初日に村を襲ったとして、遅くとも翌日には軍まで話が届くはず……そこから別動隊を殲滅して被害状況を確認して……三日目くらいに怒り心頭の敵軍が僕達目掛けて突撃してくるだろうね」


 襲った村の人間は適度に残す様に言ってあるしね……テンションが上がって皆殺しにしそうだけど、多分少しは逃げられるでしょう。


「そこにクガルラン王国の軍をぶつけて足を止めさせて、儀式魔法で一網打尽って訳だな」


「うん、綺麗に嵌れば一気に決着だね。略奪の本番はそれからってことで納得してくれると嬉しいな」


 僕が笑いながら皆に言うと、同じく笑みを浮かべながら友人達が頷く。


「やっぱ、俺達の総大将はお前しかありえないわ」


 クラッツの言葉に僕は肩を落としてみせる。


「それはちょっと遠慮したいんだけど……っていうか何度も言うけど、総大将が子爵っておかしいでしょ」


「それを言うなら右翼の大将は男爵だぞ?」


 確かにクラッツの言う事ももっともだけど、友人たちの中には伯爵もいるのだから、僕が総大将をやらなくてもいいと思うんだけど……。


 肩を落とす僕を見て友人達の笑い声が天幕に響いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る