第171話 新王



View of ザナロア=エルシャン=ソラキル ソラキル王国新国王 元王位継承順位第七位






 私は小さなテーブルを挟んで座る姉上を見ながらゆっくりと息を吐く。


「即位おめでとう、ザナロア。これでソラキル王国は安泰ね」


「ありがとう、姉上」


 紅茶を飲みながら微笑む姉上は……私に対する警戒心を一切見せない。


 私を前にこれだけリラックスした姿を見せられる人間は、恐らく姉上以外には居ないだろうな。


 心の中で苦笑した私は、姉上と同じように紅茶を口には運ぶ。


「姉上はこれからどうされるのですか?」


「私?今日は特に予定はないけど……」


「いえ、今日の話ではなく今後という意味です」


「あぁ、そういう。でも私は今までと変わらないかしら?予定通りザナロアが王になってくれたし、私はのんびりと過ごさせてもらうわ」


 のんびりとした様子で返してくる姉上は特に何も考えてい無さそうに見えるが、この人がただのんびりしているだけの人でないことは、私が一番良く知っている。


 なんといっても、彼女は王位継承争いが激化するよりも前、私の所にやって来て協力を申し出て来たのだ。


 その取引内容は簡単……継承権争いで自分を害さない事、私より継承順位の高い者を全員排除する事。そして将来姉上に子供が出来たらその子供に王位を継がせること。以上の三点だ。


 それを受け入れる対価として、姉上は自分の持つ情報を私に回す事、そして私以上の継承順位を持つ者が姉上だけになった場合、私を王と推す事。


 私を王へ推す事を反故される可能性もあったが、私には以前よりこの人からは王になりたいという欲が一切ないように感じられた。おそらく、煩わしいとさえ思っているのではないだろうか?


 仮に反意を見せた場合は、普通に排除するつもりだったし、姉上の申し出は損のない取引でしかなかった。


 別に、私は自分の子に王を継がせたいとは思っていないしな。


 私は自身が好きにやりたい訳であって、私の死後の事などどうでも良い。


 私は、私自身の生を謳歌できればそれで良いのだ。


「そうですか……ですが姉上、あまりのんびりしてもいられないのでは?」


「どういうことかしら?」


「私は以前姉上と約束しましたよね?姉上の子供に王位を継がせると」


「えぇ。覚えていてくれて嬉しいわ。もしかしたら私の子が王になりたいって言うかもしれないし、その時の為にその道も残しておきたかったのよ」


 慈愛を感じさせる笑みを浮かべながら姉上は言うが、そこは別に問題ではない。


「おや?残しておきたいと言う事は、もし姉上の子供が王にはなりたくないと言ったら……」


「その時は貴方が好きに指名してくれて構わないわ。でもその場合は私の子を指名しないで欲しいわね」


「なるほど。まぁ、ここまで協力してくれたのですから、そのくらいの希望は叶えて差し上げますよ。ところで姉上、素朴な疑問なのですが……そもそも姉上は子供どころか夫となる人物もいませんよね?」


「えぇ、いないわね」


「それで何故子供を王にしたいのですか?色々順番がおかしいと思うのですが……」


「私が子供に愛情を持つかどうかはまだ分からないけど……子供の望みを叶えてあげたいと思うのが親という者でしょう?もし、子供が王になりたいと言いだした時に、それは諦めなさいなんて言う親にはなりたくないのよ」


 ……そういうものか?


 まぁ、私には関係ないから好きにして貰って構わないが。


 私が警戒すべきは私を害そうとする時だけだが、少なくとも当面は姉上が私を害そうとする事は無いだろう……無論警戒しないというわけではない。


 姉上が私に流してくれた情報は、うちの密偵では得られることが出来なかった物も少なくなく、情報力という点では私以上の手札を持っていたのだから。


 その密偵達も私が王位についた時に姉上から命令権を譲渡されているが、隠し玉が無いとも言い切れない。


「降嫁はしないのですか?」


「素敵な人が居ればそれでも良いけど……」


「その場合は、姉上の子供を養子にしますからご安心を」


「そうね。私の子が王になりたいと言った時はお願いするわ」


 この人を敵に回すのはしんどそうだからな……それに、身内で遊ぶのはもう終わりでいい。


 継承権争いは本当に面白かった。


 一人一人実に良い反応を見せてくれた。


 自分が罠を仕掛ける側だと思っている者、唯恐れ逃げ出した者、こちらを弱者と見誤って自爆する者、そして、勝利を確信……いや、勝利した直後に驕り絡みとられた者。


 実に様々な狂騒を味わうことが出来た。


 まぁ、それなりに手強い相手だったので手駒もかなり減ってしまったが……それも含めて楽しめた。王となったことで新しい駒も増えたしな。


 姉上との約束が無ければ次代の継承権争いを眺めたい所だったが……その辺りは今後次第だろう。


 現状、国内を完全に纏めきるにはまだ少し時間がかかりそうだが、既に戦争に向けて動き始めている。


 クガルランには既に開戦の時期は伝え、準備を進める様に指示を出している。


 軍は再編や配置換えを理由にあちこちで動かしてカモフラージュしているが、既に南に二十万程集めていた。


 他の王子と手を組んでいた貴族達も既に仕分けは済んで、使える連中は取り込み、従わない連中は廃し、役に立たない連中は戦地に送ってエインヘリアに始末して貰えば良い。


 ユラン公国の者達は馬鹿の一つ覚えでこちらに尻尾を振っているが、なんであの連中はあぁまで無邪気なんだろうな?


 唆されて独立して、独立した後もわざわざ工作員をこちらから派遣して、エスト憎しとなるように裏工作をされ、挙句国が滅びそうな時に見捨てられ……それでもなおこちらに媚びると言うのだから、病気としか思えないね。


 尻尾を振って媚を売っていれば、ずっと味方をして貰えるとでも思っているのだろうか?


 本当に馬鹿で無邪気で可愛いよね。


 その上妙に律義だから、こちらの指示には絶対に逆らわない。


 今回はいくつかの場所で武装蜂起させる予定だけど……彼らが蜂起する場所は、こちらの進軍ルートとは全く別の場所。


 多少の武器は流してあげているけど、早々に鎮圧されてしまうだろうね。


 その後でもこちらに尻尾を振る事が出来るのか、非常に見物だ……まぁ、全員処刑されたとしてもそれはそれで構わない。


 その顔を見ることが出来ないのは非常に残念だけど、ユラン公国の復興には別にユラン公国の人間は必ずしも必要ではないし。


 全員処刑されていた場合は、その辺の孤児でも拾って公王の遺児とでも適当に言って冠を被せてしまえばよい。


 誰も、血なんていうただの赤い体液に尊さなんて覚えないしね。


 ただそうと名乗れば別に誰でも良い。王族も貴族もそういうものだ。


 いや……うん、ユラン公国の者達が生き残った場合は俺が殺そう。


 そして孤児を王にする。


 実に面白そうだ。


 ユラン公国の連中は、どこの誰とも知らない孤児を尊き血と呼び崇め奉るのだ。


 どこまでも能天気な奴らにはお似合いの神輿だろう。


 それと、エインヘリアとか言う国は、また別の意味で面白そうだ。


 戦争が好きで、領土をどんどん拡大している割に、ソラキルの混乱に乗じて攻め込んでこなかった……攻め込んでくる可能性も考えていたのに少し肩透かしを食らった感はあるけど……ソラキル王国という名前に怖気ついたのか……それともこちらの準備が整うまで待っていたのか……。


 前者であればつまらないけど、別の遊びに使ってやろう。


 後者であれば相手は愛すべき馬鹿ということ……じっくりたっぷり遊んでやろうと思う。


 まぁ、つまらない相手なら速攻で片を付けるが……その場合は商協連盟に手を出すか。


 あっちは商売人共の集まりだし、さぞ欲望に翻弄されて地獄絵図を作ってくれることだろうね。


「ザナロア。戦争には貴方もいくのかしら?」


 私が今後について思いを巡らせていると、紅茶をテーブルに戻した姉上が軽い様子で尋ねて来る。


「今回は新しき王としての最初の外征ですし、友好国であるユラン公国の為の戦いです。戦場に向かうなんて御免だと言いたい所ですが、行かない訳にはいかないでしょうね」


 民相手であれば、向かったふりでも良かったけど、今回は貴族達へのアピールでもあるから戦場に向かわなければならない。


 貴族達も強き王であることと、戦争に行くことは何の関係も無い事は理解しているが、国内外へ私という王の在り方を見せつけるのには良い手だからね。貴族達が見ているのは身を切ってそれが出来る王なのかどうかと言う事だ。


 戦争は外交の一種でしかない。そして私にとっては如何に今後を面白く出来るか、どう相手を操れば面白いものを見ることが出来るか、その為のカードの一つでしかない。


 ならばこの程度の役割はこなしてみせよう。


「そう……怪我にだけは気を付けてね?」


「私は武官ではありませんし、己を良く弁えています。前に出るつもりも口を挟むつもりもありませんよ」


 私がそういうと、姉上はにっこりとほほ笑んだ。


「戦場は私の趣味ではありませんしね。それはそうと姉上、兄上達の領地ですがどうしますか?」


「どうって?」


「要りませんか?」


「要らないわ」


 一切考えるそぶりも見せずに断って来る。まぁ、予想通りではあったけど。


「私は今の領地だけで満足ですもの。取り上げたりはしないでしょう?」


「勿論ですよ。ただ、直轄地が余っているのでどうしようって話です」


 王家の直轄地はその半分を王の物とし、残りの半分は王位継承権十位以上の者達に分け与えられる。


 王都近くで栄えている土地もあれば、僻地まで条件は色々違うがほったらかしているだけでもそれなりの収入を得ることが出来る。


「ザナロアの好きにしていいと思うけど、全部自分の物にするか……部下に与えるか」


「……そうですね、考えておきます」


 どうせなら、何か面白い使い方をしたいね……自分の物にしてもあまり意味は無いし……やはり貴族達への餌として使うのがいいか。


 今回の戦争で活躍したものに下賜する……そんな噂を流すか。


「元々ザナロアの領地だった場所はどうするの?そのままザナロアの領地にしておくの?」


「いえ、特に愛着はありませんし……所詮継承権下位の領地でそこまで旨みはないですし、適当に使おうと思います。姉上の領地くらい利便性があれば色々考えられたのですが……」


「信頼できる人に任せきっているから、私の領地って感じは全く無いのだけど……困らない程度にお小遣いは貰えるから助かるわね」


 継承順位三位という高位の存在だった故、姉上は王都にほど近い大都市を含んだそれなりの広さを領地として与えられている。


 王子だった頃の私と比べれば、その収入は二倍や三倍ではきかない筈……まぁ、金遣いの荒い人では無いので、あまり税金も搾り取っておらず、民にとっては良い土地となっているようだが。


 継承順位第一位だった兄は、自分の領地から人が減り姉上の領地に流れて行っていると憤っていたが、それを見て私は自分が王になった時の方針を決めたものだ。


 甘い夢と辛い現実……意図的に格差をつくり、一定数を虐げる事で人は憎悪と愉悦を覚える。


 それらが良く煮詰まったところで、虐げられていた物を救済し虐げていた者達を嗜める……今度は感謝と罪悪感を生み出し、両者の関係は更に歪になっていくだろう。


 それをうまくコントロールしていけば……新しい遊びが色々と出来そうだ。


 私の作るソラキル王国は、遊び場だ。


 今回の戦争、主目的は内外へのアピールでしかないがもう一つ、エインヘリアという国がどういう国なのか私自身が見極めるという意図もある。


 どう苦しませるのが一番面白いのか、今回の戦争で今後の付き合い方をしっかりと見極めなければならない。


 ついでにユラン公国という新しい玩具を修理してやらないとね。


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