第126話 なんで演習戦なのかというと……



「本日は我等エインヘリア軍の観兵式にお集まりいただきありがとうございます。といってもご覧いただく内容は単純な演習戦となっております。各天幕には演習地の地図と駒を用意してあるので良ければご利用ください」


 キリクが張りのある声で挨拶と演習についての説明を始める。


 因みに演習の目的は非常に単純だ、うちの軍の演習戦を見せて軍事力を誇示してびびらせ……もとい、エインヘリアによって守られる事は安心出来ることだと認識してもらう事だ。


 ルフェロン聖王国の臣下達が一番納得していないのは、自国軍隊の解体に国防の全てをエインヘリアに任せるという点。


 勿論、軍事費が大幅に削減できるという点を喜ぶ一派もいるけど……普通に考えて自分達の守りを他国の人間に任せると言うのは、そう簡単に納得出来るものではないだろう。


 というか、寧ろ喜んでそれを受け入れているエファリアがおかしいのだ。


 他国の人間がいざという時、命を賭けてまで自分達を守ってくれるとは到底思えないし……自分達を守ると言った力が、何時自分達に牙を剥くかも分からない。


 ルフェロン聖王国からすれば、信頼するどころかエインヘリアという国は一体どこのどいつだといった感じだろうしね。


 だからこそ、エインヘリアという強大さを分かりやすく見せつけ、とりあえずひれ伏させようといった考えだ。


 どうせ信頼なんてすぐに得られるものではない……時間をかけて実績を見せ、利益を与え……その上でようやく成り立つものだからね。


 だから最初はこれで良い……敵であれば怖いだけだが、味方であればこれ程頼もしい軍はいないだろう。そう思わせることが出来れば本日の目的は達成だ。


「今回、青軍の指揮を取るのは私キリク。そして赤軍の指揮を取るのは彼女、イルミットとなります」


 キリクが指揮官を発表した所で小さくないざわめきが各天幕から発せられる。


 まぁ、それも仕方ないだろうけど……この付近では女性が戦場に立つ事はあまり一般的ではないみたいだしね。


 指揮官が女性……しかもイルミットはポヤポヤした雰囲気だからな……軍人とは程遠い存在だろう。


 因みに紅白ではなく赤と青で軍を分けたのは……紅白にするととにかく皆白がいい、赤は嫌だと文句を言うからだ。


 エインヘリアは一応白の国だからね……俺の称号が覇王だから俺の色は黒だけど……本来は白がエインヘリアの色なのだ。


 因みに両軍の編成は指揮官であるキリク達が自分で勧誘して編成しており、将は最大で六人まで、そのうち一人を総大将として、総大将の軍が壊滅したら負けとなる。


 二人とも軍を編成する際、リーンフェリアを誘おうとしていたが、俺の護衛があるからと秒で断られていた。まぁ、二人ともダメ元って感じだったらしいけどね。


 編成内容は折角なので俺も聞かずに今日を迎えている……二人がどんな風に軍を運用するのかとても楽しみだ。


「エインヘリア王陛下、イルミット殿は……内務大臣ですよね?参謀であるキリク殿はともかく、彼女は大丈夫なのですか?」


 イルミットが指揮を執ると聞いて、隣にいたエファリアが少し心配そうに尋ねて来る。


 エファリアはイルミットと接する機会も多かったし、普段の様子も知っているから不安を覚えたとしても仕方ないけどね。


「イルミットならば問題ない。軍の指揮能力で言えばエインヘリア国内で五本の指に入るからな」


 内政系に特化させているイルミットの能力ではあるが、参謀に必要な能力も十分満たしている……というのも、ゲームの時に一番露出があるというか、台詞があるのは参謀だからだ。


 偶に気分転換でサポートしてくれるキャラをおにゃの子に変えたいという気持ちは……正直よく分かる。


 ……いや、元になった人間が同じなのだから、よく分かるのは当然なのだが……ってそれはどうでもいい。


 まぁ、そんな理由でイルミットは参謀向きの能力もしっかり完備している。


「そうなのですね……そういえば、エインヘリア王陛下は鎧を着ていらっしゃいますが、戦場に立たれていたのですか?」


 そう言えばエファリアに鎧姿を見せるのは初めてだったか?一応エファリアがうちの城に居た時にエスト王国と一戦やってはいたが……。


「今日の指揮は二人に譲ったが、普段は俺が指揮を執る事が多いな。聖王殿は戦場に興味があるのかな?」


「……いえ、私は……戦術や軍略には明るくありません。ルフェロン聖王国は有史以来一度も外征を行ったことはありませんが、それでも幾度となく他国からの侵攻を押し返してきました。しかし私や先代の治世の間は、他国から攻撃を受けると言う事もありませんでしたし……」


「まぁ、王自ら戦場に立つのはあまり良い事ではないしな。エインヘリアでは俺が戦場に出ることは普通だが……他所の国であれば、王や王族が戦場に出て何かあったら……ましてや敗北した等となってはそれこそ一大事だろう」


「エインヘリア王陛下は何故危険を冒してまで戦場に立たれるのですか?」


「人には得手不得手があるが……俺は戦場で指揮を執る事を得意としている。それに、過程はどうあれ、最終的に戦うと判断するのは俺だ。戦場で剣を振る事は殆ど無いが、それでもその戦いの場に身を置きたいと俺は考える」


「……」


「責務……とはまでは言わぬがな。それにエインヘリア軍は最強の軍だ。戦場であったとしても、本陣程安全な場所はないぞ?」


 俺が肩を竦めながら言うと、エファリアが小さく笑みを浮かべる。


 まぁ、本当の意味で危険な戦場には一度も行ったことないけど……いや、最初の頃は緊張していた。カルモスとの戦いの時とかはね……でも、最近は、なんだかんだでどうとでもなるだろうと楽観視している気がする。


 あまり良くない傾向だとは思っているけど……うん、今日は同レベルの軍のぶつかり合いを見て、勉強しつつ気を引き締めることにしよう。


「そろそろ始まるな……」


「何故、キリク殿とイルミット殿は向こうの天幕にいるのでしょうか?ここから指揮を執るのですか?」


 どうやらエファリアは、指揮をするキリク達が布陣する軍の中に入らずこの場に残っているのが疑問のようだ。


「あぁ、そうだ。キリク達はあそこから指揮を執る」


 さて、俺も準備をするとしますかね。


 キリク達は俺達の近くにある天幕で指揮を執るが、そのやり方は普段と同じだ。


 俺の『鷹の目』を使いキリクとイルミットの二人と視覚を共有、「鷹の声」『鷹の耳』を使い、それぞれの軍にキリク達からの指示を飛ばす。


 俺は中継役といったところだ。勿論、中継役に徹して口出しはしないけど……作戦を伝える相手を間違えた瞬間演習が台無しになるからね……かなり忙しそうな上、責任は重大だ。






View of クリエルト=スマルキ ルフェロン聖王国将軍 伯爵






 我がスマルキ伯爵家は、代々ルフェロン聖王国にて軍部を担う家系だ。


 外征をけして行わぬ我が国が軍を維持してきたのは、偏に外敵の脅威を排除する為……聖王を、民を、国を守るために我等は刃を研ぎ続けてきたのだ。


 実際戦わぬ軍として、我等の事を揶揄する者は国内外に少なくない。


 我等を侮り、ルフェロン聖王国の領土を奪おうと侵略してくる国は、歴史を紐解けば十を下らぬ。


 だが我等はそれら一切を撃破している。


 ルフェロン聖王国の軍は有史以来外征を行わぬ弱軍ではなく、有史以来一度の敗北をしておらぬ精強な軍なのだ。


 実戦経験こそ戦争を繰り返す国には及ばぬが、本番さながらな演習や日々の訓練は、けしてその腕を衰えさせるものではない。


 なによりも、国を守り抜くという強い意志が、我等を不敗の軍へと昇華させているのだ。


 だというのに今代の聖王陛下……いや、摂政は軍の解体を命じ、今後は他国の軍に国防を委ねるとぬかしおった。


 これは我等に対する冒涜……いや、摂政は我等の誇りだけではなくルフェロン聖王国の歴史にさえ唾を吐いたと言える。


 昨今、宰相派の勢いに押され、聖王陛下を蔑ろにする動きが貴族達の中にあったのは事実。


 だからこそ、その権勢を取り戻す為、摂政はエインヘリアという国と手を結んだのだろう。


 確かにそのお陰で摂政派閥は力を取り戻し、宰相を始め、聖王陛下を害そうとした愚か者の悉くを排する事が出来た。


 更に、多くの不正を行っていた者達を更迭し、ルフェロン聖王国の上層部はかなり風通しが良くなったと言えるが……それはエインヘリアという国の影響力が強まっただけでは無いのかと勘繰る者もいる。


 私は武辺者であり、権力争いと言ったものには疎い。


 だからこそ、まだ幼き聖王陛下の側に立ちながら、エインヘリアという外敵を招き入れた摂政を討つべきではないかと考えた事もある。


 軍を預かる者としての矜持ではない……国を、聖王陛下を憂うが為、動くべきなのではと考えたのだ。


 しかし、ある日……摂政自ら私の元を訪ねて来た。その目はどこまでも清廉で、とても自らの利の為に他国の介入を許した男の目には見えず、私は摂政の話を聞くことにした。


 摂政の話を聞き、軍を預かりルフェロン聖王国の盾を自称していた私は己を恥じた……武に注力し政治や権力を遠ざけた事によって、私は守るべき聖王国内で進行していたとんでもない事態に、欠片も気付けていなかったのだ。


 彼我の戦力差はあまりにも大きく、対応する事は不可能に思われた。だからこそ摂政は力を外に求める……それがエインヘリア。


 その力を借りソラキル王国の陰謀を防いだ摂政は、このままではルフェロン聖王国の未来はないと語った。


 今回はエインヘリアの力によって国は守られた、しかし昨今の情勢を鑑みるに遠からずどこかの国がまたルフェロン聖王国に手を伸ばす……そうなった時に独力で国を守る事が我等に出来るだろうか?ソラキル王国とて我が国の事を諦めた訳ではないだろう、と。


 勿論、聖王国の武を司る私としては当然だと声を上げたかった。


 しかし、今回我が国に手を伸ばしてきたのはソラキル王国……聖王国が今まで戦ってきた同程度の規模の国ではなく遥かに強大な国だ。


 国の事を思えばこそ、安請け合いなぞ出来るはずもない。


 言葉に詰まった私に、摂政は深く頭を下げてこう言った……だからこそエインヘリアの庇護下に入るのだと……世が乱れ始めたこの時代、あの国程頼もしい国は無いのだと。


 当然、その言葉だけでは納得が出来ないと摂政に伝えたところ、エインヘリアの強さを見極めて欲しいと言われた。


 エインヘリアの技術力が優れている事は、あの転移装置等という規格外の代物を見れば一目瞭然ではあるが、だからと言って軍が強いかどうかは別問題だ。


 国を守るという気概を持たぬ軍に国を任せるつもりは更々ないが、それ以上に力無き軍は害悪でしかない……今求められているのはソラキル王国と伍することが出来るだけの力。


 それをエインヘリアが有しているのであれば、恥辱に塗れ無能の烙印を押されようとも……ルフェロン聖王国の為に刃さえ飲み干そう。


 しかし、高々演習程度でそれを確信できるとは思わない。


 だが、それでも……願わくば、希望の一欠けらだけでも見出させて欲しい。


 そうでなければ、私は摂政を討ってでもエインヘリアの介入を阻止しなければならなくなる。例えその道がルフェロン聖王国の破滅に繋がっているとしても、唯の傀儡国としてその歴史を終えるよりは幾分かマシという物だ。


 くだらない誇りだと言われるかもしれない……民の事を思っているとは決して言えない選択だと自分でも思う……だが、代々名君と讃えられた聖王の御名を、最後の最後で傀儡の王とさせるわけにはいかないのだ。


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