第169話 びっくりするくらい上質やった

 


View of レブラント=アーグル アーグル商会商会長






「兄貴、もう大丈夫っス。ここまでくれば、もう監視もされていないっスよ」


「さよけ……」


 ロブの報告を聞いて、俺は視線を窓の外に向ける。


 窓の外には何もない平原が広がっているのだが、ゴトゴトと進んでいく馬車の振動は恐ろしく小さい。風景に似合わず、道の整備が完璧っちゅうことやな。


 俺らは今、エインヘリアでの商談を終えて帰路についたところ……今はまだエインヘリア国内というか……まだ龍の塒と呼ばれとる平原を移動中ってところや。


 見渡す限りの平原は長閑なもんで、ここにドラゴンが住んどったってのが信じられへん。


 それにしても、今回の会合、滅茶苦茶きつかったな……あんなに見透かされたことはなかったし、相手の考えが読めんかったことも無い。


 結局終始キリク殿のペースに振り回されただけやったな……。


 まぁ、こっちに随分と有利というか、相当美味しい条件ばかり提示されたし、色々と疑う所はあるけど……なんとなく、俺は心のどこかで小細工の様な事をキリク殿はしないと確信している気がする。


「ロブ、今回はほんまお疲れ様やったな」


 エインヘリアに居る間、相当気を張って警戒してくれとったロブに労いの言葉をかける。


「っス。まぁ、兄貴程じゃないっス。めちゃくちゃエグイ相手でしたね」


「相手自体はえぐかったけど、かなり友好的やったからな。あれが敵やったらと思うと生きた心地はせんが……」


 アレは絶対に敵に回したらあかん類の相手や……多分、気づいたら後ろから刺されとるどころか、首が落ちとる気がする。


 まぁ、その分仲間になったらむっちゃ頼もしい相手やけど。


「俺はずっと生きた心地がしなかったっスけど」


「エインヘリアの王様とかめっちゃ強かったんやろ?お前より強いって、つまり英雄ってことやろ?」


「っスね。間違いなく英雄級っス」


「英雄なぁ……英雄って呼ばれる連中がバケモンなのは分かるんやけど、実際どんなもんなん?」


「うーん、英雄つってもその実力や得意分野は色々っスから、一概にはどうだとは言えないっスけど……少なくとも英雄一人で負け戦を勝ち戦に出来るくらいは出来るっスね」


「それは良く聞く話やけど、実際そんなことが個人に可能なんか?」


 英雄に関する話は基本おとぎ話みたいなもんばっかで、ロブの凄さを知っとる俺でも、正直現実味がない。


「兄貴は戦争屋じゃないっスからねー。商協連盟は基本的にあんまり戦争で領土を広げるって事やらないし……」


 そう言って何やら考え込むように顎に手を当てるロブ。


 商協連盟にも所属しとる英雄は数人居るらしいけど、戦いに出たって話は聞いたことないし……名前だけの張りぼてっちゅう可能性もある。まぁ、随分前に死んだ奴は、英雄と呼ばれるだけの強さだったって話はロブから聞いたことあるけど。


「例えばやけど、お前が一万の軍勢がぶつかり合う戦場に参加したとして、敵軍を全滅させられるん?」


「俺一人で一万の兵を真正面から皆殺しにするなんて無理っスよ」


「あかんやん。お前も一応英雄の端くれに引っかかっとる感じなんやろ?」


「そうっスね。ギリギリ引っ掛かってる感じっス。でも、兄貴も知っての通り、俺は裏方の方が得意っスから。精々、敵の総大将やら側近やら指揮官辺りをこっそり皆殺しにして指揮系統を完全に叩き潰したり、食料を含めた軍事物資をこっそり全部破壊したりして軍の機能を殺すくらいっス」


「めっちゃえぐいやん」


 めっちゃえぐいやん。


 後こっそりって単語の使い方おかしいやん?


「それが俺の特技っスからね。情報集めたり、裏でこそこそ動くのが得意な英雄の端くれ……まぁ、世間一般が考える英雄様って奴からは程遠い存在っスね」


「なるほどなぁ。だから俺とかキリク殿みたいに、裏でこそこそするのが好きなタイプにめっちゃ気に入られるわけや」


「あれ?兄貴俺の事気に入ってたんスか?」


 わざとらしく驚きの表情を見せながらロブがおどけるが、俺はにやりと笑いながら頷く。


「当たり前やん!俺がお金さんの匂いを嗅ぎつける、お前が裏付けを取る。めっちゃ儲かる。もしくは、お前が情報を拾ってくる、俺がお金さんの匂いを嗅ぎ分ける。めっちゃ儲かる。うちんとこの儲けは最高潮、お前の給料は据え置き最安値……正に最高やん!」


「待遇の改善を要求するっス!」


 俺が両手を広げながら大仰に言って見せると、すかさずロブが不満の声を上げる。


 まぁ、このやりとりはもはやお約束っちゅう奴やな。この後は俺がケチ臭い言い訳をするのがいつものパターンやが……。


「ほな、希望の金額言えや。いくら欲しいんや?」


「……マジっすか?どうしたんっスか?病気っスか?偽物っスか?もしかして洗脳されたっスか?羊っスか?羊がやばかったんスか?」


「いや、まぁ、羊はヤバかったけどな……ってちゃうわ!誰が偽物や!」


 そう言い返しながらも、ふと脳裏にあの羊畑なる光景が過る。


 アレはあかん、インパクトあり過ぎや……なんで虚ろな瞳でこっち見るん?ほんと、見んとって……。


 でもめっちゃ美味かった……え?嘘やん?俺、アレ食ったん?


「そうやなくて……お前も、もう少し人らしい暮らしをした方がええと思うんやけど?」


「大丈夫っス。十分人らしい生活っス。俺は兄貴と同じくらい仕事が大好きなんで、お金貰っても使う暇がないんスよ。経費で飲み食い出来ればそれで十分っス」


「……まぁ、ええけどな?経理のおばちゃんに怒られるのは俺やないし……」


「あのおばちゃんおかしくないっスか?自分のお金じゃないのに、めっちゃ経費出し渋るんスけど……兄貴の許可あるのに……」


「あぁいう人が居るから、商会はしっかり利益を確保出来んねん。お前みたいなちゃらんぽらんばっかりやったら、商会は一瞬で破産するんや。分かったら、今度お茶菓子でも持ってお礼言っときや」


「いや、あの人話しかけたらめっちゃ長いんで……今度機会があったらってことで」


 そう言ってへらへらと笑うロブ。


 まぁ、コイツがそれでいいっちゅうならとやかくは言わんけど……昔に比べたら随分マシやしな。出会った時の無機質っぷりに比べたら、例え演技ではあってもかなり人間味が増したと言える。


「それはそうと兄貴、あの賭けは良かったんスか?」


「ん?勝ったらぼろ儲け、負けてもこっちが失うもんは何も無い……めっちゃええ話やん?」


「いや、兄貴いっつも言ってるじゃないっスか。良い話には裏があるって」


「……せやな。キリク殿との賭け……額面通りに受け取れば、俺に全く損はない。だからこそ、相手の意図をめっちゃ考えたけど……俺とロブの能力が欲しい。そう言っとるようにしか思えんかった」


「そうっスね。そこは間違いないと思うっス。兄貴の手腕に販路、それから俺の情報網……言葉通りそれが狙いなんでしょうね」


「相手さんはもっとるカードが強力過ぎるからな。多少の儲けやら損やらはどうでもいいんやろ。それに、ポーションとドワーフだけでも濡れ手で粟やのに、まだまだ色々隠し持っとる感じや」


 キリク殿が持ち掛けて来た賭け……それは、エインヘリアとソラキルの戦争を対象にした賭けやった。


 いや、普通自国の戦争をかけの対象にするか?と思わんでもなかったが、にこやかながらもキリク殿は真剣に言っとったし、部屋に居る王様も何も言わんと面白そうに見とっただけやったし、問題はないんやろ。


 戦って命を落とすであろう兵士が居ると思うと、ちょっと心苦しくはあるけど……でもそれ以上に賭けの景品が魅力的やったんや……。


 賭けの内容は、ソラキル王国との戦争……ソラキル王国がエインヘリアの領土に侵攻を開始し、両軍が最初に槍を交えてから数えて一か月以内にソラキルの王都を落とすことが出来るかどうか。


 不謹慎にも程があるな……まぁ、賭けには乗ったけどな。


 一ヵ月以内に落とせなければ俺の勝ち、落とせたらキリク殿の勝ち。


 落とせなかった場合、俺はポーションの独占販売権を得られる。そして戦況がどうあれ、その時点でエインヘリアはソラキルに和睦を申し入れる。後ろ盾である大帝国とは戦わんっちゅうことやな。


 落とせた場合は、アーグル商会の本拠地をエインヘリアに移転……俺は御用商人……というかそれよりもかなり高い立場につくことになる。


 宮仕えとはちょい違うんやけど、エインヘリアの国としての商売を任せられることになるらしい。アーグル商会との両立はちょい難しいやろうから、商会は誰かに任せることになるかも知れんけど……まぁ、愛着はあれど、別に誰かに経営を譲るのは問題ない。


 そんな訳で、正直勝っても負けても美味しいし、おもろい。


 どっちに転んでも俺的には構わんが……本当に一ヵ月でソラキルぶっ潰したら、次の相手は大帝国か商協連盟……商協連盟はともかく、大帝国なんか戦える相手なんやろか……?折角おもろそうな感じやのに、国が潰されたら洒落にならんで……。


「この賭け、どうなるやろか?」


「兄貴はどっちがいいんっスか?勝ちたいんスか?負けたいんスか?」


「微妙やな……確実な利益なら勝った方が色々楽そうや。でも負けた場合は、大変やろうけどおもろそうや……」


「アーグル商会の会長を辞する事になるっスよ?」


「それは別に構わん。狸爺共とやり合って、商会をでっかくした……全部が俺の才覚って訳やない。一番は運に恵まれたっちゅうことやな。ロブが手を貸してくれたっちゅう幸運があったからこそ、俺は商売敵に勝つことが出来た。まぁ、運も才覚の内やけどな?国一番の商会にはなれてへんけど、連盟加盟国のトップ連中は利権に関しては独占状態やからな。これ以上をあの国で目指すとなったら、商売っちゅうより政治の話や。正直、俺はあまりそれは好かん」


「……まぁ、兄貴がそれでいいなら別にいいんスけど」


 俺が言いきると、ロブは肩を竦めながらそう言って、どちらにせよ俺はついて行くだけっスと言ってのける。


「因みに……ロブはこの賭け、どっちに賭ける?」


「……難しいっスね。ソラキルは兵数が多いんで守るのも攻めるのも有利っスけど、英雄の数はエインヘリアの方が上っス。ソラキルがエインヘリアの事をどのくらい調べているか、その辺りが鍵になりそうっス」


 どちらとは答えずに、ロブは戦争についての考えを述べる。


「どういうことや?英雄が居ったら戦場は覆るんやろ?」


「そうっスけど、化け物ではあっても一応英雄も人っス。一度にいくつもの戦場に参加するなんて不可能っスよ。それに疲労もするし怪我もするっス。逆にソラキルは兵の数を頼みにして広範囲に戦線を広げられるっス。決定力不足にはなるっスけど、時間稼ぎにはもってこいっスね」


「王様とあのお嬢さんらが一塊になって戦線を突破したら、一気に王都に迫れるんやない?」


「一般の兵が英雄の移動速度について行くのは厳しいっスよ。補給や休息は英雄であっても必要……そう考えると、軍を率いて王都に真っ直ぐ向かうだけでも一ヵ月なんて経っちまうっスね。普通の軍がソラキル王都までの距離を一ヵ月で到着できるかというと……ほぼ無理っス。それを敵国内でとなったら絶望的っスね」


「兵を率いず、三人で王都潰したらどうや?」


 噂が本当なら、英雄が三人も集まれば王都をぼっこぼこにするくらい簡単やろ?


「エインヘリアは基本的に、占領後の統治をスムーズに行うために、虐殺や略奪を一切行わない方針みたいなんでその線は無いと思うっス。いくら英雄っていっても、少人数で王都全体を抑え込むなんて無理だと思うっス。そういう魔法でもあれば別っスけど……見た感じ、あの三人は魔法使いって感じじゃなかったっスね」


「ほなら……お前みたいに、裏仕事が得意な英雄がもう一人おるとか」


「確実にいると思うっス。俺よりも実力のある裏仕事系の英雄級が。エインヘリアにいる間、監視されているような気配が一切感じられなかったっスけど、あの国がそんな暢気な訳ないっスからね」


「本当に監視されてなかった……わけはないよなぁ」


 俺が苦笑しながら言うとロブも頷く。


「なら、そいつがソラキルの上層部を全員首ちょんぱとかか?それで混乱しとる隙に一気に……」


「一番ありそうな手っスね。ソラキルが開戦して兵を送り込んで来る。誰かがその軍を足止め、同時に上層部を暗殺。別動隊がソラキル王都に向けて進軍、一気に制圧。それで兄貴との賭けはキリク殿が勝利っス。指揮系統が混乱した軍は脆いっスけど、それは国も同じっス。トップだけを殺してもあんまり意味は無いっスけど……英雄級の暗殺者であれば上層部を一気に殺せるっスからね。後はお好きにどうぞって感じっス。このやり方なら大帝国への援軍要請もままならないっスし、一石三鳥くらいっスね」


「つまり賭けはキリク殿優勢ってことやな……」


「さっきも話に出た、王都に攻め寄せる軍の移動速度次第っスね。まぁキリク殿が言い出した賭けなんスから、その辺の計算はしっかり出来ていると思うっスけど」


「ポーション独占販売権は無理かぁ……」


 俺がそう言うと、ちょっと真剣な表情をしながらロブが口を開く。


「個人的には独占販売権は得ない方が良いと思うっス。教会に絶対目を付けられるっス」


「……やっぱそうなるよな」


 神の奇跡といっても差し支えない様な効果がポーションにはあるからな……裏で少量流すならともかく、大々的にやったら絶対ちょっかいかけて来るやろ。


 いや、少量であっても躍起になって探られそうやけど。


「確実になるっスね。だからアーグル商会ではなく、エインヘリアの名前でポーションは販売した方が良いと思うっスよ」


 ってことは……エインヘリアは教会とも事を構えるつもりなんか?


 あれは商協連盟よりも厄介な相手やと思うけど……下手したら大帝国よりも厳しいんとちゃうか?まぁ、ポーションの扱い次第やろうけど……出来れば神さんは相手したくないなぁ。


「ソラキルの英雄は何処で出て来るやろか?防御に回ったら結構厄介やない?」


「アレは性格的に……」


 宗教関係から目を逸らした俺は、再びエインヘリアとソラキルの戦いについてロブから話を聞く。


 この戦いがどんな感じになるか、予想は出来ても実際どうなるかは蓋を開けてみんと分からん。


 でも、一つだけ言えることは……戦争の結果がどうあれ、今後の俺は今までとはかなり違う事になるやろう。


 どっちに転んでもおもろいやろうけど……とりあえず、俺の近々の目標は……キリク殿から一本取る事やな。


 絶対ぎゃふん言わせたんねん。


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