第152話 ラブゲーム



 あかんかった……。


 やっぱり、最初に出遅れた分がもろに響いた……。


 俺が動き出した時点でレンゲは既に十匹程の魔物を倒していたらしく、その時点で勝利に必要な数の半分を倒している事になる。


 敵が密集しておらず、範囲でドカンと数を稼ぐことが出来ない以上……最初についた差はそうそう覆すことは出来ない。


 だって俺もレンゲも一匹の敵にかける時間は一瞬……これ以上短縮しようがない。


 短縮できるとしたら次の獲物の発見と移動時間だけど……発見するという程魔物同士の距離は離れていない。つまりサーチアンドデストロイにかかる時間もまた一瞬で……まぁ、それはいい、勝負はあっさりと着いてしまったのだから。


 寛容な心でレンゲの勝利を褒め、褒美を渡すとしよう。


 それはさて置き、俺達が広間に飛び込んで魔物と戦い始めた事で、当然デカいミミズも俺達の事に気付き動き始めている。


 まぁ、そのミミズに関しては俺から少し遅れて広間に足を踏み入れたリーンフェリアが相手をしてくれているので、何も問題はない……いや、問題はある……。


「随分と一撃が重そうだな」


「そうっスね。リーンフェリアじゃなかったらあんな風に捌くのは無理だと思うっス」


 俺達の視線の先で、リーンフェリアが手にした盾でミミズの巨体をはじき返す。


 それは、以前俺達に襲い掛かってきたアホなドラゴンが尻尾を同じようにはじき飛ばされていたのと同じような光景だが、あの時はもっと軽々とこなしていたように思う。


 今のリーンフェリアは少し慎重というか、相手の攻撃を丁寧にはじいているように見えるのだ。


 ドラゴンの尻尾と比べて見た目は柔らかそうだけど、リーンフェリアの様子を見るにあのドラゴンの一撃とは比べ物にならない威力なのだろう。


 しかも攻撃を弾かれてドラゴンの様に動揺するでもなく、そのまますぐに追撃を仕掛ける辺り、精神的にもドラゴンより強いようだ。


 いや、ミミズに精神があるのかどうか分らんが……。


「殺すなら簡単。でも捕まえるのは力加減が難しい」


 何処か機嫌のよいレンゲがミミズの攻撃を弾くリーンフェリアを見ながら言う。


 ……その物騒な評価ってミミズに対してだよね?


「リーンフェリアはあれを捕らえるつもりっスからね。ちょっと長引くかもしれないっス」


 やっぱり捕獲を狙ってるよね……捕獲じゃなくてもいいよって言った時、滅茶苦茶気合入れてたもんね……。


 そんなリーンフェリアは、ミミズの巨体から振り下ろされる叩きつけ攻撃というか伸し掛かりというか体当たりというか……そんな体を使った攻撃を全て躱さずに弾き返している。


 ん?


 危なげなく敵の攻撃を弾き返し続けるリーンフェリアの姿に、俺は何か違和感を覚えた。しかし、その違和感が何なのか、自分の中で答えが出る前にオトノハに話しかけられてしまう。


「大将、あのでかいミミズだけど、捕獲ってのはいい判断だったかもしれないよ」


「何か分かったのか?」


 俺とレンゲが広間の掃除を終えた直後から、色々と機材を並べてこの広間を調べていたオトノハは何かに気付いたのだろう。まだ確証はないんだけどと呟きながらオトノハが言葉を続ける。


「あのミミズの魔物、ここに来るまでに遭遇した魔物の中で一番保有している魔力量が少ないんだ」


「多いのではなく、少ないのか?」


「あぁ。それもかなりね。それにその少ない魔力も回復するどころか、寧ろ減り続けている」


「ほぅ」


 つまり……どゆこと?


 ほっといても魔力切れで死ぬとか、そういう話?


 いや、そうだとしたら殺さずに捕獲した方が良いという話にはならないか。


 魔力が減っているってことは何かに魔力を使っているってことだよな?リーンフェリアとの戦闘か?いや、敵の攻撃はどう見ても物理一辺倒……体を動かすだけで魔力を消費するって事かな?


 でも道中の魔物はそう言う事無かったよな?もしそうだったらオトノハが教えてくれているだろうし……常時魔力が減り続ける理由……魔力が漏れてる……?


「あのでっかいミミズが、自分の魔力を使って他の魔物を生み出したって事っスか?」


 ……なるほど、そういう事っスか。


「まだ確証はないけど、その可能性はあると思う。アイツから漏れ出た魔力がこの採掘場に蔓延してこの状況を生み出しているんじゃないかってね……だから殺さずに調べたいんだ」


「調べるなら、魔物の魔力が尽きる前の方が良いよな?急いだほうが良いか?」


「いや、そんなすぐに魔力が尽きるってことは無いだろうからその辺は問題ないよ」


 どうやら急ぎという事は無いようだが……リーンフェリアは大丈夫だろうか?


 俺が戦っているリーンフェリアに視線を戻すと、何故かリーンフェリアが自分から逸れた位置に体を叩きつけようとしていたミミズの攻撃を、素早く移動して救い上げる様に跳ね上げる。


「……」


 さっきもリーンフェリアの動きに違和感を感じていたが……今の動きで分かった。


 リーンフェリアは自分に当たる攻撃だけじゃなく、魔物の攻撃全て……いや、魔物の動き全てを封じる様にその体を弾き飛ばし続けているのだ。


 相手の身体が大きく、胴体も長い為全身が宙に浮くという訳ではないが、それでもその半身を吹き飛ばしまくっている。


 これは……もしかして、俺がなるべく採掘場を破壊しない様にって言ったのを、律儀に守っているという事だろうか?


 そういえば、あれだけの巨体が暴れているというのに壁にぶつかるどころか、粉塵すらほとんど舞い上がっていないように感じる。


 つまり、リーンフェリアは攻撃どころか、あのミミズの動きを殆ど完封しているってことになるのだけど……結構苦戦しそうって話はどこ行った?


 ……いや、違うか。


 生け捕りにするのは大変そうだって言ってたんだっけ?


 レンゲもさっき殺すなら簡単って言ってたし……クーガーも長引くとは言ったけど苦戦するとは一言も言ってない。


 リーンフェリアがかなり真剣な表情であのミミズを見ていたのは、採掘場に被害を出さずに制圧する方法を考えていたから……?


 っていうか、リーンフェリア縛りプレイが過ぎないか?


 初見のボス相手に、手加減した上に周囲に被害を出さない様に捕獲するって……うん、俺には無理だな。


 絶対殺しちゃう。


 しかし、あのミミズはミミズで、あれだけ盾で体を強打されてふっ飛ばされまくっているのに一向に堪えた様子がないな。


 いくら殺さないように手加減しているとは言え、かなりの回数盾を叩き込まれているのにふらつくことすらしない……まぁ、ミミズがふらつくかどうかは知らんけど。


 そんなことを考えながら、幾分先程よりも緊張感を失いつつリーンフェリア達の戦いを観戦していると、今まで叩きつけ一辺倒だったミミズが薙ぎ払うように体を振り回した。


 突然の変化とも言えるが、ミミズの身体は非常にでかく、予備動作が丸見えなので意表を突かれるという程ではない。現にリーンフェリアも先程までと同じように難なく……いや、違う。


 ミミズが動きを変化させ、それを盾で迎撃するのは同じ流れだが、それを実行するリーンフェリアの表情が先程とは少し変わる……両者激突の瞬間、リーンフェリアが小さく笑みを浮かべているように俺には見えた。


 それが俺の見間違いだったかどうかは分からないが、少なくとも動きに変化はあった。リーンフェリアの盾によってミミズがはじき飛ばされる方向が変わったのだ。


 今まではどの攻撃も真上に弾き返していたのだが、横薙ぎの攻撃に対してリーンフェリアはそのまま真横にミミズを弾き返し……盾で弾き飛ばしたミミズを、それを上回る速度で追い越したリーンフェリアがまた反対に弾き飛ばした。


 更に吹き飛ばされていくミミズを追い越したリーンフェリアが、再度反対に弾き飛ばし……往復ビンタ、いや往復シールドバッシュ……もとい、一人シールドラリーが始まった。


 途絶えることなく続く殴打音、左右に弾け飛ぶ巨大ミミズの身体、残像が見えるんじゃないかというくらいの速度で右に左に移動しながら盾でラリーを続けるリーンフェリア。


 っていうか、ラリーの速度がどんどん上がって行ってる気がするんだけど……アレ、生きてんの?死んでる方が幸せなんじゃないの?ってくらいぼっこぼこにされてるんだけど……。


 そんな永遠に続くんじゃないかと思われたラリーだったが、リーンフェリアが足を止め、盾でミミズの身体を弾き返さず受け止めた事で唐突に終了した。


 若干の地響きと共に地面に体を横たえた巨大ミミズはピクリとも動かず、はた目には死んでいるようにも見えるが……リーンフェリアの満足気な表情を見るに、恐らく気絶しているだけなのだろう。ミミズって気絶するんだな……。


 それにしても、あれだけぼっこぼこにされながらも生きているのだから、やはりこのミミズはかなり強かったのだと思う。少なくともあのドラゴンだったら、あれ程の連打……原型すら残らなかったかもしれない。


「フェルズ様、時間がかかり申し訳ありませんでした」


 ミミズが動かくなったことを確認したリーンフェリアが、俺の元に戻り膝をつく。


 普段そういった事はしなくて良いと言っているのだが、リーンフェリアも少しテンションが上がってしまっているだろう。


 その表情は普段通り生真面目に引き締められているようだけど、どこか満足気でもあった。


「いや、見事だった。面倒な条件の中良くやってくれた、流石はリーンフェリアだな」


「はっ!ありがとうございます!」


 リーンフェリアを労うと、嬉しそうに頭を下げる。


 ルミナじゃないけど、尻尾があったら物凄く振ってそうだな……。


 そんな失礼な事を考えつつリーンフェリアを見ていると、クーガーが肩を回しながらミミズへと向かって行く。


「じゃぁ、俺が拘束しちゃうっスね。オトノハ、ぱぱっと調べちゃって欲しいっス。拘束はしておくっスけど、これが目を覚ます前に終わらせてくれた方が嬉しいっスね」


「あいよ。なるべく頑張るから、そっちもしっかり拘束しといてくれよ」


「うっス!……しっかり拘束しておけってことは結構時間がかかるって事っスよね?」


「クーガーなら出来る。応援する、夢で」


 オトノハ達が賑やかに調査を始めるのを横目に、俺はリーンフェリアへと話しかける。


「あの魔物、戦って見てどうだった?」


「膂力は大したことありませんでしたが、耐久力がかなり高かったです。単発の攻撃で殺さずに大人しくさせるのは中々難しく、時間がかかってしまいました……」


「採掘場にも被害を出さないように戦っていたからな、多少時間がかかるのは仕方ない。それに時間がかかったと言っても、十分とかかったわけじゃない。リーンフェリアがしっかりと敵を完封してくれていたおかげで、オトノハが戦闘中に調査を進めることが出来たしな。おかげであの魔物の重要性にも気付けたし、文句のつけどころのない仕事だったぞ?」


「ありがとうございます!」


「後はオトノハの調査次第になるが……上手く片が付いてくれると良いのだがな」


 ダンジョンの一番奥まで来てボスを倒して一件落着……それで話が終わればどれだけ楽か……俺は調査を頑張ってくれているオトノハを遠目に見つつ、これで上手い事終わってくれと願わずにはいられなかった。


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