第131話 王を知ろう・序

 


 先日の会議で出た、代官の人材不足問題……外交官や開発部の人材不足とは違い、こちらは現地の人間でも……いや、現地の人間の方が上手くやることが出来る仕事だと思う。


 有能であることは大事だが、それ以上に真面目さが物を言う仕事だ。


 仕事内容は公務員的で、基本的な指針は国からの指示によって行われる。勿論、自分の判断で色々な政策をとっても良いが、その辺りはお任せだ。


 現在大指針として各地ではインフラの整備を主体とした政策を進めており、特に道と水道整備を重点的に行っている。


 おかげでエインヘリア全体で失業者はどんどん減っており、各地が好景気に沸いているらしい。


 公共事業をがんがんやっているその資金源は、キリクやイルミットが稼いできてくれているのだが……内容は詳しく聞いていない。


 魔石を使っているみたいだけど、魔石そのものを販売しているわけではないらしいので、基本的には自由にして貰っている。使っている量も俺のうっかりで使った量に比べたら微々たるもんだしね……。


 少し話がそれたが……現在不足している代官について、これは比較的統治が上手く行っている元ルモリア王国、エスト王国、フレギス王国から登用して各地に派遣することに決まった。


 しかし、それに伴いというか……元フレギス王国の王が俺と話をしたがっているとキリクから聞かされる。併合したのが一番最後だったとは言え、元王である人物にまだ会っていないというのもあまりよろしくないだろうということで、俺はその申し入れを受けた。


 そして今日、エインヘリア城にて元フレギス王と初顔合わせとなった。


「転移と言うのは凄まじい技術だな。一度これに触れると、ちんたら馬車で移動するのが馬鹿らしくなる」


 中々良い日焼け具合のムッキムキなおっさんが、俺の前でどっかりとソファに腰を掛けたままそう言い放つ。


 ここは謁見の間ではなく応接室、亡国の王が恭順を示すために謁見に来たという形ではなく、あくまで客として俺は元フレギス王を招待していた。


「そうだな。俺は馬車で移動という物を先日初めて行ったが、正直疲れるだけで利点が全く感じられん。アレに乗るくらいなら歩いた方がマシだな」


「ほう?城から禄に外に出ない引きこもりの王かと思っていたが、体を動かす方が好きなのか?」


 何故か挑むような視線を俺に飛ばしてくる元フレギス王。


 見た目通り武闘派のおっさんなのだろうか……?


 まぁそれはさて置き……このおっさんの態度に、護衛として俺の傍に立っているリーンフェリアの怒りゲージがギュンギュン上がっているのを感じる。


 入室直後からこんな態度だったので、リーンフェリアには抑える様に釘を刺しておいたのだが……大爆発する前に話を進めた方がいいかもな。


「フレギス王国方面には用事が無かったからな。最近だと西方や東方には行ったぞ?転移を使って一瞬の旅路だったがな」


「ほぅ?ラーグレイ王国とルフェロン聖王国か。そう言えば、その二つの国は戦争による併呑ではなかったようだな?」


「両国とも、エインヘリアに攻め込んできたわけではないからな。ラーグレイ王国は民を救済するために兵を派遣することになったが、ルフェロン聖王国の方は、最初から友好的に話をした結果うちの傘下に加わったのだ」


「自分達の事で精一杯だったからその辺りの事情には詳しくないが、よくもこんな短期間で領土を広げられたものだな」


「多少隙を見せただけで食らいついてくる短慮な国が多かったからな。少しきつめにお仕置きをしたら、領土が増えていたというだけだ」


「五つも国を潰しておいて随分余裕だな」


「ラーグレイ王国を潰したの俺達じゃないぞ?アレは自業自得……いや、うちに攻め込んできた奴等も自業自得か」


 俺の言葉に忌々しげな表情を作る元フレギスの王様。


「聞くところによるとエスト王国との戦争には貴様も戦場に立ったそうだが、なぜうちには来なかった?あの転移があればこっちに来ることも出来ただろう?」


「フレギス王国との最終決戦は少し別件で忙しかったからな。それに、フレギス王国は俺が出る必要はなかっただろ?うちの大将軍が丁寧に持て成していたし、十分だっただろ?」


 最終決戦よりも他にやる事があったってのは中々舐めた発言だと思うけど、先程の表情からあまり変化はない。


 向こうもわざと際どい話をしているのだろう……狙いは分からんけど。


「……ちっ。確かにアランドール殿は見事な戦略家だった。あれ程までに各砦や街の連携を崩されるとは予想出来なかったぜ」


 舌打ちをしながらも、何故か表情を和らげつつフレギス王は言う。


 アランドールの戦い方は力押しの一点突破ではなく、フレギス王国内の連携が出来ぬように要所要所を潰し、その上で各拠点を虱潰しにしていくものだった。


 三国を落とした軍の中で一番兵数の多い二万五千だが、それらを巧みに使い、フレギス王国軍を終始翻弄し続けたアランドールの戦い方は実に見事な物だったようだ。


「そう言えばフレギス王。お前も戦場に立ったらしいな?」


「……俺の事はグラハムで良い。既にフレギスに王はおらぬからな」


 そうすっぱりと言ってのける元フレギス王……グラハムだったが、その言葉の殊勝さとは裏腹に、目はギラギラしていていつでも襲い掛かれますと言った様子だ。


「ではグラハム、王自ら戦場に立ち前線を駆けたらしいが本当か?」


「無論だ。王が先頭に立ち、誰よりも速く駆け抜けることで、民達は王の背中を導として歩み続く。それが俺の王としての在り方。王とは導くものだ。それは戦場であっても変わらん」


 なるほど……まだ出会って数分しか経っていないけど、このおっさんにはしっくりくる考え方のように思える。


 でも王様が戦争最前線で突撃かますのは絶対間違っていると思うよ?


 周りもその分全力で守ろうと必死だっただろうけど。でも危なすぎる……よくこの人今まで生き残ってこられたな。


「エインヘリア王よ。貴様は何をもって王足らんとする、貴様の王道は何処にある?」


 そんなことを考えているとグラハムから質問が飛んでくる。


 なんか以前もこんな会話をした気が……元エスト王国の王様相手だったか?エファリアともしたか……王様同士ってこの会話絶対するの?


 この手の会話は非常に心を削って来るから苦手なんだが……一応今回はそんな話になるだろうと覚悟はしてあったからまだ平気だけどさ。


「王とは齎す者だ。民達の力では及ばぬ場所に手を伸ばし、不安を排除し安寧を齎す存在だ」


 俺の答えにグラハムは眉を顰める。


「民を保護し守ってやるのが王だと?とても他国を併呑し続ける乱世の王とは思えぬ台詞だな。だが、保護され守られることに慣れた民は腐るぞ?先を切り開き、前進を続けた先にこそ未来は開かれるのだ」


「確かに前進を止め停滞を選べば、後は衰退していくだけだろう。前進を続けた者にこそ未来は開かれるという所には同意をする。だが、偉大な王の背中を追い、同じように駆けていける者はそう多くないぞ?前だけを見て駆け抜ける王は、その後方で倒れた者を顧みることは出来ない。強烈な個性は人を魅了するが、それだけで何処までも駆け抜けられるほど、人は単純ではないのだ」


 一部の人間が強烈な個性に導かれて後を追い、いずれ追い越さんと邁進する事はあるけど……それが出来るのは本当に限られたごく一部の人間だけだ。


 大多数はそれについて行くことは出来ずに、流れに身を任せ惰性で生きてしまう。


 熱狂と言うのは非常に強力な感情ではあるが、持続力は低い。


「だからこそ、俺は場を整える。前へ進むための切っ掛けになるのではない、前へ進むための土台を作る……それこそが俺の王としての務めだ」


「民が自立出来るだけの礎となること、それが王だと?」


「俺の作った土台を使い、自分達の足で自由に思い思いの方向に進めば良い。俺はその土台を何処までも広く、何処までも硬く、何処までも高くし続けていくからな。たとえその上で民が倒れようと、倒れた民ごと土台を大きくしてみせよう」


「一人の脱落者も生み出さぬというのか?それは神にすらなし得ぬことだ。傲慢といったレベルではない、それはただ何も知らぬ幼子の戯言だ」


 ゼロ歳だし、幼子なのは否定しないが……。


「くくくっ……だから良いんじゃないか。グラハム、お前は誰よりも先頭に立ち、駆け抜ける王だったのだろう?俺は王として誰よりも先を駆けているのだぞ?お前の王としての在り方と何が違う。先頭を走る者は常に己が先は無人の荒野、前人未到の領域だ。それに挑まんとする俺を、ただの馬鹿だと外ならぬお前が言えるのか?」


「……」


「俺はお前と違い、背中で導き民達を俺の道に同道させるわけではない。俺はありとあらゆる方向に民が進んでいける道を作る。その結果、俺の国は他の国にはない多様性に富んだ国となる」


「国の向かう方向すら定めず、民の自由意志に任せると?そんな者を王と呼べるのか?」


 ……魔力収集装置の設置さえ出来るのであれば、皆自由に生きてくれればいいと思う。


 俺は俺で目的を果たしているし……そのお礼と言ってはなんだけど、しっかりと土台くらいは用意してあげるつもりだけどね?


「当然だ。俺は俺の意に従い王足らんとしている。それに、お前は民を見縊り過ぎだ。彼らに足りないのは環境と知識……それさえ与えることが出来れば、今までの地位に甘えていただけの者なぞ、一瞬で過去の遺物になり果てるぞ?」


「……貴様の在り方は、民を信じているのか信じていないのか分からんな。理想を追い続け走り続けることは無理だというのに、場を整えればどこまでも自らを高めていけると?」


「さてな?だが、努力する機会にさえ気付けないというのは、俺の国の在り方ではない。無論、自ら望んで脱落する者の面倒までは見る気はないが」


 脱落者を出さないとまでは言わない、最終的には各々次第だしな。


 この辺りの話は以前エファリアにもしたっけ……。


「……貴様の王としての在り方は概ね理解出来た。俺の道よりも遥かに困難なようだが……成し得ることが出来るのであれば、確かに国は富むであろうな。だが、貴様にそれが出来るのか?」


 再び挑むような視線……いや、挑発するような視線を俺に向けてくるグラハム。


 そんなおっさんに、俺は肩を竦めてみせる。


「寧ろ、俺以外に……いや、このエインヘリア以外に何処の国が成せるというのだ?」


「貴様の妄言を実現させる器が、エインヘリアにはあると?」


「無論だ。だが、その理想を実現する為には俺とエインヘリアという器だけでは足りない。だからグラハム……俺に手を貸せ。お前の力が必要だ」


「俺の力?エインヘリアには器があり、理想を抱いた王がいるのだろう?外様の力をなぜ必要とする?」


「外様?何を馬鹿な事を言っている。お前は既にエインヘリアに降った亡国の王だろう?その力は既にエインヘリアの物だ」


 惚けた様に言うグラハムに俺がかぶりを振りながら言い返すと、グラハムは鼻を鳴らす。


「俺の力が既にエインヘリアの物であるなら、貴様が俺に請う必要はないだろう?ただ力を奮えと命じれば良い」


「それは違うな。俺がお前に求めているのはお前が十全に力を奮う事。自ら進んで俺の力になる事だ。命令で従わせたところで、それはそれなりの成果しか得られぬだろう?特にお前のようなタイプはな」


 他国から登用した人材は忠誠度が低いからね……下手したら速攻で裏切る。


 そうでなくても、自分達の国を滅ぼした相手の為に張り切って仕事をしようなんて奇特な人物は、そうそう居ないだろう。


 だからこそ、フレギス王国で人気のあるグラハムには、ちゃんと納得した上でエインヘリアの臣下として働いて欲しいのだ。


 グラハムがやる気を出してエインヘリアに仕えれば、きっと多くの人材がエインヘリアの事を認めるはず。


「……俺が納得していないと?」


「当然だろう?だからこそ、俺に会わせろと言っていた……見極めるつもりなのか、納得する為なのかは知らんがな。それとも俺を殺して乾坤一擲とするつもりだったか?」


「……今更貴様を殺したところで状況はひっくり返るまい。だが、貴様を見極める為と言うのはその通りだ。フレギス王国の連中は単純だ、自分達を破ったエインヘリアを賞賛する者は少なくない。だが……俺は王として、まだ貴様に屈したわけではない」


 そう言って歯を剥き出しにしながら狂暴な笑みを見せるグラハム。


 バンガゴンガ並みに凶悪な顔だな……王様の笑顔としては駄目過ぎると思う。


「貴様の王として進む道は理解出来た。その理想に協力する事は吝かではないと思ったが……俺を納得させるにはまだ足りない」


 まぁ、まだ話を始めたばかりだし、そりゃそうだろうね。信頼と同じで時間が必要だろう、今日の一回でどうこうなるとは思っていない。


 エファリアみたいにいきなり全力で信頼してくれる方がおかしい……毎回エファリアを引き合いに出してなんか申し訳なさを覚えたんだが……今度うちの食堂にでも招待しておこう。


 エインヘリアご飯はかなり気に入ってたしな。


「だから、俺と戦え。貴様の力を俺に見せてみろ!それ次第で貴様に力を貸すか判断してやる!」


 ちょっとエファリアの事を考えている間に、このおっさんとんでもない事を言い出したんだが……なんでそうなる?


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