第121話 慎重派覇王



 ここに呼び出されるのも慣れたもんだな。


 俺はそんなことを考えながら、夜空に広がる満天の星を仰ぎ見る。


「すっかりこなれてしまったのう」


「そりゃ、毎度毎度突然呼び出されていれば、慣れもするだろ」


 俺が視線を前方に戻すと、そこには相変わらず綺麗な長い黒髪を靡かせながら悠然とたたずむフィオが居た。


「まぁ、何にせよ久しぶりだな」


「ん?そうかの?精々一月かそこらじゃろ?そんなに私に逢いたかったのかの?」


「いや、全く。そうか、年寄りだから一ヵ月程度は昨日か一昨日くらいの感覚っ!?」


 俺が台詞を言い終える前に、地面から物凄い量の石の槍が飛び出してくる。


「またこれかっ!?」


 俺は次々と飛び出してくる石槍を砕きつつ、バックステップで後ろに下がっていく。


 そんな風に地面からぽこぽこと湧き出て来る石槍を防いでいると、首筋に何かぞわっとした感覚を覚え大きく横に飛んだ。すると、一瞬前まで俺が居た辺りを押しつぶす様に、巨大な氷の塊が上から降ってきた。


「いや、死ぬから!?」


「大して惜しくもない人物を失くしたのじゃ」


「いや、死んでない上に殺そうとした人物の台詞じゃねぇな!?」


「この程度、お主ならどうという事もないじゃろ?」


「即死級だったわ!」


 石槍が突き刺さればタダじゃ済まないし、最後の氷の塊はいつぞやのドラゴンよりもデカい。


 殺意が激し過ぎて、覇王の命が風前の灯火!


「ふぅ……これもお主の為を思ってやってやったのじゃよ?」


「なんだその、他人をコントロールしたいというエゴの塊みたいな台詞は……」


「お主が不意打ちを捌けるかビビり倒しておったから、ちょいと協力してやったんじゃよ?」


「び、びび、ビビッてへんわ!」


「いやいや、ルフェロン聖王国に到着してからずっとビビっておったじゃろ?丸見えじゃぞ?まぁ、でもこれで分かったじゃろ?お主自身への攻撃であれば、不意打ちであろうと、なんだかんだで対処出来るという訳じゃ」


「そりゃ朗報だが……っ!」


 話している最中だというのに、今度は俺の足元の影から真っ黒な槍が飛び出してきた。とっさに避けようと体を動かしたのだが、どうやら本当に俺の影から槍が飛び出しているようで、俺がその場から離脱しても影にくっついたまま鋭く槍を伸ばしてくる。


「くっ!」


 腰に差していた覇王剣で、俺の胸元まで伸びて来た影の槍を斬り払う。


 殺す気満々じゃん!?


「いってぇ!?」


 斬り払った凶悪な槍の陰に隠れる様に、細い針の様な細さの槍が俺の尻に突き刺さっている。


「まぁ、それはそれとして……デリカシーの無い男には躾が必要じゃ。一度目は許してやったが……二度目は物理的に思い知ると良いのじゃ」


「……」


 そういってにっこりと……非常に綺麗な笑みを浮かべるフィオ。


 俺のけつには影の針……しかもこの針……多分返しがついてて抜けない……超痛い……。


 後、尻って言っても右側の方をぶっすり刺されている訳で……アーッな感じではないよ?


「謝罪の言葉が聞こえんのぅ」


「……年配の女性に年齢の話をぶち込んですみませんでした」


「……因みに、今からでもその刺さっている影をより凶悪な形に出来るんじゃがな。それとも、先程心の中で思った感じにしてやろうかの?」


「ほんっとすんませんっした!」


 この夢の世界では俺は覇王である必要はない……我が非を認めるなんてお茶の子さいさい……お茶の子さいさいってどういうことだ?


 お茶の子もさいさいも意味が分からんのだが……。


「お尻に針が刺さっておっても余裕あるのう……」


 自分で突き刺しておきながら、何故か呆れ顔でフィオが呟く。


「……とりあえずそろそろ抜いてくんない?俺、この世界に来てから夢の中で痛い目に遭いまくっているんだが……」


「現実では楽しておる様じゃからな。世の中の厳しさを思い出せて良かったじゃろ?」


 そう言ってフィオが肩を竦めると、尻に刺さっていた針が抜ける。


「血とか出てない?」


「問題ないじゃろ」


 フィオがどこからともなく取り出した椅子に腰かけながら、興味なさげに言ってのける。


 お前が俺のお尻ぶっ刺したんじゃが?


「それにしても久しぶりじゃな」


 フィオの言葉に若干イラっとする……いや、まぁ、いつものことだけど。


 そう、いつものことだ。ここはいつも通り俺が寛容さを示すべきだろう。


「……最近は魔物を狩れてなかったしな。中々魔王の魔力が集まらなかったか」


「その分戦争での回収と、魔力収集装置の設置範囲を広げてくれたからのう。毎日は無理じゃが一月に一回くらいはこうして短い時間じゃったら顔を出せそうじゃな」


「それは……これ以上魔力収集装置を進めたら、下手すると毎日のようにお前が顔を出すと?」


「嬉しいじゃろ?と言いたいところじゃが……流石に毎日は無理じゃな。魔力収集装置から魔石を回収する日に、こうして会えると言った感じになるじゃろう。魔力収集装置の設置が増えたり、狂化した生物を狩ったりしたら、こちらに呼び出せる時間が延びると言った感じじゃな」


「なるほど……」


「それはそうと、下手するととはどういう意味じゃ?」


「……そうなったら嬉しいなぁと思いまして」


「ほぉ……?」


 物凄く含みのある笑顔をこちらに向けるフィオ……うん、喧嘩腰は良くないな。


 主に俺の尻の為にも。


 俺がそんなことを考えていると、いつのまにやらフィオと向かい合わせになるように椅子とテーブルが現れていた。


 ……椅子に座ったら尻が痛そうなんだが……まぁ、大丈夫か?


 恐る恐る椅子に座ってみると、特に違和感なく座ることが出来た。


「いつもの事ながら前置きが長くなったが……今日ここに呼んだのは伝えることが一つと聞きたい事が一つあったからじゃ」


 前置きが長くなるのは誰のせい……とか俺は考えたりしない。


「いつも中途半端に話を聞いて痛い目に遭っているからな……先に伝える事って奴を聞いてもいいか?」


 毎度毎度酷い目に合う俺ではないのだよ?


「別に構わん。流石に今回の内容は多少聞き逃しても大丈夫じゃと思うが……まぁ、お主ならなんぞやらかす可能性はありそうじゃな」


 そう……こうして、ちくちくと煽られようとも寛容な心で聞き流せる我覇王。


「ほれ、お主のアビリティ『鷹の目』『鷹の声』『鷹の耳』があるじゃろ?アレの機能をちょっと拡張してみたんじゃ」


「ほう?拡張って言うとどんな風に?」


「『鷹の目』は視界共有できる人数を増やした。お主を入れて三人で同じ俯瞰視点を見ることが出来るようになったのじゃ」


 共有人数の増加か……キリク以外にも戦争サポート系のアビリティを持ってる子は居るし、悪くないね。


「そして『鷹の声』と『鷹の耳』は同時に会話出来る人数を一気に増やした。十人くらいは行けるはずじゃが……細かい人数はそっちで試してもらって良いかの?」


「分かった。うん、これは結構助かるな。今まで二人までしか同時に指示を送れなかったからな。軍全体への号令とか、中々やりにくかったんだ」


「前回の戦争でやりにくそうにしておったのを見たからの……」


 エスト王国との戦争の時か……指示を出すのに切って繋いでの切り替えが中々手間だったというか、投石器の攻撃に対して全軍注意しろって言葉が間に合わなかったしな。


「因みに、俺を介さずにうちの子達が直接会話をするのは……」


「それは無理じゃな。あくまでお主と通信用のアビリティじゃからな」


「そりゃそうか……でも別動隊と繋げっぱなしで本隊とのやり取りが出来るのは助かるな。あ、因みに声を出さずに念話的な感じで話したりするのは……」


「それも無理じゃ。残念じゃったのう、分からないことをこそこそと質問できなくて」


「……」


 俺が会議中に苦しんでいたのをしっかりと見ていたのだろう、物凄く楽しそうにニヤニヤしながらフィオが言う。


 大丈夫……私は冷静だ……。


「それで……副作用はないのか?人数を増やしたから時間制限があるとか、距離制限があるとか……そういう落とし穴は……」


「随分慎重になったのう……まぁ、問題無いはずじゃ」


「それは良かった……」


「……多分」


「……おい」


 聞き捨てならない一言を呟いたフィオが、俺から目を逸らす。


「いや、大丈夫じゃよ?超安心」


「安心を超えたら不安しか残らねぇんだわ……」


「細かい奴じゃのう……問題ないと言っておるじゃろ?精々なんかあってもお主の頭がパーンってなるだけじゃ!」


「頭パーンってなったら大惨事だろ!?」


 恐ろし過ぎて、鷹シリーズのアビリティ使えなくなったんだが!?


「いや、冗談じゃよ。頭パーンはならんよ……滅多に」


「お前!ほんとやめろよな!?」


 俺が椅子から立ち上がりつつ叫ぶと、フィオがほほほと笑う。


「すまん、本当に冗談じゃ。絶対にそんな事にはならないから安心するのじゃ。今までと何ら変わらず使う事が出来ると保証しよう」


「……分かった。し、信じてみよう」


「いまいち信じて貰えて無さそうじゃな……」


「いや、そんなことはない……ぞ?」


 信じていない訳ではないが……いや、いくらフィオでも頭パーンになるのは止めてくれると思っているが……。


 うん……大丈夫だろう。


「伝えておくことって言うのは以上か?」


「うむ。それで……聞きたい事じゃが……」


「あぁ……」


 急に表情を真面目な物に変えたフィオが、真剣な目でこちらを真っ直ぐ見据えながら口を開く。


「お主……エファリアの嬢ちゃんと結婚するのかの?」


「……は?」


 何言ってんだコイツ?


「そのままの意味じゃよ。お主、エファリアの嬢ちゃんの全てを貰い受けるんじゃろ?」


「何の話だ?」


 至極真面目な様子でフィオが話すので、こちらも至って真面目に返す。


「エファリアの嬢ちゃんが宣言しておったじゃろ?ルフェロン聖王国の敵を倒す代わりに自分の全てを捧げると」


「そう言えば、そんな話を最初の頃していたが……別に国を併合する訳じゃないし、属国としてルフェロン聖王国は残るんだから、そんな話もう関係ないだろ?」


「そうかの?寧ろ属国であるなら、宗主国の王の血を欲しがると思うのじゃが?」


「……そうだとしても。十歳の女の子相手にそんなこと考えるわけないだろ?」


「王女ではなく聖王という立場だからのう。結婚という形は色々難しいかもしれぬが、四、五年もすれば子は成せるし、問題なかろう?」


「大ありだ。何歳離れていると?」


「十歳じゃろ?良かったのう、姉さん女房」


「……」


 そ、そうなるのか……エファリアの方が年上か……ってそうじゃねぇ!


「そういう問題じゃねぇよ!エファリアはエインヘリアに来たばかりの時、かなりいっぱいいっぱいだったからあんな風に言ったんだろ?キリクが色々策を練って、一気にケリをつけたから楽勝に見えたが……実際の所、ルフェロン聖王国はソラキル王国に乗っ取られる直前だった。そりゃ、あんな風に全てを投げ打ってでもって考えても仕方ないだろ」


「その結果、望みを叶えて貰ったんじゃから、支払いをするのは当然じゃろ?そもそも助けたら何を支払えるとか聞いたのは、お主だったじゃろ?」


「……そうだったかしら?」


「そうじゃったよ?」


「……まぁ、俺の望みは魔力収集装置の設置だからな。報酬はもう十分だ。後はキリクが、なんやかんやいい感じに両国間を取り纏めてくれるだろうよ」


 人はそれを丸投げという。


「それもそうじゃな。まぁ、結婚は冗談じゃが……向こうがどう考えておるかは私も分からないのじゃ。もし向こうがその気でいた場合、お主の態度次第で傷つけることになるからのう、頭の片隅にでも置いておくと良いのじゃ」


「なるほど……」


 今は十歳だが、確かにあと数年もすればお年頃だし……あの時俺に言った言葉を律儀に守って、誰とも結婚しようとしないとかになってもマズいからな。


 フィオのアドバイスはしっかり聞いておくとしよう。


「って……そういえば、俺……っていうか、うちの子達も含めて子供って作れるのか?」


「ん?問題ないと思うが……そういえば生殖機能に関しては調べた事はなかったのう」


「……」


 自分から振った話だが、何かそういう風に言われると……生々しい感じがしてきたな。


 フィオの方を真っ直ぐ見られないんだが……。


「初心じゃのう」


「お前と違って……け、研究者気質じゃないからな」


 年齢の事を口走りそうになった瞬間、尻の痛みが蘇り慌てて台詞を変更する。


 痛みが蘇ったというか……物理的に椅子が変形した可能性も否定できない……というか思考読まれている時点で色々アウトな気もする。


「まぁいいじゃろ……それより、生殖機能に関しては真面目に考えるべきじゃな。お主だけの問題ではないしのう」


「……調べられるのか?」


「実践する訳にもいかぬし、少々時間をくれるかの?なるべく早い内に結果を知らせるのじゃ」


「あ、あぁ。いや、別に急ぎはしないが……いや、うちの子達も恋愛をすることもあるだろうし……すまん、早めに分かると安心できる」


「うむ。お主達をこの世界に生み出したのは私じゃからな……責任をもって調べるのじゃ」


「頼む」


 ……どうやって調べるのかはすげぇ気になるけど……まぁ、フィオに任せておけば変な事にはなるまい。


 なんだかんだで頼りになる奴だしな。


「信頼がくすぐったいのう」


「考えている事が筒抜けなのは……こういう時、ちょっと気恥ずかしいな」


「寧ろ、普段から全て筒抜けな事を気にするべきじゃぞ?」


「それに関しては今更だ。それに、筒抜けだからこそ、この場では色々取り繕わなくて良いわけだしな。完全に気を抜けるのが夢の中だけってのも困りもんだが」


 俺がそう言うと、フィオは柔らかく微笑みながら口を開く。


「……次逢えるのを楽しみにしておくのじゃ。今日はそろそろ時間じゃ」


「そうか……あ、一つ聞きたい事が……」


「新規雇用契約書を使うのに必要な魔石の量は、五億からじゃ」


 俺が質問を口に出す前にフィオが疑問に答えてくれた。


 こういう時、考えている事が筒抜けなのは助かるよな……そんなことを考えつつ俺はベッドから身を起こす。


 ここは俺の寝室……ではなく、ルフェロン聖王国の王城で宛がわれた部屋だ。


 もしかしたらフィオの奴、俺の息抜きも兼ねて呼んでくれたのかもな……ここにいると、正直全く気が抜けないからな。


 それにしても……五億からか……多分五億で初期状態のキャラを作成出来るって事だろうけど……人間一人を生み出すコストとして考えればかなり安いよな。


 今うちの一ヵ月の収入は二千五百万くらいだけど、ルフェロン聖王国やエスト王国、それ以外の三国にも魔力収集装置の設置が行き届けば、一ヵ月で約七千万……八か月でメイドを一人増やすことが出来るって訳……いや、待てよ。


 ゲームの時と初期能力値が同じとは限らない……ゲームの時は能力値を下げた状態でキャラを作ればコストを下げることが出来たもんな。


 最低値が五億だとすれば……メイド達と同程度となると、十億くらい必要かもしれん。


 やはり新規雇用契約書は慎重に使うとしよう。


 慌てると碌なことにならないとしっかり学習している俺に抜かりはない。


 ベッドから立ち上がり窓を開けると、ひんやりとした空気と朝日が部屋の中に入り込んできた。


 寝起きとは言え、フィオと話していたおかげで意識はこれ以上無いくらいにはっきりしている。


 俺はフェルズ……覇王フェルズ。


 何の因果か覇王になってから異世界に来てしまい、領土拡大戦争を繰り広げ、一年にも満たない期間で数国を滅ぼした、生後数か月の覇王だ。


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