第128話 召喚兵といふ存在



 うーん、派手だった。


 それ以外言いようが無いくらい、派手で分かりやすい戦いだったな。


 キリクの青軍は計略と近接戦闘を主として、イルミットの赤軍は魔法攻撃を主とした戦い方。


 どちらも見た目が派手で、かつエインヘリアの力を分かりやすく見せつけることを重視した戦い方だった。


 今回はキリクの勝利に終わったけど、この辺りは城に戻ってから感想戦でもやるとするか。


「二人とも、見事な演習だった。俺はこのまま聖王殿やグリエル殿と話をするから後は任せるぞ?」


『『はっ!』』


 俺はキリク達に軽く労いの言葉をかけてから、発動していたアビリティを切る。


 通常の視界に戻った俺が横に座るエファリアに目を向けると、彼女は目を真ん丸にしたまま固まっていた。


 更にそのすぐ傍に居るグリエルも、摂政にあるまじき表情……顎が外れんばかりに口を開いたまま同じく硬直しているようだ。


 二人から視線を外し辺りの様子を伺ってみると、この天幕以外のルフェロン聖王国の者達も……まぁ、概ね似たような表情で演習を行っていた平地を見ている。


 俺何かやっちゃいました?などとは言わない……うん、ちょっとやり過ぎただろうか?


 改めてエファリアの顔を見る……うん、これはやり過ぎたな。


「……聖王殿、もう演習は終わったが、どうだった?」


「……え、あ……す、すみません!エインヘリア王陛下。あの、此度の演習ですが……」


 俺が話しかけると、まだどこか呆けた様子のエファリアが、辛うじてと言った感じで反応をする。


「その様子を見るに、十分驚いてくれたようだな」


「驚いた……はい、そうですね。とても驚きましたが……そ、そうです!エインヘリア軍の方々は大丈夫なのですか!?」


 あぁ、なるほど……エファリアが固まっていたのは演習の派手さに圧倒されたというよりも、殺す勢いの攻撃にびっくりしたってところか。


「問題ない。我が軍の兵が死ぬ事は無いからな」


「……」


 いや、この台詞は何か鬼畜上司か無慈悲野郎みたいだな。


「強がりや冗談で言っている訳ではないぞ?文字通りの意味だ、我等の兵は絶対に死ぬ事は無い……まぁ、一定以上のダメージを受ければ普通に倒れるが、死ぬわけではない」


「……どういうことですか?」


「ふむ……丁度良い機会だから我等エインヘリア軍について少し話すとしよう。そんな訳だから、グリエル殿もそろそろ正気に戻ってくれないか?」


「……はっ!す、すみません!あまりの事態に思考が追い付かず……」


「それだけ驚いてくれれば、こちらとしても張り切ったかいがあったという物だ。演習中は色々説明することが出来なかったし、これから聖王殿に我がエインヘリア軍について話そうと思うのだが、グリエル殿も聞くだろう?」


「っ!?それは是非!ですが、エインヘリア王陛下、もし良ければその話、我がルフェロン聖王国の将軍にも聞かせてやっては頂けないでしょうか?私も聖王陛下も軍事にはあまり明るくなく、出来れば自国の将軍にも意見を聞きたいのです」


「別に構わぬ。機密という程の話ではないからな。その将軍とやらを呼ぶと良い」


「感謝いたします、エインヘリア王陛下」


 深々と頭を下げたグリエルが護衛の兵に急いで将軍にここに来るように伝えると、命令を受けた兵が走り去る。


 確か今の兵は、以前俺とエファリアがルフェロン聖王国の王城でお茶会をした時も護衛をしていた女近衛だな。


 名前は忘れたけど……まぁ、機会があれば紹介されるだろうし、その時はしっかり覚えておこう。


 さて、それはさて置き……エスト王国のサガ将軍の時もそうだったけど……軍事のプロ相手に偉そうに軍について語るのって超緊張するんだよな。


 的外れな事を偉そうに語ってやしないかと内心ひやひやものだし、穴を突かれた時に上手く切り返せるか不安でしょうがない。


 キリクを傍に置いておきたい気もするけど、今はこの演習の進行を任せているし……キリク達の前で赤っ恥を掻く方が良くない気がする。


 まぁ、際どい質問とかされたら、覇王的誤魔化しで乗り切ってやろう……。


 そんな決意を秘めつつエファリアに話しかけようとした所、少し離れた位置にある天幕から、何やら雄たけびのようなものが聞こえて来た。


 何事?


 俺だけではなく、エファリアやグリエルも聞こえて来た雄たけびに反応して、天幕の方を訝しげな顔で見ている。


 更に俺達の天幕を守っていたルフェロン聖王国の護衛達も周囲の警戒を強めたようで、全員が武器に手をかけていた。


 雄たけびが聞こえた方ばかりを注意していないのは流石だと思う。


 因みにエインヘリアの警備……召喚兵達はピクリともせずに平常営業だ。


 まぁ、ちゃんと敵意を持った攻撃とかには対応してくれるから心配はしてないけど、比べる相手がいるとちょっと大丈夫かしら?ってなるな。


 それはそうと、雄たけびの上がった天幕だったがどうやら騒ぎのようなものが起こっているわけではないようで、一人の人物が天幕から出て来て、先程将軍を呼びに行った近衛兵と共にこちらに向かってくるのが見えた。


 なんだろう?


 顔は厳めしい感じの人物だけど、若干足取りが覚束ないというか……押したら倒れそうというか……不思議な感じだ。


 酒は出していない筈だけど……もしかすると足が悪いのかもしれないな。


 あれ?となると、さっきの雄たけびって……足の悪いあの人が立ち上がる時に気合を入れた的な奴なのか?いや、そこまで足が悪いなら素直に杖を使えって感じだよな。


 普段から雄たけびを上げている様な奴だったら、エファリア達が驚くのは少しおかしい気もするし……将軍位にある人が王に呼ばれたくらいで興奮したりはしないだろうし……あの雄たけびは何だったのか……。


 そんな若干怪しい足取りだったものの、倒れる事は無く俺達の天幕に辿り着いた男は片膝をついて頭を垂れた。


 やはり雄たけびを上げるような人物には見えないな。


「エインヘリア王陛下、この者は我がルフェロン聖王国にて将軍を任せている、クリエルト=スマルキです。私達が軍事に疎いままでいられるのも、彼がその職務を完璧にこなしてくれる故のものです。スマルキ家は譜代家臣でして、代々軍部における重要な役職について来た家系で代々の王からも信任厚い家柄です。彼個人は……少々堅物ではありますが、信頼の置ける将軍です」


「くくくっ……グリエル殿からすれば殆どの家臣が堅物という評価を受けそうだがな」


 グリエルの紹介に、俺は少し皮肉気に答える。


「お戯れを。ルフェロン聖王国にて堅物と言えばまず私の名が挙がるのですよ?」


「そうだったのか……知らなかったな。まさかエインヘリアとルフェロン聖王国で堅物の意味が違ったとは。今後はそう言った言葉のすり合わせも重点的にやっていかねばならない様だ」


「はっはっは、相変わらずエインヘリア王陛下は御冗談が上手で……私ももう少しユーモアという物を学ぶべきだと痛感しますね」


「エインヘリア王陛下、それに摂政……戯れもそこまでにした方がよろしいかと」


 おすまし顔の幼き王に注意をされる大人二人……。


「……グリエル殿、堅物とはつまりこういうことだ」


「……存じておりますとも、エインヘリア王陛下」


 俺達が肩を竦めながら言うと、エファリアがにっこりと笑みを浮かべたので茶番はここまでにした。


 まぁ、折角来てくれた将軍を放置しっぱなしと言うのもよろしくないしね。


「スマルキ将軍、これからエインヘリア軍について聖王殿達に説明するのだが、グリエル殿達から是非貴公にもその話を聞かせてやって欲しいと請われてな。興味があるなら聖王殿達と共に俺の話を聞くか?」


「拝聴させていただけるなら、望外の喜びに存じます」


「では、椅子に座ると良い」


「はっ!失礼いたします」


 顔を上げたスマルキ将軍はキビキビとした動きで用意された椅子に腰を下ろす。


 ……あれ?なんか足腰普通みたいだけど、ここに来るまでの頼りなさげな感じは何だったんだ?


 まぁ、後で聞けそうな雰囲気だったら聞いてみるか。


「さて、では聖王殿が気にされていた、先程の演習による死傷者の件だが……」


 まずこれを話して安心させてやるべきだろう。


 流石にまだ十歳のエファリアに、今の演習で大量に死人が出ています……とは冗談でも言えないしね。


「死者はゼロ名、負傷も……多くても十二名だな」


「……何故十二名なのですか?」


「先ほどの演習に参加したのが十二名だからだ」


 エファリアの質問に俺はにやりと笑って見せる。


 非常に良い質問だ、エファリアに花丸を上げたい。


 まぁ、当のエファリアは顔に疑問符を浮かべているけど……。


「くくくっ……すまんな。勿体つけずに言おう。先程の模擬戦に参加していたのは十二名、これは赤青両軍の将の数だ。そしてそれ以外の二万五千の兵……彼らは人ではない」


「……エインヘリア王陛下の事ですから人族ではない、という意味ではありませんよね?」


「勿論だ。人族でも妖精族でもない、エインヘリア軍の兵は……そもそも生きてはいないのだ」


 俺がそう言うと、エファリア以外の二人の顔が強張る。


 何か思い当たったのか……あ、やっべ。


 そう言えばエスト王国のサガ将軍が、儀式魔法でアンデッドを作る禁忌魔法があるとか言ってたっけ……それ的な物だと思われたのかもしれん。


「あぁ、誤解しているようだが、アンデッドでもないぞ?彼らは召喚兵と呼ばれているものでな。最初から生きてはいない……戦場で倒れることがあっても、暫くすると体も残さず消えていくのみ。剣で斬られようが槍で貫かれようが、血の一滴も出ない存在よ」


「「……」」


 グリエルとスマルキ将軍が絶句してるな。


 エファリアは口元に手を当てて何やら考え込むようにしているけど。


「疲れず、傷つかず、食料も睡眠も必要とせず、命令に逆らう事もない兵。まぁ、傷はつかないが、ダメージは受けるからな。一定量のダメージを負えば倒れて消えるが、召喚兵の名の通り、また呼び出せば良いだけだ」


「「……」」


 勿論呼び出しておける制限時間とか、呼び出すことが出来るのは魔力収集装置が設置されている場所に限るとか、コストは安いけど魔石が無いと召喚出来ないとか、いくつか制約はあるけど、そんな制約なんか気にならないくらい便利な兵と言える。


 まぁ遠隔地に送り込む兵としては使い勝手は悪いけど……今まで通り魔力収集装置を設置しながらの行軍であれば全然問題はない。人里離れた未開の地とかには送り込むのが難しいけどね。


 当然、そう言った弱点になりそうな情報は伝えない。


「……もしや、エインヘリア軍に出動を要請しても経費さえ要求しないというのは……」


「その通りだ。我が軍は金がかからん。兵を召喚するのにも特に金がかかるという訳でも無いしな。経費を請求しようにも金額の算出が出来ない訳だ。移動は転移装置で一瞬、兵糧の類も必要なく、装備も召喚した時点で持っている」


「凄まじいという言葉さえ霞んでしまいますね。おおよそ欠点が無いように聞こえますが……」


 エファリアが感心するように言うが、俺はそれにかぶりを振って見せる。


「いや、当然ある。茶を淹れてくれと言っても淹れてくれんし、書類仕事をすることも出来ん。命令には忠実だが臨機応変さには欠ける。まぁ、戦争に関する事柄にはかなり応用が効くんだが、従者の代わりにはならんな」


「……なるほど」


 天幕の警備についている召喚兵に視線を向けながらエファリアが呟く。


 代わりにと言った様子で今度はグリエルから質問が飛んできた。


「因みに……どのくらいの数を召喚出来るのかお聞きしても?」


「六十万は軽く超えるが……正確な数は俺も把握していないな。キリクなら分かるだろうが」


「……なるほど」


 俺の答えを聞いてグリエルが真顔で黙り込む。


 メイド達も訓練所で頑張ってくれているし、以前よりも多少最大動員数は増えている。だからこそ正確な数を把握していないのだが……王としてそれはアウトだっただろうか?


 いや、アウトだよな。自国の戦力を正確に把握していないって。大体百万くらいとか言っとくべきだったか?


「エインヘリア王陛下、私からも質問してよろしいでしょうか?」


 俺が内心失敗したとオロオロしていると、今度はスマルキ将軍から声をかけられた。


「構わんぞ、将軍」


「先程、召喚した時点で装備も持っているとおっしゃっていましたが、馬も召喚されるのでしょうか?」


「エインヘリア軍に騎兵は存在しない。全て徒歩兵かちへいだ」


 馬に乗るより走った方が速いって……おかしな話だとは思うけど、エインヘリアでは常識だ。


 まぁ、スマルキ将軍はめっちゃ驚いているみたいだけど。


「騎兵の機動力や突撃力は必要ないと?」


「先ほどの演習を見ただろう?はっきり言って、騎乗するより自分達の足で走った方が速い」


「ぶはっ!」


 俺の言葉にスマルキ将軍ではなくグリエルが噴き出した。


 さっきまで真剣な表情で黙り込んでいたくせに……。


「申し訳ありません、エインヘリア王陛下。馬に乗るより速いって……なんかもう、笑えてしまって」


「事実だからな。それに召喚兵は疲労しない。馬より速く長く走り続けられるのだぞ?わざわざ自分達より遅い物に乗って移動する意味が無いだろう?」


「もしや、陛下が馬車での移動に慣れていないのは、陛下も走った方が速いから……ですか?」


 ……聖王国の王城に着いた時の事を言っているのだろう。


 馬車移動云々って話をあの時したからな……。


「それは国家機密だな。知りたいか?」


「止めておきましょう……ふ、ふふっ」


「……っ……」


 何故かグリエルだけでなく、エファリアも笑いをこらえている様な雰囲気だな。


 そんなに俺が走るのは可笑しいだろうか?覇王だって疾走するよ?


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