第141話 まずは軽いジャブから

 


View of ガルガド=エボ=スーヤン ギギル・ポー街長会議員 議長






 王自らこのギギル・ポーに乗り込んで来て、望んだことは儂等の技術か……ある意味分かりやすい要求ではある。何故なら、それは今まで儂等に交渉を持ち掛けて来たどの国も、同じことを望んでいたからだ。


 しかし、儂等が長年の研鑽によって生み出してきた、己の子よりも大事な技術を他国に渡すつもりは毛頭ない。


 例え、どれだけ脅されようと、どれほどの恐怖を覚えようと……例え殺されようと、技術を渡すような真似はしない。


 それはここにいる街長達だけでなく、ギギル・ポー済む全てのドワーフが同意する事だろう。


 無論、無為に同胞の命を散らすつもりは無いので、今までも比較的丸く収める様に断ってきたし、それでも諦めない者達は物理的に静かになって貰って来た。


「エインヘリアの王フェルズ殿。儂等ドワーフにとって技術というのは本当に掛け替えの無い物なのです。それを突然渡せと言われても……」


「ガルガド殿。勿論我々も、貴国の技術をタダで渡せ等と厚顔無恥な事を言うつもりは無い。技術という物がどれだけの心血を注いで培われた物なのか、そしてそれがどれほど大事な物であるのか、我々はよく分かっている。貴公等が世代を重ね磨き上げて来た技術に、俺は敬意を払っているつもりだ」


 エインヘリア王の言葉に、その言葉を聞く全てのドワーフが心を動かされる。


 儂等は人族に多い、職人を軽んじる輩がとにかく嫌いだ。職人に、その技術に敬意を払えぬものは、例え王であろうともはや二度と話をする事は無い。実際儂は、昔ふざけた事を抜かした王をぶん殴ったことがあるしな。


 だが、エインヘリアの王は違う。


 おためごかし等ではない……エインヘリア王は我等の技術に心から敬意を払っていると感じられたのだ。


 ほんの数分。


 この部屋にエインヘリア王が入室して数分しか経っていないが、最初に受けた圧倒的気配からこの真摯な様子……絆されるという程ではないが、それでもエインヘリア王に好意的な感情を持った者は、少なからずいるだろう。


 しかし、議長である儂としては別種の危機感のような物を感じる。


 ……最初に感じた印象以上に、このエインヘリア王という人物は厄介かもしれないな。


「……ふん、ならばエインヘリアの王フェルズ殿は、我等の技術の対価に何を寄越すと言うのだ?あぁ、言葉が汚いのは許してくれるか?」


 挑むような視線のまま、他国の王に対して不遜な言葉を言い放つのはオーラン。


 その台詞には冷や汗モノだが……正直助かる。


 技術に敬意を……それは当然の事であるし、入り口に過ぎない。


 エインヘリアの王の目的は、儂等の技術を自国に取り込む……若しくは学べるだけ学び自国に持ち替える腹積もりなのだろう。


 儂等の培ってきた技術は、そこらの人族の国よりもかなり先を進んでいる自負はある。


 そんな儂等の技術に人族の圧倒的な人口を合わせれば、例え小国であったとしても一気に強国へと成りあがるだろう。


 そんな愚かな野望を持った国をいくつも跳ね除けて来た儂等じゃが……今度の王は相当手ごわそうだ。


 だが、生粋のへそ曲がりであるオーランであれば否定的に話を続けてくれるだろう。


 やりすぎな場合は儂が口を挟めば良い……。


「勿論構わないとも、オーラン殿。ドワーフである貴殿に、人族である俺を敬う必要はないからな。さて、質問に答えることは簡単だが……そうだな、オーラン殿。面白い提案と堅実的な提案、どちらから聞きたいかな?」


 どこか楽しんでいる様な雰囲気を漂わせながら、エインヘリアの王がオーランに尋ねる。


 その問いかけならば、オーラン……いや、儂等が選ぶのは当然……。


「ふん!そんなもの、面白い提案に決まっとる!」


 当然だな。


 しかし……これは、完全にエインヘリアの王の手玉に取られている。頼むぞ?オーラン。


「くくくっ……ならば、バンガゴンガ一番の箱を」


「はっ!」


 エインヘリアの王がゴブリンに声をかけると、ゴブリンが運んできた荷物から一つ箱を取り出しエインヘリアの王の元へ持っていく。


「この中には、俺達の国で作った短剣が入っている」


「短剣だと?」


「流石に会議の場に武器を持ち込むのは無粋だとは思ったのだが、そこは許して欲しい。そこのドワーフ、これをオーラン殿の所に、それと箱の鍵はこれだ」


 会議場までエインヘリアの王達を案内して来た者に声をかけ、箱と鍵を渡す。


 ……あの箱、遠目に見ただけだが……随分と美しい細工が施されていた。


 細工師である儂としては、中身の短剣よりもあの箱が気になるのだが……残念ながらその箱は儂の元ではなくオーランの元へと運ばれる。


 ……やはり素晴らしい細工が施されている。


 繊細にして美麗……あの箱自体が一種の芸術品。


 アレは人族の手による物なのか……?


 くっ!


 もっと近くで見たいぞ!


 儂のそんな葛藤を他所に、箱を受け取ったオーランは細工の美しさに一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに鍵を差し込み箱の蓋を開ける。


「……ふん。美しい短剣だし、非常に丁寧に打たれているようだが……武器としては一級品とは言い難いな。まぁ、短剣の用途を考えれば十分かもしれんが、儂の打つ武器には数段劣る。ん……?短剣だけにしては妙に重いと思ったが、これは鉄のインゴットか」


 オーランが箱の底に置かれていたらしい、インゴットを取り出しながら言う。


 ……あの短剣の柄部分の細工も見事な物だ……オーランの打った武器には劣るようだが、少なくともその細工は超一級品と言える。


 オーランの奴め……気に入らないのならその短剣をこっちに寄越せ!


「ほぅ、オーラン殿は鍛冶師だったのか。そうと知っていれば別の物を見せるべきだったかな?その短剣は魔法の道具でな。魔力を流してくれるか?あぁ、刀身には気をつけろ」


「ふむ……魔法の道具か。儂は専門家ではないが……むっ!これは……」


 オーランが短剣に魔力を込めた瞬間、刀身から一瞬炎が燃え盛ったかと思うとその炎が刀身に纏わりつき、赤熱の様な輝きを放つ。


「お、オーラン!その短剣を儂によこせ!」


 魔道具職人であるキッサンが興奮しながら立ち上がり、オーランに詰め寄ろうとする。


 その気持ちは分かるが、少し落ち着け……儂もオーランから箱や短剣を奪い取りたいのを我慢したのだから。


「待て待てキッサン!これを受け取ったのは儂だ!エインヘリアの王よ……これは?」


「その短剣はヒートナイフ。刀身には触れるなよ?火傷じゃ済まないからな。一緒に入っていたインゴットで切れ味を試してみると良い」


「鉄のインゴットで試し斬りだと?いくら何でもこんなちゃちな短剣じゃ、下手をしなくても刃が欠ける程度じゃ済まないぞ?」


「問題ない。武器は芸術品にもなり得るが、使ってこその武器だと俺は考える。もしその短剣が壊れるなら、ソイツの運命はそこで壊れる事だったと言う事だろう」


 肩を竦めながらエインヘリアの王は言うが、いや、その素晴らしい意匠の短剣が壊れるさまは見たくないぞ!?


 しかし、当然ながら儂のそんな想いは届かず、オーランは円卓の上に置いた鉄のインゴットにそっと短剣の刃を当てる。


 そして次の瞬間、然したる力を込めた様子もないのに、オーランの手にした短剣がずぶずぶとインゴットに沈み込んでいく。


「ば、馬鹿な!?溶かした……いや、焼き切ったというべきか?一体どれだけの熱量を……いや、こうして手に持っていても一切熱さは感じない……一体どうなって……」


 円卓まで斬る直前で刃を戻したオーランが、マジマジと短剣を見つめる。


「今試した通り、鉄くらいなら簡単に斬れるくらいはある。まぁ、短剣だから戦闘には不向きではあるが……インパクトが強いからな。今回見せる物としては丁度良い品だろう」


 事も無げにエインヘリアの王は言ってのける。


 確かに、短剣であることを考えれば、この魔法武器の武器としての評価はそこまで高くは無いだろう。鎧を着ている相手でも関係なしに刺す事は出来るが、刃が光を放っている為暗殺には向かないし、護身用の武器としては火力が高すぎる。


 確かに今回の様な場面で、道具として見せるという使い方が一番良いのかもしれない。


 少なくとも、その意匠の素晴らしさ、魔法の道具としての性能の高さは一見しただけで分かるほどなのだから。


 以前キッサンが作った魔法武器で、炎を纏う武器を見せてもらったことはあるが……アレは刀身が燃えていると言った感じで、あのヒートナイフの様に熱によって焼き切るといった感じではなかった。


 キッサンの様子を見れば、あの短剣がキッサンには再現できない類の魔法道具と言う事はすぐに分かる。


「オーラン!何時までそれを独り占めするつもりだ!こっちにも回せ!」


「こんな高温になっている武器を簡単に手渡せるわけないだろうが!もう少し待て!」


「あぁ、流している魔力を止めれば、刀身に触れても火傷はしないから安心してくれ」


 オーランとキッサンが唾を飛ばし合いながら言い合う様を見て、苦笑しながらエインヘリアの王がとりなす様に言う。


「……本当だ。しかも、これだけ急激に熱変動を受けて罅が入るどころか、全く刀身が歪んでおらん……儂の打つ剣より劣ると言ったのは訂正させてもらう。この鍛造技術……儂以上かもしれん。刃に鋭さが無かったのは、魔力を通したあの状態で使う事を前提としているからか……」


 オーランが目を皿にしながらヒートナイフを見ているが、他の者達の目つきがかなり険しいものになってきている。そろそろ他の者に回さないと誰かが暴れ始めそうだ。


 実際、キッサンはあと十秒我慢出来れば良い方だろう。


「ん?オーラン殿。拳を怪我しているのか?」


 エインヘリアの王が若干めを細めながら、オーランに問いかける。


 拳の怪我……あぁ、恐らく昨日の会議で殴り合いをした時の傷だろう。


「お?あぁ、昨日少しな。まぁ、この程度怪我に入らん。それよりエインヘリアの王よ。先程一番の箱と言っていたが、もしかして他にも何か持って来ているのか?」


 ヒートナイフを隣の者に渡しながら、オーランが尋ねるとエインヘリアの王はにやりと笑って見せながら頷く。


「あぁ、だがその前に……バンガゴンガ、五番の箱をオーラン殿に渡してやってくれ」


「畏まりました」


 今度は直接ゴブリンから箱を受け取った案内の者が、オーランに再び箱を渡す。


 ……先程からオーランばかりズルくないか?ここは儂がエインヘリアの王と話をしてこちらに持って来てもらった方が……。


「む……?これは薬か?」


「三本入っていると思うが、一番左の薬を取り出してくれ」


 薬と聞いて、今度はゲイン老が反応を示す。


 ゲイン老の専門は、薬学や錬金術といった分野だから仕方のない事だろう。


 私としては、今オーランが取り出した薬の入っているガラス瓶に興味がある所だが……唯のガラスの小瓶に美しい模様が入っている……それにガラスの透明度も完璧……何という技術力……もっと間近でみたいぞ!


「それは下級ポーションと言って、飲み薬だ。怪我の治療に使う物だが、疲労回復にも非常に効果がある。体に害のある物は使用していないが、毒見をさせようか?」


 怪我の治療に飲み薬というところに疑問を覚えるが、治癒能力を高めるといった類の薬なのだろうか?


 そんな儂の疑問と同じことを思ったらしいオーランがエインヘリアの王に尋ねる。


「ふん!エインヘリアの王がここで儂に毒を盛る意味は無かろう!それより、怪我の治療なのに飲んで良いのか?患部にかけるのではなく?」


「あぁ、飲んでくれ」


「オーラン、待つのじゃ!全部飲むな!全部飲むでないぞ!?薬を残したまま儂に渡すんじゃ!」


 オーランの隣に座っているゲイン老が声を大にして言う。


 ……段々普段通りの会議場の光景になってきたというか、収拾がつかなくなって来たのだが……。


「うぉ!?何だこの薬!?体が一気に軽くなったぞ!」


「むはぁ!?オーラン、お主拳の傷が無くなっておるぞ!?」


「は!?うぉ……本当かよ……って、おいおい、火傷の痕も消えちまってるじゃねぇか!」


 仕事柄、体のあちこちに火傷の痕を湛えていたオーランの火傷の痕まで消え去ったらしい……とんでもない薬だ。意味が分からん。


「オーラン!そのポーションという薬を渡せ!はよう渡さんか!」


 半狂乱といった感じになりながら、ゲイン老がオーランに掴みかかる。


「分かった!じーさん、分かったから少し落ち着け!瓶が割れたらどうするんだ!」


「割れたらお主も割ってやるわい!」


 ゲイン老に火がついたようだ。これは……大変な事態になるかも知れん。


 ヒートナイフを見ている方も、かなり騒がしい感じになって来ておるし……。


「ったく……これだから年寄りは……。ところでエインヘリアの王よ、他の二つも薬なのだろう?どんな効果があるんだ?」


「真ん中の薬は特級ポーションだ。瀕死の重傷も立ちどころに治るし、手足の欠損も軽く治る代物だ」


「欠損を治すじゃとぉ!?」


 エインヘリアの王の説明に、尋ねたオーランではなくゲイン老が円卓の上に立ちながら叫ぶ。


「そりゃすげぇ……じゃぁ、まさかこの右の薬は死者が生き返ったり……」


「いや、流石にうちでも死者蘇生の薬はないな。まぁ、ある意味蘇らせる薬ではあるが」


「ある意味?どういうことだ?」


「右の薬は毛生え薬だ。髪の毛が生き返るぞ」


「「毛生え薬じゃと!?」」


 ゲイン老だけでなく、その場にいた街長達全員の叫びが重なった。


 かく言う儂も参加者の一人だが。


 街長達も……長年連れ添った髪と別れて久しい者もおるし、儂の様に少々肌寒さを感じるようになったものもおる。


 そんな者達が、早々に薬の争奪戦を始めてしまったが……どれ、儂も一つ参戦するとしよう。


 そういえば、元々何の話をしておったんじゃったか……?


 儂は握りしめた拳を振り上げつつ、薬を持つオーランの元に駆け出しながらそんなことをふと思った。


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