第135話 しかし知識はない



 現在エインヘリアは、とにかく人手不足に喘いでいる状態だ。


 代官に関しては、エスト王国やフレギス王国を中心に登用する人材を増やすことで対応出来たが、とにかく開発部の人数が足りない。


 一気に拡大した領土に対し、魔力収集装置の設置が全然追いついていないのだ。


 開発部の子達は各地に散ってそれぞれ頑張ってくれているのだが、中々設置数は増えない。


 まぁ、一基設置するのに数日が必要とあっては、そう簡単に数を増やせないのは仕方ない。


 設置は依然と同じように、すぐに駆け付ける事が必要な国境沿いの街を最優先とし、そこが終わってから順次人口の多い街や、要所要所に設置を進めていっている。


 だが……総人口七百万強をカバーするのはまだまだ先の事になるだろう。


 毎月七千万の収入は遠いなぁ。


 そんな訳で、以前オトノハに頼んでこの世界の住民に魔力収集装置の設置を出来るように教育を頼んだのだが、その結果はあまり芳しくなかった。


 ゴブリン達は器用さが、人族は魔力感知の能力がどうしても足りなかったのだ。


 そこでオトノハからドワーフを使ってみてはどうだろうかと提案があり、その案を採用することにした。


 まぁ、その話を受けた当時は、三国と戦争をしていたり、ラーグレイ王国にキリクが裏から色々仕掛けたり……エファリア達がエインヘリアに向かって来ていたりと忙しかった為、ドワーフの件は後回しとなっていたのだが、漸くそれらも落ち着いたということで、先日元エスト王国の王、ヒューイの所に行きドワーフの国ギギル・ポーや、そこに隣接するクガルラン王国についての話を聞いて来た。


「ギギル・ポーに向かう為には、クガルラン王国と渡りをつけねばならないか……」


「ギギル・ポーに向かうのだけであれば、クガルラン王国に話をつけずに通過しても問題ないのでは?」


 執務室で今までの事を軽くまとめながら俺が呟くと、護衛として傍に居るリーンフェリアが首を傾げながら尋ねて来る。


「ヒューイの話では、クガルラン王国は潜在的な敵のようだし……義理を通す必要はないかもしれんが、それでも正式な使節団をエインヘリアからギギル・ポーに派遣する場合は、通過するだけであっても話を通しておかねば面倒なことになりかねないな」


「では、使節団の派遣ではなく、少人数……若しくは使者だけを派遣すると言うのはどうでしょうか?」


「ふむ……少数の派遣か。その方が良いかも知れんな。こっそりという訳ではないが、それならば、ヒューイが言ったようにクガルラン王国を威圧する必要もなくなるな」


 エインヘリアの力を見せつければ言う事を聞くだろうってヒューイは言っていたけど……後々必ずしも敵に回ると決まったわけでもない。まぁ、ソラキル王国とはやり合うのは間違いないだろうし、それに付き従うって話のクガルラン王国とも、なんやかんやで戦うことになるのだろうけどね。


 先制を仕掛けて潰すってのもまた一つの手ではあるけど、今クガルラン王国を潰したところで肝心な魔力収集装置の設置が出来ないしね。


 友好的な関係を築くには、少々時間が心もとない……というか、そちらに時間を使いたくない。


 ドワーフには期待しているし、早くコンタクトを取りたいんだよね。


 まぁ、ドワーフが必ずしも魔力収集装置の設置をマスター出来るとは限らないけど……ゴブリンと同じくらい魔力の感知が出来るのであれば、手先の器用さは問題ないだろうし……期待度は高い。


 それにギギル・ポーにドワーフがどのくらいいるか知らないけど……百万人とかいたら……それだけで五千万の収入になるかも知れないのだ。


 そんなの……俺でなくても優先したがるに決まっている。


 クガルラン王国を無視していけるならそれに越した事は無いよな。


「よし、リーンフェリアの案を採用させて貰おう。クガルラン王国の対応はキリクに任せて、俺はギギル・ポーに向かうとしよう」


「お、お待ちください!フェルズ様が向かわれるのですか?」


「そのつもりだ」


 俺の言葉にリーンフェリアが慌てた様子を見せるが……だってドワーフですよ?めっちゃ気になるじゃん?そりゃ行きますとも!


 そんな浮かれた心境を表に出さず、平然とリーンフェリアに頷いて見せる。


「フェルズ様自ら向かわれなくとも……」


「いや、ドワーフとの交流はエインヘリアにとっても大事な案件となる。だが、キリクやイルミットは国内外の対応で忙しいだろ?」


 とは言ったが……キリクやイルミットに任せる方が上手く行く可能性は高いと思う。


 冷静に考えると……ドワーフ達との交渉は失敗すると今後の動きが鈍ってしまうし、ここはキリク達に任せた方がいいような……って、リーンフェリアにキリク達は忙しいから俺が行かねばなるまい?的な事言ってしまっとる!


「それは確かにそうですが……キリク達であれば、フェルズ様が命じれば必ずや成し遂げるかと……」


 俺もそれは思わないでもないけど……他人の口からそれを聞かされると、あんなに仕事任せているのに、その上更にこんなでかい案件任せるか?みたいな気がしてきた……。


 キリクやイルミットならそれでも成し遂げてくれるっていう安心感はあるけど……偶には俺自ら働いた方がいいんじゃないか?


 いや、交渉とか得意じゃないけどさ……うちの技術力を見せつけて、うちとの交流はそちらにも益があるぞって思わせれば良いだけだし……それに妖精族であるドワーフ達にとって、魔力収集装置の設置は非常に良い話であるはずだ。


 なんせ、自分達を蝕む狂化……魔王の魔力に対する対抗手段なのだから……。


 うん、これだけ良いカードが揃っているわけだし、何とかなりそうな気がしてきた。


 ドワーフ達が、自分達で魔王の魔力に対抗する手段を見つけていないといいなぁ。


「確かに、俺が命じればキリク達は必ず最善の結果を齎すだろう。だが、現在キリク達には国内の安定と、周辺国への対応を任せている。特に、国内の状況は未だ予断を許さない状況だ。この状況でキリクやイルミットに国を空けさせるわけにはいかん。ギギル・ポーに向かうにあたって、いつものように魔力収集装置の設置をしながら進むという訳にはいかんからな」


「……しかし、それならばなおの事、危険ではありませんか!」


 転移が使えないってことは一瞬で自国まで逃げられないってことだから、リーンフェリアが危険だと言うのも分かるけど……。


「くくくっ……リーンフェリアがいるのにどんな危険があるというのだ?それに、リーンフェリアや俺にとって危険な場所に、キリクやイルミットを送り込むわけにはいかんぞ?」


 キリクやイルミットは個人戦闘向けの能力は殆ど無い、魔法や計略を使わない肉体戦闘のみなら、最近訓練所で素の能力値を上げているメイド達に負けるかもしれない。


 エインヘリアの頭脳である二人を、危険地域に送り込むことなんて絶対に出来ない。


 二人が外に出る時は万全の体勢を整えられる時だけだ。


「今回ギギル・ポーに向かうのは、俺とリーンフェリア。それと、かなり忙しいだろうがオトノハ。それと外交官を一人。妖精族担当のバンガゴンガ……後はオトノハやバンガゴンガの護衛が一人だな」


 計六人……国が派遣する人数としては相当少ないだろう。


 兵は連れて行かないしね。


「外交官は……ウルルではないのですか?」


「出来ればウルルを連れていきたいが……確かギギル・ポーを調べさせていた外交官はウルルではなかったはずだ。実際にギギル・ポーに行った事のある者を連れて行くのが良いだろう」


「そう言う事でしたか……それと、最後の護衛は誰を?」


「そうだな……ジョウセンはフレギス地方、サリアはエスト地方で仕事があるし……レンゲにするか」


 レンゲはジョウセンやサリアに並ぶ近接戦闘の最強格、斧聖の女の子だ。


 昼行燈って程ではないけど、普段から眠そうにぽやーっとしている子だが、両手持ちのでかい斧を軽々とぶん回すパワーファイターで、一撃の火力はジョウセンを超える。


 特に小柄という訳ではないのだが、装備が馬鹿でかい斧なので若干小さく見えるが、エイシャやマリーなんかと並ぶと普通に身長がある事がわかる。サイドポニーって言うんだっけ?頭の左側で纏めた髪を垂らしているけど、いつも眠そうなレンゲがやると、面倒だけどとりあえず縛ったって印象を受ける。


 因みに胸部装甲に関しては……オトノハと同格だった気がする。


 リーンフェリアには少し負けるような……って、流石にガン見は駄目だ!


 レンゲの事を考えながらリーンフェリアの……とある一部をじっと見つめていた自分に気付いた俺は、思案気な表情を取り繕いながら視線を天井に向ける。


「うむ、確かレンゲは今何か最優先で与えている仕事はなかったはずだ。よし、レンゲで決定だ。ギギル・ポーにはレンゲを連れて行く!」


 特に後ろめたい事は無いのだが、俺は捲し立てる様にリーンフェリアに決定を告げる。


「私とレンゲであれば護衛は十分かと」


 俺の決定に異論はないと真剣な面持ちで頷くリーンフェリアを見ても、特に罪悪感は生まれない。


 ……うぐ!


「しかし、フェルズ様。バンガゴンガを連れて行くとなると……移動は馬車になりますが、宜しいのですか?ギギル・ポーがどのくらい離れているか分かりませんが、数日……下手をすれば一月くらいかかったりするのではないでしょうか?」


「……」


 それ最悪じゃん……魔力収集装置によるショートカットが出来ないんだから、エスト地方からえっちらほっちら馬車の旅……?


 全力でお断りしたいんじゃが……?


 いや、俺が行くって宣言した直後に、馬車で行くならやーめたとは覇王的に言えまい……。


 ……まぁ、馬車になるけどいいの?ってリーンフェリアが尋ねて来るってことは、俺が馬車を嫌がっている事は周知の事実って感じだけど。


 いっそのこと飛行船出すか……?


 ドワーフ達に技術力を初っ端から見せつける事にもなるし……いや、流石に飛行船で他国を通過するのは目立ち過ぎるよな。


 どうせ目立つなら、大国とかを相手にする時に使いたい……ドワーフには他にも見せつける札はいっぱいあるし、ぱっと見分かりやすい飛行船はまだ温存したいな。


 それに何より、飛行船を使っては少人数で行く意味が無さすぎるしね……。


 でも、馬車は嫌だ……こんなことなら車でも開発して貰っておけば……いや、車の構造とか知らないから作ってくれって言っても仕組みを伝えられないけど……ミ〇四駆の構造なら分かるけど、モーターがオーパーツ過ぎる。


 なんで単三電池二本であんな高速回転するの?


 まぁ、モーターはさて置き、オスカーに作らせた回転の魔道具を使えば、おっきいミ〇四駆……物凄く矛盾を感じる言葉だが……そのくらいは作る事が出来そうだ。


 今度オスカーに子供のおもちゃとしてミ〇四駆を作らせるか。


 ふっ……現実逃避はこのくらいにして、ギギル・ポーへの移動手段か……バンガゴンガが居なければ走って行くんだが……妖精族相手の交渉担当に任命しておいて連れて行かないってのはないよな。


 何か良い手段はないだろうか?


 覇王が馬車でお尻を砕かれて死ぬかもしれないし……ここは真剣に考える必要がある。


「移動手段については少し考えるとしよう。ギギル・ポーまでの移動にどのくらい時間がかかるかも聞かねばならんしな。流石に往復で数か月もエインヘリアを開けるわけにはいかん」


 そう、だから馬車でのんびりと移動していくわけにはいかないのだ。


 けしてお尻が十七分割されるのを恐れているわけではない。


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