第127話 なるほど……全て理解し……
View of クリエルト=スマルキ ルフェロン聖王国将軍 伯爵
私達が見守る中、エインヘリア軍の演習が開始されようとしている。
少し距離はあるが、この位置からならば赤軍の陣容も青軍の陣容も見える。向かって左側に青軍、右側に赤軍が布陣しているが、両軍の距離はかなり離れているように見える。
さらに、指揮を執る二人がこの場に残っていることも疑問ではあるが……この高台から戦場を見下ろしつつ伝令を送るのだろうか?
戦場での情報伝達は、ほんの一瞬の時間差が命取りとなり得る。
だからこそ指揮を執る者は戦場に身を置き、危険に身を晒しながら戦場を把握して出来得る限り戦う者達の傍で指示を送り続ける必要があるのだ。
演習だからと言って……いや、演習だからこそ、戦場に身を置き素早く的確な指示を出すべきだろう。
私は演習が始まる前から若干の失望を覚えつつ、眼下に広がる大地で相対する両軍の陣容に目を向ける。
兵力はお互いに一万二千五百……確かに、たかが演習でこれ程の兵数を動員出来ると言う事は、一角の軍事力を保有している事が伺える。
だが、その指揮を執る者が、戦場に立ったこともなさそうな文官に見える二人……しかも戦場まではかなり距離がある場所からの指揮だ……まともな指示が出来るはずもない。
それにお互いの陣容も奇妙なものだ。
何故か盾兵と騎馬兵が見当たらない……どちらの兵科も戦場では欠かせない物なのだが……そんな戦の常道すら、あの指揮官たちは知らないのだろうか?
陣形はお互いにシンプルな横陣……まさかそのまま前進して真正面からぶつかったりはしないだろうが……もしかすると、陣形を変えるところから演習として見せる可能性もあるな。
目の前に広がる大地は特に特徴のない平地……ここで横陣同士が正面からぶつかる……そんなものは演習でも何でもない、ただ数を揃えただけの喧嘩のようなものだろう。
そんなことを考えつつ両軍の様子を見ていると、青軍の方に動きがあった。
横陣の中央が敵陣に向けて動き出し、両翼もそれに引っ張られるように
これは鋒矢……いや偃月陣か。
強力な将を先頭に立たせ、その武力によって味方の士気を上げつつ、一点突破を図る攻撃的な陣だ。
陣を率いる将や周りを固める兵の強さにも左右されるが、横陣を突き破るには悪くない陣だ……特に両軍ともに盾兵が見当たらないし、効果は絶大だろう。
英雄がいるような国は、よく好んでこの陣形を取ると昔聞いたことがある。
だが、騎兵のように突撃速度のある兵科でない以上、あの距離から突撃を仕掛けたところで……って、何だあの兵は!?移動速度が速すぎる!?
騎兵の全速力の様な……いや、それ以上の速度で進軍していく青軍の速度に驚いていると、今度は赤軍の方で動きがあった。
遠くて分かりにくいが、恐らく横陣の二列目が弓を構えているようだ。しかし、青軍の移動速度は驚異的だが、それでも弓を構えるのが早すぎる。
あれでは敵が進路を変更した際に対応が遅れ……放った!?
馬鹿な!?いくら何でも距離がありすぎ……届いただと!?
以前南の方にある国に長弓部隊という、普通の弓では致命傷を与えるどころか、簡単に矢が弾かれるような距離でも有効な威力の矢を飛ばすことを出来る部隊がいると、聞いたことはあるが……確かその射程も通常の弓の三割増し程度だったはず。
しかし眼下で放たれた弓による攻撃は……普通の弓では届きすらしない距離を、明らかに勢いを保ったまま飛んで行ったように思うが……いや、進軍を続ける青軍の様子を見るにやはり射程が長いだけで威力は無かったと見るべきか?
だが……盾すら翳さずに、いくら有効射程外の攻撃とは言え一切勢いを緩めないのは……いくら鏃を潰している矢とは言え……演習としては正しいのだろうか?
普通の演習戦であれば、死亡判定を受けてもおかしくないと思うのだが……。
当然ではあるが、そんな私の疑問など気にする様子もなく、青軍の進軍は更に速度を増していく……その速度はもはや馬が何も背中に乗せずに走るような速度の様に見えるが……いくらなんでもそれは気のせいだろう。
そんな青軍と赤軍の距離が、通常の軍であればそろそろ弓の射程圏内と言った所まで縮まった時、突如地面が鳴動するような音が聞こえたかと思うと、平地だった演習地の地面が突如あちこちで隆起しだす。
「儀式魔法か!?」
思わず叫んでしまったが、周りの様子を見る限り驚いたのは私だけではない様だ。
ほんの少し前まで平らだった地面のあちこちには岩が隆起しており、大きな物は身の丈の五、六倍ほどの大きさがありそうだ。
あれ程広範囲に地形を変動させるような儀式魔法……かの魔法大国ではそう言った魔法の研究もされているらしいと噂を耳にしたことはあるが……これがその研究成果なのだろうか?
地形の変更……多くの戦術家が頭を抱え、同時に涎を垂らしそうな魔法だ。アレはどのくらい自在に地形を操る事が出来るのか……私自身も非常に知りたい。
少なくとも青軍の突撃を停止させ、軍を分断させる程度の操作は出来るようだが……というか、あの地形操作に巻き込まれた兵は無事なのだろうか?
まさか演習戦で故意に味方の兵を殺したりはしないと思うが……事故で数人の死傷者が出ることはあっても……あの攻撃は許容範囲外だろう。
地形操作の大魔法に進軍を阻まれた青軍がどう動くのか……先程までの見通しの良かった戦場とは違い、その全てをこの高台から見ることは出来ない。前線に出ている現場指揮官がどう動くか……自分ならどう対応出来るか……考えようとしたのだが、青軍の対応は非常に早かった。
動きからして、どうやら軍をいくつかに分け、地形操作された範囲の外へと離脱を試みるようだ。
なんというか……対応が早すぎるな。
いくら地形操作が自軍の情報として既知の現象だとしても、一万にも及ぶ兵が一切の迷いなく次の行動に移る事が出来ると言うのは……精兵を通り越して異常な気がする。
だが、私が驚くのはまだ早かった……青軍が、岩でできた迷路から抜け出そうと行動を起こした次の瞬間……地形変動が起こった辺り一帯を、突如起こった大火が包み込んだ。
「はぁ!?」
なんだあの途轍もなく巨大な炎は!?
これも儀式魔法か!?
いや、儀式魔法とはその名の通り、そう簡単に発動させられるものでは……ってそんなことはどうでも良い!
大虐殺ではないか!?
これは演習だぞ!?何故自国の兵を皆殺しにしているのだ!
私は救援に向かおうと座っていた椅子から立ち上がり……次の瞬間吹き散らされるように火柱が掻き消え、呆然と立ち尽くしてしまう。
いや、炎が消えただけなら魔法を止めただけだろうと私も驚かなかったと思うが……炎が消えたその場では、青軍が何事も無かったかのように行動を続けていたという異常事態に思考が停止してしまったのだ。
もしや……あの炎は幻覚か何かだったのか……?
そう思った次の瞬間、少し強めの風が戦場の方から流れて来たのだが……一瞬の事だったにも拘らず周囲の気温が若干上がったように感じる程、その風は熱かった。
……これがあの炎を吹き散らした時に発生した風だとするならば……いや、難しい事を考えるのはやめておこう。
今は青軍の兵が無事……それだけで良いではないか。
私は気持ちを切り替え、ゆっくりと椅子に腰を下ろしつつ戦場に視線を向ける。
そこでは、地形が変化した場所を迂回するように軍を二つに分けた青軍が、赤軍の陣へと襲い掛かろうとしていた。
しかし、赤軍の方も完全に受け身という訳ではなく、左翼の方に移動を始めているようだが……二つに分かれた軍を倍の戦力で一気に叩こうと言う事だろう。
地形変化を上手く利用したやり方だと思うが……もし青軍の片割れを一気に倒せないと、迂回するために分かれた軍に後背を突かれることになるのではないか?
というか……赤軍は赤軍で軍の向きを変えて突撃するまでが早すぎる……一体どうやってあんな風に一糸乱れぬ転進を……いや、そもそもその指示を出しているのは一体誰だ?
指揮を執ると言った者達はこの高台の天幕から一歩も動いていないし、伝令の兵が走っている様子もない……指揮を執ると言ったのは嘘?いや、属国相手とは言えそんな意味のない嘘を、しかも自国の王の前でつくはずがない。
つまり、何らかの手段を使ってこの場から戦場に指示を……?
そう言えば、確か摂政から聞いた話に……転移装置は声だけを遠方に飛ばすことが出来ると……それを使って部隊に指示を出しているのでは?
戦場における情報伝達速度が圧倒的有利に……そうか、その事実を見せつける為にわざわざ私達の近くで指揮を執ると言ったのか!?
その事に気付いた時、私は背筋に氷の剣を刺されたような冷たさを覚えた。
……なんと恐ろしい国だ。
目の前の戦場での戦いぶりだけではない、さりげない行動一つ一つにいくつもの意味を含ませてきている。その事実に気づくことで、蜘蛛の糸に絡めとられているような感覚に陥らせ、こちらの反抗心を砕きに来ているのか。
技術、軍事力、策略……どれをとっても太刀打ちできるものではないと、演習が始まってからのこの短い時間で思い知らされた。
これがエインヘリア……摂政が恭順こそルフェロン聖王国の未来の為と言った意味が分かって……いや、分からされてしまった。
戦場ではまだ両軍が激しくぶつかり合っている。
どうやら青軍は軍を二つに分けた事で突破力を失い、赤軍の反撃に呑まれてしまったようだ。
特に赤軍が再び発動した地形操作の儀式魔法が効いたのだろう。
私達から見て、地形操作の向こう側から回り込もうとしていた青軍は、新たに出現した岩山によって赤軍の後背をつくことが出来ず、さらなる大回りを余儀なくされた。
その間に赤軍は、最初の地形操作によって生まれた岩山の手前側を迂回して来た青軍の片割れに猛攻を仕掛けこれを敗走させている。
逃げる青軍の片割れを追いかける赤軍……この形勢になってなお、演習終了とならないのもおかしな話だが、もはや決着はついただろう。
そう考え油断していた私の眼下で、青軍に追いすがっていた赤軍の先方が突如現れた巨大な落とし穴に落ちていった。
……は?
いやいや、なんでそこにあんな巨大な落とし穴が?ほんの少し前、青軍がその上を走って逃げていたはずだが?……いや、そうか!青軍も地形操作の儀式魔法を用意していたんだな?
あんな風に、地面が消えたかのような速度で落とし穴を生み出せるとは……もはや何でもありだな……っていや、待て!?鎧をつけたままあんな巨大な穴に落ちたら、今度こそ助からんぞ!?
今度こそ救助が……!
そう思い立ち上がろうとした私の眼前を、光が切り裂く。
突然の光に一瞬目が眩んだ私だったが、すぐに目を開き、眼下で起こっている光景に言葉を失う。
あろうことか、青軍に向けて何条もの雷が空より降り注いでいるのだ。空は何処まで行っても快晴だというのに。
私も雨天の演習時に、槍に雷が落ちた瞬間を目にしたことはある。
あの時の兵は辛くも一命をとりとめたが、今目の前で雨の如く降り注いでいる雷はそんなレベルではない。
地面を穿ち、兵達は吹き飛ばされている……これも儀式魔法なのか……?
やがて鳴り響く轟音と共に、永遠に続くのかと思われた雷の雨も終わりを告げる。しかし、死屍累々と横たわる兵達の惨状が、先程までの光景が現実の物だったと物語っている。
青軍の殲滅を確認した赤軍の兵が、手にした武器を天に掲げ……いや、勝鬨を上げている場合じゃないだろ!?
大惨事だぞ!?
あれ?今日、私達は何を見に来たのだったか?演習ではなく……長年いがみ合う国同士の総力戦だったか?
私は立ち上がろうとして下半身に力が入らないことに気付く……腰が抜けているようだ。
周りを見るとルフェロン聖王国から来た者だけではなく、エインヘリアから来た者達も呆然とした様子で戦場の方を見ている。
とにかくこれで今回の演習……いや、戦は終了だろう。
私がそう考えた次の瞬間、突如赤軍の背後に現れた青軍が強襲を仕掛け、そのまま赤軍の後衛を飲み込んだ。
そして次の瞬間、何か笛のような音が戦場の方から鳴り響き、最後にぽんっという音と共に空に青い光が瞬いた。
これは……最初に説明していた勝敗を知らせる光か……?
どうやら青軍の勝利でこの演習は終了したようだ。
……。
……。
いや、待て待て待て!最後強襲を仕掛けた青軍は一体どこから出て来た!?
地形操作をされた地点とはかなり離れているし、辺りは平地……何処にも軍を隠しておけるような場所なんてない!
なんだこれは!?
最初から最後まで訳の分からないことだらけではないか!
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