第142話 距離を測ってストレート



 ここまでの流れは完璧だった。


 ドワーフ達の中で、あからさまに喧嘩腰な相手をターゲットに倉庫にあった死蔵品を見せる。


 宝物殿と違い、倉庫のアイテムは貴重品ではなく、素材アイテム以外は殆ど開発部で生産可能な物なので、うちで作ったというのは嘘ではない。


 ドワーフに見せる為に持ってきた道具は、オスカーやヴィクトルに頼んで目利きをして貰っており、二人がとんでもない物だと太鼓判を押した物を持って来ている。


 俺達の目論見通り、ヒートナイフは非常に良い反応でインゴットを同封しておいたかいがあったという物だ。


 オスカーがこの短剣ならドワーフ達も絶対に驚くと言っていたが、少々不安はあった。なので二番の箱には、ヒートナイフよりランクの高い煉獄剣が入っている。


 こちらは宝物庫に納められている生産不可能なフレイムソードよりもランクの高い剣で、生産可能な武器の中でもかなり上位の武器だ。


 しかしこの世界で手に入れられなさそうな素材が必要なので、作成出来る言ってと出すのはな……素材は一応倉庫にあるけど……補充の出来ない素材を使って、使い道のない武器を作ってもしょうがないしな。


 そんな訳で、ヒートナイフに予想以上に食いついてくれて非常に良かった……そして次に出したポーション。これで比較的ヒートナイフに反応を示さなかったドワーフ達の興味を一気に引いた。


 うむ、思い返してみても完璧だ。


 これでドワーフ達の興味を完璧に引いた……それにこの後、転移というとんでもない話を持って来る訳で……これはもう完全にドワーフ達の心を掴んだ。


 後はドワーフ達が魔力収集装置の設置技術を習得できれば大団円……そう思っていたんだが。


 この状況……どうしたらいいんだ?


 今この会議場で……ドワーフのお偉方十二人が、目をギラギラさせながら本気で殴り合っている


 いや、原因を作ったのは俺だ。


 だけど……予想出来るか?


 迎賓館に招かれた俺達は、間違いなく国賓だろう。


 その俺達の前で……俺達の持ってきた毛生え薬を奪い合って、ギギル・ポーという国を運営する最高責任者たちが、本気で殴り合っているのだ。


 いや、ほんとどうしたらいいの?


 収集がつかないんだが……エインヘリアに戻れば、全員分すぐに用意できるって言ってみるか?


 しかし……どう見ても全力で殴り合っている彼等に、薬はまだあるよなどと言ったら、絶対俺がこいつらに詰め寄られる。


 はっきり言って、彼らの本気の殴り合い具合を見て……同等の剣幕で詰め寄られるのは勘弁して貰いたい。


 っていうか、まだ話も軽くさわりの部分って感じで、全然本題に辿り着けてないのだが……ずっと物欲しげな表情をしながらも我慢をしていた議長のガルガドも、毛生え薬の前では一匹の野獣になり果ててしまったし……。


 誰が収集つけてくれんの……?


 俺はこの状況にありながらも涼しい顔で扉の傍に立っている、シュッとしたドワーフの方に視線を向けるが、目礼をするように軽く目を瞑った彼は、暴れるドワーフを諫めてくれたりはしない様だ。


 いっそのこと、あの毛生え薬の瓶割れてくれないだろうか?


 そうすれば、少なくとも彼らの動きは止まるはず……その後に割った奴が屠られる可能性はあるけど……。


 そんなことを考えていると、座っていたレンゲが徐に立ち上がり……次の瞬間、轟音と共に会議場全体が震える。


 ……震脚?


 立ち上がったレンゲが床を力強く踏みつけると音と振動、そして衝撃が生まれた。


 そんな激しい威力で床を踏みつけたにもかかわらず、床が全くへこんでいる様子が無いのは……ドワーフの建築技術が凄いのか、レンゲの手加減具合が絶妙だったのか……まぁ、何にせよ、突然の爆音と振動に流石の荒れ狂うドワーフ達も動きが止まり、それを見届けたレンゲは何事も無かったかのように椅子に座る。


 うむ、助かったぞレンゲ……俺が内心困っている事に気付いてドワーフ達を止めてくれたのだろう……うるさくて寝られなかったとかじゃないよな?


 レンゲに感謝と疑惑の念を送りつつ、俺は口を開く。


「そろそろ話を進めたいのだが良いだろうか?因みにその毛生え薬は、国に戻れば十分な在庫がある。少なくともここにいる者達に寄贈する程度はな」


「……申し訳ない、エインヘリアの王フェルズ殿。未知の技術に少々取り乱したようだ」


 ……未知の技術だったから取り乱したのか?あの剣幕は、どう見ても別の理由の様に感じられたのだが……。


 まぁ、蒸し返したりはしないけど……折角冷静になってくれたことだしね。


 とりあえず、口や鼻から血を垂らしたり、既に目元が腫れ始めている者達がいる中……俺は議長であるガルガドに向かって話を再開する。


 ポーションの差し入れはこの会議が終わってからだ。


「さて、今見せた品々は、まだ我等エインヘリアの技術の一端でしかないが……どうだろうか?」


「……貴国の技術は非常に興味深い。だが、儂等の技術の延長線上というよりも、全く異なる技術を有しているように感じられたが、これが人族の研鑽の先にある物と言う事だろうか?」


 本能のままに殴り合っていると思ったが、しっかりと見る物は見ていたらしい……他のドワーフ達もドワーフの技術力が欲しいと言った時とは異なり、非常に興味深げにこちらを見ている。


「エインヘリアの技術は、人族という括りで語れるものではないな。これらを作った技術はあくまでエインヘリア固有の物。人族の研鑽によって辿り着けぬとは言わぬが、まったく別種のものと考える方が妥当かもしれぬな」


「確かに、貴国の培ってきた技術に対して些か失礼な物言いであった。申し訳ない。我等ドワーフと違い、国単位で全く異なる技術を有しているのが人族であることを失念しておりました」


「いや、気にしなくて良い。さて、少し遠回りをしてしまったが、貴公等ドワーフの力をエインヘリアに貸して欲しいという話なのだが……実は我等は人手不足に悩んでいてな」


「人手不足……?人族は我等に比べてかなり多い筈では……?」


 ガルガドのみならず、他のドワーフ達も若干首をかしげるように訝しげな表情となる。


「我々が欲しているのは、高い技術力と魔力感知能力に長けた人材でな。人族の技術者達では魔力感知能力が、ゴブリン達では技術力が足りずに我々にとって大切な装置の建設が滞っているのだ」


 ここらで少しこちらの弱みを見せておいても良いだろう。あくまで対等さをアピールする為だ。


「必要な装置ですか……それは一体どのような?」


 装置と聞いて幾人かのドワーフの目がギラリと光る。


 ヒートナイフやポーションなんかの効果は絶大だな……かなり俺達について興味を持ってもらえているようだ。


「その装置は、魔力収集装置というものだ。この装置を人里に設置することで、国の運営に必要な魔力を集めることが出来る」


「魔力を収集する装置ですか……」


「魔力を収集と言っても、人々が生活する上での余剰分の物を吸収するような形でな。設置したからと言って魔力が少なくなったり、体調を悪くしたりするものではない。現に妖精族であるゴブリン達は、魔力収集装置の傍で暮らしているからな」


 俺の言葉にバンガゴンガが軽く頷く。


「ふむ……その装置の設置を我等ドワーフに依頼したいと?」


「そうなる。国中に設置しなくてはならないのに、これを設置できる人材が両の手で数えられる程度にしかいなくてな。細かい技術に関しては……この話を受けてくれるとなった時に、このオトノハから説明させてもらうことになる。彼女は我が国における技術者のトップだ。先程見せたヒートナイフやポーション、それに毛生え薬は全て彼女の手によって作られたものだ」


「なんと!」


 おっさんドワーフ達のキラキラした目がオトノハに向けられるが、オトノハは上品に微笑みながら小さく頭を下げるだけに留まる。


 普段は男勝りって感じの態度を取っているオトノハが見せる笑みとしては、非常に珍しい物だ……是非画像を残しておきたかった……ドワーフ達、カメラとか作ってないかな?


「技術的な話をしたいかも知れんが、もう少し待ってもらえるかな?先に話を済ませたい」


「も、申し訳ない……お願いします」


 今にもオトノハの所にドワーフが殺到しそうな気配を感じたので、先に話をさせろと釘を刺すと、ガルガドのみならず殆どのドワーフがバツの悪そうな表情を見せる。


「この魔力収集装置には、魔力を集める以外にもいくつかの機能があるのだが、その中の一つに……狂化を防ぎ、治療するという効果がある」


「「なんだと!?」」


 会議場に居た全てのドワーフが一斉に叫ぶ……シュッとした奴も含めてだ。


 すかさず俺は手を挙げて、騒がしくなりそうだったドワーフ達を制する。


「まずは説明をさせてくれ。質問は後ほど、答えられるものは答えよう」


 俺がそう言うと、椅子を蹴飛ばし立ち上がった街長達が渋々と言った様子で席に座った。


 さて、ここからは真面目な話だな。


 先に転移機能の事を話さなかったのは、アレを話した場合、俺が手を挙げたくらいじゃドワーフ達が止まらないと予想したからだ。興奮されると話が進まないからね。


「我々が現在確認出来ているのは、魔力収集装置を設置し、その傍で暮らすことでゴブリン達は狂化しなくなったという事。魔力収集装置がない場所で暮らしていたゴブリンが狂化しかけた時に、魔力収集装置の傍に連れて行ったことで正気を取り戻し、今も普通に暮らしているという事。旧ルモリア王国にある街や村、その全てに魔力収集装置を設置した結果、魔物の狂化が発生しなくなった事。この三点があげられる」


「「……」」


「ゴブリン達に話しを聞いたところ、魔力収集装置の傍で暮らす前は、ここ十数年間半年に一人くらいの割合で狂化する者が出ていたらしいのだが、ここ半年近くは急激にその頻度が上がり、一ヵ月に一人くらいのペースになっていたらしい。だが、魔力収集装置の傍で暮らす様になってそれがぱったりと止んだとのことだ」


 これはバンガゴンガの村の話ではなく、後から合流した隠れ里に住んでいたゴブリン達からの情報だ。


 恐らくここ半年くらいで頻度が上がったのは……フィオの儀式によって魔王の魔力が消費されていたのが、儀式が完了し俺達が生み出されたことによって魔力が消費されることが無くなり、急激に魔王の魔力が濃くなったのだろう。


 別に魔王が悪いわけでも俺達が悪いわけでもないが、狂化の頻度があがったのは魔王が本来の魔力を取り戻したせいなのは間違いない。


「恐らく、妖精族である貴公等にとっても、狂化は問題になっているのではないか?」


「……」


 真剣な表情、或いは非常に苦み走った表情でドワーフ達が黙り込む。


 これについては、事前にクーガーが調べているので間違いない。ギギル・ポーにあるそれぞれの街で、かなりの頻度で狂化が発生している。


「俺は、この魔力収集装置を自分達の国土のみならず、世界中に設置したいと考えている。勿論、このギギル・ポーにもだ」


「本当に、狂化を防げるので……?」


 流石に疑いの色を濃くしながらガルガドが尋ねて来るが、俺は自信を持って頷く。


「あぁ。少なくとも魔力収集装置の傍に住んでいるゴブリン達は半年以上一人も狂化していないし、非常に健やかな日々を送れている。その辺りについては、このバンガゴンガに色々と話を聞いて貰いたいと思う」


「……分かりました」


「因みに、先ほど話に出た、狂化しかかったが正気に戻った者というのもバンガゴンガだ。そちらに関しても色々と聞いておいた方が良いだろうな」


「なんと……至って健康そうに見えるが……」


「はい。陛下がおっしゃられたように、私は数か月前狂化仕掛けていた所を陛下自らの手によって救われました。そして存亡の危機にあった同族も救っていただき……我等は陛下に忠誠を捧げるに至りました」


 バンガゴンガの真摯な様子を受け、ドワーフ達が難しい顔をしながら他の者と目線を合わせ、小声で会話をしている。


 それが収まるまで、俺は黙って彼等を待つ。


 そして、さして時間をかけることなく、ガルガドが俺に向き直り口を開いた。


「……エインヘリアの王フェルズ殿。確かに貴殿が言われた様に、現在ギギル・ポーは魔王の魔力に蝕まれ、各街で狂化が問題になっておる。その魔力収集装置を使えば、その問題を解決できると?」


「あぁ。それについては間違いない。設置さえ完了すれば、今後街で暮らすドワーフ達が狂化する事は無い」


「狂化してしまった者達も治るのでしょうか?」


「……それに関しては絶対の約束は出来ない。バンガゴンガの治療が出来たのは、完全に狂化していなかったからかも知れないし、彼以外に狂化した者を魔力収集装置の傍に連れて行ったことがないからな」


「……現在、ギギル・ポーには百名以上の罹患者がおります。全ての者が薬によって眠っておりますが、治療の目途は立っておりません。もし良ければその者達で試してもらう事は可能でしょうか?」


 ドワーフ達は狂化の治療方法を研究していたのか……。


 だが、真っ当な手段ではかなり難しい筈だ。簡単に治療出来るような物であれば、フィオが数千年前に何とかしただろうしな。


「確実に治すと約束は出来ぬぞ?」


 バンガゴンガは完全に狂化したわけじゃなかったからな……完全に狂化してしまった者達が治療できるかと言われたら……そもそも狂化のメカニズムが分かっていないから何とも言えない。原因である魔王の魔力自体は吸収できるだろうけど、精神まで元通りになるかどうかは……。


 もし魔力収集装置だけで正気に戻らなかったら……ワンチャン万能薬って手もあるか?


「それは、覚悟しております。もし治療が能わなかったとしても、恨むことは致しませんし、儂等は儂等で今後も研究を進めていくだけです」


「分かった。では、この街に魔力収集装置を設置させてもらうとしよう。設置場所にはいくつか条件があるので、その辺りはこのオトノハと話して欲しい」


「分かりました。オトノハ殿よろしくお願いいたします」


「お任せください」


 ……よし!魔力収集装置の設置をなし崩し的に認めさせたぞ!


 でも、ちゃんと機能説明はしとかないとね。


「ところでガルガド殿。魔力収集装置にはまだ他にも機能があってな?」


「ほう!一体どのような機能が?」


 一瞬前までの暗く沈んだ様子は何処に行ったのか、突然興味で目を輝かせ始めたのはガルガドだけではない……。


 ドワーフは中々業が深いな。


「主な機能は三つ。一つは結界。これは装置を破壊されないように装置自身を防御している物だ。そして二つ目、装置間の通信機能。これを使うと装置を使っている者限定だが、遠くの街にいる者と会話をすることが出来る」


 まぁ一番大事な機能は魔力を収集する事だけどね。それはわざわざ言う必要はあるまい。


「なんと!?それは一体どのような仕組みで……」


「これについてはエインヘリアの秘中の秘でな。教えてやることは出来ん」


「むぐぐ……」


 滅茶苦茶悔しそうに唸るガルガド……でももう一つの機能はこれ以上ですよ?


「そして最後の一つ、転移機能だ」


「てんい……?てんいとは一体……?」


「魔力収集装置を設置している拠点間を一瞬で移動出来る機能だ。どれだけ距離が離れていようと、瞬きをするよりも早く移動するものだ」


「……」


 まさにぽかんと言った様子で固まったドワーフ達だったが、俺の言葉が脳にしみ込んだのかじわじわと再起動を始める。


「てんい……転移!?転移ですと!?それは一体どういう技術……!?」


「当然、これについても極秘だ。我々がドワーフ達に設置をして貰いたいと思っている魔力収集装置は、これらの機能を削除した簡易版となる。無論狂化を防ぐ機能は健在だぞ?」


 俺の言葉に、ドワーフ達が爆発した。


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