第166話 覇王登場



View of レブラント=アーグル アーグル商会商会長






 その人物が部屋に入ってきた瞬間、間違いなく室内の温度が変化したのを感じた。


 紹介されたわけでも、顔を知っとる訳でも無い……でも、これは言われるまでもなく分かる。


「少し遅くなったか?」


 涼やかな声が聞こえたかと思うと、俺の向かいで立ち上がっていたキリク殿が頭を下げながら返事をする。


「いえ、問題ありません。フェルズ様」


 キリク殿が入ってきた人物の名前を呼んだ瞬間、俺とロブはその場に膝をつく。


 やはり……この人物がエインヘリアの王、フェルズ……ははっ、こら凄いわ……こんな人が存在するんか……。


 権威は衣の上から着るとはよく聞く話やが……今部屋に入ってきたエインヘリア王は、その服の上に権威を纏っとるわけやない。

 王冠を頭に載せている訳でも、王錫を携えているわけでもない。その服装は、仕立てが良く生地も良い物が使われているがただそれだけや。


 余人が同じ服装をしていたとしても、その人物が王と考える奴は居らんやろう。


 だが、エインヘリア王であれば、十人が十人この人物こそ王であると見抜くに違いない。


 そのくらい、エインヘリア王には言いようのない圧力がある。


「アーグル商会会長のアーグル殿だったな。畏まる必要はない、ここにはアーグル殿達とうちの人間しかいない。それに、俺はそう言った見せる為の礼儀はあまり好まないからな。面倒なことを言うつもりは無い、楽にしてくれ」


「……はっ。感謝致します」


 エインヘリア王の言葉を受け俺とロブが立ち上がると、満足げな笑みを浮かべながらエインヘリア王は上座へと座った。


 それを見送った俺達は先程まで座っていた席へと戻る。


「すまないな、話を中断させてしまって」


「いえ、まだ挨拶をしていた程度でしたので」


「そうだったのか?……ん?キリクは随分と機嫌が良さそうだな」


「えぇ、先程アーグル殿にも言っていたのですが、ようやくアーグル殿達とお会いする事が出来ましたからね」


「なるほどな。アーグル殿、キリクは相当貴公等の事を買っているようでな。一ヵ月程前から、アーグル殿達に会えることを非常に楽しみにしていたようなんだ」


 そう言って俺達に笑いかけて来るエインヘリア王。


「それはとても嬉しいですね」


 なんとも間抜けな返事があったもんやな……あかん……この王様が来てから、まともに話せとらん。


 こんな緊張しとるの、生まれて初めてかも知らんで……。


『……兄貴。気付いているかもしれませんが、あの王はかなりマズイ』


『そんなん見たらわかるわ』


 頭の中に響くロブの声に、やや棘のある返しをしてしまう。


『いや、雰囲気とかも桁違いなんですが……あの王、それから王と一緒に部屋に来た女性……二人とも俺以上の強さです』


『斧の娘も合わせて、お前以上が三人かい……ここはドラゴンの巣窟かなんかか?』


『ドラゴンもピンキリですが……多分ドラゴンの方が可愛いくらい……っスよ』


 とってつけたような感じでロブの奴が語尾を変える。


 コイツが余裕をなくすくらいって……相当やな。


『情報あんがとさん。おかげでちょい落ち着いたわ。俺らは別に、ここに喧嘩しに来たわけやないからな、ここからはいつも通りの俺が頑張るとするわ』


 やばい時に、自分より慌てとる見る奴を逆に冷静になるっちゅう奴やな……ロブは滅多な事では動揺せん奴やから、効果がめっちゃあったわ。


『いや、普段通りの兄貴は無礼極まるっスから、ちょっと抑えて欲しいっス』


『やかましいわ!ドアホ!』


 頭の中で軽口を叩き合った俺は、気合を入れ直す。


 相手に飲まれとったらあかん、俺はここにいつも通り商談をしに来たんや……相手が王様だろうとドラゴンだろうと関係あらへん!


 しっかりお金さんを儲けさせてもらうで!






 View of フェルズ お腹が痛くて会合に遅れた訳ではない覇王






 国でも有数と言われる大商会を一代で築き上げた商人と、うちの頼れる参謀キリクの商談……これは間違いなく、一瞬の気も抜けない緊迫した物になっている筈。


 そう考えた俺は、キリクの指定した時間に合わせ、めっちゃ気合を入れて会合の場へとやってきたのだが……俺の予想に反して、随分と和やかな雰囲気でキリク達は話をしていたようだ。


 入れた気合が空回った俺は、とりあえずその場の雰囲気に合わせる様に軽い話題を振ってみた。


 案の定というか、キリクは軽い様子で応じたのだが……アーグル殿は、なんかぎこちないかな?


 まぁ、王城でお偉いさんの相手をするって緊張するだろうし、一応俺も王様だからぎこちなくなったとしても仕方ないのかな?いくら大商人って言っても、そうそう王様とかに会って話をする機会はないだろうしね。


「いや、すんません。まさかエインヘリア王陛下がいらっしゃるとは思いもしませんで、めっちゃ緊張してしまいましたわ」


 ん?なんかコイツの喋り方……いや、イントネーションが色々おかしいな。


 あー、この世界の方言的な奴なのかな?俺の言葉の理解は……多分フィオが儀式の方でなんやかんやうまい事やってくれたんだろうけど、方言ってのは初めてだな。


「それはすまなかったな。邪魔をするつもりは無かったのだが、今日の話は後学の為に聞かせて貰いたかったのだ。俺の事は置物とでも思ってくれれば良い」


 だから難しい話や判断は俺に振らないでね?


 そんな願いを込めて俺は台詞を口にしたのだが、アーグル殿は中々気合の入った視線を、キリクはキリクで何やら狙いがありそうな視線を俺に向けて来る。


 いや、ホント話はお二人でどうぞ……。


「はははっ、陛下の事を置物と思えるような豪胆な人がいたら、見てみたいですなぁ」


「ドワーフ辺りは作業に夢中になると、俺程度置物どころかそこらの小石にすら思えんようだがな」


 話に乗ってきたアーグル殿に、俺は肩を竦めて答えて見せる。


「はぁ……職人って生物は、自分の世界で生きとるっちゅう話はよく聞きますが、ドワーフともなるとそれが極まっとりますね。そうそう、ドワーフと言えば、城下町でもちらほら姿を見かけましたが、もしかしてギギル・ポー辺りと国交を結んだんですか?」


 人の良さそうな笑みを浮かべながら、アーグル殿が問いかけて来る。


 置物……とは思ってくれない様だな。


 まぁ、俺から話しかけているし仕方ないか……それにしても、目も口も笑っているように見えるけど、目の奥に何やら炎のようなものが見える気がするな。


「あぁ、二か月程前になるが、少しギギル・ポーと関わる事があってな。その結果、先日傘下に加わりたいと打診されるに至ったという訳だ」


 物凄い端折ったけど……まぁ、詳細は別にいいよね。


「はー、私共が旅をしている間にギギル・ポーが傘下に加わっていたとは……私は以前ドワーフ製品を仕入れようと思ってギギル・ポーに行ったことがあるんですが、その時はけんもほろろと言った感じで、取りつく島も無かったですわ。あのドワーフ達相手にどんな交渉をしたら、話を聞いて貰えるんですかね?」


「彼らは人族から見たら少々変わり者だからな。独自の価値観に基づき行動しているから、人族相手の交渉とは勝手が違う」


 まぁ、交渉材料さえ持っていれば、めちゃくちゃちょろい相手だけどね……。


 後は、どう殴り合いに巻き込まれずに話を進めるかってだけだ。


 正直俺は、交渉相手としてはアーグル殿の方がキツイよ。


「なるほどー、確かにどれだけ利益がって話をしても、全く聞く耳を持ってくれませんでしたわ。エインヘリアは、よっぽどドワーフ達を惹きつける話を持っていったんでっしゃろな」


「そうだな、少なくとも街長達は大はしゃぎと言った感じで、物凄い食いつきだったな」


「あれ?その口ぶりですと……もしかして、エインヘリア王陛下もギギル・ポーとの交渉の場に居られたんですか?」


「アーグル殿。ギギル・ポーとの交渉を進められたのは陛下御一人ですよ。参謀である私の予想を超えて、陛下がギギル・ポーに向かって数日で友好的な条約を結ばれるに至り、その僅か二か月後にはギギル・ポー側から傘下に加わりたいと申し出るまでに至ったのです」


 首を傾げながら問いかけて来るアーグル殿に、キリクが鼻高々と言った様子で返事をする。


 こんな得意げなキリクを見るのは初めてかもしれない。


「そら物凄い成果ですな。どんな交渉をなさったら、そんなことになるんですか?」


 技術力でぶん殴ったら、向こうが物理的に殴り合いを始めたんじゃよ……。


「偶々、ドワーフ達が困っていたことを解決する手段を持っていたというだけのことだ。交渉というよりも、運が良かっただけだな」


 採掘場の件に関しては、本当にタイミングが良かっただけだもんな……早すぎてもダメだったろうし、遅すぎたらドワーフ達が大変なことになっていただろうしね。


「運だけで片付けるには成果が大きすぎますわ。先程後学の為にって言うてましたけど、どう考えても私が陛下から勉強させてもらう側やと存じますわ」


 めっちゃ持ち上げてくるやん?


 まぁ、ゴマすりというか、おべっかなのは分かってますけど……分かっていても、持ち上げられたら嬉しくなっちゃうよね。


「陛下の深謀遠慮には、我々家臣団も敬服するばかりです」


 キリクに言われると、嬉しいよりも期待の大きさに潰されそうになるというか……脅しに聞こえなくもないから、身が引き締まる思いです。


「私の話はもういいだろう。それよりも、アーグル殿は遠路はるばる来られたのだ……キリク、そろそろ本題に入ってはどうだ?」


 俺はそう言ってキリクに水を向ける。


 今回の案件は、キリクが時間をかけて仕掛けた物だし……俺が迂闊なことを言って、その計画を台無しにするわけにはいかないからね。


 とっととキリクにバトンを渡して、俺は見学に回ろうと思う。


「承知いたしました。アーグル殿、陛下も楽しみにしておられることですし、そろそろ本題に入りましょうか」


「えぇ、お手柔らかにお願いします。キリク様」


 人の良さそうな笑みを浮かべるキリクと、若干ぎらついた笑みを見せるアーグル殿。


 どんな話になるのか全く分からないけど……今後の為にもしっかり聞いて勉強しよう。


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