第134話 ツンツン偶にデレる



「何をしに来た?」


「いきなりご挨拶だな、ヒューイ」


 俺はソファに座って早々、不機嫌さを隠そうともしない男……元エスト王国の王、ヒューイ=エルトラント=エスト……いやエストはもうつけないんだっけ?まぁ、最近はヒューイと呼んでいるエスト王に肩を竦めてみせる。


 本日は元エスト王国の北部にある街、元エスト王国の将軍であるレグザ=サガの治める街に俺は訪問していた。目的はサガ将軍ではなくこっちのおっさんだが……。


 因みに最近各国を併合して増えた地域は、元々そこにあった国名を残して呼ぶようになった。


 ここならエスト地方って感じだ。


「それにしても部屋の調度品が随分と品が良くなったな。虚飾は止めたのか?」


 俺は以前の様に背もたれに宝石が嵌め込まれている椅子や、とにかくギラギラしていた調度品が置かれていない部屋を見渡しながら皮肉気に言う。


「ふん、どこぞの王が、生活するに足る金を寄越さぬからな。生活水準を維持できなくなったのだ」


 相変わらず口の減らない男だ。


 でも、その台詞の後に微妙にリーンフェリアの顔色を窺っている辺り、小物臭がして嫌いじゃないぞ?


「仕事もせずにダラダラと過ごしている割には、良い生活をさせてやっていると思うがな?あぁ、そう言えばグラハムから伝言を頼まれていたな」


「グラハム……?あぁ、フレギスの筋肉達磨か。ふん、あれと友誼を結んだのか?まぁ、蛮族同士お似合いだとは思うがな」


 蟄居してからのヒューイは以前にもまして皮肉屋になったようだが、不思議と鬱屈とした印象は受けない。


 ただ口が悪いだけのおっさんって感じだ。


「少しは働け、だそうだ」


「それを蟄居させている貴様が言うのか?」


「俺はグラハムの伝言を伝えただけだ」


 俺がニヤニヤしながら伝えると、ヒューイはこれ見よがしに大きく舌打ちをしてみせる。


「だが、ヒューイを蟄居させたはいいが……あまり必要なかったかもな。俺達の想定以上に、元エスト王国の臣下達は俺達に協力的だ」


「ふん!当然であろう?以前登用予定の一覧を見たが、我が国でも優秀で信の置ける者達ばかりを選んでおったではないか。逆に名ばかりの者や能力があっても二心ありと疑わしき者などは徹底的に排除……我が治世では不可能だった大規模な人事は、正直羨ましいとさえ思ったほどだ」


「国を潰したからこそ出来た大胆なやり方だからな。だが能力のある者がその出自故、下級の官吏に甘んじているというのは国の損失だぞ?」


 エスト王国時代では低い地位に居たものの、その能力を買われて代官となったり、かなりの出世を果たしたりした者は少なくない。


 俺がその事を指摘すると、少し困ったような珍しい表情を見せるヒューイ。


「国が成熟し、長い歴史を持つようになれば貴様にも分かる……と言いたい所だが、それが分かるのは人の身では届かぬ時の果てよ。国が長く続けば必ず力ある者と力なき者が生まれ、そこは王であっても容易に踏み入れることが出来ぬ」


「そうだろうな。俺達の国はまだ若いから、そういった柵はあまりないが……人が群れる以上格差は絶対に出来る。なるべく風通しの良い国を作りたい所だがな」


 俺がそう言うと、何故か不機嫌そうに舌打ちをするヒューイ。


 何が気に入らないんだこのおっさんは……。


「貴様の国なぞどうでも良いわ。それより何をしにここに来た、茶飲み話をする様な間柄ではないだろう?とっとと話せ、そしてとっとと失せろ」


 ヒューイがそう言ってのけた次の瞬間、リーンフェリアの方から小さく鎧がこすれる様な音が聞こえ……ヒューイがびくりと肩を竦め硬直する。


 そんなにリーンフェリアが怖いのなら言わなきゃいいのに……とは思うが、面白いのでそんな無粋なことは言わない。


「そうだな、では本題に入るとしよう。ドワーフの国について聞きたい」


「ドワーフ?ギギル・ポーか。攻めるのか?」


 いきなり物騒な事を言うおっさんだな……。


 ドワーフの国ギギル・ポー。


 エインヘリアの中でも北東に位置するエスト地方、そこより更に北東に位置する国で、エインヘリアから向かうにはエスト地方の北に存在するソラキル王国、若しくは東にあるクガルラン王国を通らなければ行くことが出来ない国だ。


「今の所そのつもりは無い。ドワーフ達に開発関係の提携を持ち掛けたくてな」


「提携?あの山鬼共とか?酔狂な事だな」


「酔狂?ドワーフ達の技術はかなりのものだと聞いているが?」


「確かに奴等の技術は大したものだが、あの山鬼共はその技術に絶対の自信を持っている。他種族と提携なぞするはずがない。所詮自分達よりも技術に劣る者達、手を組んだところで得られるものが何もないとぬかしてな」


 吐き捨てるように言うヒューイを見てなんとなくピンときた。


「その様子では、彼らに技術交流でも申し入れた事があるのか?」


「……」


 歯ぎしりをしながら表情を歪ませるヒューイ。


 うん、図星のようだな。


 しかし、ドワーフ達はモノづくりに関するプライドが高いって感じなのか。


 イメージ的には頑固職人って感じだから、イメージ通りではあるけど……。


「ふむ、ヒューイの言葉がドワーフ達の言葉そのままだとすると、何とも愚かしい事だな。確かに、ドワーフの技術に人族の技術は劣っているのかもしれないが、自分達とは異なる価値観を持つ者達の発想は、モノづくりにおいては非常に重要な要素だ」


「ふん……その程度の事我が言わなかったとでも思ったか?」


 言ってたのか……これは予想外。


「その時は、エスト王国の技術者を同席させていたからな。どんな荒唐無稽な物でも良いから、実現出来ていない道具を発表させたのだ。その結果は惨憺たるものだったがな……山鬼共には鼻で笑われ、その程度の物は既に開発済みだと馬鹿にされたわ」


「なるほどな……人族を見下している感じなのか?」


「いや、あれは人族を見下しているのではなく人族の技術……いや、エスト王国の技術をと言った感じか。現に魔法大国で作られた道具や技術の事は褒めていたしな……」


 心底忌々しいと言った様子でヒューイが語る。


 これは、難しい所だな。


 皮肉屋のヒューイの主観だから、ドワーフが凄い嫌な奴等に聞こえて来るけど、純粋に職人気質なタイプって気もする。


 ヒューイ自身も馬鹿にされたと憤りながらも、馬鹿にされたのは自国だと言っている辺り、冷静に話してくれているようにも思えるが……他の者の意見も聞いてみたかったな。


 でも残念ながら、クガルラン王国の南側に位置するルフェロン聖王国の面々は、ギギル・ポーとは交流が無かったらしいからな……エファリアやグリエル辺りから話を聞ければ、もう少し多角的にドワーフについて知れたと思うんだが。


「なるほどな……ならば、俺達の転移技術について興味を持つと思うか?」


「……」


 俺の言葉に呆気にとられた様にぽかんとするヒューイ。


 そんな呆ける様な事を言っただろうか?


「……待て、あの技術を他国に流出させるのか?」


「くくくっ……流石にそれはない。だが、見せびらかすには良い代物じゃないか?」


 ドワーフを使って魔力収集装置の設置を進めたいのは事実だが、流石に転移機能や通信機能付きの魔力収集装置の設置技術を教えるつもりは無い。


 エインヘリアの根幹に関わる部分だし、他国にその技術が流れてしまうのは非常にまずい。


 ドワーフの国を併呑したり、ルフェロン聖王国の様に属国化して管理下に置くと言うのならともかく、技術提携を結ぶ程度の同盟関係で、そんな大層な技術をホイホイと教えていては国が危うい。


 同盟関係となった場合はドワーフの技術者を派遣して貰って、簡易版の魔力収集装置の設置を頼むつもりだ。


 転移機能や通信機能は無いが、魔力収集装置の本来の目的を果たすことは出来るからね。


 とりあえずドワーフ達には本来ダンジョンに置く簡易版魔力収集装置を設置してもらい、魔石収入が増えればその魔石を使って新規雇用契約書を使ったり、アビリティを覚えさせたりして開発部の人間を増やせば良いのだ。


 そうやって人材を増やしていけば、最終的には簡易版を撤去してフル機能の魔力収集装置に置き換えていくことが出来る。


「そうか、そこまで愚かでなくほっとしたぞ……」


 心底安堵したと言った様子でソファに身を沈めるヒューイ。


 なんか、意外とうちの事を心配していたらしい。


 まぁ、うちの大事な転移技術が他国に漏れたら他国の力が増して、エインヘリアが脅かされる可能性があるからね。


 国内が荒れるのは、ヒューイとしても看過できないのだろう。


「だが、確かにあの偏屈な山鬼共を釣る餌としては極上だな」


「他にも色々あるぞ?」


 ポーションとか毛生え薬とか……下位の魔法系の武具とかね。


 状態異常回復系の薬とか、万能薬ってのもありかもしれない。


「……おい、エインヘリア王。ギギル・ポーに行く時は我も同道させろ。あの山鬼共が目を向く様を見たい」


「……連れて行ってやりたい気もするが、お前を蟄居させている理由は分かっているだろう?」


 俺の言葉にヒューイは鼻を鳴らしながら嘲るような表情を見せる。


「我を担いで怪しい動きをするような連中をあぶり出す為だろう?だが、既に怪しい動きをしそうな連中は処理済みのはずだ。それに、我は仕事をする為に行きたいのではない。山鬼共が泡を噴く様を見て笑いたいだけよ。顔を隠して行くなら良いだろう?」


 ほんといい趣味してるな、このおっさん。小者感が半端ない。


「邪魔をしないと約束するなら考えておいてやる。だが、ギギル・ポーに使節団を派遣するにせよ、道中の問題がある」


「ソラキル王国かクガルラン王国を通らないといけないからな。そこは貴様等お得意の戦争で、クガルラン王国を併呑すれば良いではないか。ソラキル王国はともかく、クガルラン王国相手なら造作も無かろう?」


「お前な……人の事を散々蛮族だとか言っておきながらいきなりそれか?」


「貴様等の得意な方法を提示してやっただけだろう?クガルラン王国は別に強国という訳でも無い、うちをあっさりと潰した貴様等なら、一ヵ月もあれば潰せるだろう?」


 ヒューイが事も無げに言ってのけるが、今クガルラン王国を攻めるのはちょっとマズい。


 国内の魔力収集装置の設置がまだ済んでいないからね……それもあって早くドワーフと繋ぎを取りたいってのに、その過程で更に国土を増やすと言うのは中々に本末転倒だ。


 そんな考えは胸の内にしまいつつ、俺は口元を歪ませながらヒューイに答える。


「クガルラン王国は別に、どこぞの阿呆共と違ってエインヘリアに攻め込んできたりはしていないからな。攻める理由がない」


「ちっ……ならソラキル王国とやるか?あの国なら、遅かれ早かれこの国に手を伸ばしてくるぞ?」


「ソラキル王国は後回しだ。今あの国は王位継承問題で荒れているからな。もっと荒れるのを待ってから行動した方が良い」


「ほう?ソラキル王国はそんなことになっていたのか。道理で俺の元に誰も来ない筈だ」


 蟄居している為、他国の情報に疎いヒューイが納得したように言う。


 俺達が北方のこの街にヒューイを蟄居させた理由をしっかりと把握している辺り、小者でも元王様ってことだね。


「そんな訳で、なるべく平和的にクガルラン王国の領内を通過したいんだがな」


「あの国は長い物には巻かれろってタイプだ。特に近隣では最強のソラキル王国に尻尾を振っているが、エインヘリアも負けず劣らずの強国だ。少し圧力をかければ……今の情勢ならすぐに首を縦に振ると思うぞ?」


 ソラキル王国が外に目を向ける余裕のない今ならってことか。


 それにしても圧力ねぇ……そう言うのはキリクの得意分野だろうし、任せるとするか。


「ソラキル王国といずれやり合うつもりなら、恐らくクガルラン王国も参戦してくると思うぞ?ソラキル王国に右に倣えといった国だからな。後はユランのアホ共も動くだろうな」


「ユラン地方の方はしっかり監視下に置いているから問題ない」


「あのアホ共は短絡的だからな……どんな馬鹿な行動を取るか分かったものではないが、油断はするなよ?馬鹿は時としてとんでもない事をしでかすことがある」


 妙に実感の籠った雰囲気を醸し出しながらヒューイが言う。


 このおっさん……結構心配してくるな。ツンデレ系おっさんか……?


「元ユラン公国、今はエインヘリアのユラン地方だが。あそこの状況はかなり悪いな。クーデターで潰れたラーグレイ王国と五分五分だな」


「聞くからに悲惨だな。クーデターのあった国と同じとは……あのアホ共が幅を利かせていたのだから、さもありなんといった感じだがな」


 皮肉気に笑うヒューイだけど……なんとなくそんなに面白そうではない気がするな。


 元々ユラン公国の土地はエスト王国の領土だったわけだし、そこに住む者達にも何らかの思いがあるのかもしれないね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る