第160話 ご褒美・前編
突如として、ドワーフ達の国ギギル・ポーの生命線である採掘場を襲った悲劇。
十二ある採掘場の内、半数近くが突如現れた魔物によって占拠されてしまったのだ。
魔物の数は凄まじく、屈強なドワーフ達であっても処理をするのは難しい程であった。
更にドワーフ達を畳み掛ける様に狂化という現象までもが牙を剥く。
採掘場奪還の為に派遣された軍に所属していたドワーフ達が、魔物との戦闘中に突如狂化したのだ。
それも一人や二人と言った数ではない、採掘場に突入した部隊のおよそ二割が狂化したのだ。それによって部隊は一瞬で総崩れとなり生存者は十数名……この事態に議員たちは頭を抱え、民達は恐怖した。
全てのドワーフ達は自分達の国に漂う不穏な気配に怯え、未来に不安を覚えていた。解決策は一つとしてなく、かと言って採掘場を破棄する事は出来ない。
十二ある採掘場の半数近い箇所で前触れなく発生した事態、現在正常に稼働している採掘場も原因が分からない以上、同じことにならないとは言い切れない恐怖。
絶望。
ドワーフ達の心を現すのにこれ以上適した言葉はなかっただろう。
しかし、一切の希望が無いかと思われたドワーフ達だったが、何の前触れもなく人族の王がギギル・ポーを訪問したことにより、あまりにもあっさりと事態は解決する。
その王は自ら剣を取り、ドワーフ達の為に先頭に立ち採掘場を占拠した魔物の大群を薙ぎ払い、遂には元凶となっていた巨大な魔物をも討伐したのだ。
他国の人族……それも王自らの手によって齎された福音は、あっという間にギギル・ポー内にある十二の街に行き渡り、ドワーフ達は感謝と未来への希望を込めた宴を全ての街で開催した。
人族の王はその各街に顔を出し、ドワーフと酒を酌み交わし深い絆を結んだ……種族存亡の危機を救われ、更に王の人柄にほれ込んだドワーフ達は、絶対の忠誠を誓い国の全てを王へと捧げることを請願した。
しかし、王は首を縦には振らなかった。
自分が望んでいるのはドワーフとの友好だ、ギギル・ポーを傘下に加えたいのではなく、友人としてこれから手を取り合っていきたいのだとドワーフ達に告げたのだ。
しかしそこは頑固……一度決めたら気持ちを曲げないドワーフ。
必死に王へと請願を続けた結果、さしもの王も遂に根負けをしてドワーフ達が傘下に加わることを承諾、ドワーフ達の国はかの王の国……エインヘリアの一部となったのだ。
当時エインヘリアとギギル・ポーは隣接した国ではなく、一説によると遠き地で苦境に立たされているドワーフの話を聞いたエインヘリア王が、家臣たちの制止を振り切り城を飛び出し救いに行ったとも言われている。
またギギル・ポーに向かう道中、敵対国を通過するために供回りを殆ど付けず、極少人数で隠れる様に移動したという話もあり、ギギル・ポーに辿り着くまでの道中も非常に波乱万丈な物だったとも伝えられている。
エインヘリア王の道中の冒険については別巻に纏められているのでそちらをご覧いただきたい。
エインヘリア王の軌跡~第七巻より抜粋
俺は宿の一室から街の様子を眺める。
流石にドワーフ達の建築技術は凄いね。
今まで見て来た各国の王都に比べても街並みが整っているし……なにより窓にガラスが使われているんだよね。
今まで見て来たこの世界の建物は木の窓で出来ていて、外が見えず昼間でも非常に暗い感じだったのだが、ドワーフ達の建物は採光もばっちりだ。
まぁ、スライドさせるタイプの窓じゃなくって、跳ね上げ式の窓だから出入りするには向いてないね。
ベランダのある建物はあまり見た事無いけど……王城とかにはバルコニーとかあって外に出られたりするのは見た事がある。
……ん?そういえば、ベランダとバルコニーの違いってなんだ?
マンションとかはベランダって言うよな……?バルコニーは……なんか豪華な感じ?いや、なんか違う気がする。
広いとか広くないとか……その辺りか?いや、どうでもいいけど。
それよりも……外は凄い賑わいだな。
俺はギギル・ポーの全ての街で開催されている祭りに招かれている最中で、各街を巡りながら祭りに参加しているのだ。まぁ、この街での挨拶は既に終わったし、祭りにもチラッと顔を出したらから、もう特にする事は無いのだけど……俺達への感謝の祭りなのは良いんだけどさ……めちゃくちゃ俺に負担かけてない?
十二の街全部を周るって、結構どころじゃなく大変よ?
まぁ……ドワーフ達って基本的にノリで動くから、相手の迷惑とかって考えないよね。とりあえず今日はこの街で終わりだけど、明日はまた昼前には移動しなくてはならない。
まぁ、移動は転移で一瞬なので楽なんだけどね。
「大将、ちょ……ちょっといいかい?」
部屋の扉がノックされると共に、外からオトノハの声が聞こえて来たのだけど……なんか微妙に声が裏返っているような、どもっているような、どうしたのだろうか?
「構わん、入れ」
「失礼するよ……」
部屋に入ってきたオトノハは……表情を見た感じ緊張しているみたいだけど、どうしたのだろうか……?
「どうした?オトノハ。何かあったのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
歯に物が挟まったような感じでオトノハが言い辛そうにしている。
普段は竹を割ったようにさっぱりきっぱりしているオトノハが、こういったもじもじした態度を見せるのは珍しいな。
「えっと……あの……以前大将が言ってた話なんだけど……」
「以前……?いつの話だ?」
「あー、アレだよ。ギギル・ポーに向かう前に……あの特級ポーションを作ったって話の時の……」
そう言われてピンときた。
「あぁ、褒美の件だな?欲しい物が決まったのか?」
「あ、あぁ、それなんだけど……なんでもいいんだよ……な?」
「勿論だ。お前の功績は絶大なものだ。この世界で手に入れた素材で俺達の知るアイテムの生産出来る事が分かったのだからな。今後はそっち方面の研究も進めて行きたい所だ……ドワーフ達の協力も取り付けた事だしな」
俺は窓から見えるドワーフ達の祭りに目を向ける。
彼らの協力は魔力収集装置の設置が進むということ以上に、開発部の子達が別の仕事も出来るという利点がある。
オトノハが少ない時間を使って証明してくれた成果は、俺達にとってかなりのアドバンテージになり得る。
今回、採掘場に居た魔物の内、外に出しても形を失わなかった物は既に解体して城に運んでいる。何かに使えるかもしれないしね。
まぁ……レンゲが叩き潰したもの以外はだけど。アレはぐちゃぐちゃになってしまって使い物になら無さそうだったから……。
「……役に立てたようで嬉しいよ」
少しだけ胸を張りながらオトノハがはにかむように笑う。緊張は解れたかな?
「あぁ、だから好きな物を望んでくれ。大抵のことは叶えてやれるつもりだ。研究用に鹵獲している誰かの専用武器でも構わんぞ?」
キャラ専用武器は周回しても同じ物は手に入れられなくなっているのですべて一品ものだ。まぁそのキャラが居ない以上、コレクション品以上の価値は無いのだけど。
「そ、それも魅力的だけど……えっと、その……」
いや、駄目だ……全然緊張がほぐれていない。
だがここで急かす様な事はしない方がいいだろう。俺は極力穏やかな雰囲気を見せつつ、オトノハが自分の希望を言い切るのを待つ。
彼女は視線を落としつつ手をもじもじさせており、普段の男勝りな姉御感は皆無だが……偶に見せるオトノハのこういった素振りは非常に眼福というか、可愛らしくて良い。
とは言え、じっと見つめているのも言い辛いかもしれない……なんかもう少しリラックスさせてやりたい所だが……そう思った瞬間オトノハが意を決したように口を開いた。
「あ、あはは!や、やっぱりもうちょっと考えてみるよ!さっき大将が言ってた専用武器ってのも面白そうだしさ!」
邪魔しちまったねっと勢い込んで捲し立てたオトノハが部屋から出て行こうとする。
いや、そっち向きに決意を固めるのは良くないね。
「待て、オトノハ。とりあえず、こちらに来て座ってくれ」
そう言って俺は、サイドテーブルに置いてあったティーポットにお湯を注ぐ。
このポットはドワーフ達の作った魔道具らしく、保温機能があるようだ。まぁ、保温機能付きのポットは人族も作っているからそう珍しい物ではないけど、冷却機能付きの魔道具は人族もドワーフも作ってないみたいなんだよね。
今度研究させてみるか?
そんなことを考えつつカップにお茶を注いで、テーブルの上に並べる。
「茶を淹れるのは初めての経験だな。味の保証出来ないが……まぁそれでも飲んで落ち着いてくれ。流石に渋すぎて噴き出すって事は無い筈だ」
そう言いながら俺は自分の入れたお茶を一口含んで……うん、渋くはないけど味も香りも無い……あれかな?ドワーフ達は食糧難だったのだから茶葉も少な目に入れられてたのかな?多分きっとそうに違いないと俺は思わないでもない……。
俺がドワーフ達の食糧事情に心を痛めていると、緊張した様子のオトノハがカップに口をつけ……ふふっと笑う。
「大将はお茶を淹れるのは苦手みたいだね。ふ、ふふっ……」
ほぼ白湯のようなお茶がツボに入ったらしいオトノハが、口元に手を当てながら堪えきれないと言った様子で笑みをこぼす。
「メイド達は簡単にやっているように見えたが……やはり表面を真似ただけでは駄目だな。想像以上に難しい物だな」
「いやいや大将。お湯を注いですぐにカップに注いでたじゃないか。いくら何でもそれじゃお茶は出ないよ」
……確かに。お茶の粉溶かすくらいのイメージでやってしまった気がする。
「なるほど、勉強になった。同じような機会がないとも限らないし、メイド達に茶の淹れ方を教えて貰っておくか」
「ははっ、それがいいかもね。でも、大将……ありがとう。おかげで落ち着いたよ」
「ふむ……鎮静効果はあったようだな」
「大将手ずからのお茶なんて、あたい達にとってはどんなご馳走よりも嬉しいもんだしね。落ち着いて味わわないと勿体ないってもんだよ」
「多少色はついているが、味はほぼ白湯だがな」
「ははっ!大将の正真正銘初めてのお茶だ。最後まで味わわせてもらうよ」
そう言ってオトノハは、本当に嬉しそうに俺の淹れた……お茶を飲む。
まぁ、オトノハが落ち着いたようだし、効果はばつぐんだって感じだね。
俺が満足気に味のしないお茶を飲んでいると、オトノハがカップをソーサーに戻し真剣な目をしながらこちらを見る。
「大将……明日行く街の祭り……あたいと一緒にまわってくれないかい?」
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