第144話 今後について

 


「クーガーが集めてくれた情報によると、ドワーフ達の十二の街にはそれぞれ採掘場がある。というよりも採掘場が先で、街がそこを中心に出来たと言った方が正しいようだな」


 会議場から迎賓館に戻った俺達は、談話室で今日の会議について話していた。


 といってもその内容は会議の振り返りではなく、最後に俺が提案した件についてだ。


「そうっスね。ドワーフ達の身体はとにかく頑丈で、坑道で毒が発生しようとガスだまりにぶち当たろうと水没しようとお構いなしって感じっス。そんなことより採掘をしたいと、気にせず掘り進めていくとんでもない種族っスね」


 確か以前バンガゴンガがドワーフの事を話していた時に、水だろが溶岩だろうが毒だろうがドワーフ達は平気って話があると言っていたが、アレはマジだったのか……。


 リーンフェリアやレンゲに殴られても割とすぐ回復してたし……ドワーフ怖いな。


 妖精族最強の身体に自らの欲望に真っ直ぐな心……ドワーフ達が野心的な種族だったら、今頃ギギル・ポーが大陸を統一してたかもしれないね。


「そんなドワーフ達が、何故坑道に入り込んだ魔物を自分達で処理できないのでしょうか?武力が無いという訳ではないのでしょう?」


 クーガーの説明を聞いたリーンフェリアが、意味が分からないと言った様子で尋ねる。


「ドワーフ達の戦い方は基本的に拠点防御……ギギル・ポーに攻め寄せて来る外敵を打ち払う物で、坑道の様に狭い場所で少人数で戦うという事をあまり得意としていないんスよ。勿論人族相手ならドワーフの頑強さに物を言わせて、戦う事も出来るっスけど……相手はドワーフに負けず劣らず身体能力に長けた魔物っスからね」


 坑道ではドワーフの得意な集団戦や防御兵器が使えない上、相手が個体として強力だからやり辛いと言う事らしい。


「それでもドワーフ達の強さであれば、その内掃討出来そうなものだがな。いくら集団戦が出来ないと言っても、採掘場を知り尽くしているドワーフであれば自分達に有利な地形を使い戦えそうなものだ。時間をかければいつかは取り返せるだろう?」


「そうなんスけど、どうも話はそう簡単じゃないらしいっスね。問題点は二つ……一つは狂化っスね。どうやら魔物の入り込んだ採掘場に入ると、ドワーフ達は狂化してしまう可能性が高いらしいっスね。勿論入ってすぐに狂化する訳じゃないっスけど、あまり時間をかける戦い方は出来ないみたいっスね」


「採掘場を取り返すのに、時間をかけて攻めるのは無理という事か……」


 採掘場の魔王の魔力が濃いということだろうけど……簡易版の魔力収集装置を置けばなんとかなるだろうか?


 いや、アレは人が住んでいるところかダンジョンじゃないと動かないか。


 でもエインヘリアで狂化した魔物が発生しなくなったことを考えれば、街に魔力収集装置を設置すれば採掘場の方からも魔力を吸収できるだろうか?


「そうっス。以前採掘場を取り返そうと奪還作戦を行った際に、かなりの人数が狂化してしまったことから判明したみたいっスけど……かなり悲惨な物だったみたいっスね」


 作戦行動中にその作戦に従事している兵が狂化か……しかも一人や二人じゃないって話だし、相当ひどい事になったのだろうな。


 魔物はともかく、完全に狂化した人を見た事はないから、正確にどんな状態になるかは分からないけど……狂化した魔物の様に見境なく暴れまわると言った感じなのだろう。


 バンガゴンガ達は完全にそうなる前に殺していたらしいが……やはり狂化は碌でもない事態だな。


「そしてもう一つっスけど、どうも採掘場で魔物が増えているみたいっスね」


 狂化について考えていると、クーガーが話を進める。しかも中々聞き捨てならない内容だ。


「魔物が増える……?繁殖しているということか?」


「それにしては増えるペースが早すぎるっス。魔物とは言え、ある程度戦えるほど大きくなるにはそれなりの時間が必要っスからね。考えられるのは、普通の動物が狂化して魔物と同じように襲いかかってきているか、魔物が発生しているかっスね」


「……」


 ゲームであれば魔物はダンジョンにポコポコ湧くけど……現実にそんなことあり得るのか?


 いくら魔王の魔力とは言え、生命を生み出すなんて……いや、よく考えたら俺達が完全にそう言った存在だったじゃないか。


 魔王の魔力五千年分とフィオの儀式によるものとは言え、魔力から生命が生まれたのは事実……もしかしたら何らかの要因で、今代の魔王の魔力から魔物が生み出されたとしてもおかしくはない。


「これはまだ調査をしてないから確信があるわけじゃないっスけど、ドワーフ達の採掘場……今魔物が発生しているのは十二のうちの五つっスけど……それらがダンジョンになっているかもしれないっス」


「ダンジョンか……」


 ダンジョンと言えば、ゲームではおなじみの物だが……こちらの世界にダンジョンがあるという話は聞いたことがない。


 いや、違うか……この世界でどう呼ばれていようと関係ない。


 大事なのは俺達にとってそこがダンジョンであるかどうかだ。


「オトノハ。ドワーフ達の採掘場がダンジョンかどうか……つまり、簡易版の魔力収集装置を設置できるかどうかは、調べればすぐに分かるな?」


「あぁ、問題ないよ」


「よし……ガルガド達は俺達の申し出をその場で受け入れはしなかったが、かと言って即決で断ることもしなかった。クーガーの話を聞く限りドワーフ達の独力で事態を解決するのはほぼ不可能だろうが……それでも彼らはすぐに俺の提案に飛びつくことはしなかった。それだけドワーフ達にとって採掘場という物は大事な物、そう簡単に他人の手に委ねられない物なのだろう」


 俺の言葉にレンゲが首を傾げる。


「そんなに大事なら、なおの事早く取り返したほうが良い。何故すぐに受け入れない?」


「レンゲにとって、俺は信用出来る相手か?」


「当然。命じられれば何でもする」


 俺の問いに間髪入れずにレンゲが答える。俺はそんなレンゲの頭にポンと手を置きながら口を開いた。


「レンゲたちは俺の事を信じているし、俺がドワーフ達の採掘場で妙な真似をしないと知っている。だが、ドワーフ達は違う。自分達にとって何よりも大切な物を、おいそれと他人の手に委ねることは出来ない。それが例え善意から来る救いの手であったとしてもだ」


「……フェルズ様に任せておけば万事解決するのに?」


 ……ちょっと信頼が重いかなぁ。


 そんな弱気を覇王力で押しつぶし、俺は話を続ける。


「ドワーフ達にとって、まだ俺はそこまで信用出来る相手ではないからな。そうだな……レンゲは俺の護衛をドワーフ達に任せられるか?」


「無理」


「だろう?」


 俺が頭から手を退けて肩を竦めて言うと、レンゲが不満気な表情になる。


「でも、彼等は信用以前にそもそも力不足。でもフェルズ様が凄いのはドワーフ達も十分理解している」


「だからこそ、すぐに断らず内々で話し合いたいってと言ったのだ。こちらとしては折角ドワーフの手を借りられることになったのだから、問題を解決しておきたい……ただそれだけなのだがな」


「借りは少ない方が安心出来るっス」


 善意であろうと悪意であろうと、他人の考えなんてものは推し量ることしか出来ないのだから仕方のない事なのだろうけど、中々スッキリ解決とはいかないね。


 まぁ、ドワーフ達は人族に比べれば格段にやりやすい相手ではあるけど……出来ればさくっと俺達の力を借りるという結論に達してくれるとありがたい。


 こちらとしても、問題の採掘場は確認しておきたいしね。






 View of ガルガド=エボ=スーヤン ギギル・ポー街長会議員 議長






 普段の会議と比べ、非常に静かな会談であったにも拘らず、その衝撃はとんでもない物だった。


 圧倒的な気配を漂わせた王に儂等を一瞬で制圧する護衛……とんでもなく高い技術を、様々な分野で発揮している女傑に山の如き巨躯を持つ狂化より生還したゴブリン。


 あれだけ威圧感をまき散らしておきながら、いざ話を始めると気さくささえ感じさせるやり取り。


 超然とした雰囲気を時折発露させながらも、こちらへの気遣いと真摯さを感じさせ、話をしている間にこちらの警戒を解きほぐしていった。


 今まで見て来た王とは違う……あの王は、この短い時間にそう思わせるだけのことを儂に叩きつけた。


「正直な所、儂はあの王になら採掘場の事を託せるのではないかと思った」


 エインヘリアの王達が去った会議場で、儂は街長達を見ながら真剣に言う。


 その言葉に数人は頷くが、やはり事が採掘場の件とあってはそう簡単に全員が同意見という訳にはいかない。


「採掘場を他国の……それも今日初めて会った相手に託すというのか?」


 オーランが静かに言う。


 激昂しやすく、基本的に相手を否定するところから入るオーランにしては随分と珍しい態度だが、無理もない。


「確かに、エインヘリアという国の技術力は相当なものだ。恐らく今日見た品よりも遥かに強力な武具が存在している事だろう。だが、皆も知っての通り、採掘場に軍を展開すると言うのは難しい。かと言って少人数で攻め入ったとしても、物量差で簡単に飲み込まれてしまう」


 オーランの言葉を皆が静かに聞く。


「坑道を熟知している儂等であれば、少数の兵で有利に立ち回る事も可能だろう……だが儂等は坑道に入ることが出来ない。仮に彼らに詳細な地図を渡したところで、あの複雑な坑道内で臨機応変に立ち回れる筈がない。違うか?」


「ならばオーラン。お前はどうするべきだと考える?」


 儂の問いに、オーランが苦渋に満ちた表情を見せながら、重々しく口を開く。


「儂は……問題の採掘場を破棄すべきだと思う。入口を潰し、中にいる魔物達が外へ出て来られない様にするべきだ」


 オーランの言葉に二人の街長が頷く。


 彼らも、エインヘリアの事を信用できないから採掘場を破棄しようと言っているわけではない。


 寧ろ、ドワーフの問題の為に人族を危険に晒したくないと考えているのだろう。


 もっと正確に言えば、あの素晴らしい技術を生み出した国の人物を失いたくない……そう言う事だろう。


「オーランの意見も分かる……だがそれは、五つの採掘場だけの問題であればだ。この先残りの採掘場が同じことにならないとは限らないのだぞ?新たな採掘場を作ると言っても十数年はかかる……それにその新たな場所でも同じことが起これば……」


 魔物が入り込んだ採掘場、最初は一か所だけだったのだが、この数か月で五カ所に増えた。


 ただ魔物が入り込んだだけならともかく、魔物が住み着いた採掘場に儂らが入ると狂化する可能性が非常に高い。


 採掘場を破棄するにしても、その原因は調べておかねば他の場所も同じことになりかねないのだ。


 しかし、調べようにも、高い確率で調査団に狂化する者が出る。


 この件が、今回の集まりの最大の議題ではあったのだが……。


「全てを任せ解決してもらうのではなく、協力してもらうと言うのはどうじゃ?」


 ゲイン老が立ち上がりながら言う。


「現在儂等が知っている情報、置かれている状況、それらの隠すことなくつまびらかにし、協力を求めるのじゃ。この数か月で急激にこのような事態になった以上、他の採掘場がこれまで通り使えるという保証はない。いや、寧ろ遠からず同じ事態になると考えて動くべきじゃ。エインヘリアの魔力収集装置、アレを設置すれば広い範囲で狂化した魔物が出なくなったというではないか。もし、儂等の採掘場にまでその影響範囲が及ぶのであれば、儂等自身の手で採掘場を取り戻すことも出来るじゃろう?」


 魔物を討伐してもらい、採掘場を解放するところまで世話になる必要はない。


 ゲイン老のその言葉にオーラン達を含めた全員が頷く。


「そう言う事であれば、軽くで良いので調査も依頼した方がいいかもしれません。儂等自身が狂化するしないを判断するのはリスクが高すぎますし、魔力収集装置の機能や動作についてはエインヘリアに調べて貰った方が確実でしょう」


「……そうなると同行できないのが悔しいのう」


 最後にぼそりと呟いたゲイン老の言葉に苦笑する。まぁ、ドワーフであれば当然の感情ではあるが。


「流石に今回の件は自重するべきかと……では、裁決をとる。ゲイン老の案、エインヘリアに協力を求め、魔力収集装置を設置してもらい、採掘場までその影響下にあるのかどうかを調査してもらう。この案に賛成の者は挙手を」


 少々悩むような素振りを見せながらも、十一人全員が手を挙げる。


「では、採掘場の魔物の件はエインヘリアに協力を求めると言う事で進める。協力してもらう内容に関しては、こちらからはゲイン老の案を申し出るが、向こうから別途要求があるかも知れないから、皆もそのつもりでいる様に。さて、次はエインヘリアの技術について学ぶ……オトノハ殿との会合についてだが……」


 先程までの重く沈んだ様子が一瞬で消え、この場にいる全員の目がギラついた物に変わる。


 無論、他の者から見れば儂も同じような表情になっているだろうが……。


「まずは魔力収集装置についてだが……流石にこの場にいる全員で、という訳にはいくまい?」


 儂の言葉に、十二人の街長達が円卓の上に登る。


 さぁ、話し合い殴り合いの始まりだ。


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