第140話 気合と議会
事前連絡をすることなく突然やってきたギギル・ポーの中心の街だったが、ドワーフ達は思いの外丁寧な対応をしてくれた。
クーガーが予約していた宿で休んでいると、俺達が宿に到着してから左程時間を置かずに議会からの遣いが宿を訪れ、俺達を迎賓館へと案内してくれた。
中々慌ただしい感じはしたが、向こうも全力で準備をしてくれたのだろうから文句はない。
まぁ、突然の来訪に対し、ホテルに入って多少休んだ程度の時間で準備を整え、迎えが来たのには驚いたけど。
ドワーフって見た目の割に相当フットワークが軽い……いや、これは差別的なだな。
しかし対応が身軽なのは確かだ……議会制って、もっと動きがおっそい感じだと思っていたのだが……アレか?人数が多いだけで、何時まで経っても同じような責任追及ばかりしている議会を見ていた記憶があるからだろうか?
それはさておき……驚いたのはそれだけじゃない。
ホテルで俺達を出迎えてくれたパリっとしたドワーフ、何故か彼が迎賓館でも俺達を出迎えてくれたのだ。
いや、実際はホテルで出迎えてくれた人とは別人……双子の兄だったわけだけど。
パッと聞いた感じ声も同じだったし、同一人物かと思って思わず尋ねたところそう言われたのだ。一卵性双生児ってやつだね……DNAって凄いわ……まさか髪型や服装まで同じになるとは……。
って、アホな事を言ってる場合じゃないな。
迎賓館で一夜を明かした俺達は、その翌日……つまり今日だが、ドワーフ達の議会が行われている議事堂へと招かれていた。
「クーガーから話は聞いていたが、予想以上に動きが早いな。」
昨日、クーガーが街長達の会議の様子を調べてくれたのだが、とにかくこちらが何をしに来たか分からない以上、出方が分からない……ならばとっとと俺達から直接話を聞いて、それから対応を決めようという話になったらしい。
こちらの情報がない以上、それしか手は無いだろうけど、その結論を出すまでが中々早かった。
その会議は、参加者全員が浴びる程酒を飲みながら行われていたらしいけど……。
ドワーフが酒好きって言うのはよく聞く話だけど……国のお偉方が会議中に酒を飲むって……日本だったら炎上どころの騒ぎじゃないな。
「フェルズ様自ら足を運んだのです。迅速な対応は当然と言えましょう」
それは、国内だったらそうかもしれないけど、他国だと……いや、エインヘリアの事を良く知る国ならその対応も分かるが、ドワーフ達はエインヘリアの事はほとんど知らないって感じみたいだったからな。どちらかというと、ドワーフ……いや、街長達のせっかちな気質による物じゃないだろうか?
酒を飲みながらではあるけど、徹夜で会議していたのは驚嘆に値するが……何故か会議中に殴り合いが始まる事が、クーガーが確認しただけでも十回はあったらしい。
まぁ、殴り合いはするけど、別に腕力で勝ったからといって主張が通るという訳ではないってところは安心と言えば……安心なのだろうか?
そんな、明らかに議事堂で行われているものとしては問題のある内容のやりとりだったが、長く会議をしてくれたおかげで、ドワーフ達が今何に困っているのかを知る事が出来て、こちらとしてはラッキーだった。
はっきり言って交渉カードが増えまくって、相手が感情論に走らない限り負けはないと思う。
不安要素は……すぐに喧嘩が始まるくらいドワーフ達は感情的なので、そこを上手く捌けるかどうかといったところだね。
「こちらとしては、迅速な対応で助かるがな。さて、ドワーフ達とのやりとりは基本的に俺がするが、オトノハは技術的な話になった時に水を向けるから対応を頼む。それと、バンガゴンガは交渉というよりも、ゴブリン達がエインヘリアでどういう風に暮らしているか等の話を聞かせてやってくれ。こちらも話を振るつもりではあるが、流れ的に話に入れそうだったら自分の判断で入って来てくれ」
「あいよ!」
「分かった」
俺の言葉にオトノハは力強く、バンガゴンガは若干緊張した様子で頷く。
「リーンフェリア、レンゲ。お前達は普段通り頼む」
「畏まりました」
「了解、寝て……」
「会議中に寝るのは無しだ」
皆まで言わせず、俺がレンゲの台詞に被せると……何故かレンゲが小さく笑みを浮かべる。
「じゃぁ、会議中は周囲を警戒」
任せてと言わんばかりの表情をしながら、レンゲが自分の胸をぽんと叩く。
何故か若干誇らしげなのだが……まぁ、やる気を出しているようだし何も言うまい。
「クーガーは……」
「俺はいつも通り、陰からフェルズ様を御守りしておくっス」
「……そうか」
ウルルもそうだが……うちの外交官は、外交の場に姿をあまり現さないな……いや、この前のルフェロン聖王国とのやり取りの時は、ウルルもいたっけ……特に何も話しはしていなかった様な気もするが。
まぁ、皆優秀だから別にいいけど……外交官という役職名は変えた方がいいんじゃないかと偶に思うよ。
クーガーを見つつ、そんなことをしみじみと考えていると扉がノックされて、昨日から俺達の世話をしてくれているシュッとしたドワーフの声が聞こえてくる。
「エインヘリアの皆さま、大変お待たせいたしました。準備がよろしければ、会議場へご案内いたしますが、如何でしょうか?」
部屋に居た者が俺へと視線を向けたので、俺が頷いて見せるとリーンフェリアが扉に向かって声を発する……因みにクーガーは既に部屋から姿を消していた。
「問題ない。案内してもらおう」
「畏まりました、失礼いたします」
相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、シュッとしたドワーフが扉を開く。
中々完璧な執事っぷりだな……執事ではないのだろうけど。
そう言えば、うちには執事っていないよな……見た目的にはアランドールとか似合いそうだけど……まさか大将軍を執事にする訳にもいかないしな。
キリクも若い執事キャラが似合いそうだけど……今度キリクに執事っぽいタキシードとか送ってみるか?
そんなしょうもない事を考えているとはおくびにも出さず、覇王然とした態度のまま、俺は街長達がいる会議場へと案内されていった。
さて、交渉カードは沢山あるとは言え、エインヘリアの今後の為にも失敗は許されない。
気合を入れて臨みますか!
View of ガルガド=エボ=スーヤン ギギル・ポー街長会議員 議長
基本的に、儂等街長達の会議は二か月に一度行われる。
その会議の様子は、正に喧々諤々と言った感じが相応しく、最終的に拳で語る事も少なくない。いや、寧ろ一議題につき一戦闘は少ない方だ。
そんないつも混沌とした様子を見せる会議場が、静まり返っている。
原因は言うまでもない。
恐らくギギル・ポーの歴史上初めて、ドワーフ以外の種族がこの会議場に足を踏み入れたからだ。
四人の人族と一人のゴブリン。
人族がギギル・ポーに訪れることは珍しくはないが、同じ妖精族であるゴブリンがギギル・ポーに訪れたのは数百年ぶりではないだろうか?
少なくとも儂が成人して以降、ゴブリンを見た事は無かった。
まぁ、ゴブリンというには些か……いや、ありえないくらいの巨体ではあるが……しかし、そんな巨大なゴブリンよりも圧倒的な存在感を放っている人族……その人物こそ、この会議場を静まり返らせている張本人と言える。
その者はエインヘリアの王を名乗った後、突然の訪問を詫び、そして迅速な対応を感謝すると述べた。
その言葉は尊大な物ではあったが、礼を逸しているという訳ではなく、寧ろ分かりやすい言葉で述べられた語りは、儂等にとっては好ましいものではあった。
だが、エインヘリアの王から放たれる圧倒的な気配が、儂等をこれ以上無いくらい緊張させる。
何度か請われてソラキル王国やクガルラン王国の式典に賓客として招かれた際、両国の王の姿を見る機会はあったし、代替わりを含めて五人程度の王と直接話をする機会もあった。
確かに彼らも他の人族に比べれば雰囲気はあったし、威圧感のようなものはあった。
だが、それらの王とはまるで違う……まるで忌々しいドラゴンでも目の前にしたかのような圧倒的な存在感は、自然体でありながらもはっきりとした格の違いの様なものを感じさせる。
故に、今この議事堂は静まり返っているのだ。
そんな風に儂等が固まっているのを見て、エインヘリアの王が口を開く。
「諸君がこのギギル・ポーの首脳陣。各街の街長達だと聞いているが、相違ないか?」
しまった、議長である儂が率先して動かねばならなかった!
「如何にも、エインヘリアの王フェルズ殿。儂は議長を務めておるガルガド=エボ=スーヤンと申す。ガルガドと呼んでもらいたい。そして端に座っている彼が……」
儂は円卓に座っている街長達を一人一人紹介していく。
普段はこの円卓に十二人の街長達が余裕をもって座っているのだが、今日は円卓の半分に十二人を集めているので、少々狭苦しい。といっても流石に肩が触れ合う程ではないが。
普段十二人しか座らないこの円卓が、ここまで大きく作られているのは……昔から手の届く範囲で議論をすると、すぐに殴り合いに発展し話が進まないからだと言われている。
因みに円卓の中心は丸くくりぬかれており、殴り合うならそこでと言うのがこの議会のルールだが……正直エインヘリアの王とは絶対に殴り合いたくない。
そんな事を考えつつ全員の紹介を終えた儂は、早速本題を切り出すことにした。
「さて、エインヘリアの王フェルズ殿。此度はどのような要件で御身自らこのギギル・ポーを訪れたのか、お聞かせ願えるかな?」
「うむ。単刀直入に言わせて貰おう。我が国、エインヘリアはギギル・ポーの力を借りたいと考えている」
「ギギル・ポーの力?それは一体何を指しておるのかな?」
「技術力だ。俺はドワーフの技師たちの技術を借りたい」
そう力強く言うエインヘリアの王を見て、儂は内心ため息をつくとともに……この王を説得し、穏便にギギル・ポーより去ってもらうという難題に頭を抱えた。
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