第161話 ご褒美・中編



 ドワーフ達の祭りに合わせて各街を移動している俺達は、本日もいつものように祭りに招かれ、ギギル・ポーを救った英雄として祀り上げられた。


 まぁ、祀り上げられたといっても開会式でちょろっと顔を出して挨拶をする程度で、後は自由にしていいんだけどね。


 さて、今日のメインイベントは祭りでの挨拶ではない、特級ポーションの開発に成功したご褒美として、オトノハが祭りを一緒に回りたいと言ったので付き合うことになったのだ。


 しかし、折角の褒美がそんなもんで良いのだろうかと思ったのだが……オトノハが顔を真っ赤にしながら言って来たわけだし、本当にそんなことでいいのか確認するような無粋な真似はしなかった。


 そんな訳で今日はこれからオトノハとお出かけ……いや、これはデート……デート、なのか?


 え?デートなの?


 今俺がいるのは、今回提供されている宿の前。


 普段必ずと言っていい程俺の傍に居て護衛をしてくれるリーンフェリアは、今日は傍にはいない。


 なんでも、今日の護衛はウルルに任せるとの事らしい。そのウルルも陰ながらの護衛なので姿は見えない。


 恐らくオトノハに気を使ったのだろうが……なんか、意識したら妙に緊張して来たんじゃが?


 いや、落ち着くんだ俺。


 デートとかそういうんじゃない。


 これは褒美……そう、オトノハへのご褒美なのだ。


 多分あれだろ?ドワーフの作った色んなものを視察したいとか、そう言った感じなんだろ?


 ここで俺が色々妄想してドキドキしたりしてたら、物凄い肩透かしを食らうパターンだろ?俺知ってる。


 オトノハは俺を揶揄ったりしないとは思うが……俺が勘違いで自爆する可能性は物凄く高い。


 とりあえずアレだ!変に意識するからいかんのだよ!仕事……そう、これは仕事なのだ。


 覇王は覇王として覇王的に仕事を覇王すればよいのだ。


 まぁ、今の俺の姿は欠片も覇王していないが。


 今の俺の格好は、以前リーンフェリアと元領都の街を視察した時と同じ様に地味目の服装なのだが、リーンフェリアから渡された服はあの時よりも若干仕立てが良い物になっている。


 それと変装用にキリクのものと同じタイプの眼鏡をかけている、今なら知略90くらいいっているかもしれない……無論そんな効果は無いが。因みに伊達眼鏡でレンズは入っていないので、目つぶしは防げない。


 まぁ、祭りで挨拶をしたからある程度顔が割れているかもしれないし、変装は必須だ。


 オトノハもドワーフ達の間でかなり有名になっているし、しっかりと変装してくるはずだ。


 っていうかギギル・ポーでは、多分俺よりもオトノハの方が有名だろう。


 街長連中はオトノハに敬意を通り越して崇拝レベルまで行っているような気がするしね。


 その内オトノハの銅像とか建てられるんじゃないかと思う。


 そんなことを考えながら、覇王的平常心を保ちつつ宿の前でぼけっと突っ立っていると、宿から人族の女性が出て来た。


 その女性はきょろきょろと辺りを見渡した後、俺の姿を見て一瞬硬直した。しかしそのまま意を決したように、顔を赤くしつつ若干俯きがちになりながらも俺の元へ小走りでやってきた。


 ……マジか。


 一瞬本気で分からなかったんだけど……この娘、オトノハか!?


 オトノハの得意属性は闇と土……すなわち黒髪に茶色の瞳をしている。俺の傍に来た女性は、顔を伏せている為目の色は分からないけど、髪はオトノハと同じ黒だ。


 ただオトノハは、普段作業をする時に邪魔にならない様に髪を後ろで団子状に纏めており、服装も作業がしやすいようなポケットの沢山ついたズボンに、上半身も作業服みたいな感じのシャツだ。


 しかし、目の前の女性は長い黒髪を背中まで垂らしており、その服装は、プリーツになっているロングスカートにすこしダボっとした感じのチュニックを着ている。全体的に色は落ち着いた感じで……清楚と可愛らしいの中間と言った感じの装いだ。


「た、大将……ま、待たせちまって……」


 消え入るような声で謝ろうとする声は、間違いなくオトノハの物だ。よかった……勘違いじゃなかった。


「気にするな。そう長い時間でもないし、それなりに有意義な時間だったからな。それよりもオトノハ、普段と髪型も服装も随分と違っているが良く似合っている。とても綺麗だ」


 覇王的にどころか、普通に女性を褒めるとかどうやったらいいか分からないんですけど!?王族的な女性の褒め方とか……ヒューイかグラハムに聞いてみるか?


 いや、どっちも微妙だな……ヒューイは何かごてごてした誉め言葉で相手に伝わら無さそうだし、グラハムはストレートに褒めるだけなイメージが……。


 って、今おっさん連中はどうでも良い。


 俺が覇王力を総動員して微笑を浮かべながらオトノハの様子を伺うと、オトノハ顔を真っ赤にしながら目をバタフライ並みの躍動感で泳がせていた。


「ひゃ、ひゃい……」


 そう口にしたオトノハがふらりとよろめいたので、俺は慌てて腰に手を回し転倒を防ぐ。


「だいじょうぶ……っと!」


 俺が腰を支えながらオトノハに声をかけた瞬間、オトノハの全身が弛緩して崩れ落ちそうになったので慌てて抱き寄せる。


「……きゅぅ」


「オトノハ、大丈夫か?」


 力を失くしたオトノハに声をかけるが、オトノハは完全に気を失ってしまった。


 え……?これどうしたらいいの?


 お出かけ開始どころか、会って数秒でオトノハが気絶しちゃったんだけど?






「……あ」


「起きたか?気分はどうだ?」


 ベッドの上で目を開けたオトノハに俺は声をかける。


「……た、大将?えっと……あれ?」


 状況がまだ飲み込めていない様子のオトノハに、俺は落ち着くように言いながら水を手渡す。


 俺は気絶してしまったオトノハを抱きかかえ、宿へと戻ってきたのだ。


 ぐったりとしているオトノハを見てリーンフェリアが大層慌てたり、急ぎエイシャを呼んで容体を見て貰ったりと色々あったのだが、今この部屋には俺とオトノハしかおらず静かな雰囲気となっている。


「気分はどうだ?具合が悪かったりしないか?」


「えっと、大丈夫だけど……あれ?」


「一応エイシャに見て貰って問題ないとは言われたが、気になる所があったら言ってくれ」


 若干混乱している様子のオトノハに、俺はゆっくりと告げる。


「あっと……体は大丈夫だけど……あたいは……あ!」


 オトノハが何かに気付いたように声を上げると、その顔色がたちまち赤くなり、次いで青くなる。


 貧血になりそうな勢いで血が上ったり下がったりしているみたいだな。


「オトノハ落ち着け。体に異常はないんだな?」


「あ、あぁ、うん、大丈夫だけど……その、大将迷惑を……」


 俺が渡したコップを握りしめながらオトノハが落ち込んだように謝ろうとするが、俺は極力優しい声でオトノハの言葉を遮る。


「ならば良し。疲れている様だったらこのまま休んでもらうが、どうする?」


「えっと……」


「幸い、そんなに時間が経っている訳じゃない。気を取り直してもう一度出掛けることも出来るぞ?」


 俺はそう言って笑いかけたが、オトノハの表情は優れない。


「でも、迷惑じゃ……」


「大丈夫だ。今日はオトノハの為の日だ。遠慮せずにしたいようにしてくれて構わない。それに……」


「……?」


 言葉を切った俺を見ながらオトノハが小さく首を傾げる。


「俺も楽しみにしていたからな。オトノハと出かけるのを」


「……へぅ」


 俺が笑い掛けながら言うとオトノハの顔がまた真っ赤に染まる。


「……大将……わざとやってないかい?」


「何がだ?」


 今度は俺が首を傾げながらオトノハに尋ねると、オトノハが若干憮然とした表情になる。顔は赤いままだが。


「うー……折角大将がそう言ってくれたんだ、出かけるよ!」


 そう言ってオトノハがベッドから飛び降りる。


「でもちょっと手加減して欲しいんだけど……」


「手加減?何の手加減だ?」


「……うぅ、皆……これはあたいの手に負えないよ……」


 何やらオトノハが小声で呟いているが……何が問題だった……あ、いきなり腰を掴んだりしたのはセクハラだったか……?いや、倒れそうになったから掴んだわけで……オトノハもそれが分かっているから強く言えない的な?


 セクハラの手加減ってこと……?き、気をつけよう。そんなつもりはないんじゃよ?


 俺は一瞬折れそうになった心を奮い立たせつつ、口を開く。


「あぁ、そうだ。オトノハ、外では俺の事はフェイと呼んでくれ。オトノハの呼び方なら普段通りの呼び方でも大丈夫かもしれんが……折角だしな」


「わ、分かったよ。確かに呼び名でバレたら元も子もないしね」


「俺以上にオトノハの名前の方が有名かも知れんからな。オトノハの呼び名は絶対に変えた方が良いだろう。希望はあるか?」


「い、いや……大将……フェイに任せるよ」


「ふむ……ならばクズノハ……いやタマモにしておくか」


 リーンフェリアの時と違ってオトノハは有名人だからな、近い名前じゃなくかけ離れた名前の方が良いだろう。


「タマモ……うん、了解。じゃぁ今日だけあたいはタマモ、大将はフェイだね」


「良し。ならばさっそく出掛けるとするか……いや……」


 俺は台詞を切って一度咳払いをする。


「行こうか、タマモ」


「ひゃ……、う、うん!」


 一瞬顔を赤くしたオトノハだったが、すぐに笑顔になって頷いた。


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