第129話 演習後



「何やら不愉快な視線を感じるが、そう言った理由でエインヘリアでは騎兵は存在しない」


 微妙ににやにやしているグリエルと至って真面目な様子を装っているエファリアを尻目に、俺がスマルキ将軍に伝えると、将軍は眉間にしわを寄せつつ黙り込んでしまう。


 流石に、初対面のこの将軍が何を考えているのかは分からないけど……普通に考えて、馬に乗って走るより自分で走った方がはやいぉ!とか言い出したらちょっと頭大丈夫かなって心配するよね。


 脳筋ではなく完全に脳が逝ってるって思う。


 でも、仕方ないよね……だってエインヘリアではこれが常識……ところ変われば常識が変わると言う事を学んでもらおう。


 今の台詞、若干ブーメランな気もするけど、いや、俺は他人の常識を学ぶことに異論はないから問題無し。


「ついでだからエインヘリア軍を構成する兵種についても説明するか。剣兵、槍兵、斧兵これら三種が近接戦闘兵。弓兵、魔法兵、これら二種が遠隔戦闘兵。武器のカテゴリーはこの五種に分けられているが、武器とは別に斥候兵や工作兵といった特殊な役割を持った兵種もある」


 自分で言っておいてなんだが、随分ゲームっぽい説明になった気がする。


 それはさておき、斥候や工作は召喚兵を使う事は無いけどね。


 アレはウルルとかオトノハ達が自分達だけでやる兵種だから、レギオンズの戦争画面では兵種としては存在していなかった。


「……気になった点があるのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ふむ、一々許可を取る必要はない。聞きたい事があれば自由に聞くが良い」


「寛大なお心遣い感謝いたします」


 寛大って言うか、一々面倒だから言ったんですよ?


「エインヘリア軍には、伝令兵は存在しないのでしょうか?先程の演習で指揮を執られていたお二人の所に伝令が出入りしている様子が無かったのですが……」


「うむ。伝令兵は存在していないな。我等の情報伝達は……魔法によって行われている故、戦場と司令部はリアルタイムでやり取りが出来る」


「な、なんと……やはりそうだったのですか……」


 魔法というか俺のアビリティだけど……流石に俺しか使えないんです……等と言うつもりは無い。


 下手に漏れたらめっちゃ狙われるだろうし……いや、まぁ、王な時点でめっちゃ狙われるだろうけどさ。


 でもまぁ、これでまた一つスマルキ将軍はエインヘリアの株を上げただろうね。


 戦場を知る人間であればあるほど、情報伝達の大切さは身に染みているだろうし。


 それに情報という点ではもう一つ……俯瞰視点って言う反則技があるからな。


 いや、鷹のアビリティは全部反則だと思うけど……正直どれか一つを持っているだけで戦場の在り方を一変させられるレベルだと思う。


「……兵の強さ……情報の早さ……兵站……そうか輜重隊も必要ないということ……いや、そもそも転移があれば……」


 スマルキ将軍は自分の世界に入ってしまったみたいだけど……いいのだろうか?


 グリエルはこの人に俺の話を聞いて貰いたいから呼んだんだと思うけど。


「エインヘリア王陛下、あの魔法についてお聞きしてもよろしいですか?」


 スマルキ将軍に代わり、エファリアが俺に質問を投げかけて来た。


「構わんが、どの魔法の事だ?」


「あ、申し訳ありません。最初に使った岩山が出来る魔法からお願いしていいですか?」


「アレは、宮廷魔導士であるカミラが放った『アースエリア』という魔法だ。効果は先程見た通り、戦場の地形を一変させることが出来る。山や丘、谷を作ったりだな。基本的に攻撃力はない魔法だが、地形の変化に巻き込まれれば普通の人間は大怪我では済まないかも知れんな」


 ゲーム時代はノーダメージ魔法だったけど、今日見た限り……アレはどう見ても巻き込まれたら死ぬだろう。


「地形を変化……もしや、農地を作る事も出来るのですか?」


「可能だ。エインヘリア城の城下にある畑はあの魔法で作ったものだからな。後は整地にも使える」


「戦争だけでなく農業や建設にも応用できる魔法……素晴らしいですね」


 エファリアが若干目を輝かせながら賞賛する。


 エファリア的には戦争や戦闘力といった話よりも、人々の暮らしや経済、産業に関わる話の方が好きなのだろうね。


「その次は……ものすごく大きな火の魔法でしたね」


「アレもカミラの使った『フレイムエリア』だ。まぁ、分かりやすい広範囲の火属性魔法だ」


「カミラ殿はあんな大規模な魔法を連続で放てるのですね……」


「彼女はエインヘリアで一番の魔法の使い手だからな。しかも二番手以下を大きく引き離した一番……魔法において彼女は紛れも無く最高位の人材だろう」


「エインヘリア王陛下がそこまで賞賛されると言う事は、本当に素晴らしいのでしょうね。私も魔法に興味があるので、機会があればカミラ殿と話をしてみたいですね」


「我々の魔法は少しばかり特殊ではあるが、今度機会を作ってみよう」


 俺は寧ろこっちの世界の魔法に興味があるけどな。


 今度フィオの奴に話を聞いてみるか?


 オスカーは魔法というより魔道具専門って感じだし……あいつに会うと、また変なイベントに巻き込まれそうだ。


「ありがとうございます、エインヘリア王陛下。ところで、カミラ殿の炎の魔法を防いだのは、防御魔法でしょうか?」


「アレはキリクが使った『耐火の陣』だな。その名の通り、火属性の攻撃に強い耐性を得ることが出来る」


 正確には魔法ではなく計略の一つだけど、まぁそこは別に細かく教える必要はないだろう。


 効果は殆ど魔法みたいなもんだしな。


「キリク殿が?指揮を執る為にこの高台に居たのに……ここから魔法を使ったのですか?」


「うむ、そうなるな。我等の魔法は、この程度の距離であれば造作もなく発動させられる」


「しょ、少々お待ちいただきたい!」


 こちらの世界に戻ってきたスマルキ将軍が、思わずと言った形で会話に割り込んできた。


 いや、別に俺はいいけど……王同士の会話に将軍が割り込んでいいのん?


「も、申し訳ございません!」


 あ、やっぱり駄目だったみたい。


 顔を強張らせながらスマルキ将軍が平伏した。


「将軍、俺は気にしていない。自由に質問をして良いと言ったのは俺だからな。そういう訳だから聖王殿、スマルキ将軍を咎めないでやってくれないか?」


「……エインヘリア王陛下がそうおっしゃるなら、私は構いません。だが将軍、次はないぞ?」


「はっ!」


 次はないか……聖王モードのエファリアは本気で許さないだろうからな……俺の覇王ムーブより確実に威厳と威圧感があると思う。


 ちっちゃいのに……。


「それで、スマルキ将軍は何か気になったのか?」


「はっ……その……先程宮廷魔導士殿が大地を変動させ、その直後に炎の魔法を放ったとおっしゃられていましたが……一人の魔法使いがあの儀式魔法を放ったのですか?」


「一人の魔法使いが放ったという所はその通りだが、アレは儀式魔法ではない。個人で放つ普通の魔法だ」


 ……なんかどこぞの大魔王を彷彿とさせる台詞になった気がするが、事実だから仕方ない。


「……あの規模の魔法を、大人数で儀式をすることで発動させる儀式魔法ではなく、個人の魔法で……?いや、確かに儀式魔法をあのように連続で放つには、どれだけの人数の魔法使いが必要かを考えれば……」


 あれ?将軍がまた自分の世界に……?


 流石にエファリアに将軍を処罰させるような命令は出させたくないんだが……。


「大丈夫か?将軍。聞きたい事は終わりか?」


「あ、いえ、もう一つ……先程、炎の魔法を防いだのはこの高台で指揮を執られていた方だとおっしゃっていましたが……この距離から魔法を届かせたのですか?」


「その通りだ。そんなに驚くことか?」


「……少なくとも、我等の常識にある防御魔法は術者からあれ程離れた位置を守る事は出来ません。だからこそ、敵軍の魔法攻撃を防ぐために魔法兵を軍の要所要所に配置する必要があるのです」


「ふむ……将軍達の常識というか……軍の運用も興味があるな。今度互いの軍で演習をしてみるか?」


「え?いや……それは……どうでしょう……」


 明らかに顔色が悪くなった将軍に俺は笑いかける。


「そう心配するな。我が軍が規格外なのは重々承知している。演習相手になるべく怪我を負わせぬように手加減くらいは可能だ」


「も、申し訳ありません」


「くくくっ……気にするな。演習を見て不安になる気持ちは分かるからな。だが、そうだな……戦術の研究会にスマルキ将軍も参加するか?エインヘリアの傘下に加わった国の者達の中で、軍属の者達に要請しているのだ。我等の戦術を教えるという訳ではなく、将軍たちの知る既存の戦術の研究会だ。元は別の国の軍属の者達だからな、他国の戦術を学ぶ良い機会だぞ?」


 まぁ、軍を解体しちゃっているから発揮する機会があるかどうかは微妙だけど。


「非常に魅力的なお話ですが、よろしいのでしょうか……?」


「別に構わん。ルフェロン聖王国の軍隊を解体させるのは軍事力を削りたいからではない。スマルキ将軍も見ての通り、我等の軍は強く、そしてなにより金がかからない。軍事とは戦わずとも非常に金のかかる分野だ……将軍も財政を仕切る者とはあまり仲良くやってはいなかっただろう?」


「……えぇ」


 バツが悪そうに将軍が頷く。


 どこの世も財政担当は嫌われるからな……もっと金寄越せ、渡せる金はねぇ……ってな感じだろう。


「軍事費を削ることが出来れば、他に金を回すことが出来るからな。民の暮らしの発展と他国への防備、両立させるのは非常に困難だが……それを分割することで非常に楽になる。軍事は我々に、内政は聖王殿の手で……それが今回の条約の真意だ」


「……」


 将軍が再び真剣な表情で考え込んでしまったのを合図、という訳ではないが、この日の演習はそのまま何事もなく終了した。






View of グリエル=ファルク ルフェロン聖王国摂政 エファリアの叔父







 先日のエインヘリア軍の演習の後、中々時間が取ることが出来ずにスマルキ将軍と話をすることが出来なかった。


 スマルキ将軍にはエインヘリア軍の強さを見極めて欲しいと頼んだが……正直あの強さは軍事に疎い私にもはっきり分かった。


 あれは……見極めるとか、そう言ったレベルでは……。


 机の上で手を組んだまま、私があの日見た演習を思い出していると扉をノックする音が聞こえて来た。


「摂政、スマルキです」


「入れ」


 私はいつの間にか力の入っていた手をほぐす様にしながら、扉の向こうに声をかける。


 神妙な様子で部屋に入ってきたスマルキ将軍に椅子を勧め、あまり得意ではないが茶を用意する。


「あまり上手くはないが、許してくれ」


「いえ、ありがとうございます」


 スマルキ将軍がお茶に一口つけるのを待ってから本題を切り出す。


「今日呼んだ理由は分かっていると思うが……エインヘリアはどうだった?」


「……正直に申し上げて、アレは絶対に敵に回して良い相手ではありません。中原の大帝国……複数の英雄を有するあの国でようやく戦えるかもしれないと言ったレベルだと」


「小国……いや、既に国土は中堅国並みになっているが、その程度の国土しか持たぬエインヘリアが大帝国に匹敵する戦力を有していると?」


「大帝国については噂に聞いているだけですし、エインヘリアについてもあの演習で全てを見せたとは思えません。あくまで、私がそう感じただけです」


「そうか……だが、少なくとも将軍は、小国や中堅国程度ではエインヘリアの相手にならないと感じた訳だな?」


「それは間違いないかと。戦いと呼べるようなモノにならないでしょう。あの召喚兵という存在だけで小国では太刀打ち出来ません」


「傷つかず、死なずの兵か……五十万以上はいるとのことだったが……」


「中堅国の中でも一つ抜けた強さを持つソラキル王国でも、五十万の兵を揃えるのは無理でしょう。民を強制的に徴兵すれば可能でしょうが、エインヘリア軍は、訓練済みの精強な兵がその数ですからね……しかもあの大魔法の数々……恐らくですが、エインヘリアの宮廷魔導士殿は英雄なのだと思います」


「英雄か……ほとんどが大国に囲われていて、中堅国でも一人いればと言った感じだが……アレが英雄の力なのか……確かに、化け物と呼ばれるだけの事はあったな」


 先日見た大魔法……アレを個人で行使すると言うのだから、一人で戦局を変えるだけの力があると言うのも頷ける話だ。


「ルフェロン聖王国は実戦の経験がありませんし、他国の英雄を見る機会もありませんでしたから、絶対とは言えませんが……アレ以上というのは正直考えたくないですね」


「そうだな……」


「ですが、摂政がエインヘリアの傘下に加わる事こそ、ルフェロン聖王国存続の道だと考えたのは間違いではなかったと思います」


 真剣な表情でそう言うスマルキ将軍だったが、私は若干気まずい物を覚える。


「……正直言って……エインヘリア軍の強さは私の想像以上だった。いや、想像以上というか、想像を絶するものだったというか……」


 私がそう言うとスマルキ将軍は少し驚いたような表情になった後、苦笑しながら口を開く。


「結果的には最上の選択だったと思います。後は、エインヘリア王があの時に言った言葉が本心であれば、言う事は無いのですが……」


「あの方は気さくな方ではあるが……同時に非常に恐ろしい方だ。だが、自分の言った言葉に責任を持つ。聖王陛下とはまた違ったタイプの王ではあるが、非常に気高い王だ。あの方が口にしたのであれば、私は信用出来ると思う」


「……摂政は随分気軽に接しておられたようだが」


 スマルキ将軍の言葉に私は苦笑とため息が同時に漏れる。


「……アレは必死なだけだよ。エインヘリア王陛下はあの様な戯れを好まれるようでな。先ほども言ったが気さくな方だし、あまり礼儀や権威を気にするような方ではないが、圧倒的に格上の王相手に、あぁ言った態度を取るのは寿命を削る思いだ」


「私にはとても出来ない対応ですし、今後も両国の為に摂政殿には頑張って貰いたいですね」


 少しだけ冗談めかしたように言うスマルキ将軍……非常に珍しい光景だが、代わってはくれない様だ。


「……実はこの役は聖王陛下の方が向いているみたいでな。余程の事がない限り、今代の聖王陛下とエインヘリア王陛下は上手くやっていくだろう」


 エファリアのあの胆力は一体どこで培ったのだろうな……。


 誰よりも気楽な様子であの王と接する姪は、間違いなく王の器だと確信出来る。


「属国という割に……あの王の話を聞いて、そんなに悪いことにならない様に感じてしまいました。少なくとも、他国に脅かされる心配はないでしょう」


 表情を和らげながら言うスマルキ将軍に、私は心持表情を真剣な物に変えて口を開く。


「スマルキ将軍……すまないが、軍部の方を何とかまとめて貰えるか?」


「畏まりました。ただ軍を解体した後の職については……」


「そちらも既にいくつか考えている。こちらの書類を見てくれるか……?」


 そう言って用意しておいた書類を将軍の前に並べる。


 軍部の上層部の大半はあの演習を見ていたが、それでも軍の解体は簡単な話ではない。


 まだまだ私はゆっくり休むことは出来なさそうだが……あの薬をもう少しエインヘリア王陛下に融通してもらった方がいいかもしれないな。


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