第168話 ソラキル王国の背後



View of レブラント=アーグル アーグル商会商会長






 キリク殿に指摘された俺は、頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を覚える……。


 俺はロブから言葉を貰う時……突然頭の中に響く声に、最初の頃はかなりビビっとった。


 折角ロブのお陰で、こっそりと裏で情報のやり取りが出来るっちゅうに、俺がびくつくせいで対峙しとる相手に不審に思われることが多かった。流石にバレることはなかったが。


 だからこそ、俺はロブに突然話しかけられても反応をしないように、めっちゃ特訓をした。


 そらもう頑張った。食事中や寝ている時……後はトイレに入っている時等、とにかく返事すら出来ない頃から不意打ちを受け続け、どんな時でも小さな反応すら決してしないように特訓をしてきた。


 その結果、事情を知らない人間には絶対に気付かれないレベルになった自負があるし、ロブからも及第点を貰っている。


 それを、何かあると睨んでいたとは言え……この短い時間に正解までたどり着いた?


 ロブはさっき俺に、エインヘリアという国の個人戦力の事を化け物と称してきたが……俺にとってはこっちの方がキツイ相手やで……。


 ここで押し切られるわけにはいかんが……この人を誤魔化すのは多分無理や。しゃぁない、一度白旗あげとこか。


「あー、参考までに……何処が不自然でした?」


「ははっ、そうですね。肉体的な反応で言わせてもらうなら……通信があった時、アーグル殿は上顎に舌を押し付けているんじゃないですか?舌骨筋の辺りが少し強張っていますね」


「なるほど、ゼッコツキンですか……」


 どこやそれ!?


「あぁ、すみません。正確には顎舌骨筋ですね」


 だからどこやそれ!?


 舌を上顎に押し付けるっちゅうことは……口周りか顎。もしくは喉らへんか?


「そして、それが会話をしている最中であれば……一瞬ですけど、意識が相手から逸れているように見受けられますね」


「意識ですか……切らないように気を付けていたつもりやったんですが」


 そこはロブに昔指摘されて、結構頑張ったポイントや。問題は潰しとるはずやが……。


「えぇ、意識というのは無自覚な物と自覚のある物がありますからね。こうして面と向かって話をしている時は当然自然と意識が相手に向いていますが、会話している最中に別の場所から声がかかった時、普通意識は確実に一瞬逸れます。ですがアーグル殿は、見事にそれを意志の力でねじ伏せていますね。しかし、それは無意識に相手に向けていた意識を、意識的に向けるように切り替えているに他なりません。真剣に交渉していればしている程、その一瞬が目に付くわけです」


 意識の切り替え……無意識と意識的の違いか。確かに対峙しとる相手にはその違いが分かるかも知らんが……俺は極力自然に見えるように鍛えたつもりやったし、ロブからもまず問題ないと言われとったんやが……まぁ、こうして見透かされとる以上、この人にとっては全然足りてへんかったっちゅうこっちゃな。


「ほんと……びっくりするくらい、今日は勉強させて貰ってますわ」


 お手上げといったジェスチャーをしながら言うと、キリク殿はにこりとほほ笑む。


 俺が何も知らん女の子やったら、惚れてまいそうな優し気な笑みやけど……この人絶対性格悪いやろ……。


「うちの裏技、あっさり見破ったのは、ほんと流石としか言いようがありませんわ。ですが、それとさっきの話は別問題ですわ。ここから商協連盟、若しくはソラキルの後ろ盾である……大帝国とやるんですか?」


 そう……ちょっとばかしキリク殿の飛び道具にしてやられたが、話を戻させてもらおう。


 商協連盟は……まぁいいやろ。


 勢力的には強いし、敵に回すと相当厄介な相手やが弱点も多く脆い。


 切り崩す方法はいくつかあるし、エインヘリアにはそれを成せる武器が、ぱっと見だけでいくつも持っとる。


 でももう一方はあかん。


 ソラキル王国はただの中堅国家ではない……アレは大帝国の商協連盟に対する盾や。多少盾が傷ついたところで大帝国は気にしたりはせんやろが……エインヘリアがソラキルを潰す様な事態になりそうなら絶対に動く。


 ソラキル・クガルラン連合軍と戦うという話……俺がその話を聞いた時、敵の侵攻を防いで、あわよくばクガルランを潰すくらいに考えとったけど……違った。


 エインヘリアはソラキルを完全に潰すつもりや。


 今までエインヘリアは信じられん程の速度で敵国を落としてきたが……流石に相手がソラキルとなったら、今までの様に一ヵ月やそこらで国を潰せるとは思えない。


 そして戦いが長引けば……必ず大帝国が介入してくる。


 確かにエインヘリアの王やここにいるお嬢さんらは、ロブがガクブルする程の強者や。多分ソラキル単体であれば、勝ちきれるだけの強さがあるんやろう。


 それでも、大帝国相手となると話が違う。


 ソラキル王国は大国と呼んでも差し支えない程の国土や軍事力を持っとるが、大帝国という後ろ盾があるからこそ、ここまで肥大化出来たんや。


 東の魔法大国、西の商協連盟……どちらも大国と呼ばれる大勢力やが、その国土はソラキル王国の二倍強といった程度。しかし、大帝国は魔法大国や商協連盟の三倍近い国土を有しとる。


 当然動員できる兵数も桁違いやし、大帝国に籍を置いとる英雄の数も両手じゃ足らん程居る。


 無論国土が広い分、守らなあかん場所が多いっちゅう話になる訳やけど、大帝国の周辺国は既に大帝国の息がかかった国しかおらんし、何よりあそこまで肥大化した国にちょっかいを出す国はおらんやろ。


 周辺国全部が大同盟を組んだとしても、不穏な動きをすればすぐに潰されるし、仮に同盟が成立したとしても連携を潰されてあっちゅう間に崩壊。


 そもそも周辺国で英雄が確認されとる国はないしな……アレが居る国と居らん国じゃ、戦力に差があり過ぎる。英雄っちゅう存在の凄さは、俺自身よく分かっとる……。


 いくらこの国にも英雄級の力を持つ者が数人居るとは言え、大帝国のそれとは数が違う……一戦二戦なら勝つかも知らんが……地力の差は絶大、徐々に押し込まれることになるやろ。


 まぁ、その時点でソラキルはボロボロになっとるかも知らんし……その状態次第では、エインヘリアが新たなる盾として大帝国に迎え入れられる可能性もあるかもな。


「えぇ、そのつもりです。といっても、ソラキルとの戦争中に介入されるといった事態にはならないですよ?ソラキルは大帝国にとって南の盾ではありますが、両国の国土が隣接しているわけではありませんからね。援軍を派遣すると言っても少々時間がかかります」


「そら確かにそうですが……恐らくその猶予は長く見ても二か月はありません。大帝国はあの巨体でありながら、即応軍を各地においとります。開戦はソラキルからになるでしょうが、戦況が悪化すればソラキルはすぐに大帝国に援軍を求めるでしょうし、そうなればその後の動きは速い。私は軍事にはあまり明るくありませんが、いくらエインヘリアでも、その短い時間でソラキルを潰しきるのは無理やと思いますが……」


 大帝国とソラキルの間にある国も大帝国に従って援軍を送るやろうし、ソラキルとしては大帝国が参戦するまで時間を引き延ばせばそれで勝利っちゅうわけや。


 大帝国の援軍がくれば、ソラキルは再侵攻をしかけ……最低でも元ユラン公国や元エスト王国の領土辺りは切り取るやろうな。


「なるほどなるほど。アーグル殿の読みでは……ソラキルに粘られた結果、大帝国の介入を許しジリ貧となり、最終的にはエスト地方とユラン地方を失うことになる……そんな感じですか?」


 今俺考え喋っとったか?いや、読みにしてもタイミングも内容も正確過ぎるやろ……。


「では……どうでしょう?アーグル殿としては取引相手が泥船であっては大損となりましょうし……我等の契約についてはソラキル王国との戦争が終結してからと言う事で」


「……それは、少々時期を逸しとる感じじゃありませんか?」


 ぼろ儲けを考えるなら、多少危ない橋でも渡り切る必要がある……そこに勝機があればの話やが。


 少なくとも今の俺の読みではエインヘリアの勝利はない……だからこそ、今が一番相手に恩を売れるチャンスでもある。


「正直言って、アーグル殿達以外の商人が私達の元に辿り着くまでは、まだ時間がかかると私は踏んでいます。だから機会損失という程ではありませんよ。それに、今ここで契約を交わしたとしても、実際に商品のやり取りを始めるのは、ソラキルとの戦争後になりますしね」


「……」


 確かに最初に条件を言った時に、すぐには始められんって言うとったな。


「アーグル殿は我等の事を買ってはいるが、流石に正面切って大帝国とやり合うとなったら話は別……そう考えていらっしゃいますよね」


「……正直に言えば、そうなりますね。私は大帝国との戦いは避けるべきだと」


 せめて、ソラキルを押し返してクガルランを潰すくらいで矛を収めてくれれば……ソラキルとの関係は最悪やろうけど、丸く収まると思う。


 商人として、背負うべきリスクと避けるべきリスクは今までしっかり見極めて来た。


 エインヘリアとの取引は何が何でも成功させたい……でも肝心かなめの商売相手が、確実に失敗するであろう賭けに出るっちゅうのは……勿体ないどころの騒ぎではない。


 このキリク殿が、そこまで無謀な事をするとは思えんけど……あの王が見ている前で、そんな弱気は見せられんっちゅうことかも知らん。


 置物と思えという言葉通り、商談が始まってからは一切口を挟むことはせず、ただ俺等のやりとりを愉快そうに見ているだけ。ってそうや、全然お金さんの話も商材の話も出てこんかったけど、これは商談やったな。


 俺の商売のモットーは、俺は儲かって幸せ、お客さんは満足して幸せや。


 何とかして丸く収まるように手を打ちたいところやけど……。


「アーグル殿の考えは理解しました。では……ここは一つ、賭けをしませんか?」


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