第153話 再び街長達と……

 


 採掘場の大広間でミミズ退治をしてから半月程が経過した。


 その間、オトノハは採掘場や巨大なミミズ、その他魔物達の調査を進めてかなりの成果を出してくれている。


 調査自体はそこまで時間がかかったわけではないのだが、広間と街への魔力収集装置の設置、それから経過観察等にそれなりの時間を要したのだ……いや、やったのはほぼオトノハだが。


 一応俺達も坑道の隅々まで調べたりはしたけど……それは魔物が残っていないかのチェックであって、調査と呼べるようなものではなかっただろう。


 とりあえず、魔力収集装置の設置後、採掘場で新たに魔物が生み出されるようなことはなくなったし、オトノハの調査によると昨日の時点で採掘場の魔力が坑道の外と同じくらいの魔力濃度になったことが確認できたので、本日街長達をこの街に呼ぶことと相成った。


「これが!これが転移!なんと!素晴らしき!」


「おぉ!確かに儂の街!す、凄まじい!なんという!うおおぉぉぉぉぉぉ!」


 呼んだのはいいんだが……現在、転移を終えたドワーフ達の拳で語り合う狂乱が開催されている。


 感動したのは分かる……分かるけど、何故そこに拳を交える必要がある?


 後三十分は長すぎだ。


 いや、ドワーフ達がずっと転移を体験したいと言い続けていたことは知っていたけど……これほどか……いや、ある程度予想はしてたが、それでも何故殴り合う?


 そんなことを考えながら街長達の狂騒を眺めていたが、流石にもういいだろ……。


「レンゲ」


 俺が名前を呼ぶとレンゲが即座に動き出し、ドワーフ達の頭をむんずと掴み丁寧にボディに一撃を入れていく。


 ものの数秒で狂騒は収まり、街長達は会議室の椅子に大人しく座った……若干顔は青いが。


「落ち着いたな?」


「……はい」


「転移にはしゃぐのも分かるが、まずは仕事だ。そうだろう?」


「……おっしゃる通りです」


 まぁ……俺も人のことは言えないような気もするが……こいつ等は目先の事に色々奪われ過ぎだよな。もっと広い視野と自制心を持って行動しなければ、とんでもないことになる可能性がある。


 ……あれ?ちょっと心が痛いな……そうか、ブーメランって敵に当たった後もちゃんと帰って来るんだったな……。


 俺は心の中で咳払いをしてから言葉を続ける。


「さて、概要は既に伝わっていると思うが、改めて報告だ。この街の採掘場の調査と魔物の掃討、および正常化が終了。そして貴公等が体験した通り、この街にも魔力収集装置の設置が完了している」


「「おぉ……」」


 既にエイシャ達を通じてこの街の状態は報告してあるから、街長達も今言った内容の事は知っている筈だけど、それでも全員が感嘆の声を上げ、この街の街長であり最も年かさのドワーフであるゲインなんかは目に涙を浮かべる。


 その反応は良く分かるけど……ならなんでさっきまで嬉々として殴り合ってたし……ドワーフ達の情緒はどうなっているんだ……?


「詳細については手元にある資料に書いてあるが、ざっと説明はさせてもらう。質問があったら遠慮なく聞いてくれ」


 俺はそう告げると椅子の背もたれに体を預ける。


 ここから先の説明はオトノハの仕事だ。


 オトノハが立ち上がり、俺達がこの街に来てからその翌日までに採掘場でやったことをざっと説明していく。


 初っ端のみっちりと詰まった小部屋の話や最奥の巨大なミミズの話が出た時は、全てのドワーフが顔を青褪めさせていたが、それ以外は非常に淡々としたものだった。


 そしてそこからオトノハが調査した採掘場の魔力濃度の件、そしてミミズの魔物の調査の話になっていく。


「このミミズの魔物だけど、調べてみたらかなり厄介な事実が判明した。資料の五枚目を見てくれるかい?ここに転写してある魔術回路、あの魔物はこれを組み込まれた魔道具を体内に有していた。いや、正確に言うと、魔道具が埋め込まれていたんだ」


「……この魔術回路の効果は分かっているのですか?」


 険しい表情のまま、ガルガドが尋ねるとオトノハは頷いて見せる。


「まだ調査を始めてから数日ってところだから全ての機能を把握している訳じゃないけど、大まかな機能は分かっている。魔力の収集、そして拡散だ」


「収集と拡散……?もしやそれは魔王の魔力を……?」


「あぁ、その通りだよ。この魔道具は他所で集めた魔王の魔力を好きな場所でばら撒くことが出来るって代物だ」


 オトノハの言葉が終わると同時に、激しい破壊音が会議室に響く。


 街長の一人、オーランが机に拳を叩きつけて粉砕してしまったのだ。


 その光景を見て、議事堂にあった円卓が物凄く重厚な造りをしていたのはドワーフが暴れて壊さない為だったのかと気付く。


「それはつまり……どこぞの手の者がギギル・ポーに仕掛けて来た、そういう事ですな?」


 そうオトノハに尋ねるガルガドも、震える程力を込めつつ手を組んでいる。


 他のドワーフ達も似たようなものだが。


「そうなるね。そしてその相手はかなりの技術力を持っている。その魔術回路だけど、ドワーフ達の魔道具とは系統が違うから軽く説明させてもらうよ。といってもあたい達もその手の技術は持ってなくてね、これはうちの魔導技師からの受け売りだ」


 そう前置きをしつつ、オトノハが魔術回路について説明を始める。


 ミミズの腹に埋め込まれていた魔道具は非常に高い技術で作られており、少なくとも近隣諸国でこれだけの技術を有している国はないという事。


 個人で作るには、金額的にも技術的にも相当厳しい物であるという事。


 そして何より、魔王の魔力に関する研究は人族の間ではほとんどされていない事等……これらは全てうちの魔導技師……つまりはオスカーから聞いた話ではあるが、本人はあんな主人公野郎ではあるけど、技師としての腕はかなり優秀らしいので信じてよいだろう。


「なるほど……確かに儂等の作る魔道具と、人族の作る魔道具は根本から違いますからな……ですが、技術大国であるエインヘリアの技師殿が言うのであれば間違いないでしょう」


 ……いつからうちは技術大国になったん?


 ガルガドの言葉に内心首をかしげていると、他のドワーフ達がガルガドの言葉に同調するように頷く。


 どうやら、ドワーフ達の共通認識のようだ。


 まぁ、初っ端に色々見せつけているし、そういう評価になってもおかしくはないか。


「この魔道具の出所については今後も調査が必要だね。恐らく現在魔物に占拠されている採掘場全てに、この魔道具を腹に抱えた魔物が存在するはずだよ。まずはそこから少しでもサンプルを集めないとね」


 オトノハの言葉に、目に炎を宿したドワーフ達が頷く。


 まぁそれも無理ないだろう。


 何の前触れもなく突如、自分達の命とも言える採掘場が誰かの陰謀で危機に陥ったのだ。これがドワーフ達でなかったとしても怒りに染まるのは当たり前と言えるし、犯人捜しに気合が入って当然だ。


 でも、燃え上がっているところ悪いが、非常に大きな問題がある。


「ところでオトノハ様。この巨大なミミズですが、どの程度の強さだったのでしょうか?」


「強さかい?リーンフェリア、どんなものだったか説明してもらえるかい?」


 オトノハがリーンフェリアに説明を求めると、少しだけ考えるそぶりを見せながらリーンフェリアが口を開く。


 俺が思った問題とはこれだ。例の魔物の強さ……恐らくドワーフ達が相手取るのは相当難しいのではないだろうかという事だ。


「そうですね……エインヘリアの者では比較対象としては不適切でしょうし……採掘場にいた他の魔物では役者不足ですし……伝わるかどうか微妙ですが、膂力や耐久力と言った点では、グラウンドドラゴンと呼ばれていた個体よりも上かと」


「……は?」


「ですが、あのドラゴンは空も飛べましたし、火を吹くことも出来ました。後は言葉を使う程度の知性のような物も多少は確認出来ましたし……総合的な強さで言えばグラウンドドラゴンの方が上ですね。狂化した魔物以上グラウンドドラゴン以下といったところでしょうか?」


「……」


 ドワーフ達が顎が外れんばかりに口を開いて目を丸くしている。


 うん……リーンフェリア、狂化した魔物以上ドラゴン以下って、多分幅が広すぎるよ?


 そんな風に心の中で突っ込んでみたものの、リーンフェリアの苦心も分かる。


 何故なら、俺達はこの世界でそこまで色んな相手と戦った訳じゃないからね。


 レギオンズの敵や、エインヘリアの人材を絡めての比較ならもう少し出来るんだろうけど、それじゃぁドワーフ達には伝わらないしね。


「グラウンドドラゴンとは……その、ドラゴン……ですよね?ドラゴンと比較する程の魔物が採掘場に?」


 恐る恐ると言った感じでガルガドが尋ねるが、リーンフェリアは事も無げに頷いて見せる。


 まぁ、ドラゴンは災厄って呼ばれてるみたいだから、ドワーフ達の反応の方が正しいと思う。


「……」


 絶句しているドワーフ達にもう少し説明を加えようとしているのか、リーンフェリアが考え込むようにしているけど、良い表現が思いつかないのか眉を顰めながら考え込んでしまっている。


「……オトノハ様。他の採掘場にもその……ドラゴンの様な魔物が……?」


 そんなリーンフェリアから視線を外し、恐る恐ると言った様子でガルガドがオトノハに尋ねる。


「まだ調べた訳じゃないけど、同等の魔物が居ると考えた方がいいだろうね」


「そ、そんな!」


 絶望的な表情を浮かべるガルガドだが……俺は肩を竦めてみせる。


「ガルガド殿、問題ない。採掘場の開放は俺達エインヘリアが請け負ったからな。あの程度の魔物、何体現れようと俺達の敵ではない。早晩全ての採掘場を解放してやる」


「フェルズ様!ありがとうございます!」


 俺が軽い様子でそういうと、ガルガドだけじゃなくこの場にいる全ての街長が救いの神を見つけたみたいな表情になる。


「最初から約束していたことだ、改めて感謝されるようなことではない。とは言え、他の場所がこの街の採掘場と同じ状況とは限らない。他の場所は他の場所で調査が必要となるだろう。すまないが、全ての採掘場の開放まではもう少し時間を要するだろうな」


「とんでもない!ドラゴンと同等の強さを持つような魔物の排除……軍を編成した所でそう簡単には成し遂げられるものではありません!」


「ドワーフ達でもドラゴンと戦うのは難しいのか?」


 ドワーフ達の頑丈さならドラゴンとも戦えるような気がするけど……先程までの表情を見る限り、難しいのだろうか?


「軍を編成して開けた場所、さらに兵器の用意があれば……相手次第でなんとか戦えるといったところでしょうか?勿論、相当な被害が出ますし、こちらが有利な条件を揃え切ったとしても倒せるかどうかは、半々……いや、十やって二勝てればといったところですね。ですが今は先の作戦で軍も戦力を半減させておりますので……」


 準備万端で勝率二割、しかも被害甚大か……そりゃ絶対戦いたくないね。


 っていうか、よほどどうしようもない状況じゃない限り戦うべきじゃないな。


 しかもドワーフ達は前回の奪還作戦で戦力を失っている訳だし……戦うって選択肢はほぼないな。


「全てエインヘリアにお任せするというのも心苦しいのですが……」


 本当に申し訳なさそうに言うガルガドに、俺は笑い掛けながら話題を変えることにした。


「気にするな。それよりも狂化したドワーフ達の件だが、中々上手く行っているようだな」


 俺の言葉に、非常に嬉しそうな表情になったガルガドが勢い良く立ち上がった。


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