第138話 ……あれから三日
「この辺りからギギル・ポーの領内になるのか?」
「そうっス。といっても国境警備をしている訳じゃないっスけどね」
エインヘリアを発って三日、クーガーの案内で俺達はギギル・ポーのある山脈へと辿り着いていた。
「ふむ……この後は何処を目指すんだ?」
「ギギル・ポーの中で最大の街……名前はないっスけど、ギギル・ポーの中心で街長達が集まるのもこの街っス。集まるのは二か月に一度っスけど、ばっちり今はその集まりの最中っス!」
「完璧な時間調整だなクーガー」
俺は今日ここに来るまでの予定を立ててくれたクーガーを褒める。
当然、クーガーは街長達が集まるこの時期を狙って到着したのだろう。
「外交官っスからね!」
俺が褒めた瞬間、鼻高々な様子になるクーガー。
「すぐに調子に乗るクーガーは愚か」
「案内も終わったことだし、そろそろ斬るか……」
「三日前のネタをいつまで引っ張るつもりっスか!それにまだ案内は終わってないっスよ!俺が居なかったら街までたどり着けないっスよ!?この山の中から二人で街の位置を探すっスか!?」
「「くっ……!」」
何故か調子に乗ったクーガーが、リーンフェリア達に絡まれているが……まぁ、仲が良さそうで何よりだ。
とりあえずそんな三人はさて置き……。
「大丈夫か?バンガゴンガ」
「あぁ……辛うじて生きてるぜ。物凄い旅路だったが……」
ここに来るまで被っていたフルフェイスの兜を片手に、若干達観した様子でバンガゴンガが呟く。
「森に生まれ、ずっと住んでいたからよく知っているつもりだったが……あんなにも木や茂みが危険なものだとは……いや、以前も危険な物とは認識していたが、まるでレベルが違う……」
遠い目をしながら爽やかに語るバンガゴンガ……いや、本当にすまんな……。
道中では、ポーションを飲みながらひたすら頑張ってくれたバンガゴンガ……街に入って宿を取る時は、ゴブリンだとばれないようにフルフェイスの兜に全身をすっぽり包む様なローブを装備して、怪しいことこの上無かったバンガゴンガ……谷を飛び越えた時は、流石に我慢できずに悲鳴を上げてしまったバンガゴンガ……発見報告と同時に真っ二つになっていく魔物の返り血を、思いっきり浴びてしまったバンガゴンガ……。
全てのバンガゴンガに、よく頑張ってくれたと賛辞とお礼を言おう……。
「知らなかったぜ……人族ってのは、川を走って渡れるんだな……」
「皆が皆出来るわけではないと思うがな」
というか、俺達以外で出来る奴はかなり少ないと思うけど……俺自身出来てしまった時はちょっとひいたし……。
まさか、現実に左足が沈む前に右足を出すが可能だとは……。
「無事ここまでたどり着けたことに心から感謝しているぜ……」
多分その感謝は、俺達に対してではないんだろうな……。
「後はこの山を登るだけだが、木はあまり生えていない様だが、岩肌で起伏が激しいから最後まで油断は出来ないな」
俺がごつごつした山肌を見ながら言うと、バンガゴンガも神妙な面持ちで同意する。
「ここまで来て怪我なんてしたら笑うに笑えねぇし、気合入れていかねぇとな」
「……交渉が失敗したら、来た時と同じ道程になるな」
「絶対に交渉を成功させるように、気合を入れていかねぇとな!」
より一層気合が入ったバンガゴンガににやりと笑って見せると、バンガゴンガは手に持っていたフルフェイスの兜を被った。
さて、休憩はこのくらいでいいだろう。
「クーガー!そろそろ移動を再開するぞ!」
「うっス!」
振り返った俺の目に何故か地面に倒れたまま、顔を青く染めながらもサムズアップで俺に返事をするクーガーが映った。
「何をしているんだ?」
「クーガーは地べたが好き」
手首をプラプラさせながら相変わらず眠そうな半眼でレンゲが言う。
「片手で腹を押さえているようだが?」
後顔色も真っ青だし。
「腹が空いているようですね……朝食はしっかり取ったというのに、たるんでいるのかもしれません」
リーンフェリアが至極普段通りな様子で言う。
なるほど、大体分かった。
「いや、フェルズ様、こいつらが……」
何かを言おうとしたクーガーの言葉を遮るように、レンゲが斧の柄を地面に叩きつけ辺りに大きな音が鳴り響く。
「……クーガー、お前何をやったんだ?」
「なんで……俺が悪いみたいな聞き方するっスか?」
「クーガー、金言を授けよう。長い物には巻かれろ、だ」
「……納得いかないっス」
「そんなことよりそろそろ向かうぞ?バンガゴンガも準備万端だからな、お前が案内してくれないと俺達は路頭に迷ってしまうだろ?」
「そう思うならもう少し優しくしてほしいっス……」
腹を押さえつつ、クーガーがゆらりと立ち上がる。
「……仕方ないな。ポーションを飲んでおけ」
腰につけていたカバンの中からポーションの小瓶をクーガーに投げ渡す。
「……せめて特級ポーションが良かったっス」
「俺が下賜してやったポーションに不満が?」
「そんな訳ないっス!長いものに巻かれるっス!」
早速俺の言葉を学んでくれているようで何よりだ。
下級ポーションを飲んだクーガーが首を鳴らしながら体をほぐす様に動かした後、慣れた様子でバンガゴンガからロープを受け取り移動を始める。
さて、ギギル・ポーまであとひと踏ん張り……ようやくドワーフに会えるわけだ。
いや、楽しみだな!
View of ガルガド=エボ=スーヤン ギギル・ポー街長会議員 議長
「次の議題は、食糧の輸入について。人族の国が最近騒がしいようでな、今後食糧の輸入が滞る可能性がある」
儂が新しい議題を上げると、他の街長達がため息をついた。
「お主等……気持ちは分かるが、もう少ししゃんとせい」
「そうは言うが、ガルガドよ。今日の議題はこれで何個目だ?朝からぶっ通しで流石に疲れたぞい」
「全くだ。この会議も別に今日だけという訳ではあるまい。今日の所はそろそろ仕舞にせんか?」
「然り、儂は喉が渇いて死にそうじゃ」
儂の向かいに座っているオーランの言葉を皮切りに、他の街長達も挙って今日は終わりだと騒ぎ出す。
全く、こやつらときたら……物作りと穴掘り以外の仕事を基本的に嫌厭するような奴等ばかり街長になるのは、いくら何でもバランスが悪くないかのう?
いや、物作りと穴掘りに長けているからこそ街長に選出されるわけだから、我等ドワーフは中々業が深いとも言える……。
「分かった分った。だが、事は食糧問題だ。せめて概要だけでも聞いて明日の会議までに何かしら考えて来てくれ」
とはいえ……かく言う儂も流石に朝から続く会議に嫌気がさしておったのも事実。今日の所はこの議題の説明だけをして終わりにしたい所だが……恐らくこやつ等の事だ、話が始まったらひとまずの結論が出るまで議論を続けるはずだ。
「最近南西の方に新しい国が出来たのは知っとるか?」
そんなことを考えつつ、儂は話を始める。
「人族の国は入れ替わりが激しいからのう……」
「南西っていうと、ルモリア王国の辺りか?あそこは結構長い事国が続いとったはずだが、国が割れたか?」
「あー、龍の塒がある辺りか。あの辺りは龍を刺激する可能性があるから、不可侵としておったんじゃなかったか?」
「まさにそのルモリア王国だ。どうやらエインヘリアという国に滅ぼされたらしい」
儂の言葉に、街長達は特にこれといった反応は見せない。
まぁ、それも無理からぬこと……所詮人族と儂等ドワーフは、隣人と呼べるほど近しい相手でもないからのう。
「本当に人族は戦争が好きじゃな。ついこの前もこのギギル・ポーにどこぞの国が攻め寄せて来たじゃろ?」
「ついこの前って事は無いじゃろ。確か三十年くらい前じゃなかったかの?」
「そんなに経っておったか。道理で戦争前に生まれたガキが最近生意気な口を利くわけじゃ」
話が脱線しそうになったところで儂は口を挟む。
少しでも興味のある話が出て来たらすぐにそちらに向かって進んで行ってしまうのは、ドワーフの悪い癖じゃ。
「あー、話を進めるぞい?そのルモリア王国を滅ぼしたエインヘリアじゃが、どうやら領土拡大に執心しておるらしくてな。近隣諸国とばんばん戦争を繰り返しておるらしい」
「めんどくさそうな国じゃのう。領土がこっちまで広がったら、うちにも攻めて来るんじゃないか?」
「その時はふっ飛ばせばいいだろう?新しい魔道具達も出番を手ぐすね引いて待ってるぜ?」
「まぁ、その時はそれで良いじゃろ。それより問題は議題となっておる食糧の輸入に関してじゃな」
ゲイン老が議題となっている問題に話を戻してくれる。
流石街長の中で最年長……年の功という訳じゃな。
「食糧の輸入はクガルラン王国に頼っておる。そしてクガルラン王国は既にエインヘリアと国境を接しておるし……いつ戦争になってもおかしくない。その懸念から食料の価格が高騰し始めておるし……何より売り渋り始めておる」
「輸入先をソラキル王国に変えるのはどうだ?あそこはうちから武具を買っておるし、交渉しやすいんじゃないか?」
「難しいんじゃないかのう?あそこは国土の割に土が豊かじゃないじゃろ?」
「いやいや、我等ドワーフが輸入する量くらいは賄えるじゃろ?」
「だが、あそこは平和的な国とは言えまい?今回と同じように、何かの折に輸入が難しくなる可能性はあるぞ?」
「一か所に頼るのを止めれば良いんじゃないか?儂等の作る武具とは違って食料はどこから輸入しても一緒じゃろ?」
「そりゃ味音痴のお前だけだ」
「なんだと!」
まぁ、こうやって口論から殴り合いが始まるのもいつもの事だな。
しかし、輸入先を増やすと言うのは良いかも知れんが……交渉やらの仕事が増えるし、誰がそれを担当するかでまた揉めるだろうな……。
そんなことを考えていると、会議室の扉が突如開け放たれた。
「すんません!親方!会議中失礼します!」
「馬鹿野郎!急用だとしても礼儀ってもんがあるだろうが!」
オーランが顔を真っ赤にしながら怒鳴り声を上げる。
どうやら、会議室に飛び込んできたのは彼の弟子らしい。
「すんません!でも、アレなんですよ!」
「アレじゃ何も伝わらねぇっていつも言ってるだろ!落ち着け!」
「うっス!すんません!えっと、アレです!この街に人族の王様が来ました!」
「は?何言ってんだおめぇ?王ってのは、そんな旅人みたいにふらっと来るようなもんじゃねぇぞ?」
オーランが弟子の言葉にぽかんとした表情で言葉を返す。
まぁ、それも当然だろう。
人族の王と言うのは色々と格式張ったやり方を好み、我等ギギル・ポーに直接訪れるような者は今までいなかった。
呼びつけられることは何度もあったがな。
「いや、親方。本当に来たんですってば!少なくともそいつらはそう言ってます!えっと……エイン……ヘリア?の王って言ってました!」
「「エインヘリアだと!?」」
まさに今、その国のせいで面倒な問題に直面していると話をしていた所に、問題の国の王が現れただと?
「兵は!?」
「えっと……それが……」
「馬鹿野郎!一刻を争う事態だ!はっきり言いやがれ!」
「すんません!アレです!王は五人くらいの供回りだけを連れて街に来ました!他に兵はいません!」
「そんなことあるか馬鹿野郎!山裾の方で野営しているに決まってる!そっちまで確認したのか!?」
「少なくとも、確認出来る範囲には一人の兵も見当たりませんでした!」
「……いくら何でも、王が自分を守る軍からそんなに離れないよな?」
オーランが街長達に伺うように尋ねるが、誰も返事を返すことが出来ない。
兵を引き連れて来ていないと言うのは信じがたいが、まずは王について話を聞く必要があるな。
「……それで、その王は街に入って、それからどうした?」
「とりあえず、一番良い宿に案内して……迎賓館も一応準備させてます」
「そうか、馬鹿だけど意外と気が利くな!」
「うっス!」
あまり褒めた感じではないにも拘らず、オーランの言葉に弟子は嬉しそうに頷く。
「どうする?会いに行くのか?」
「いや、流石に今日の今日とは向こうも言うまい?それに情報が足りぬ、一日で集められるだけ集めてくれ」
「くそ……!明日まで仕事漬け確定だな!」
「いや、相手が何をしに来たか分らんが、明日以降もじゃろ……とりあえず酒でも飲むか」
「そうだな、飲まなきゃやってられん!」
そう言って酒の用意を始める街長達。
我等ドワーフにとって一日や二日寝なくとも問題は無いが、もう半日も酒を断っているからな、こちらは問題大ありだ。
儂は嬉々として酒の準備を進める皆を見ながら、突然現れたエインヘリアの王とやらがギギル・ポーに何を齎すのかを推察しようとして、あまりの情報の無さに頭を抱えた。
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