第172話 援軍の想い

 


View of チェラ=フェローキン クガルラン王国子爵 エインヘリア侵攻軍副将






 私はロッセ将軍の横で馬を進めながら、憂鬱な気持ちを抑えることが出来なかった。


 我等は現在ソラキル王国の要請に従いエインヘリアとの戦争の為、ソラキル王国の侵攻軍との合流地点に向かっていた。


「どうしたのだ?フェローキン子爵。これから戦に向かうというのに、そのようにしけた顔では倒せる敵も倒せぬぞ?」


「ロッセ侯爵……いえ、将軍。将軍は随分とやる気の様ですね」


「当然だ。この戦に勝てば我等にも奪い取った土地を割譲されるだろう?我々の活躍次第で割譲される土地は増減するだろう。クガルラン王国の為奮戦せねばな!」


「……いえ、ロッセ将軍。今回の戦はユラン公国の為という名目です。我等の働きがどれだけあったとしても領土の割譲は期待できないかと」


 私がこの戦争に乗り気でない理由はこれだ。


 何が悲しくて身銭を切って、他国の為に侵略戦争に参加しなければならないのか……。


 戦争にかかる費用それは食料や武器だけではない。


 戦闘が発生すれば必ず死傷者が出る……その時遺族や重傷者に払う見舞金をケチれば、民は二度と徴兵に従わなくなるだろう。例えそれが自国が攻められた時であっても。


 しかし実入りの無い此度の戦で発生した軍費は莫大で、とても十分な金を遺族たちに支払える余裕が我が国にあるとは思えない。この一戦は、勝とうと負けようと我が国を不安定にする一因にしかなり得ないのだ。


「なんだと!?では我等は一体何をしに向かっているのだ!?」


「ソラキル王国の援軍ですよ」


 ロッセ将軍が初耳というような表情で叫ぶ。


 この方は以前副官だった父から聞いた話では……戦場では切れ者とのことなのだが、同時にそれ以外が駄目過ぎるという話だった。


 だからこそ今回副将である私が、それ以外の部分を支えなければならないのだが……。


「何故我が王は、実入りの無い戦に我等を向かわせたのだ?」


 今それを聞きます?


 私はそんな台詞をぐっと堪えながら、少し思案顔を作って見せる。


「ソラキル王国の要請ですからね……逆らうのは得策ではないでしょう。それに、国を奪われたユラン公国を助けるという義心から派兵を決めたのでは?」


 そうではないと知りつつ私は口にする。


 不敬ゆえ、けして口にすることは出来ないが……我等がクガルラン王はどんな時でもソラキル王国に右に倣えという人物だ。


 今回の戦争も、新王となった若き王のいいなりとなり派兵することを決めた……そこには戦略的な意図も、政治的な意図もない。


 いや、ソラキル王国という強大な国を敵に回したくないという意図は、政治的と言えなくも無いが……それは利益を得る為、守る為というものではない。ただただ、ソラキル王国を恐れているが故のことだ。


「フェローキン子爵。流石の私もそれを無邪気に信じられるほど考え無しではないぞ?とはいえ、流石にソラキル王国の要請には逆らえぬか……」


 憮然とした表情になったロッセ将軍がそう口にする。


 先程の気合の入れ様も、空元気だったのかもしれぬな。


 最低限、戦費の補填だけでも何かしらソラキル王国から行って貰いたいものだが……恐らく戦中の兵糧の提供のみで済ませる気だろう。


「今何を思っているか当てて見せよう。せめて金くらい寄越しやがれ……違うかな?」


「顔に出ておりましたか?」


 内心を当てられた私は自らの顔を触りながら問い返す。


「はっはっは。フェローキン子爵は確か爵位を継いで間もなかったな?前フェローキン子爵から私の話は聞いておらぬかな?」


「……戦場でとても頼りになる御方だと」


「ん?おかしいな……本当にそう言っていたか?戦場とても頼りになる、そう言っておったのではないか?」


 ……言っておりました。後、それ以外の場所ではちょっと……的な事も。


 返答に窮する私を見て、ロッセ将軍は唇を吊り上げ獰猛な笑みを浮かべる。


「アヤツめ……陰口をたたくとは……不敬罪でしょっぴいてやろうか」


「も、申し訳ございません。父はロッセ将軍の事を決して悪く言っていた訳では……」


 子爵家である我等にとって侯爵家であるロッセ将軍は遥かに格上、そんな方が口にする不敬罪ともなれば……前当主の発言とはいえ、お家取り潰しくらい簡単に出来るだろう。


 私は血の気が引くのを感じながら必死に謝る。


「はっはっは!良い!冗談だ!実際、戦場以外の事はあやつに任せきりだったからな。愚痴や皮肉はいつもの事よ!」


 そう言って豪快に笑うロッセ将軍に若干安堵を覚える。


「まだ若いフェローキン子爵は知らぬかもしれぬが、二十年ほど前までは我等もよく戦場に駆り出されていたからな。前フェローキン子爵とはその頃からの戦友よ。面倒事は全てお主の父に丸投げしておったら、どんどん態度がデカくなっていってな……いつの間にか爵位が逆転したのではないかと思った程であったわ」


「父がそのような……?」


「うむ。真面目を絵に描いたような奴とはアヤツの様な奴の事を言うのだ。しかし、ただ真面目なだけで終わらないのがお主の父の良きところでな、細かいところにまで機転が利く。その柔軟な真面目さには、色々な面で助けてもらった物だ。此度の戦も、久方ぶりに轡を並べられると楽しみにしておったのだが……」


「申し訳ありません。本人も参陣したがっていたのですが、体調が芳しくなく……」


「寄る年波にはさしもの頑固者も勝てぬということだな。まぁ、何かと気苦労の多い奴だったから、家督を譲ってのんびりする時間が出来たのは良かったという所だな」


 苦笑するように言ったロッセ将軍だったが、その顔は屋敷に残った父の顔と同じく寂しげな色が見える。


「今回はたまたま体調が悪かっただけで、普段は隠居したとは思えない程精力的に働いておりますよ。当主としては大きな声では言えませんが……」


「はっはっは!面倒な父親を持ったものだな!しかし、友人の大事な息子だ。今回はしっかり勉強してもらうとしよう。私も何時まで戦場の風に身を晒せられるとも分らんしな!さて、フェローキン子爵、君は此度の戦争をどう見る?忌憚なく本心が聞きたい」


 ……これは中々厳しい質問だ。


 王国の貴族として、この戦争に反対するような意見は慎むべきだ。しかし、父から伺っているロッセ将軍の人柄から考えれば、この質問に裏はない。


 純粋に俺がどう思っているのか、将軍自身が知りたいが故の質問だ。


 ……私は父の事を尊敬しているし、その父が全幅の信頼を置いているロッセ将軍の事も尊敬している。


 ここは胸襟を開き、考えをぶつけるべきだろう。


「……私は、今回の戦は何ひとつとして利にならぬと思っております」


「ふむ、続けよ」


「今回開戦に至った理由、表向きはエインヘリアに滅ぼされたユラン公国の旧領を取り戻す為となっておりますが、それが建前でしかないことは戦や政治に関わりのない民であっても分かっているでしょう。しかも相手は現在波に乗っているエインヘリア……正直リスクばかりが大きく、得られる利と釣り合っているとは思えません。いえ、もっとはっきり言えば、この戦争に参加した時点で、我がクガルラン王国の苦境は始まっております」


「ならば、我等は戦場でどう立ち回るべきだ?」


「ソラキル王国の為にいたずらに兵の命を消耗する訳にはいきません。当たらず、されど引かず……のらりくらりと打点をずらす様な戦い方で戦を長引かせるべきでしょう。幸い我等は援軍という立場上、糧食に関してだけはソラキル王国持ちですからね」


 攻め込まれた側であるエインヘリアからすれば、イライラが募る事だろうが……我等としてもそこで相手に同情してやる必要はない。相手が怒り、無謀な突撃をしてくればその時は手痛いしっぺ返しを食らわせてやれば、そうそう次からは深追いをしてこなくなるはず。


 そうなってしまえば、後はソラキルが押し切るか、エインヘリアが押し留めるかの話でしかない。


 我等はそのままつかず離れず戦場を俯瞰しておけばよい。


「ふむ。アヤツの息子だけあって、中々厭らしい手を考えるな。確かに、我等が戦場に十全な体勢でいるだけで、エインヘリアにとっては心理的な負荷がかかるし、ソラキル王国側からしてもいざという時の備えとして心強い存在となるだろう。問題は、この手で行くには指揮権が必要ということだ」


「……我等はソラキル王国軍ではありません。それに連合を組み共にエインヘリアを落とすという訳ではなく、あくまで援軍という立場です。指揮権を相手に委ねる必要はないのでは?」


「では、友軍として、策に協力して欲しいと言われたらどうだ?」


「それは……」


「向こうが策を立てる以上指示には従わねばなるまい?」


「……」


 確かに、そう言われてしまっては断ることなぞ出来るはずもない。


 そして、その策の詳細をこちらに全て説明する必要はどこにもない……策と言われた時点でこちらの指揮権はないも同然だ。


 勝手に動けば、策を故意に失敗させたと責任を追及されるのは想像に難くない。


「エインヘリアという国は、敵軍を自国に誘い込みそれを撃破、そしてそれを大義名分として相手国に攻め込むことが好きなようだな。そしてソラキル王国は、敢えてそこに踏み込んで行こうとしている。まぁ、ソラキル王国には切り札である英雄がいるし、強気に出る気持ちも分かるが……我等クガルラン王国はそうではない。先程フェローキン子爵が語ったようにのらりくらりとやるのが最善だ。しかし、戦場に行ってしまえばそれは叶わない」


「戦場に行かないという事ですか?」


「はっはっは!流石にそれはマズかろう!だが、参陣を遅らせることは出来る。この先の峠……恐らく道が崩落しておるだろうよ」


「……そういった報告はありませんが……」


 突然のロッセ将軍の言葉に私は首を傾げる。


「ふむ?だが私の勘ではこの先の峠の道は崩落する。故に我等は一度峠から引き返し、別のルートで進軍を再開せねばならん」


 ……遅参の理由を作ると言う事か。


「建前であっても、ユラン公国の馬鹿どもの為に我等が血を流す必要は全く無い。我等は峠半ばで一度引き返し、別ルートで合流地点を目指す。峠を降りたら書を認める為、伝令を呼んでおいてくれ」


「いえ、伝令は必要ありませんよ、ロッセ将軍閣下」


 私とロッセ将軍の会話に割り込むように第三者の声がした。


「何者だ!」


 私が剣を抜きながら誰何すると、一人の男が馬に乗ったまま私達に近づいて来た。


「失礼、お二人が談笑されているのを邪魔するのもどうかと思い控えさせてもらっていたのですが……私はソラキル王国の伝令。正確にはソラキル王陛下の伝令です……あぁ、畏まらなくて良いですよ、伝令であって使者ではありませんから」


 そう言って、感情の見えぬ笑みを浮かべるソラキル王国の伝令を名乗る男。


 行軍中の総大将の元に、他の兵や騎士に悟られず近づいてきている時点でただ者ではないのだろうが……。


「申し訳ありません、文書による伝令ではなく言伝になるので、私自身が将軍閣下の元に来る必要があったのです」


 馬から降り、ソラキル王家の紋章の入ったメダルを見せる伝令。


 王家の紋章を偽造すれば、国家反逆罪が問答無用で適用されるのは何処の国でも共通だ。少なくとも身元だけは信じても良いだろうが……先程の会話を聞かれたのはかなりまずい。


「あぁ、大丈夫ですよ。私は陛下の言葉を伝えに来ただけで、その間何を聞いたとしても、それを誰かに伝える様な事はしませんから。まぁ、先程の会話を陛下に伝えたところで気にもしないでしょうが……」


「……それはどういう意味でしょうか?」


「そのままの意味ですが……先に陛下の御言葉を伝えましょう。それで理解出来るはずです」


「お聞かせ願おう」


 表情を硬くしながらロッセ将軍が言うと、今度は明らかに嘲るような色を見せながら伝令が笑う。


「それでは『クガルラン王国の諸君、遠路はるばるようこそおいで下さった。予定通りの行軍であれば、後五日程で我が軍に合流できる距離まで進んで来てくれているだろう。この先の道の整備と警備はしっかりとしてある故、野盗や敵軍の工作員の類は一切現れないと保証しよう。ましてや峠道での崩落など絶対起こさせぬ故、安心して行軍を続けて欲しい。私は別の戦場に立つ故、貴公等と轡を並べ戦う事は出来ぬが、勝利の宴の席で共に無事を喜び勝利に酔いしれたいと願っている。貴公等の参陣に心より感謝する』以上です」


 伝令の……いや、ソラキル王の言葉を聞いて、私は背筋に氷の剣でも突き立てられたような悪寒を覚える。


 馬鹿な……我等の話を聞いていたとしか思えないような言葉をこのタイミングでありえない!


「ソラキル王陛下の御言葉ありがたく。遠き空で戦う陛下の御武運をお祈りいたします」


「将軍閣下の返礼、確かに承りました。それでは私はこれで失礼いたします」


 そう言って伝令は軽やかに馬に飛び乗ると、軽い様子で告げて来る。


「それにしても、驚きましたね。この伝言を預かった時は意味が分からなかったのですが……我が王は想像以上の傑物のようですね」


 最後にそう言い残した伝令は、馬首を返し走り去っていった。


 その様子を私は呆然と見送ってしまう。


「やられたな。今代のソラキルの王は一筋縄ではいかない相手のようだ」


 真剣な表情で呟くロッセ将軍の言葉を聞きながら、私はソラキル王国を侮っていたと痛感していた。


「今、飛ぶ鳥を落とす勢いのエインヘリアと事を構えるのは得策ではないと思っていましたが……ソラキル王国を敵に回す様な事だけはしてはいけないと、唯の伝言一つで理解させられました」


 伊達に継承権争いを勝ち抜いたわけではないと言う事か……私はまだ見ぬソラキルの王へ言いようのない戦慄を覚えると同時に、これから先に起こるであろう凄惨な戦いを想像し、エインヘリアの者達に同情を覚えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る