第165話 商談の始まり……?



View of レブラント=アーグル アーグル商会商会長






 エインヘリアの城下町についた俺達は、早速登城の準備を整えてエインヘリア城へと向かった。


 道すがら城下町の様子を伺ったが、城下町と呼ぶには随分と御粗末な物に見えたが……その活気は見事な物やったし、住民がゴブリンとドワーフという、人族の国ではあまりお目にかかれん種族だと言う事には、事前に話を聞かされていても衝撃を覚えた。


 ドワーフはまだごく稀にやけど見かけることはあるが、ゴブリンはまず見られん相手やしな。


 逆に城下町で一切の人族を見んかったし、エインヘリアの王様は妖精族なんかと思ってしまうな。まぁ、ロブからエインヘリアの上層部はほぼ人族って聞いとるし、そういう訳やないのは知っとるけど……。


 城下町に到着する直前、ロブがなんや訳の分からんこと言い出したが……ロブの奴大丈夫なんかな?


 なんか城近くの農地で羊が生えとるとなんとか……この仕事が終わったら、ロブにはちょっと休みをやった方がええかも知らん……。


 冗談にしても訳分らんけど……結構マジな感じで言っとったからな。


 そんなロブは今、普段と違いパリっとした服装で静かに俺の傍に控えとる。


 普段を知っとる俺からすると、余所行きのコイツは違和感バリバリやな。まぁ、あっちのアホやっとる姿も、コイツにとっては仮面の一つなんやろうけど。


 俺達が今居るのは、エインヘリア城内にある一室。


 品の良い調度品を揃えとるこの部屋は、控室なんやろうけど威圧的過ぎず、かと言って相手に侮られない……丁度良い塩梅というか、実に見事と言う他ない様相やな。


 城下町の発展ぶりに比べ、エインヘリア城はその外見から荘厳であり流麗……これ程の城は、色々な国の王都を巡った俺でも記憶にない。


 城のデカさそのものは、大帝国のそれと比べたら小さいやろうけど……美しさで言えばエインヘリア城の方が上や。


 外から見た時……城全体が芸術品としか思えんかったけど、それは城の中に入ってからも変わらんかった。


 扉や壁はおろか、柱や天井に至るまで……その全てがため息無しには見られん程に美しかった。


 途中で見かけたメイドさん達も、凄い別嬪さんばっかりやったけど……これはどの国でも大体同じ……いや、確かに綺麗どころを見える位置に配置するのは何処も同じやけど、そのレベルがめっちゃ高かった。


 城で働いとるんやから、皆いいとこのお嬢さんらなんやろうけど……たかが商人である俺等を侮った様子も見せんと、見事な対応やった。


 あれは……国への忠誠心と誇りやと思う。それがあるからこそ、プロフェッショナルとして完璧を常に心がけとるんやろう。


 正直、羨ましいわ……うちの商会であれ程の滅私奉公をしてくれる人材、どれだけおるやろか?


 ロブを除いたら……うん、パッと名前が出てこん時点でお察しやな。


『兄貴、色々考えているところすみません。ちょっといいっスか?』


 切ない事を考えとったら、突如頭の中にロブの声が響く。


『かまわん。どないした?』


 これはロブの能力で、声を出さずに会話が出来るっちゅうとんでもない代物や。


 返事が出来るようになるまで数年かかったけど……めっちゃ便利やから出来るようになって良かったと思う。


 これがどういう能力なのかよく知らん……多分ロブの魔法なんやろうけど、まぁ便利やし深く聞いた事は無い。


 弱点は会話の出来る範囲がそんなに広くなく、同じ部屋にいる程度の距離じゃないと使えないって事と、俺の方からは一切会話を始められないってところやな。


『兄貴、冗談でもこの城のメイドにちょっかい出さないで下さいね?』


 わざわざ頭の中にふざけた言葉を送り込んで来たロブに、思わず声を出して怒鳴りそうになったが、俺はそれをぐっと堪えて頭の中で返事をする。


『アホか!そんなんする訳ないやろ!首が飛んでまうわ!』


『いや、兄貴冗談じゃないんスよ。ここに来るまでに見たメイド、アレは全部相当な手練れっス』


『手練れ?あの別嬪さん達がか?まぁ、ええとこのお嬢さんなら護身術くらいはやっとるやろうし、俺より強くても別に不思議やあらへんけど』


 俺は自慢やないけど体を動かすことはめっちゃ苦手やし、メイドさん等にぶん投げられても別におかしくはない。


『あー、そうじゃないっス。あの娘達……めちゃくちゃ強いっス。多分、俺の部下より』


『はぁ?アホ言うなや!お前んとこの部下は、そこらの兵士よりよっぽど強いんやろ?お前が鍛え上げた精鋭なんやろ!?メイドより弱い精鋭がおって堪るかい!』


『すんません、マジっス。うちの連中じゃ、あのメイド達には勝てないっス』


『……何処の世界に精鋭より強いメイドがおんねん』


『残念ながらこの城にわんさかいるみたいっス。だから兄貴、冗談でもちょっかいは出さないようにお願いします』


『……いや、最初から手を出す気あらへんけどな?……お前より強いとかはないよな?』


『流石にそれは大丈夫っス。まぁ、数が増えたらやばいっスけど』


『ここは人外魔境かなんかなん?』


 ロブから忠告の様なアホ話のような物を受けていると、部屋の扉がノックされ、めっちゃ強いという話のメイドさんが入室してくる。


「お待たせいたしました、アーグル様。準備が整いましたのでご案内させていただきます」


「よろしゅうお願いします」


 えらい早い呼び出しやな。


 正直、半日くらい待たされると思っとったんやが……まだ最初に入れて貰った茶も暖かいくらいの時間しか経っとらん。


 それだけこっちを大事に思ってくれとるんか……それとも、この国ではこれが普通なんか……まぁ、行けば分かる話やな。






「遠路遥々、ようこそお越しくださいました。アーグル商会会長アーグル殿」


「お時間を作って頂きありがとうございます、エインヘリア参謀キリク様」


 メイドさんに案内されて通された部屋では、二人の人物が俺達を出迎えてくれた。


 一人は青髪の優男……参謀キリク殿。集めた情報によるとエインヘリアでもトップクラスの重役や。


 話では、このキリク殿と内務大臣であるイルミットっちゅう女性の二人が、エインヘリアの中枢を担っとるっちゅうことらしい。


 随分と若いな……いや、俺も狸爺共から若い若いと言われとるけど……多分このキリク殿は、俺より若いんとちゃうか?


 非常ににこやかな笑みを浮かべながら迎え入れてくれたキリク殿は、無造作に俺に近づくと握手を求める様に手を伸ばしてくる。


 驚きやな……この国は貴族を廃しとるとは言え、たかが一商人相手に国のほぼトップとも言える人物が、ここまで友好的に出て来るとは……。


 俺は差し出された手を握り返しながら、相手の情報を修正していく。


「どうぞ、おかけになって下さい。あぁ、彼女の事は出来れば気にしないで下さい。私の護衛という名目でここに居ますが……実の所、私一人だと格好がつかないので同席して貰っているだけなのですよ」


 そう言ってキリク殿は傍に控える女性の方に視線を向ける。


 その女性は鮮やかな赤髪で、この城に居たメイドさん達に負けず劣らずな別嬪さんやが……何よりも目を引くのはその背中に背負った巨大な斧。


 とても彼女の様な細腕で振り回せるような代物やないと思うんやけど……参謀の護衛やし、お飾りっちゅうことはないやろうな。


 なんか眠そうに見えるのは不思議やけど……。


「キリク殿の立場であれば、護衛の方が着くのは当然ですし私共に異論はありません。お気遣いいただき感謝いたします」


 俺は礼を述べた後、キリク殿に勧められた椅子に腰を下ろす。


「それにしても、本当にキリク殿に対応いただけるとは思ってもいませんでした」


 エインヘリアの城下町に入りアポを取り付けたのは、ロブではなくロブの部下やけど……ほんま良い仕事してくれたわ。


「ははは、私がアーグル殿の応対をするのは当然ですよ。こうしてあなたと会えることを、私は心待ちにしておりましたから」


「それはとても嬉しいですが、何故それほどまでに私を買って下さるのでしょうか?キリク殿は成長目覚ましいエインヘリアの参謀。今はまだエインヘリアは中堅国と言った規模ですが……遠からず大国の一つとして数えられる事は間違いないでしょう。そんな国を支えている大人物にとって、他国の一商人なぞ塵芥に等しいと存じますが」


 俺はそう言って遜る。


 今の所、キリク殿には傲慢さは見られないが、それでも相手は雲の上の存在と言ってよい相手や……侮られることはあっても決して侮れる相手ではない。


 というか、出来れば侮って欲しい。


「ははは、アーグル殿、それは謙遜が過ぎるというもの。アーグル殿は一代で大商会を築き上げた傑物。それを塵芥等と思える筈がありません」


「キリク様にそのような評価を頂けるとは大変恐縮です」


「私はアーグル殿の商才は勿論ですが……特に、その情報収集能力を高く買っております」


「……情報収集能力、ですか?」


 あかん、少し予想外の所を突かれて一瞬間が開いてもうた。


 てっきり国外の販路の件から話が来ると思っとったんやが。


「えぇ、素晴らしいの一言に尽きます。よくぞこれほど早くか細い糸を辿り、我等エインヘリアまで辿り着けたと感服するばかりですよ」


「か細い糸……ですか?確かにエインヘリアの王城が龍の塒にあると言うのは驚きでしたが……」


 あちゃぁ……完全に流れ取られてもうた。


 これは、中々骨の折れる商談になりそうやな……。


「ははは、勿論その話ではありませんよ?」


 そう言ってキリク殿は懐から小瓶を取り出しテーブルの上へと置く。


 それは俺がこの国に興味を持った切っ掛けであり、今日ここに来た最大の理由。


「既にあなた方も御存知の通り、あらゆる怪我を癒すことの出来る薬。ポーションです」


 めっちゃ攻めてくるやん?後展開早すぎひん?


 どうやら相当正確にこちらの思惑を見抜いとるみたいやけど……その商談はまだ早すぎる。


『兄貴、ちょっと雲行きが怪しいから手短に。そこの斧を持った女……間違いなく俺より強い。荒事になったら兄貴を逃がすのも無理かもしれない。全力で避けてくれ』


 俺がキリク殿の動きの早さに目を剥いていると、余裕のない口調でロブが斧を持った女の子の事を伝えて来る。


 って、ちょぉ待て!?


 お前よりもあの娘が強いやと!?


 って、今はキリク殿に返事をせんと……。


「その薬に関しては、私共の国で少量確認されておりましたね」


「えぇ、各勢力は躍起になって出所を探っているようですが、まだまだこちらに近づけた勢力はありません。アーグル商会を除いてですが」


 うん、全力でポーションを探っとった事バレとるな。


 まぁ、ポーションを出してきた時点で当然か……。


「そちらのロブ殿。実に素晴らしい諜報員です。私が用意した偽装やミスリード……欺瞞だと分かっていても丁寧に調べ上げて、その中から正しい情報を追いかけ続けておりましたね」


 ロブの事までバレとるやと!?


 あ、ヤバイ……予想外の攻め方され過ぎて、頭が全然追い付かん!


「まぁ、私としても、折角用意していた答えに中々辿り着いてくれる人が居なくて、寂しい想いをしておりましたし……アーグル商会の方々がここまでたどり着いて下さった時は、本当に嬉しかったのですよ」


 用意しとった答え……?


 まさか、誰かがポーションを調べここまでたどり着けるように道筋を残しとった?


 ロブの報告では偏執的なまでに情報を偽装されとって、あり得へんほどここに辿り着くまで遠回りさせられたって聞いとったが……そこまでした上で、道筋を狙って残し取ったっちゅうんか?


 ……いやいや、いくら何でもそんなことあり得へん……いや、ロブがそれを調べとったこともバレとるっちゅうことは、ただのはったりやない……?


 でも、誤魔化しても意味ないし……ここは、相手に乗った方が良いと見た。


「……私共は相当苦労させていただきましたけど、喜んで貰えたなら良かったです。実はこの件、不興を買うかもと心配していたのですよ」


「ははは、不興だなんて。用意したクイズを解いてくれたのですから、喜びこそすれ不快に思う事なんて何一つありませんよ」


 そう言ってにこやかに笑うキリク殿は、その言葉の通り嬉しそうにしとる。


 クイズか……どうやらポーションの件は、使える相手を探す為の試験やったみたいやな。


 こうして面会までたどり着けたと言う事は、言葉通り認めて貰ったって判断して良さそうや。


 初っ端から思いっきり不意を打たれたけど、思っとったより悪くない流れかも知らんな。


 俺がキリク殿の様子に心を撫で下ろしとると、扉がノックされ金髪のこれまたとんでもない別嬪さんが姿を見せる。


 その瞬間、キリク殿が畏まった様子で立ちあがり、斧を持った娘も若干背筋を伸ばした。


 これは、ただ事やない……すぐにそう判断した俺は、ロブと共に素早く立ち上がり扉に向き直る。


 そして、金髪の女性に続き部屋に入ってきた人物を見て……俺は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。


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