第136話 空への憧れ~そして現実へ~



「事情は分かった」


「うむ、頼りにしているぞバンガゴンガ」


 リーンフェリアとギギル・ポーに向かうメンバーについて決めた俺は、早速城下町にいるバンガゴンガの元を訪ねていた。


 一応城下町に来る前にギギル・ポーに潜入していた外交官が誰かを確かめて、その後ちょっとした寄り道をしてからここに来たのだが、それについては後ほど語るとしよう。


「妖精族への対応は任されているしギギル・ポーに向かう事は問題ないが、ドワーフに関してはあまり俺が交渉しても意味がない気がするな」


「そうだな。ドワーフはどちらかというと職人気質というか、そう言った交渉がメインになるだろうからそっち方面は俺達に任せてくれ。バンガゴンガに頼みたいのはギギル・ポー内への魔力収集装置の設置に関する事柄だ」


「……ドワーフの国への魔力収集装置の設置は、問題ないのではないか?彼らも俺達と同じ妖精族。間違いなく狂化への対応は苦心している筈だ。魔力収集装置の設置を歓迎しない筈がないと思うが」


 そう言ってバンガゴンガが首を傾げるが、俺は少し肩を竦めてみせる。


「そうだな。だが、その技術を持つ俺達の事を信じるかどうかはまた別問題だ。バンガゴンガ達の場合はやむにやまれぬ事情があった事と、狂化しかけたバンガゴンガを救うという実証があったからな。都合よく……と言ったらバンガゴンガに少し悪い気もするが、そうタイミングよく狂化しかけているところを救うなんてことが、何度も起こるとは思えないしな」


「……つまり俺の役目は、妖精族という立場からエインヘリアが信頼に足るとドワーフ達に伝える事か」


「簡単に言うとそんな感じだが、実際やるとなったらかなり難しい話だ。技術的な興味を引かせることは出来ると思うんだが、魔力収集装置の設置は信用されなければ難しいしな」


 転移機能の付いていない簡易版なら設置出来るかもしれないけど、そうなると今後交流するにあたって移動が面倒になるからな……いや、俺が行ったり来たりすることはあまりないかもしれないけど、オトノハ辺りは行き来する事が多くなるかもしれないし、毎度毎度移動に時間をかけるのはアホらしいしな。


「狂化への対応策としてこれ以上のものはないのだから、拒む理由がないと思うのだがな」


 いまいち納得いかないと言った様子でバンガゴンガが呟くが、俺は肩を竦めながら答える。


「一概にそうとも言えないのが人の世の不思議という奴だな。まぁ、逆の立場で考えれば……そう簡単に受け入れられるものではないと考えるのも分かるがな。知らない奴が笑顔で突然助けてやろうと近づいてきたら、警戒して当然だろ?」


「……それはそうだな。俺達も、後がないと分かっていながらも、あの状況で簡単に結論は出せなかったからな」


 俺達が初めて会った時の事を思い出しているのだろう、バンガゴンガが自分の頭を撫でながら言う。


「そうなのか?お前達は結構早く結論を出していたように思うが」


「これでも結構揉めたんだぜ?まぁ、揉めている時間も惜しいって話だったし……何よりフェルズ達の戦いっぷりを見たからな。抵抗するだけ無駄って意見もあった」


 ……やはり、ちょっと脅した感じにはなっていたのか。


 まぁ……現在、ゴブリン達は城下町でのびのびと暮らしているみたいだし、結果オーライと言う事にしておこう。


「脅すつもりは無かったんだが……」


「勿論、フェルズが善意で狂化した魔物と戦ってくれたのは分かっていた。だが、俺達にとってはかなり衝撃的だったからな」


 そう言って凶悪な笑顔で笑うバンガゴンガ。


「あの時は狂化した魔物の群れに襲われたんだったな。そういえば、最近この辺りで狂化した魔物が出たって話を聞かないが、もしかしたら魔力収集装置の設置が進んでいるからなのかもしれないな」


 以前、フィオに会わなければならない重要な案件があった時、魔物狩りを頑張って行ったことがあったが……狂化した魔物とは会う事が無かったのだ。


 フィオの願い通り、魔王の魔力への対抗手段として魔力収集装置が結果を出しているのかもしれない。


 まだエインヘリアの中心付近にしか効果は表れていないだろうけど、まずはエインヘリア全土とルフェロン聖王国、そしてそれが済めばさらにその先へ……手を取り合える奴とは手を取り合い、言う事を聞かない奴はぶん殴って言う事を聞かせる……世界を平和にするために戦争を繰り返すって言う矛盾だね。


 まぁ、その手の話はよくお題目にされたり苦悩したり、矛盾を指摘されたり……と色々ある所だけど、我が覇王的思考はそういったアンビバレンツとは無縁だ。


 少なくとも、俺のやっている事が万人にとって正しいとは欠片も思わないし、そもそも世界を救いたいからやっている訳でもない。


 ただ、フィオがそれを望んだ結果俺達はここに生まれた。


 フィオが意図してやったことではないとは言え、俺はこの世界にこうしてフェルズとして存在している事に感謝しているし、その願いは叶えてやりたいと思っている。


 その過程で、俺が誰かの夢や野望を打ち砕こうと、そんなことは知ったこっちゃない。


 偽善でも偽悪でもない、俺はただ、やりたいようにやるだけだ。


 そしてその為に必要なのが、ドワーフの協力だ。


「魔力収集装置か、街に住んでいない魔物達の狂化も防いでいるかもしれないとは……凄まじいものだな。きっとドワーフ達も受け入れてくれるはずだ。狂化によって同胞を失う苦しみは、多分ドワーフ達もしっているだろうからな」


「すんなりといってくれるに越した事は無いな」


「あぁ……ところでフェルズ。ギギル・ポーに向かう為の下準備と言っていたが、何で城下町の外……平原に来たんだ?」


「あぁ、ギギル・ポーに向かうにあたって非常に重要な問題がある」


 バンガゴンガの質問に、俺は至極真面目な表情を応える。


「問題?」


「移動だ。今までと違い、ギギル・ポーに向かう際、転移を使うことが出来ない」


「まぁ、転移をする為の魔力収集装置の設置をする交渉に行くわけだしな」


「そう。そしてギギル・ポーは隣国ではなく、間に一つ北のソラキル王国か北東のクガルラン王国を通らなければ行くことが出来ない位置にある」


「ほう、思っていたよりも遠いのだな」


「それが問題だ」


 俺が望んでいた相槌を打ってくれたバンガゴンガに感謝しつつ、俺は言葉を続ける。


「ギギル・ポーは遠い、移動に時間がかかる……だが、俺は王だ。こう見えて結構忙しいし……何より、俺が数か月にわたって国を開けるなんてことは許されない」


「そんなにかかるのか?」


「馬車で移動するとなると一月半位は見ておいた方が良いそうだ。交渉が失敗すれば往復するだけで三か月もかかってしまう。それに交渉期間を考えれば、四か月弱は国を離れることになるが……今の情勢でそこまで俺が国を開けられる筈もない」


「……そりゃ間違いないが、だったらフェルズが行かなきゃいいんじゃないか?っていうか寧ろ最初の交渉に王であるフェルズが行く必要はあるのか?」


 そんな正論は望んでないのだよ!?


「今回の件は俺が行く必要があるのだよ」


「そうか、すまないな。余計な事を言ったようだ」


 若干変な口調になってしまったが……マズい事を言ったみたいな感じでバンガゴンガが謝ってきたので、俺は苦笑しながらかぶりを振って見せる。


「いや、気にしなくて良い。バンガゴンガの意見はもっともな物だ。実際、先にも言ったがあまり長いこと国を開けられないしな。時は金なりといった格言はあるが、アレは嘘だ。金は稼いで増やすことは出来るし、その方法はいくらでもあるが、時は絶対に増やせない。時は減るだけで増やすことは一切出来ないのだから、金よりも遥かに貴重なものだろ?」


「金言もっともだが……前置きが長いのは良いのか?」


 にやりと口元を歪ませながら、とっとと本題を話せとバンガゴンガが言う。


「つまりだ、馬車でそんな長い時間かけて移動していられるほど俺は暇じゃない。そう言いたいわけだ」


「それは分かるが、仕方ないだろう?転移なんてとんでもない代物に慣れているフェルズ達からしたら耐え難い時間かも知れないが、だからといって簡単に短縮できるような物でもないだろう?」


「確かに、馬車を使って移動するのであれば、そう簡単に移動時間を短縮する事は出来ないだろう。だったら馬車を使わなければ良いではないか」


 俺が自信たっぷりに言うと、バンガゴンガが小首を傾げつつ疑問を口にする。


「そりゃそうかもしれねぇが……馬車以外の移動手段があるのか?」


「一応あるにはあるが……今回それは使えなくてな。別の方法を取ることにした」


「別の方法?」


「あぁ、馬車に頼らずとも……俺達には立派な二本の脚があるだろう?」


「……」


 唐突に表情を凶悪な物に変えるバンガゴンガ……これは、顔を顰めている感じだろうか?歯が見えないから笑っているわけではなさそうだ。


「馬車で移動するから時間がかかるんだ。だから今回、ギギル・ポーに向かうにあたって俺達は走って行く」


「……まて、フェルズ。確かにお前達の身体能力なら馬車に乗るより走った方が速いのかもしれないが……いくらなんでも、俺にそんな体力は……って、まさか草原に連れて来たのは……」


 目を見開きながらバンガゴンガが俺を見下ろしてくる。


 体力をつけさせるため、草原でトレーニングでもさせるつもりとでも思ったんだろうな。


「……運動不足は良くないぞ?バンガゴンガ」


「いや、別に俺は運動不足って程じゃねぇよ。基本的に城下町で体を動かす仕事を中心にやっているんだからな……」


 そう言いながら、若干俺から距離をとるようにじりじりと後退るバンガゴンガ。


「くくくっ……冗談だ。流石に、今から出発までの短期間で俺達と同じように走れるように鍛えるなぞ不可能だからな」


 いや、正直どれだけ時間が合っても、俺達並みに走れるようになるとは思えないけど。


「そ、そうか」


 あからさまにほっとした様子でバンガゴンガが安堵のため息をつく。


「そんな訳で、これを持ってきた」


 そう言って、俺はずっと手に持っていた地味な色合いの布を広げる。


 これこそ、今日の本題にしてバンガゴンガに会う前に城で寄り道をした理由だ。


「これは……マントか?」


「あぁ。これは『飛翔マント』という代物だ。魔法の道具でな、その名の通り空を飛べる」


「そんなマントが……?」


 バンガゴンガが再び目を見開きながら、俺が広げたマントをまじまじと見る。


 このマントは言うまでもなくレギオンズ時代の代物で、アクセサリー枠に分類される装備だ。


 効果は空を飛んで移動するというよりも、宙に浮かびながら移動すると言った感じだろうか?


 戦争パートでは、部隊の移動させる時地形効果の影響を受けることが多い。


 先日の模擬戦で放った『アースエリア』で地形を変化させて足止めをしたり、防御に適した地形を作ったりする事も出来るし、本来ある森や川や山といった歩兵が移動しにくく移動力が落ちる地形というのも多い。


 そういった移動制限や地形効果の影響を受けなくするのがこの『飛翔マント』という装備だ。


 まぁ……はっきり言って殆ど死蔵されるような装備ではある……アクセサリー枠は貴重だから他にもっと良い装備があるしね。


「つまり、今回の移動はこれを使って空を飛んで行くって事か?」


「あぁ、バンガゴンガだけな」


「……なんで俺だけなんだ?全員飛んだ方が速いんじゃないか?」


「いや、そのマントの移動速度はそこまで速いものじゃない。まぁ、馬車よりは断然速いが、俺達が走るよりは遅い」


 移動速度を速くする道具ではないからね。俺達が使ってそのくらいの速度だったので、バンガゴンガが使うと俺達よりも移動速度は遅くなる可能性が高い。


「それじゃぁ、意味がないんじゃねぇか?」


「まぁ、とりあえず使ってみてくれ。使い方は簡単だ。マントを装備して飛ぼうと考えれば飛べる。移動に関しても同じだな、前に進もうと考えれば前に進む、し止まろうと思えば止まる。曲がる時も似たような感じだ」


「ふむ……」


「安全確認はしっかりしてあるから大丈夫だ。練習の為に何もない平原に来たわけだしな。出せる速度も自分が軽く走る程度の速度だから、そうそう危険はないぞ」


「なるほど……しかし、空を飛ぶか……少し楽しみだな」


 相変わらず凶悪な笑みを見せながら、バンガゴンガがマントを装備する。


 ……二メートルを超えるバンガゴンガが装備すると、ちょっとマントが短いな……ちゃんと飛べるのだろうか?


 それと……楽しみにしてくれているバンガゴンガには悪いが、多分そのマントの効果はお前が考えている様な感じじゃないと思う。


「良し、飛ぶぞ……お、おぉ……」


 気合を入れたバンガゴンガが、ゆっくりと上昇するとともに困惑したような声を出す。


「思ったより安定してるな。もっとふらつく感じかと思ったが……」


 ゆっくりと上昇しながらバンガゴンガが興味深げに呟く。


 上昇した距離が五十センチほどになったところで、バンガゴンガの上昇が止まる。


「……?フェルズ、止まったぞ?」


 普段よりも更に高い位置からバンガゴンガの声が降って来る。


「あぁ、それが限界高度だからな」


「……限界高度?」


「それ以上は高く飛べないってことだ」


「……」


 なんとも言い難い表情で黙りこむバンガゴンガ……うん、その気持ちはよく分かるよ。


 俺も最初ワクワクしながらそのマントを使って、物凄くしょんぼりしたからな。


「……なんか、思っていたのと違うな」


「だろうな……だが、それなら疲労せずに動き続けることが出来る。空を自由に飛ぶ、とは程遠いがな」


「若干肩透かしを食らった気はするが……まぁ、これでフェルズ達の走りについて行けるなら問題ないか」


「納得してくれたようで何よりだ。じゃぁ、次はこのロープを腰に巻いてくれ」


「ロープ……命綱か?」


「いや、牽引用だ」


「牽引……?牽引!?」


 ロープを握りしめたまま、バンガゴンガが叫び声を上げる。


「待てフェルズ!牽引ってどういうことだ?」


「そのロープを使って俺達がお前を引っ張るんだよ。さっき言ったろ?そのマントの移動速度は小走り程度の速度だって。だが、俺達が引っ張ればその限りではない」


「……」


「これからする練習は、俺達の移動に合わせて宙に浮いているお前が左右に振られても事故らない様に制御する練習だ」


 俺がにやりと笑いながら言うとバンガゴンガが顔色を青褪めさせる。


 バンガゴンガはとにかく体がデカいから運ぶのは中々大変なんだよね……以前狂化仕掛けていたバンガゴンガを運んだ時も二人がかりだったしな。


 その解決策が今回の『飛翔マント』を使った牽引策だ。


 俺はロープを手にしたまま、物凄く嫌そうな顔をしているバンガゴンガに早くロープを腰に結べと伝えた後、ロープの端をリーンフェリアに渡してにやりと笑ってみせた。


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