第143話 からのボディ

 


 好奇心を押さえられなくなったドワーフ達が円卓を乗り越えながら俺の元に殺到し、リーンフェリアとレンゲの二人にボディに一撃入れられて数分。


 会議場には苦悶のうめき声が怨嗟の如く響いているが、比較的早い段階でボディブローを喰らったガルガドが、ほうほうのていで自分の椅子に戻る。


 今更ながら国同士の話し合いの場とは思えない状況だな……っていうか他国の重鎮に手を出したってのも、すんごいマズい気もするが……でも最初に俺に手を出しそうになったのは彼等だし、甘んじて受け入れてもらおう。


「度々申し訳ない、エインヘリアの王フェルズ殿。どうも我等ドワーフは、こういった話になると我を忘れてしまうので……」


「落ち着いてくれて何よりだ。しかし、手荒な真似をしてすまなかったな」


 俺がそういうと、若干リーンフェリア達の事を怯えたような目で見た後で悶え苦しむ仲間をみながらガルガドはかぶりを振る。


「いえ、先に礼を失したのはこちらの方ですから……これでお互いになかったことにしていただけるとこちらとしても嬉しいのですが……」


 別にリーンフェリア達の一撃に怯えてという訳ではないだろうが……最初の頃に比べるとガルガドの態度がかなり下手になってきた気がする。


 恐らく俺達の持つ技術や品物が相当魅力的なのだろう。もはやガルガド……いや、ギギル・ポーにとって俺達はけして逃すことの出来ない存在となっていることは間違いない。


「先ほども言ったが、転移や通信技術については教えられないが、機能自体は使える。無論制限はあるが、ある程度は自由に使ってもらって構わない」


「使用の際の制限とは……?」


「全ての者を無条件でという訳にはいかないからな。当面は、我等エインヘリアが使用を許可した者のみが使用することが出来ると言った感じになる」


「許可ですか……」


 エインヘリアの許可という、ある意味で脅しの様なものにガルガドの表情が曇る。


 まぁ、全ての者が自由に移動や通信を出来る様にしちゃうと、必ず良からぬことに使う輩が出て来るからね。それを防ぐための制限なので、顔が割れている重鎮達は比較的誰にでも許可は出している。


「と言ってもそこまで厳しい制限をするつもりは無い。少なくともここにいる十二の街の街長達は使えるようにしておく。全ての街に魔力収集装置を設置したあかつきには、互いの街を一瞬で行き来することが出来るようになるぞ?」


「素晴らしい!この街に集まるのも数日かかったりする者もおりますし、大変助かります!」


「街長達が居れば他の者も一緒に転移する事は可能だ。同行者を連れてくることが出来るので、上手く使ってくれ」


「感謝しますぞ!エインヘリアの王フェルズ殿!」


 ガルガドの感謝と共に、他のドワーフ達もまだ若干顔を青くしたまま、物凄い笑みを浮かべる。


 よほど嬉しいらしい……まぁ、気持ちは分からないでもないけど。


「魔力収集装置の設置には数日かかるが、それ以降メンテナンス等は必要ない。装置の周囲に人が住んでいる限り半永久的に稼働を続ける」


「そのような装置が存在するのか……?」


 ガルガドではない、別のドワーフが呆然としながら呟く。


 まぁ、百年二百年後に動いているかどうかは……正直分らんけど……基本的には問題ない筈だ。


「一度設置してしまえば、その後魔力収集装置は休みなく動く。そうなればこの街でドワーフ達が狂化する事は無くなるが、それを実感出来るようになるのはしばらく時間が経ってからだろうな」


「そうなりますな……狂化しないと証明する事は難しい。ですが、エインヘリアではゴブリン達が実証してくれているわけですよね?」


「あぁ」


「……正直、あの狂化という現象は深刻な問題です。今こうして話している間にも、何処かの街で誰かが……いや、次の瞬間儂の身に降りかかってもおかしくない。表面上、誰もが普通に暮らしながらも、ドワーフ達は、いつ自分や家族の身に降りかかるか分からない災厄に怯えているのです」


 真剣な表情でガルガドが言う。


 確かに、彼の言う通り狂化はいつ何時……誰の身に起こるか分からない。


 その恐怖は、その事態に直面していない俺では正確には理解出来ない……だが、途轍もない恐怖であることだけは確かだ。


 だからこそ、俺はその恐怖から……魔王の魔力という理不尽から、ドワーフ達を解放してやりたいと思う。それが、俺達を生み出したフィオの願いな訳だしな。


「……国で設置を進めている技術者もこちらに回そう。準備も必要だから十日とは言えぬが、半月程度で全ての街に魔力収集装置を設置する事が出来るはずだ」


「よろしいのですか……?」


「寧ろ俺がその台詞は言いたい所だな。まだ魔力収集装置の現物も、その効果も貴公等に見せてはいない。そんな装置を設置しても良いか?」


 いくらドワーフ達でも未知の装置をいきなり受け入れると言うのは中々難しい話だと思う。しかもそれを設置するのは、突然現れた交流も何もない国だ。


 信じられる者の方がおかしいと言える条件だと思う。


 しかし俺の言葉にガルガドは迷いのない表情で口を開く。


「……本来であれば、この議会で議題として取り上げ話し合って決めなければならない話です。なので……皆、エインヘリアの王フェルズ殿の提案、魔力収集装置の設置、およびその設置を今後も我等が協力する事をギギル・ポーとして受け入れるかどうか、裁決を取る。賛成の者は挙手を」


 ガルガドが俺の提案の是非を問うと、間を開けずに十一人のドワーフが手を挙げた。


 手を挙げなかったのは……議長であるガルガドだけだ。


「全員の承認を得た。本件はこれにて可決する。申し訳ないエインヘリアの王フェルズ殿。異例ながらこういった形で裁決を取らせてもらった。満場一致で我等は魔力収集装置の設置を認め、今後はエインヘリアに協力して魔力収集装置の設置に協力すると約束しよう」


 満場一致と言う事は……議長であるガルガドは数には入っていないと言う事か。


 もしかしたら、十一人っていう奇数にするために議長は投票権を持っていないとかなのかな?


 まぁ、それはさて置き、ドワーフ達はほんと即断即決って感じだな。


 良くも悪くも行動に移すまでが早い。


「迅速な判断感謝する。オトノハ、設置場所の選定はもう済んでいるか?」


「問題ありません。後はギギル・ポー側の許可さえ貰えれば作業を開始できます」


 今回、魔力収集装置のパーツは運んで来ていないけど、オトノハが現地で作るとのことだ。


 もしかしたら、パーツを作る所からドワーフ達に見学させるつもりだったのかな?


「では後程、その辺りの話をガルガド殿達と詰めてくれ。さて、ガルガド殿。魔力収集装置に関する協力は現時点をもって締結された。一応後で文面には残すが、この話については一先ず終わりとしよう」


「実に有意義な会合でした。今後も貴国とは色々と仲良くやっていきたいですね」


 俺の言葉に話が終わったと思ったらしいガルガドが、締めの挨拶の様なものを始めるが……俺の話はまだ終わりではない。


「うむ、それについてなのだが……ドワーフ達はまだいくつか困っている事があるはずだ。それに我等エインヘリアが協力させて貰いたい」


「儂等が困っている事……といいますと」


「まずは食糧問題。これに関してはマッチポンプというか……我等が周辺国と争っている故、国外から食料品の輸入に頼らざるを得ないギギル・ポーは困っているのではないか?」


「む……確かに、少々周辺国からの買い入れが難しくなっておりますが」


 流石に、お前の所のせいだといったような非難の籠った眼差しを向けられたりはしないが、今後も間違いなく輸入は難しくなるはずだ。クガルラン王国もソラキル王国もこれから余裕が一気になくなるはずだしね。


「そこでだ、食料品をうちから買わないか?価格は既に算出してある。バンガゴンガ、食料品輸出の資料を」


「畏まりました。こちらです」


 バンガゴンガが傍に来たドワーフに資料を渡し、街長達全員に資料が行き渡る。


「む……全体的にかなり安くなっておりますが……いくつかの品目について、非常に価格が安いというか、安すぎる物がありますね。野菜や果物の項目にある聞いたことのない物の殆どがそう言った価格ですし、それと羊肉が破格ですな」


「知らない野菜についてはサンプルをもって来よう。魔力収集装置の設置さえ済んでしまえば、輸出入等あっという間の作業になってしまうからな。輸送費が掛からない分、全体的に値段は低めだ。こちらから関税をあまりかけるつもりは無いしな」


「よろしいのですか?大事な収入源なのでは……」


「必要ない。これはどちらかというと援助と謝罪という側面が強いからな。俺の名の下、突然価格を高騰させたり、売り渋ったりしないことを約束しよう。まぁ、凶作等で収穫量が落ちた場合はその限りではないが……少なくとも一部価格が非常に低くなっている野菜に関しては、安定供給とその価格を約束しよう。あぁ、羊肉もな」


 今エインヘリアは公共事業による好景気に沸いているのだが、道の敷設や治水工事等はいつかは終わってしまう。


 そうなると、再び仕事にあぶれてしまう物たちが出て来るかも知れない。


 景気が良くなった後、一気に大量の失業者を生み出してしまうと……今度は大不況が訪れてしまうだろう……それは流石に避けたい。


 と言う事で、公共事業の次は国営の農耕地を作る計画を立てている。


 そこで働く者達は農民だけど公務員でもある。豊作だろうと凶作関係なく、毎月きっちり給料が支払われる国家公務員系農民だ。


 収穫物は全部国が回収するが……そこで生産されるのは言うまでもなくレギオンズ産の物だ。


 この世界に来たばかりの頃、経済を破壊しない為にもレギオンズ産の野菜を大々的に売りに出すのはと考えた事もあったけど、そもそもこっちの世界に存在しない野菜であれば問題はないし、同じ野菜があったとしても、食料自給率がほぼ無いに等しいギギル・ポーであれば、売りつける相手としては全く問題ない。


「それはとてもありがたい話ですが……」


 こちらの儲けがこの価格ではほとんどないと言いたげなガルガドに、俺は肩を竦めながらその事には触れない。


「それに新鮮さは折り紙付きだぞ?なんなら、収穫したその日の野菜や果物をギギル・ポーに届けることが出来る」


「転移とはなんと素晴らしい……!」


 街長の一人が感極まったように言うけど、それについては俺も同意だね。俺としては海沿いに魔力収集装置を設置して海の幸をがんがん輸入したいと思っている。


 エインヘリアは海からかなり離れている。大陸中央から見て南西よりみたいだから、南か西に進軍したら海に辿り着けそうだけど……次の相手は多分北だろうなぁ。


「儲けるつもりはあまりないが、農業や牧畜に携わってくれている民に還元する必要があるからな。その値段で買ってくれるとありがたい」


「いえ、これ以上の安さを求めるのは生産者に対しての冒涜でしょう。少なくとも儂等が今まで購入して来た食料品は、この倍では済まない価格でした。」


 まぁ、普通は輸送費やら関税やらが掛かるだろうし、それは仕方ないだろうね。


 それに比べ、エインヘリアの食材は、安くて早くて美味い……ファストフードのキャッチコピーみたいな感じだな。


「満足してもらえそうなら何よりだ。まぁ、元々我等が原因だからな、食料関係は我等に任せてくれ。このリストにない食材も、ルフェロン聖王国の方から取り寄せることも出来るぞ?」


「ルフェロン聖王国からですか?もしやあの国とも同盟を結ばれているので?」


 徐に出したルフェロン聖王国の名前に、ガルガドが首を傾げる。


「いや、ルフェロン聖王国はエインヘリアの属国となった。属国と言ってもひどい扱いはしていないがな。庇護下というか傘下に加わったと言った感じだな」


「傘下に加わる……あの国は建国以来外征を行わないことで有名で、エインヘリアの方針とは真逆だと思いますが、どのような経緯でそうなったのかお聞きしても良いでしょうか?」


「ふむ、それについては話すと長くなるのでまたの機会に。とりあえず、簡単に言うと他国の謀略から聖王殿と聖王国を救った、そんな感じだな」


 俺の言葉に、ガルガドは成程といいながら頷く。食いつきが中途半端な感じなのは技術的な話が全くないからだろうか?


「さて、とりあえず食糧問題についてはこんな感じで力になろうと考えているが、どうかな?」


「正直渡りに船といった感じですな。まさか食糧問題についても考えて下さっていたとは……」


 昨日クーガーが調べてくれたからね。しかも原因が俺達とあってはね……昨日の夜のうちに『鷹の声』を使ってキリクに相談した甲斐があったという物だ。


「何度も言うが、原因は我等にあるのだから感謝してもらう必要はない。折角魔力収集装置の設置を手伝ってくれるというのに腹をすかしていては申し訳ないからな。さて、もう一つ、貴国が困っている事態があるのではないか?」


 食糧問題についてはここまでと言うように、次の話題を切り出す。


 今回は随分と平和的に……途中ボディブローはあったけど……進めてきたが、ここから先は荒事の話だ。


「困って……もしや!?」


「ギギル・ポーにとっての生命線……採掘場で問題が起こっているだろう?」


「何故その事を!?」


 当然、クーガーが調べてくれたからです……とは言えない。


「採掘場で起こっている問題は、そう簡単に解決できる物ではないのだろう?だが採掘が滞ってしまってはギギル・ポーにとっては致命的だ。我等ならば比較的短時間で解決する事が可能なのだが、どうだ?」


 ギギル・ポーの採掘場で起こっている問題とは、魔物に関する問題だ。


 ここ最近、採掘場に大量の魔物が入り込み採掘が出来なくなってしまっているらしいのだ。今までそのような事は無かったらしいのだが……もしかするとこれも魔王の魔力の影響かもしれないし、調べておきたいと考えている。


 まぁ、何を調べるかは思いつかないけど……俺がその採掘場に行くことで、フィオの奴が何かに気付くかもしれないしね。


「……申し訳ありません、エインヘリアの王フェルズ殿。流石にこの件に関しては簡単に結論を出せません、時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 非常に難しい顔をしながらガルガドが頭を下げる。


 流石のドワーフ達も、この件に関しては即断即決とはいかないらしい。


「無論構わない。大きな話をいくつもしてしまったからな。今日の所はこの辺にしておき、また後日改めて話をしようではないか」


「感謝いたします」


「では、最後に……怪我をしている者達もいることだし、全員にポーションを寄贈しよう。疲れも吹き飛ぶから是非飲んでみてくれ」


 会議の締めとして、俺がポーションを人数分バンガゴンガに言って取り出させると、ものすごい勢いでドワーフ達が殺到し、再びリーンフェリアとレンゲの二人に沈められた。


 ほんの少し前までの、真面目な雰囲気のドワーフ達は何処に行ったんだ……。


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