第164話 来た商人



View of レブラント=アーグル アーグル商会商会長 






「最後に確認するで?報告に嘘や冗談はないな?」


「当然っス!嘘や冗談は記録に残さないようにするのが基本っス!」


「……」


 思わず、そら基本中の基本やなと言いそうになったが、今聞きたいのはそういう事とちゃう。


 馬車の向かいに座っているロブを無言で見つめ続けると、段々と居づらそうにロブが体を揺する。


「兄貴……そんなに見つめられても、その気持ちには応えられないっス。俺は女の子が好きなんで」


「よし、死ね!」


 俺はロブに向かって投げつける物が無いか見渡して……流石に馬車の中にそのような物は見当たらず、ロブの脛を蹴るだけで許してやる。


「今のは『よし、脛!』って言うべきだったっスね」


「さよけ」


 全く痛がるそぶりを見せないロブを忌々し気に睨むが、コイツは全く気にしない。


「もうええわ……それよりエインヘリアの話や」


「いやー、俺も自分で報告書書きながら盛り過ぎだろって思ったっスよ?でも残念ながら全部マジっス」


「……三国ぶっ潰して併呑……そのオマケとばかりにラーグレイの革命に乗じてそっちも併合。更にルフェロン聖王国を属国化……それをここ半年で成し遂げた。いや、正確には三か月くらいか?ありえへんやろ?」


「いやいや、兄貴。いつも兄貴が言ってるじゃないっスか。どんなに信じられない様な事でも起こる時は起こる。商人はあるがままを受け入れた上で、客に夢を売らなければならないって」


「そらそうやけど……流石にこんなん確認取っても俺、悪無いで?」


 三国と戦うだけでも勝ち目がないっちゅうに、逆に全部倒して併呑した上別の国も吸収?


 英雄物語だってもう少し控えめやぞ?


「その気持ちは分かるっスけどね。報告書通り、二、三万の軍で一国を潰してるっスよ」


 それもおかしいやろ……いくら相手が小国ばっかでも、二、三万の遠征軍がそのまま国を潰すまで戦い続けられるか?


「まぁ……戦争の話はもうええわ。俺は別に相手さんと戦争するわけとちゃうしな」


 そう、俺達は商人……戦わんわけやないけど……それは剣やら魔法やらをぶつけ合う戦いやない。


 相手さんがどれだけ軍事力に長けていようと、口先とお金さんで戦うのが俺ら商人のやり方や。


「そうっスねー。因みに報告書には書けなかった最新情報があるんスけど……聞くっスか?」


「さっき宿でお前が部下から報告を受けてた件やろ?勿体ぶらんで、はよ言えや」


「相変わらず兄貴は報告し甲斐が無いというか、もう少しこう……乗って欲しいっス」


「はよせぇ言うとるやろ?」


 俺が若干イラっとしながら言うと、ロブが苦笑しながら口を開く。


「兄貴、気持ちは分かるっスけど、ちょっと落ち着いて欲しいっス。兄貴は太々しく余裕たっぷりにいる時が最強っス」


「……余裕ない感じやったか?」


「っス」


 少し眉尻を下げながら頷くロブを見て、俺は馬車の低い天井を見上げた後大きく息を吐く。


「今までにない規模の相手やからな、少し気負っとったかもしらん」


「いやー、兄貴も人の子だったんスねー。てっきり金貨と銀貨の間から生まれたもんだと……」


「誰がバケモンや!」


 アホなことを言ってくるロブに軽口を返した俺は、馬車の椅子にゆったりと背中を預ける。


「じゃぁ兄貴の出生の秘密も分かったところで、エインヘリアの最新情報っス。ここに来るまで一か月近くかかったっスからね……部下達に探らせておいた、採れたてほやほやの情報っス。それによると……ドワーフの国ギギル・ポーに手を出したみたいっスね」


「また厄介な国を敵に回したもんやな……ん?ちょい待て。ギギル・ポー?エインヘリアはあそこに隣接しとらんよな?」


 ギギル・ポーの位置はエインヘリアの北東やが、ソラキル王国かクガルラン王国が間にあった筈や……まさかそこともやり合い始めたんか?


 クガルラン王国はともかく、ソラキル王国は簡単な相手やない。


 今は内輪揉めで忙しいソラキル王国やが、あの国がクガルラン王国の後ろ盾なのは有名な話……ソラキル王国を避けてクガルラン王国側から進軍したとしても、かならずソラキル王国は出て来る。


 もしかして、それを知らん……?


 いや、それはない……ロブでも情報を得るのに相当苦労するような相手や。それだけ情報操作を得意としとる国の情報収集能力がざるなんてことはあり得へん。つまり……エインヘリアはソラキル王国と戦う腹積もりってことか?


「あー、兄貴?色々考えてるところ申し訳ないっスけど……エインヘリアはギギル・ポーと戦っている訳じゃないっスよ」


「どういうことや?お前がギギル・ポーに手を出したって言うたんやろ?」


「いや、そうなんスけど……えっと、簡単に言うと……戦争はしてないけど併合した、みたいな感じっス」


「……いや、意味分からんから。どういうことや?」


「すまねっス。ギギル・ポーの情報はまだ届いてないんで正確な情報が分からないんスよ。ただ、エインヘリアから公布された内容は、ギギル・ポーのドワーフ達からエインヘリア傘下に加わりたいと申し出があり、それを受け入れたと」


「ますます意味分からんやろ!なんで隣接国でもないエインヘリアの傘下にドワーフ達が下る必要があるんや!ラーグレイみたいに裏でなんか仕掛けとったんか!?」


「すんません、その辺の情報はまだ……」


 ロブの申し訳なさそうな顔を見て、俺はすぐに熱が冷めるのを感じた。


 いかんな、ちょっとまた熱くなっとった。


「……せやったな、すまん。それで、ギギル・ポーは聖王国みたいに属国になったっちゅうことか?」


「いや、違うみたいっス。完全にエインヘリアに組み込まれてギギル・ポー地方と呼び名を変えるみたいっス」


「……いくらドワーフ達が国ってもんに人族程思い入れが無いにしても、いきなりそんなことがありえるんか?ドワーフ……ギギル・ポー……そうや、確かギギル・ポーは食糧問題があったな?」


 エインヘリアが領土拡大戦争を繰り返した為、周辺国では危機感から小麦を含め食料品の高騰が始まっとった。


 食料自給率が殆ど無いギギル・ポーは、クガルラン王国からの輸入にほぼ依存しとった筈……そこをエインヘリアが救った……?いや、だからと言って国を明け渡すわけないやろ。しかも自作自演っぽい感じやし。


 食料の輸送に関しては例の転移って奴を使うとして……あの頑固っていうか偏屈共の集まりを飼いならすとなると……もっと他になんかあった筈や。


「あかんな……情報が足らん。とりあえず、ドワーフも傘下に加えたっちゅうことやな」


「そっスね。情報は部下に探らせてるんですぐに分かるっス……ただ、到着には間に合わないっスけど」


「到着するのは今日やからな、しゃぁない。いい面だけ考えよか……もし、エインヘリアと取引できるようになったら、ドワーフ製品も仕入れられるっちゅうことや。あかん、ぼろ儲けの匂いしかせぇへん」


 ロブに探らせたポーション、転移技術、それにドワーフの作る品……更に国内の景気は相当なもん。少し関係を良好にするだけでかなりの儲け、がっつり食い込めば莫大な儲けや。


 相手さんは参謀のキリクやったな……相当手ごわい相手やろうけど、こちとら口先だけで狸爺共とやり合って来たんや。そうそう後れは取らん。


「兄貴の目が金貨になって来たっス。これは行けそうっスね!」


「ナーバスになるのは終わりや!これからガッツリ稼がせてもらうで!勿論相手さんもバンバン稼いでお互い幸せになるんや!敗者のおらん素敵な商談や!絶対に成功させたる!」


「流石兄貴っス!お互い幸せになると言いつつ、ほぼ相手さんの功績だけで商売して、おこぼれを預かるってやり方、痺れるっス!」


「よし、脛!」


 座ったまま、出来得る限りの力を込めて向かいに座るロブの脛に蹴りを叩き込む!しかし当然の如くロブは痛がるそぶりすら見せない。


 ほんま、腹立たしいやっちゃで。


「人聞きの悪いこと言うなドアホ!相手さんの国内の経済は盤石や!でもな、お金さんっちゅうんは、国内だけで回しとってもいつか絶対限界がくるんや!だけど今んとこ、相手さんが外貨を稼いどるっちゅう話はよぉ聞かん。国内が安定する前やからこそ、外に目を向けて稼ぐ手段を手に入れるべきなんや!俺らが提供するんはただの売買契約やない!エインヘリアという国の未来や!いずれ来る成長限界を限界とさせん為の、広く大きな世界への最初の窓口や!」


「兄貴がいつも言ってるお金さんは回してなんぼって奴っすね。でもエインヘリアって国土を考えれば、もう中堅国くらいは余裕であるっスよ?国内でガンガン回してるだけでも余裕なんじゃないっスか?」


「暫くは何も問題ないやろうな。だが、エインヘリアはあり得へん程税率が安い。いくら国土が広く資源が豊富であっても、必ず足らんくなる日が来る。村の農民に至るまでが、お金さんをぎょうさん持っとる訳やからな。そしたらどうなる?」


「みんながお金持ちってことは、みんな幸せって事っスよね?万々歳じゃないっスか」


 ロブが首を傾げながら言う。いや、分かってて言うとる気もするが……まぁ、ええわ。


「みんなが幸せになれる事なんかあるかい!幸せっちゅうもんは数量限定品や!どんだけそれを公平に薄めたところで、全員が満足する結果になんぞなるわけないやろが。さっきお前が言うとったやろ?商人は夢を売らなければならんって。アレは、全員に幸せを配ることが出来んから、夢で誤魔化す必要がるっちゅうことでもあるんや」


「世知辛いっスね……」


「当たり前や。皆現実を生きとるんやからな。んでや、皆がお金をいっぱい持っとるっちゅうことは、いっぱい買い物が出来るっちゅうことでもある。お金さんは増えるけど、売れるもんはすぐには増えん……そうなると店は品薄になる。品薄になったら値段が上がる。値段が上がると商人は儲かるが品物は少ないまんま……当然仕入れ値が上がる。仕入れ値が上がれば更に販売価格は上がる……その結果、折角財布にぎょうさん入れとったお金さんが、あっちゅう間に無くなるわけやな」


「説明されればなるほどって納得出来るっスけど……それがこの国で起こるんスか?」


 眉を顰めながらロブが言う。


 先程出発した村の宿も、村の規模からすれば相当綺麗なもんやったし、村人たちも血色良く飢えとる様子はなかった。


 一応王城最寄りの村やし、多少栄えるんは当たり前やろが……それにしても裕福過ぎたように俺には見えた。そんな満ち足りた様子をロブも見て来たから、そう言うんは分かる。


「国内だけでお金さんを回しとったら必ずそうなる。ギギル・ポーを手に入れて保有しとる金の量も増えるやろうしな。下手したらその辺の村でも金貨持つようになるで」


「とんでもない話っス。野盗が激増しそうっスね」


「村襲って金貨が手に入るなら、ちょっと困った程度でやってまうやろうな……それで国外に逃げれば悠々生活出来るやろうし、お買い得やな」


 ここまで来る途中に立ち寄った街や村も、今日の村と似たようなもんやったが……もしかしたら既に兆候はあるのかも知らんな。だからこそ侵略戦争をがんがんやっとるって可能性もある。


 ってことは、俺と同じ考えをしとる奴がおる……それが交渉を有利にするのかどうかは……まだ分からんが、相手が危機感を持っとるかも知れんっちゅうのは悪くないで。


「その表現は色々問題あるっスけど、今言った問題を解消するのが兄貴だと?」


「俺はあくまで窓口やけどな。外の生産量は中堅国一国と比べて莫大なのは言うまでもないやろ?」


「それはそうっスけど……エインヘリアがお金を出して国外から色々買ったら、結局周りも品薄になって同じことになるんじゃないっスか?」


「それもそうやが、それはさっきも言った通り、より広い範囲で取引すれば、幸せが薄まるからな。極限まで引き延ばして広げた幸せは、唯の日常や。それにエインヘリアがいくら金満でも、限界はある。国外の全てを一国で買えると思うか?」


「それは無理っスね。それこそ桁が違うっス」


 エインヘリアが無尽蔵に金を掘りだせない限り、手に入るお金さんにも限界がある。


 これから農業や牧畜をめっちゃ拡大して、無尽蔵と言えるほどの食糧を得られない限り……エインヘリアは溜まったお金さんの重さに転ぶ日が必ず来る。


 そうならない様にする為の第一歩が、俺という窓口や。


「兄貴の視点は広く先を見過ぎてて、説明されてもそういう事もあるのかな?って感じになっちまうのが難点っス」


「問題あらへん。多分この国には俺と同じようなこと考えとる奴がおる。それが今日会う相手やと話は早いんやが……」


「うへぇ……兄貴みたいなのがもう一人っスか?今日の会合、不参加でもいいっスか?」


「ドアホ!お前が居らんかったら、情報で後手に回るやろが!ちゃんとサポートせい!」


「あぁ、今すぐ帰りたいっスねぇ……あ、情報と言えば、報告書に書かなかった情報があるっスけど。これから王城というか、城下町に行くにあたって知っておいた方がいい情報っス」


「ここに来てか?」


 情報を隠していたというよりも、言うタイミングを計っていたってことやろうが……そこまで重要ではないけど知っておいた方が良いっちゅうことか。


「危険のある話じゃないし、多分兄貴の商談にも影響はないと思うっス。でもちょっと……」


「ちょっとなんや?」


 歯に物が挟まったように言い淀むロブ。


 コイツがこういう態度を取る時は、こっちを揶揄おうとする時か本当に判断に困っている時か……今回は何となく後者っぽいな。


「えっと……衝撃的っていうか……まぁ、とりあえずありのままを言うっス!」


 意を決した様子のロブが、真剣な表情で口を開く。


「実は……あの、羊がっスね……?」


「羊……?」


 羊がどうしたんや?


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