第154話 TPOを弁えることだって出来る……こともある



「ヘパイ様、そしてエイシャ様の御力で、我が町で眠りについていた者達が正気を取り戻しました。本当に……本当に感謝いたします。フェルズ様」


 ガルガドだけでなく、この場にいた街長達全てが涙を流しつつ頭を机に叩きつけんばかりに頭を勢い良く下げた。


 エイシャから報告を受けていたので狂化の治療に成功したことは知っていたし、その結果ドワーフ達が物凄い喜んで、お祭り騒ぎだったと聞いていたけど……ここまで真摯な様子のガルガド達は、普段のアレからすると物凄い違和感があるな。


 まぁ、それはさて置き……完全に狂化してしまった者達も治すことが出来ると分かったのは本当に良かった。


 エイシャ達の報告では、魔力収集装置によって保有している魔力を下げられるだけ下げた後、聖属性魔法の状態異常を回復する魔法か万能薬、気付け薬を使う事で正気を取り戻すことが判明した。


 ただ睡眠薬で寝ていたからか、起きた直後は衰弱しているらしく回復魔法やポーションの使用が必要だったようだ。っていうか、ドワーフの頑丈さがなかったら、そんな長時間睡眠薬で寝かせてたら、普通に死んでたんじゃなかろうか?一応栄養補給とかはしていたみたいだけど……。


「俺は魔力収集装置を設置する指示を出して、後はヘパイやエイシャに任せただけだ」


「そんなことはありません。フェルズ様がそれを望んでくれたからこそ、オトノハ様もヘパイ様もエイシャ様も全力で事に当たってくれたのだと理解しております」


 ガルガドの言葉に、同席しているオトノハ達が頷く。


 いや、そこは頷いたらダメじゃないかしらって思うのだが……まぁ、いいか。


「この話を提案した時にも言ったが、俺としてはドワーフ達に気持ち良く手を貸してもらいたいという思いがあったからな。魔力収集装置の件、期待しているぞ?」


「はい、我等の身命を賭して……必ず、魔力収集装置の設置技術を習得してみせます」


 真剣な様子で頷くのはガルガドだけではない、今この場にいる街長達全員だ。


 その表情はいつもの様な未知の技術に浮かれ、大興奮といった様子は一欠けらも感じられず……ただ俺との約束を守ろうと決意を秘めた目に見える。


「期待している。それにしても、無事狂化から回復したことには、俺もかなり安心出来た。ヘパイ、エイシャ、見事な働きだった」


「「はっ!」」


 そう、この件に関しては本当に良かったと思う。


 失われた命は戻ってこないが……少なくともただ狂化しただけであれば、治療する方法が見つかったのだ。


 これもまた、フィオが魔王の魔力への対抗手段として儀式で願った結果なのかもしれないな。


 まぁ、これであのしょんぼり魔王も、少しは元気を取り戻してくれるといいんだが……いや、採掘場の方でまた新たな問題が見つかっているし、綺麗スッキリとは行かないか。


 色々と進展があったのは確かだが……人為的に魔王の魔力を使って何やらしでかそうとしている奴の影が見えたというのはな……。


 ソイツだかその勢力だかはまだ分からないけど……魔王の魔力を利用している以上、いつかはぶつかるだろうし、その時に備えて情報はなるべく集めておきたい。


 魔王の魔力への対抗手段、相手の狙い、そして何より相手の正体。


 そいつにとって、このギギル・ポーでの事が実験なのか本番なのかは分からないけど、間違いなくここでの事は監視している筈。相手に先にこちらの存在がバレてしまったのは、マズったと言えなくもないけど……こればかりは仕方ない。


 俺達がそういった存在が居ると気付けたのは、魔道具を見つけたからだからな……いくらクーガー……というかうちの外交官達でも、今ある情報だけで黒幕に辿り着くのは不可能だろう。


 相手がギギル・ポー内に潜伏して経過を観察していれば見つけられるかもしれないが、それはないと思う。


 仮にこれを仕掛けた相手が人族だとすれば……このドワーフの国であるギギル・ポー内において人族はかなり目立つ。当然そんな相手をうちの外交官が見逃すはずはないが、今の所警戒網に引っかかった人族はいない。


 次にドワーフの内通者を作っているって線……俺が知っているドワーフは、皆が皆職人気質で腹芸の出来ない気の良い奴等ばかりだが、全てのドワーフが一緒くたにそうだとは考えられない。


 中には腹黒い奴や、自分の利益だけを追求するようなドワーフが居てもおかしくない……というかそういった手合いがいるのが普通だろう。


 そういった者と手を組んで監視を任せているパターン……一番他国の者が目立たずに監視する事が出来る手だと思うが、少なくとも最初の街やこの街の魔力収集装置や採掘場近辺でそう言った監視をしている様な相手は発見出来ていない。


 最初の街はともかく、今いる街は確実に相手の手が伸びているわけで、ここを監視していない筈がない……だが、クーガーがそういった動きをする者を見つけていない以上、俺としてはドワーフの協力者の線もないと思う。


 そうなると、想定出来るパターンは三つ。


 一つは、あのミミズの中にあった魔道具が監視の機能も有しているパターン。


 次に、何らかの方法で遠隔地からギギル・ポーを監視することが出来るパターン。


 最後に、ここでの事はやり捨てな感じで、そもそも監視していないパターン。


 最後の一つはまずないだろうけど、二つ目のパターンだとかなり厄介だ。


 逆に一つ目のパターンだと、オスカーが魔道具を上手く解析出来れば、敵に繋がる情報が分かるかも知れない。


 まぁ、何にせよ……この件はキリクに相談して対策を練ってもらおう。俺が考えるより安全で確実だからね。


 ドワーフ達も被害者だから、ある程度は情報開示してやるつもりだけど……この相手は俺達で処理したいと考えている。


 ガルガド達は業腹だろうけど、魔王の魔力に関する事柄は極力俺が何とかしたい……特に魔王の魔力を悪用しているような相手は、きっちりと落とし前をつけてやるつもりだ。


 俺はそう硬く決意をしながら、ドワーフ達との会合を続けていった。






「そこまで気合を入れなくてもいいんじゃよ?」


 先日会った時のしおらしさは何処に行ったのか、開口一番フィオの奴が軽い様子で俺に向かって言い放つ。


「随分早い再会だな。一ヵ月に一回くらいのペースじゃなかったのか?」


「採掘場で狂化した魔物と戦っておったからのう。それにほれ……前回は少々短めじゃったしな」


 若干頬を赤くしつつそっぽを向きながらフィオが言う。


 やはり完全に気にしていないという訳ではない様だ。ならば少し言わせてもらうか。


「……ドワーフ達の被害、その原因が魔王の魔力だったことに対して悔しく思うって言うならまだしも、お前は責任を感じ過ぎじゃないか?」


「……」


 そっぽを向いたままのフィオに、前回俺は伝えられなかった言葉を告げる。


「今代の魔王とお前は、魔王であること以外碌な縁もないじゃないか?そして、お前の身に宿っていた魔王の魔力は俺達を生み出す為に全て……お前の命ごと消費されたんだ。ドワーフ達の身に降りかかった不幸は、魔王の魔力のせいではあるがお前のせいではないだろ?違うか?」


「……分かっておる」


 フィオはバツが悪そうというよりも、不貞腐れた感じで返事をする。


 その様子を見て俺は盛大にため息をついた。


「お前も見ていただろうが……ドワーフ達についても、狂化に関してはもう問題ない。ドワーフ達を救ったのは、ヘパイやエイシャだが……それもお前が命を張って儀式を行ったからこそだ。お前が行い、願った儀式がドワーフ達を救ったんだ。誇りこそすれ、罪悪感を感じる様な事じゃないだろ?」


「……」


「大体あれだ!今のお前は、自分が罹った風邪と同じものが遠い未来で大流行したからって、風邪にかかった本人があの世で、今の大流行は俺が昔罹ったせいだ……的な感じに落ち込むようなもんだろ?はっきり言って全然関係ないだろ!同じ病名ってだけしか共通点ないわ!」


 あまり良い例え話じゃない感じだが、こういうのは勢いだ。言い切ったもん勝ちだ。


「お主の言う通り……その例えは微妙じゃが」


 納得するのそこ!?


「言いたい事は分かるのじゃ。だが、中々簡単には割り切れんのじゃよ。私は魔王の魔力を消す……または、無害な物になる事を願って儀式を行った。その結果……五千年もの間、魔王達は虚弱な身体となってしまい、普通に生きる事さえ苦労したはずじゃ。何の了承も無く、理不尽にそんな境遇に合わせた。そうまでしてなお……再び世界に魔王の魔力が蔓延しておる……数百人の魔王に苦労を強いておきながらの」


「確かに、歴代の魔王達の中には、その体の虚弱さを恨んだ奴もいるかもしれないが……その代わり、ただ生きているだけで周囲の者を狂わせてしまうという絶望からは遠ざけられた筈だ」


「……私はそれが辛かったけど、その方がマシだと考える程苦労した者もこの五千年の間には居った筈じゃ」


「そんな事言ったらキリがないだろ……だったらこの五千年の間、狂化することなく過ごすことが出来た奴らは、虚弱で苦しんだ魔王達に何千倍、何万倍もいた筈だ」


 完全な水掛け論というか……いや、違う。


 フィオの感情的な話に対して、俺が正論をぶつけるからいけないんだ。分かってる……俺の記憶が、女性を説得する、或いは喧嘩をする時に正論は何の役にも立たないと教えてくれている……でも他の方法は教えてくれないんだよ!


「しかし結局、今の世では魔王の魔力が妖精族、そして恐らく魔族を苦しめておる」


「それは、今代の魔王が今までの魔王達に比べてより多くの魔王の魔力を有しているからであって、フィオには何一つ関係ない話だ」


「もしかしたら……儀式によって魔力を奪われ続けて来た魔王という因子が、儀式に対抗する為に、より強力な魔王を生み出したのやもしれぬ。更にこのタイミングで儀式が完遂した為により、状況が悪くなっている事だって考えられるのじゃ」


 あぁ言えばこう言うというか……妙な方向に頭を回すネガティブな感じが非常にめんどくさい……!


「そんなの現状に適当に理由をつけただけで、全く根拠が無いだろうが!そもそも、儀式が完遂したから魔王の魔力に対抗できる俺達が生み出されたんだろうが!最高のタイミングじゃねぇか!儀式で使い切れない程の魔王の魔力を保有している奴がいる時代に俺達が生み出されたんだからな!だったら後は俺達に、魔王の魔力を処理して欲しいって頼むだけだろ!?」


「そうじゃよ!そもそもそれもおかしいんじゃ!」


「何がだよ!」


 お互い、語気が荒くなって来たが……それを理解していながらも言葉が止まらない。


「お主等という存在を何の断りもなく生み出して、私の願いを叶えさせる!?どこまで傲慢なんじゃ!そんな理由で命を生み出して良い筈がないのじゃ!」


「アホか!どこのどいつが、これこれこういった理由であなたを生み出しますがよろしいですか?なんて断りを入れられるってんだ!大体、普通の子供だって、何の事前通告もなく突然この世に生み出されるんだよ!」


「そういう話ではないのじゃ!何故私の願いを叶えるのに全く関係ないお主等を巻き込み、全てを託さねばならんのじゃ!」


「それこそ今更だろうが!大体、それに関しては俺がやりたいからやってるだけだ!」


「それこそ意味が分からんじゃろ!なんでお主が魔王の魔力を相手取る必要があるのじゃ!」


「そんなもん俺の勝手だろうが!好きにさせろ!」


「好きにすればいいじゃろ!何も強制するつもりはないし、何も否定するつもりもないのじゃ!」


 っていかん……売り言葉に買い言葉な流れになってきた。俺がヒートアップしてどうする!


 俺はため息にならない様に大きく息を吸った後、ゆっくりと心を落ち着ける様に息を吐く。


「……前も言ったがフィオ、お前に感謝している。この世界にフェルズとして生み出してくれたこと。リーンフェリアやオトノハ、皆を生み出してくれたこと。ルミナやオスカーやエファリア……この世界に生きる人々と合わせてくれたこと。その全てに感謝している」


 ゆっくりと、言い含める様に俺は自分の気持ちをフィオに伝える。


「確かに俺はフィオの願いによって生み出された存在ではあるが、間違いなく俺には自由意志がある。お前の儀式、願いを叶えてやる義務感のような物は俺にはない」


「……」


「だが、義理はある。いや、堅い言い方はよそう。以前、礼だなんだと言ってお前の願いを叶えると言ったが……そうじゃない。俺がフィオの願いを叶えてやりたいんだ」


「……何故そうなるんじゃ?」


「……ん?」


 俺が落ち着いて話したのが効いたのか、フィオも少し落ち着いた様子で尋ねて来る。


 良かった……これなら普通に話せそうだけど……何故そうなるって何が?


 そう思った俺は思わず首をかしげてしまう。


「……何故、私の願いをお主が叶えたいんじゃ?魔王の魔力の対処なんて、わざわざ目標にするような物じゃないじゃろ?」


「そりゃ……俺がそうしたいと思ったからだろ?」


 俺がそう言うと、呆れたようにため息をつくフィオ。


「だから、何故そう思ったのかを聞いておるんじゃ」


「……そりゃ、感謝してるから……」


「礼とかそういうのは関係ないと、今言っておったじゃろ?」


「……あれ?」


 確かにそう言ったな……えっと、つまりどういう事だ?


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