第170話 対ソラキル・クガルラン戦争、開戦前



 アーグル商会の会長さんがキリクと商談をしに来てから数日が経過した。


 少しばかり二人の会話の内容が意味分からなかったし……いつの間にやらソラキルの次に戦う相手も決まっていたようだけど……いや、ソラキルの背後に大帝国がいるって話はちゃんと報告を受けてたし、そこに考えが至っていない俺が悪いってことだよな。うん。


 まぁ、噂にはずっと聞いていたし、いつかはぶつかることになるだろうとは思っていたけど……いざ現実味を帯びてくると色々と気が引き締まるね。


 噂の英雄って奴が何人もいるって話だけど……英雄に関してはソラキル王国と戦う時に出て来るはずだから、そこでどんなもんなのかをしっかり確認しておきたいよな。


 まぁひとくくりに英雄っていっても、強い弱いはあるんだろうけどさ。


 ……今代の魔王が北の方にいるという話がある以上、いつかは北への道を塞いでいる大帝国はどかす必要がある。


 ならば、遅いか早いかの違いしかないし、こっちの情報が相手に知れ渡っていない段階で強国は潰しておきたいところだ。


 いや、流石に一番の大国を潰すのは厳しいか……?ちょっと相手の国が広すぎる感じはある。


 少なくとも、今までの小国にみたいに何度か敵軍を倒したからと言って、終わりって事も無いだろうし……相手がデカくなればなるほど、どうやって戦いを終わらせられるのかが分からなくなるな。


 って、今考えるべきは大帝国ではなく、ソラキル王国だな。


 ソラキル王国だって、今まで俺達が戦ってきた相手に比べれば相当強大だ。


 数か国を併合して広がったエインヘリアの領土だけど、ソラキル王国はそれ以上の国土に人口を有している。当然今までの相手とは軍の規模も違う。


 無論、控えめに言っても戦力的にはこっちぶっちぎってる。動員できる兵力も強さも。


 負ける要素はない……油断やら慢心やら……覇王が失敗するとか、そう言ったアレが無い限り。


 勿論、こっちが予想出来ない様な作戦やら隠し玉やらを敵が持っている可能性はあるけど……戦略に関して、覇王はノータッチですからな。安心して見ていられますな。


 さてさて、そんな我等エインヘリアですが……本日は次のソラキルとの戦争に向けて、関係各所を集めた会議がある。


 キリク達だけならかなり会議にも慣れて来たんだけど、今日はキリク達だけじゃないからな……迂闊な事は言わないように気を付けないと。いや、多分この前の商談と同じように、あまり発言する機会はないと思うけどね?


「それでは、本日の会議を始めます。議題は、次の戦争……ソラキル・クガルランとの戦争に向けてです」


 いつも通り、キリクの挨拶で会議が始まる。


「ソラキル王国は先日新王が即位しましたが、まだその地盤は完全に固まっているとは言えない状況です。ですが、気の早い新王は、既に戦争に向けてすでに動き出しています」


 黒板に張り出されたエインヘリアとその周辺の地図を示しながら、キリクが出席者に説明を始める。


 そのキリクが、エインヘリアの北西を示しながら皆を見回す。


「ユラン地方……いえ、この場合はユラン公国ですね。彼等の後ろにはソラキル王国がついていました。ですが前回の戦争時、ソラキル王国の王が病に倒れ援軍を出すどころではなかったようです。結果ユラン公国は滅んだわけですが……だからこそ、ソラキル王国にとって良い手駒になるという訳ですね。現在ソラキル王国は元ユラン公国の人間に接触してソラキル王国の侵攻と連動して動くように仕掛けを進めています」


「……」


 キリクの話に、元エスト王国のレグザ=サガ将軍が物凄く渋い顔になる。


「まぁ、それは最初から織り込み済みです。この街とこの街……それと、エスト地方との境にあるこの砦……この三カ所がソラキルの動きに呼応して挙兵する手筈です」


 うん……なんかあたかも俺達が攻めていてキリクの作戦でユラン公国の残党が蜂起するような言い方だけど……これ相手さんの作戦だからね?いや、キリクの仕掛け通り蜂起させるんだからこっちの作戦でもあるのだろうけど……キリクが説明すると全部計画通りっていうか、もう既に起こった後の……過去の事件を説明されている様な感覚に陥るよね。これが遠くない未来に間違いなく起こるのだから、安心感と恐怖が半端ない。


「ソラキル王国の狙いは、ユラン地方とエスト地方の切り取り。ユラン公国の再興……いえ、エスト地方と合わせて旧エスト王国領の統一をした上での新生ユラン公国の樹立といったところですね」


 先程まで苦渋に満ちた表情をしていたサガ将軍の方から、歯ぎしりの音が聞こえてくる。


 元々ユラン公国はソラキルに唆されてエスト王国から独立したこともあり、両国間の仲は王族や貴族だけでなく、一般人の間までもが最悪だ。


 今や同じエインヘリア国民ではあるのだが、長年の確執はそう簡単に払拭されるようなものではなく、以前の両国間の国境は今でも自由に行き来出来ない様になっている。


 エインヘリアで一番治安が悪い場所なんだよな……エスト地方とユラン地方の境目付近。


「ソラキル王国の主攻軍はユラン地方に攻め寄せて来ます。数は十五万ですね」


「「……」」


 うちの子達以外の会議参加者が、キリクの言葉に絶句する。


 まぁ、まだ敵が軍の編成すら始めていない状況で、攻めて来る場所ならともかく、その数字まで言い切ったらそりゃ固まるよね。それとも相手軍の規模に絶句したのだろうか?


「それとクガルラン王国が北東からエスト地方に侵入してくると同時に、ソラキルからも小規模の……といっても四万程の軍が送り込まれてきます。因みにクガルラン王国からは三万五千です」


 合わせて七万五千か……更にユランの方に十五万……今までとは確かに桁が違うね。


 しかも当然相手は、それ以上の軍を国元に残しているのだろうし……これの何倍も大きいって話の大帝国は百万とか動員してくるんじゃなかろうか?


 まぁ、百万だろうと二百万だろうと……普通の人間の兵である以上、俺達の召喚兵には絶対に勝てないけどね。


 こちらは、倒されたところで一週間後に再召喚すればいいだけだけど、普通の人は一週間で重傷が癒えたりはしないからね。まぁ、回復魔法はあるみたいだから治ってまた戦場に立つ可能性はあるけど、蘇生魔法は無いらしいから召喚兵の様にはいかない。


「それと、ソラキル王国の英雄ですが、本命の軍の方に参加してくるので、ここで出来る限りの情報を集めるつもりです。それを基準に今後の対英雄の策を練ることにします」


 英雄か……遂にその実力を見ることが出来るわけだけど……キリク的にはここはデータ収集相手くらいにしか思っていないみたいだし、そこまで危険視しているわけではないのかな?


 それとも危険視しているからこそ、しっかりデータを取るってことなのだろうか?


「対するこちらですが、ユラン地方とエスト地方、それぞれに五万ずつ送ります。ユラン地方の五万はその場に留まり敵軍を足止めしてもらいますが、エスト地方の五万はソラキル・クガルランの連合軍を撃破後、クガルラン王国へと進軍してもらいます。各軍の編成に関しては後程発表いたします」


「キリク様。質問宜しいでしょうか?」


「どうぞ、サガ殿」


 サガ将軍が挙手しながら許可を求める。いや、もう将軍では無いのか、何て呼べばいいんだ?サガ代官?いや、俺は呼び捨てにすればいいのだろうけど……。


「ありがとうございます。エスト地方に攻め寄せた軍を撃破したのちにクガルラン王国へと侵攻をかけるとのことですが、ソラキル王国にはまだ余力があるはずです。再度エスト地方に軍が向けられるのではないでしょうか?」


「その点については大丈夫です。開戦後、すぐにソラキル王国の上層部はそれ所ではなくなりますから。ですが、万が一エスト地方に再侵攻があったとしても大丈夫です。その場合は、同規模の軍をすぐに送る程度の余裕は我が国にはあります」


「ありがとうございます、話の腰を折って申し訳ありませんでした」


 生真面目な様子で頭を下げるサガ将軍に、キリクは頷いて見せると、この場に来ている他の代官達を見渡しながら口を開く。


「以前から口にしている通り、エインヘリアの軍事は全て私達が担います。皆さんにお願いしたいのは、代官として赴任している街の治安維持です。戦争が始まれば、どうしても治安は悪化します。民達が不安になるのは仕方ありませんが、我がエインヘリアに敗北は絶対にありません。エスト地方やユラン地方に住む民達にとって、自分達のすぐ近くで戦いが起こっているという事態はけして安心できるものではないでしょう。だからこそ代官である貴方達がしっかりと安全をアピールし、民達に普段通りの生活を送ってもらえるように努力して貰いたい」


 キリクの言葉に、サガ将軍を含む北方の地に赴任している代官達が真剣な表情で頷く。


 俺達は基本的に民に被害が出るような形で戦う事は無いけど、自分たちの住むすぐ近くで戦争が行われれば、その時かかるストレスは半端ないだろうし、暴走して犯罪に走ったりする者も少なくないと聞く。


 だからこそという訳ではないけど、元々軍属だった者達はその多くが治安維持部隊に回されている。勿論適性検査で合格した者達だけだけど。


 召喚兵は治安維持には全く向いてないからね。寧ろ不信感とかを植え付けそう。


 エインヘリア統治以前、治安維持部隊というか衛兵は殆どの場所で慢性的に人手不足、給料も安く危険も多い、賄賂が横行し全然犯罪を取り締まっていない等、問題を多く抱えていたのだが……今や各地で組織は刷新され、真面目で親しみやすい理想的な治安維持部隊を目指して日々頑張って貰っている。


 まだ活動期間は長くない為、元々衛兵が横暴であったり全く役に立っていなかったりしていた地域では不信感をぬぐい切れていないけど、基本的に街や村の治安は向上している。


 因みに適性検査で街中での治安維持に向いていないタイプの人でも、街道警備とかの外回り仕事を任せたりしている者はいる。


「それと、ユラン地方にソラキル王国が仕掛けて来ている策略ですが、その全ての組織に外交官見習いをかなりの数潜入させており、全ての情報が筒抜けです。蜂起と同時に全て制圧する準備も出来ているので、気にしなくても問題ありません」


 ユラン公国の残党というか反乱分子は、基本的に他の地方の人と違いキリク達から徹底的にマークされてたみたいだしね。


 まぁ、俺の目から見ても全く従う気があるように見えていなかったし、当然だろうけどね。


「これで、ユラン地方の不穏分子の掃除も終わりますし、国内は盤石ですね。まぁ、またすぐに国土が増えるので仕事は無くなりませんが」


 そう言って笑顔で肩を竦めるキリクだけど……国土が増えるのが当然と言った様子は、頼もし過ぎて惚れてしまいそうになる。


「さて、ここまでは相手の宣戦布告から相手の侵攻を防ぐまでの流れですが、次はこちらの攻めに関してです。今回は少し事情があって、ソラキル王国には申し訳ありませんが、速攻で片をつける為に策を進めてあります。少し時間はかかりましたが、控えめに言ってチェックメイトといったところですね」


 この世界にはチェスがないので代官達は首をかしげているが、その言葉の意味はかなりどえらい事である。


 え?控えめに言ってもう終わってんの?


 キリクが頼もし過ぎるんじゃが?


 俺は普段通りの笑みを浮かべるキリクを見ながら、背筋に去来する震えを押さえるのに必死だった。


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