第145話 共に行くものとして

 


「バンガゴンガ、体調に問題はないか?」


「あぁ、問題ないぜ?ここに到着した直後に比べたら絶好調って感じだな」


 俺が部屋で寛いでいるバンガゴンガに問いかけると、バンガゴンガは冗談めかした様子で答えた。


 まぁ、確かに到着直後に比べて顔色は良い気がする。魔力収集装置の設置も始まったし、帰りは転移で帰ることが出来るからなおの事調子が良いのだろう。


 現在部屋には俺とバンガゴンガ、そしてリーンフェリアの三人しかいない。


 クーガーはいつも通り情報収集に出かけ、オトノハは魔力収集装置の設置を先日から行っている。レンゲはオトノハの護衛だ。


「採掘場の問題は事前にクーガーから聞いていたが、狂化の問題がそこまで酷くなっているとは知らなかったからな。何か違和感を感じたらすぐに言ってくれ、ここに来た時と違って全力でエインヘリアまで連れて帰るからな」


「何やら恐ろしい言葉が聞こえた気がするんだが……来た時と違って?」


「ここに来る時は全力疾走ではなかったからな。俺達が全力で走ったら、あんなもんじゃないぞ?」


 ギギル・ポーまでの道程は言うなればマラソン……ちゃんとした有酸素運動だ。


「エインヘリアに辿り着く前に死ぬんじゃないか……?」


 バンガゴンガが口元を引くつかせながら言うが、俺はにやりとしながら答える。


「お前を狂化させるわけにはいかんからな。後二日もすればこの街にも魔力収集装置の設置が完了するが……俺達が本気で走れば、一日もあればエインヘリアまで戻れるだろう」


「……頼もしいな」


「そうだろう?」


 俺がそう言うと、バンガゴンガが凶悪な表情になる。


 うん、これはきっと笑顔に違いないな。


 そんな凶悪なバンガゴンガの笑顔を見ながら雑談をしていると、談話室の扉がノックされた。


「御歓談中申し訳ありません。議会より使いの者が来ておりまして、今からこちらに街長達が伺っても良いかと……」


 聞こえて来た声に俺が頷いて見せると、リーンフェリアが扉を開けて了承する旨を伝える。


「街長達は今オトノハの作業を見学していると思っていたが、向こうで何かあったか?」


「それはないかと。もし何かオトノハの所で問題が発生したのであれば、使いの者よりも先に誰かが報告に来ます。それが無いと言う事は、何かあったとしてもオトノハ達の所ではないでしょう」


 なるほど……言われてみればそうだな。


 不測の事態が起こったとして、オトノハ達が俺の元に報告に来ない筈がない……だったら街長達がここに来るのは、魔力収集装置とは別の要件……採掘場の話か?


 ドワーフ達にしては結論が出るまで時間がかかったように思うが、今回の件に関してはそれだけ慎重に議論を重ねたと言う事……と言いたい所だが、クーガーに調べて貰っているので俺は知っている。


 ドワーフ達が、初日の段階でひとまずの結論を出していると言う事を。


 ならば何故今日まで街長達が動かなかったのかというと……オトノハが設置を始めた魔力収集装置……それを見学したかったからに違いない。


 この状況であっても自分達の興味を優先するのは、為政者としてはどうかと思うが……まぁ、なんというか、非常にドワーフらしい気がする。


 いや、まだ一度しか顔を合わせていない相手ではあるけど……うん、しっくりくるな。


 そんなことを考えながら待つことしばし、俺達の世話をしているドワーフが談話室に戻って来て街長の来訪を告げる。


 どうやら迎賓館に到着した三人の街長達が、既に応接室で待っているらしい。


 三人……九人はオトノハの所に残っていると言う事か……なんか、争奪戦の匂いがするな。


 まぁ、どうでもいいけど。それよりとっとと応接室に向かうとしよう。


 ドワーフ達が何の話を持ってきたのか気になるしね。そう思い、俺はリーンフェリアを伴いすぐに談話室から出る。


 俺達の世話をしてくれているドワーフの話によると、この迎賓館は滅多に使われることが無いらしいのだが……非常に広くかつ華美な造りをしていて、ちょっとした移動にも少々時間がかかる。


 しかしあれだな……このドワーフ達の意匠というか、華美な感じ……ヒューイの奴に見せてやりたいところだ。


 アイツのセンスは悲惨の一言だからな……そう言えばヒューイの奴はギギル・ポーに来たがっていたが、あまり趣味の良い理由では無かったので連れてこなかったんだよな。


 って言うか蟄居させられている自覚がアイツにはあるのだろうか……?まぁ、別にいいんだけどさ。


 ソラキル王国の件が片付いたら、アイツにも仕事を回してみるか?ユラン地方の仕事とか回したら、意外と熱心にやりそうな気がするんだが……イルミットに要らない認定されていたから微妙かな?


 そんなことを考えつつ移動していると、うっかり応接室を通り過ぎそうになったのだが……リーンフェリアが扉を開けてくれようしたので、辛うじて通り過ぎる事は無かった。


 リーンフェリアがノックをしてから扉を開けると、部屋の中に居た三人のドワーフが俺達を出迎えてくれた。


「エインヘリアの王フェルズ様。此度は急な訪問であったにもかかわらず対応して下さりありがとうございます」


 三人を代表して、ガルガドが折り目正しく頭を下げながら挨拶をする。


 隣にいる二人は……オーランとゲインだったかな?


 纏めて十二人も紹介されると覚えるのも一苦労……知略を上げておいて良かったぜ……。


「気にするな。視察と称して街を観光するくらいしか、今の俺はやることがないからな」


「この街は楽しんでいただけましたか?」


「あぁ、やはりドワーフ達の技術は素晴らしいな。建物一つ取ってみても、人族の街では見られぬような構造や、装飾……ドワーフの職人たちの素晴らしさが見て取れる。我等の城下町は現在ゴブリン達が色々と建設をしてくれているが、ドワーフ達の手も借りたいところだな」


「それは、是非手伝わせていただきたいですな。この数日、オトノハ様の技術を間近で拝見させていただきましたが……とても素晴らしい物でした。あれほどの技術……一体どれだけの時間研鑽を積めば習得できるのか……本当に震えが止まりませんでした」


 そう言って若干恍惚といった表情を浮かべるガルガド……いや、ガルガドだけじゃなくって横の二人も似たような感じだ。


 って、俺やオトノハの事を様付けで呼んでなかったか?


 確か、会談の時は様付けではなかったと思うけど……これもオトノハが技術力をがっつり見せつけたからだろうか……?


「交流が進めば、双方の色々な技術についても交流を深められるだろう」


「「非常に待ち遠しいですな!」」


 社交辞令的に言った俺の台詞に、鼻息荒くハモりながら三人が返事をする。


 ドワーフってほんと分りやすいけど……こちらに興味が無くなった時の反動が怖い気もするね。精々飽きられない様に開発部の子達には頑張って貰いたい。


 ドワーフ達の手が借りられれば、魔力収集装置の設置以外の仕事もやる余裕が出来るだろうしね。


「では、その明るい未来の為にも、仕事の話をするとしよう。今日はどのような要件で参られたのだ?」


「そうでした……その未来を現実の物とする為にも……エインヘリアの王フェルズ様、我等の採掘場で起こっている異変、その解決に向けて手を貸していただきたく相談に参りました。ですが、その返事を頂く前に、我々が知っている情報全てを説明させていただきたいと思います。よろしいでしょうか?」


 手を貸して欲しいと言われた瞬間、こちらから申し出た事だと返そうと思ったんだけど……それよりも早く、話を先に聞いてからと言われてしまったので大人しく頷いておく。


 それからガルガド達は、ここ数か月の間に起こった魔物による採掘場の占拠、そして奪還作戦とその際に多くのドワーフが狂化し甚大な被害が出た事。更に十二ある採掘場の内、五カ所までもが魔物によって奪われたことなどを話してくれた。


 これらの情報はクーガーから既に聞いていたので、俺達にとっては既知の事だったが……本人達の口から直接聞くとまた違った印象を受けた。


 特に多くの兵が狂化し、そこに魔物達の襲撃を受けた時の悲惨さは、聞いているだけの俺も悔しさを覚える程の物であった。


「魔物に占拠された坑道の入り口を潰してしまおうという意見もあるのですが、何故そんなことが起こったのか、原因も調べずにただ採掘場を封鎖してしまっては、現在無事な採掘場も遠からず同じ状況になってしまうのではと考えておりまして……ですので、エインヘリアの王フェルズ様、厚かましい願いだとは重々承知しておりますが、何卒採掘場の調査を協力して頂けないでしょうか?」


「調査……?奪還ではなくか?」


「はい。儂等は御存知の通り妖精族……人族よりも遥かに狂化しやすく、採掘場や坑道を調べる事すら出来ません。もし、現在オトノハ様が設置して下さっている魔力収集装置の効果が採掘場にまで届くのであれば……その影響下にある事だけでも分れば、後は儂等自身の手で原因の調査、可能であればそれの排除と魔物達の掃討。不可能であればひとまず入り口を潰し採掘場を閉鎖しようと考えております」


「ふむ……」


 やはりクーガーから聞いていた通りの提案だな。


 別にドワーフ達はエインヘリアの民という訳ではないし、今後の為に調査はしたいけど、俺が採掘場を取り返してやる必要はない。


 しかし、ドワーフ達の邪気の無い好奇心というか……在り方のようなものは、迷惑だと思う事がないとは言わないが、それでも面白いと思うし好ましさも感じている。


 どうせなら最高の形で、このドワーフ達と手を結びたい。


「ガルガド殿、それにオーラン殿、ゲイン殿。失礼を承知で言わせてもらう。俺達が魔力収集装置の影響下に採掘場があるか調べたとしても、アレは別に魔物を寄せ付けない類のものではない。占拠という言葉を使っているということは、相当な数の魔物が採掘場にいるのだろう?以前の戦いで多くの犠牲を出してしまっているドワーフ達に、それらの魔物を排除して原因を調べる事が出来るのか?坑道を知り尽くしている貴公等は、確かに地の利があるのだろうが、魔物の圧倒的な数を相手して……さらに五つもの採掘場を取り返すことが出来るのか?」


「「……」」


 難しい顔で黙り込んでしまう三人。


「それに奪還が不可能であれば採掘場を封鎖するというが、ドワーフ達にそれが耐えられるのか?採掘という仕事が無くなるだけじゃない。鉱物資源が今までの半分程度しか入手出来なくなるのだ、おそらく生活が立ち行かなくなるものが続出するだろう?」


 現時点で食料だって輸入に頼っているのだ。


 俺達からの仕入れがいくら破格とは言え、それでも国一つ分の食糧だ。当然それなりの額にはなってしまう。


 更に不足する鉱物を輸入するとなったら……ドワーフ達の消費量は分からないけど、満足するだけの量を果たして輸入出来るかどうか……そして出来たとしても価格がどんなものになるか?


 素材が高騰すれば間違いなく職にあぶれる者は出るだろうし、負の連鎖により全ての者の生活が困窮していくだろう。


「だからこそ、先日の会談で提案させてもらった訳だ。俺はドワーフ達に力を借りに来た。魔力収集装置は我が国の要……恥を忍んで貴公等に助けを請うたのだ。そんな我等が、危機に瀕しているドワーフ達の現状を放置出来る筈がないだろう?」


「それは一体……」


 ガルガドが呆気にとられたような表情で呟く。


「恥を忍んで助けを求めた俺に、借りを返させてくれないか?魔力収集装置は俺達の命……それを貴公等に預けた。だから俺はドワーフ達の命である、技術と採掘を守りたい。この先の未来を共に歩む同胞はらからとして」


「……フェルズ様」


「俺にドワーフ達の誇りである採掘場を取り戻させてくれないか?全ての採掘場を、必ず奪還してみせる」


 俺の言葉にガルガド達は声を出さず、ただ涙を流しながら深く頭を下げた。


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