第137話 コース難易度:ベリーハード



「実に良い天気っスねー、旅日和って感じっス」


 晴れやかな空を見上げながら、下っ端口調でクーガーが言う。


「そうだな。折角これから他国に旅立つというのに雨が降らなくて良かった。特にバンガゴンガが大変なことになるだろうからな」


「晴れてくれて本当に良かったぜ……」


 俺の言葉にバンガゴンガがしみじみと呟きながらお天道様を見上げる。


 そんなバンガゴンガは背中に大きなカバンを背負っており、更にそのカバンはパンパンに膨れ上がっている。


 更に普段は装備していないフルフェイスの兜を装備しているバンガゴンガは、何というかその体格も相まって世紀末感が半端ない。棘付きの肩パットも装備させたい所だ。


 因みにこの兜は頭を守るという意味もあるが、何より呼吸を確保するために装備している。


 最初練習をした日、バンガゴンガが窒息しかけたからね。


「すまんな、バンガゴンガ。荷物を全部持たせてしまって」


「気にするな。俺は引っ張られるだけだからな、しかし、これだけ荷物があって野営道具が入ってないのは良いのか?」


「あぁ、問題ない。道中の案内はクーガーに任せることになるが、ちゃんと宿に泊まれるように移動の予定を立ててくれているからな」


「任せるっス!ばっちり最短ルートで無理のない快適な旅路をお約束するっスよ」


 そう言って自分の胸をドンと叩くクーガー。


 なんかクーガーの動きはちょっとコミカルというか……道化っぽいよな。


「バンガゴンガを引っ張るのはクーガー頼むぞ?」


「え?俺っスか?」


「男手はお前しかないからな。それとも俺に引かせるつもりだったのか?」


「いや、そんな恐れ多いっス。でも俺じゃなくてもゴリラがいっぱいいるじゃ……」


 クーガーがとんでもない事を言い出した次の瞬間、クーガーの足元に巨大な斧が叩きつけられ、地面が爆発する。


 どういう技術かは知らないけど、俺やバンガゴンガの方には砂ぼこりすら飛んで来ていないあたり、中々冷静さが伺える。


 因みにクーガーの姿は巻き起こった砂ぼこりの向こうに隠れて全く見えない。


「フェルズ様。申し訳ありません、少し無礼者を斬ってもよろしいでしょうか?」


 至極冷静な声で、とんでもない許可を求めて来るリーンフェリア。


「リーンフェリア、その許可は出せない。クーガーには道案内をして貰わないといけないからな。やるならその後にしろ」


「フェルズ様、酷いっス!」


 砂煙の向こうからクーガーの叫び声が聞こえて来るけど、当然ながら俺は女性陣を敵に回すつもりは全くない。


「酷いのはお前だクーガー。いや、誰に対して先程の言葉を言ったのかは知らぬが、適切だったとは言い難いな。少し斬られるなりして反省するべきなのではないか?」


「少し斬られるって表現は中々鬼畜な感じっス!」


「そんなことない。クーガーは叩き潰されるべき」


 地面を爆発させた巨大な斧を片手で軽々と持ち上げた女の子……斧聖であるレンゲが眠たげな表情のまま、持ち上げた斧を薙ぐように振る。


 次の瞬間、クーガーの姿を隠していた砂ぼこりが吹き飛ばされ、何ら堪えた様子のないクーガーの姿が現れる。


「俺は斬られたり叩き潰されたりしたら死ぬんスよ?もっと俺を労わって欲しいっス」


「労わられたいなら相応の態度を取るべき」


 クーガーに斧を突きつけながらレンゲが冷ややかに言う。


「ん?何を揉めているんだい?」


「あ、オトノハ、待っていたっスよ!そろそろ出発するっス、忘れ物はないっスね?」


 今にも一戦始まりそうなタイミングで、少し遅れて来たオトノハが少しバツが悪そうな表情をしながらこちらに小走りで近づいて来た。


「あぁ、待たせちまってすまなかったね。大将、ちょっと面白い薬が良いタイミングで完成したからそれも持ってきたんだけど、いいかい?」


「面白い薬?何が出来たんだ?」


 クーガー達の事はとりあえず放置してオトノハと話を始める。


 あっちはまぁ……大丈夫でしょう。多分。


「こっちで集めた素材だけで作った特級ポーションさ」


「特級ポーションが出来たのか!?」


 俺は驚きのあまり、思わず叫ぶようにオトノハに問いかけてしまった。


 驚いて叫ぶという行為は覇王っぽくないと思うが、それよりもレギオンズの素材を使わずに特級ポーションが出来たという事実の方が今は大事だ。


「あぁ、合間を縫って研究をしてんだけど、ようやくね」


「そうか……では、あのドラゴンの血が使えたんだな」


「元々大将が持ってた龍の血に比べると少しだけ必要な量が多いけど、十分な効果が確認出来たよ。まぁ、あのドラゴンから獲れた血の量を考えれば微々たるもんだけどね!」


 確かにあのドラゴンからは、あの体の大きさに見合っただけの血がそれはもう大量に確保出来ている。


 ゲームだったらドラゴン一匹倒しても小瓶一つしか血がとれなかったからなぁ……鱗とか牙とかも……とにかく素材だけは大量確保出来てほくほくでした。


 出来ればドラゴンにもっと会いたい……話の通じない相手だとなお良し。


「薬草は特産品として……ロイヤルゼリーはどうしたんだ?」


 特級ポーションに必要な材料は龍の血と特産品としてとれる薬草、そしてロイヤルゼリーだ。


 龍の血と薬草は既に確保していたけど、ロイヤルゼリーだけはまだこの世界で入手していなかったはずだが……。


「エスト地方に養蜂をやっている村があってね。そこでロイヤルゼリーの採取をして貰ったんだ。こっちは龍の血と違って量が少ないから、ロイヤルゼリーの安定供給は何か策を考えないといけないと思う」


「そうか……だが、こちらで手に入れた材料だけで薬を作る事を成功したのは、素晴らしい成果だ。しかも、これだけ忙しい合間を縫って研究してくれていたのだろう?オトノハには頭が上がらないな」


「あっはっは!大将、照れるからそのくらいにしといてくれよ。寧ろレシピは分かっていたのにこんなに時間がかかっちまって、申し訳ないくらいだよ」


 オトノハが若干顔を赤くしながら謙遜しつつ手をぶんぶんと振る。


「そんな事は無いぞ?寧ろ、このタイミングで特級ポーションを作ってくれたのだ……オトノハ、褒美は期待して良いぞ。俺に出来る事なら何でも叶えてやろう」


「な、何でもいいのかい?」


「あぁ、何でも構わない」


 俺が頷いて見せるとオトノハは物凄く驚いた様子に、リーンフェリアとレンゲは何故か気色ばんだ様子を見せる。


 今回の功績はかなりデカいからね、国を一つ落とす以上の功績と言っても過言ではない。


 なにせ、よろず屋で購入可能な素材や特産品の種を配れば手に入るアイテムと違って、龍の血やロイヤルゼリーはゲームシステム的な入手手段がない。


 だが、オトノハのお陰で、この世界で得られる素材を使ってゲーム時代のレシピを再現する事が出来ることが分かったのだ。


 希少なモノとは言え、この世界で入手可能なのは何よりも助かる!


 これは……もっと真剣にお金を稼ぐ必要が出てきたかもしれないな。


 色々な素材を買い集めてオトノハに色々なレシピを試してもらって……ってイカン、ただでさえオトノハは魔力収集装置の設置で忙しい訳だし、先の事ばかり考えても仕方ないな。


 まずはドワーフ達との交渉を成功させることを考えなくては……そう思い、俺は気を引き締め今回の旅を共にする者達の顔を見渡す。


「……な、なんでも……なんでもって……そ、そんな……大将……いいのかい……?」


 しかし見渡してすぐ、オトノハが顔を真っ赤に染め上げながら何やら呟いているのに気付いた。


「オトノハ……?大丈夫か?」


「ひゃい!だ、大丈夫だよ!」


「そうか……?じゃぁ、そろそろ向かうか。リーンフェリア、レンゲ!」


「「はっ!」」


 クーガーに突き付けていた剣と斧を引いた二人が俺の呼びかけに答える。


「道中、そしてギギル・ポーでの護衛は任せる。オトノハとバンガゴンガをしっかり守ってくれ」


「承知いたしました」


「了解」


「クーガー、道中の案内と、情報収集は任せる。それと、走りながらギギル・ポーについて教えてくれ」


「了解っス!」


「オトノハ、ドワーフ達との技術的な話は全部任せることになる。存分にエインヘリアの技術を見せつけてやれ」


「あいよ!任せとくれ!」


「バンガゴンガ、難しい役どころだがよろしく頼む」


「おう、何処まで出来るか……いや、ドワーフ達に納得してもらう形で話を進められるようにしてみせる」


 弱気な台詞を途中で止めたバンガゴンガが、ぐっと拳を突き出す。


 恐らく兜の下ではいつもの凶悪な笑みを浮かべている事だろう。


「無理はするなよ?よし、それではドワーフの国、ギギル・ポーに向けて出発する!」


「「はっ!」」


 最後に一言バンガゴンガに声をかけてから、全員に向けて号令を出す。


 俺の言葉を受けバンガゴンガが宙に浮き、それをクーガーが引っ張り俺達はその後につけて走り出す。


 道案内は先ほども言った通りクーガーに任せているが、エスト地方の最北東に位置する村から、ギギル・ポーまでは俺達の足で約三日かかるらしい、まぁ、途中宿に泊まる為、夜通し走り続けたりはしないから、実際走るのは三日で三十時間も無いだろう。


 バンガゴンガを除けば、その程度の運動はここにいる全員問題はない……戦闘力のないオトノハでも余裕だ。


「フェルズ様、早速っスけど、ギギル・ポーやドワーフ達について話をするっスか?」


「あぁ、頼む。ただ走るだけというのも暇だからな」


「うっス!じゃぁ、まずはギギル・ポーについて説明するっス!」


 時速六十キロは軽く超えているような速度で走りながらも、全く辛そうなそぶりを見せずにクーガーが話を始める。


 俺達が疾走しているのは街道沿いではなく、ギギル・ポーまでの最短ルートとなっており、今しがた森の中に突入した所だ。


 因みにバンガゴンガは複雑な地形に対応できるようにしっかりと訓練をしている。死因が牽引による激突死とかになったら最悪だしね。


 クーガーを道案内として先頭で走らせバンガゴンガを牽引させているのは、何かあった時に後ろにいる俺達がすぐにフォローする為でもある。


「ギギル・ポーは国とは言われているっスけど、その国土は小国と呼ぶのも烏滸がましい程の狭さっス。具体的に言うと小さめの山脈とその山裾数キロってところっスね。山脈は元々火山だったらしく、山頂付近にいくつも大きな湖があって、ドワーフ達はその湖付近に街を作って暮らしているっス」


 スピードは緩めずに、移動に邪魔な木や茂みなんかを闇属性の魔法でけし飛ばしながらクーガーは普段通りの口調で話す。


「街は大小合わせて、十三カ所。総人口は一万くらいっス。それらの街の街長達の合議によってギギル・ポー全体の運営はされているっス」


 合議制の国か……面倒だな。


 新しい事を……俺達の事を受け入れさせるにあたって、一番面倒な形態だ。王政だとトップを狙い撃ちすれば大体何とかなったと思うんだが……。


 まぁ、それは仕方ない……それよりも人口一万は、多いような少ないような……個人的にはもっと沢山いて欲しかったけど……十三カ所に魔力収集装置を設置して、ゴブリン達と同じ効率なら五十万の収入……やはり、人族は五倍程度の効率だと人口差であっさり覆してくるな。


「そしてギギル・ポー最大の特徴は、鉱山っスね。十三の街全てに坑道があり、日夜採掘に明け暮れているっス。この鉱山が凄いのは、百年単位で採掘を行っているにも拘らず、未だ枯れる様子がない事っスね」


「素晴らしい鉱脈だな。他国が放っておくとは思えないが」


 良質な鉱山なんて、垂涎モノの攻略目標になると思う。


「フェルズ様のおっしゃる通り、ギギル・ポーは有史以来何度も他国に攻め込まれているっスけど、その全てを跳ね返しているっス。守りやすい地形に強靭なドワーフ、強力な魔法……そして何より、ドワーフ達の高い技術で生み出された道具の数々が、それはもう見事なまでに人族の軍隊を蹴散らしているっス」


「ほぅ。ドワーフ達はそこまで強いのか」


「少なくとも、数万くらいの軍隊では相手にならなかったみたいっスね」


「そういえば、以前バンガゴンガがドワーフは妖精族で最強の種族だと言っていたな」


「お、おう……伝え聞いた、だけ、だがな!」


 木々にぶつからない様に必死に体を左右に動かしながら、それでもバンガゴンガが相槌を打ってくれる。


 無理はするなよ?


 クーガーがある程度障害物を取り除いているとは言え、森を切り開く訳にもいかないから最低限と言った感じだ。


 初っ端から難易度ベリーハードなコースなのは申し訳ないが、森を抜けるまで頑張って貰いたい。勿論フォローはしっかりするが。


 こんな感じで、バンガゴンガのフォローをしつつ、クーガーからドワーフ達の情報を聞きながら、ありえない速度で森や川や山を踏破して、俺達はギギル・ポーに向かって爆進を続けた。


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