第120話 とある国で

 


View of レブラント=アーグル アーグル商会商会長 






「兄貴!やべーっスマジやべーっス!」


「やばいのはお前の語彙力や!いつも言うてるやろ?ちゃんと中身を説明せえ!」


 執務室に飛び込んで来たロブのアホを、俺はいつも通り説教する。


 コイツのスタンスは理解しとるけど、二人っきりの時くらい普通にしろや。


「いや、ほんとやべーんスよ!これ!これ見て下さいよ!」


 そういってロブが懐から小瓶を取り出す。


 コイツがこれだけ興奮しとる訳やし、ただの水っちゅうわけやないと思うが……薬か?


「見ただけで分かるかボケ!だからこれがなんや?」


「これ、薬なんスよ!」


「薬……?どっちのや?」


 本当の意味での薬か、それとも人に害をなす薬か……それによって俺の今後の動きが変わる。


「めちゃくちゃやべー薬っス」


 俺はそれを聞いた瞬間動きを決めた!とりあえず、使っていた文鎮をぶん投げる!


「兄貴!これめっちゃやべーっス!冗談じゃないっスか!」


 文鎮は残念ながらロブには当たらず壁に当たり床に落ちたが、ロブの奴は大仰に怯えてみせる。


「ええから、はよ話せや。次はマジ当てるで?」


「了解っス!この薬は、兄貴が嫌いな方じゃないっスよ。怪我とかに効く薬っス」


「なんや……だったらちゃんと文鎮当てとけば良かったな?」


 俺がつまらなそうに言うとロブがぶんぶんと首を振る。


「いやいやいや、勘弁してくださいっス!と言いたい所っスけど……実は多少の怪我だったらその薬使えばいいかなーって思ってたっス」


「薬やろ?そんな即効性があるんか?」


 俺はロブが机に置いたガラスの小瓶を手に取って、蓋を開けてみる。


 中に入っている薬とやらは、薄い青色をしていて……体に悪そうやな。


 臭いは……特にないな。


「それがやべーんスよ!切り傷に垂らしたらシュッと治るんスよ?」


「そんな魔法みたいな薬なんか?」


「マジっスよ!既にちょこっと試してみたっス!副作用も……財布以外にダメージはないっス!」


「……お前の財布ならなんも問題ないな。ちょい使わせてもらうで?」


「うっス。後で請求するっス!」


 ほんまけち臭いわコイツ……まぁ、ええけどな。


 ロブの情報は確かなもんや、コイツがこれだけ推すんやから効果は間違いないやろ。


 俺は引出しに入っていた小さなナイフで親指を軽く切る。


 ぷっくりと血が出て来るのを確認した俺は、小瓶から薬を指に垂らしてみた。


「……実は毒でした!とか言ったらっ!?」


 ふざけた事を抜かすアホに、思わず俺が指を切ったナイフを投げようと構えたら、ドアホが慌てて頭を抱える。


「いや、冗談!冗談っス!ほら!もう治ってるっしょ!?」


 俺はナイフを下ろして先程傷をつけた親指を見てみる。


 こら確かに凄いわ……小さい傷やったけど一瞬で治っとる……。


「ほんまやったみたいやな。んで……これいくらや?」


「金貨二百五十枚っス」


「たっか!?そら、随分な値段やな……」


 確かにびっくりするくらい凄い効果やったけど、金貨二百五十枚はぼり過ぎやろ?


「兄貴がそう言うのはよく分かるっス!でもその薬の実力はそんなもんじゃないっスよ!調べたところによると骨折も秒で治るっス!さらには疲れを癒し、長年苛まれていた腰痛や関節痛ともオサラバできるって代物っス!」


「……そりゃ、ほんまか?」


「俺が調べた限りじゃ間違いないっス!」


「そんなすごい薬、今まで聞いたこともなかったんやが……どこのもんや?」


 俺はアーグル商会の会長として、国内外の色々な情報に注意しとる……こんな、商品が出て来たら見落としたりは絶対せん。


 なら、この商品は俺の情報網の外側からの物ってことや。


 一番ありそうなのは東の魔法大国やな……あそこは頭のおかしい発明をようしとるし。


「それなんスけど……実はまだ分かってないっス」


「お前が追えんかったんか?」


 コイツの情報収集能力は、アーグル商会どころかこの国トップやと俺は思っとる。


 そのロブが追えんとなると……相当巧妙に隠蔽しとるって事やな。


「まだ大本までは調べられてないっス。時間がもう少しあれば行けると思うんスけど……」


「問題があるんか?」


「いやー、なんとなくなんスけど……誘い込まれているって感じがするんスよ。偽装は神経質なまでにやってるのに……本気で調べたら元をたどって行けるようになっているって言うか……」


「……危険を感じたら即撤退や。これは確かに面白い代物やけど、お前を失うくらいなら切り捨ててもかまへん」


「兄貴ってば、マジ優しいっスね!今なら掘られてもいいっス!」


「やっぱお前、死んでいいから情報だけ持ってこいや。墓には馬鹿って書いといたる」


 気色悪い事言い出したロブにそう言い放つと、勘弁してくださいと泣き真似を始める。


 こいついつかしばきまわしたんねん。


「んで、俺ん所に持って来たってことは、ある程度当たりはついたんやろ?」


「うっス!出元は最近巷を騒がせているエインヘリアって国っスね。今はエインヘリアの誰が販売しているのかを調べているところっスけど……また一段とガードが固くてかなりやばいっス」


「あの国か……うちの国も気にしとるみたいやな。なんでもいいから情報寄越せって最近煩いわ」


 うちの国……ゾ・ロッシュは商協連盟参加国の中で一番東にある国。


 隣国であるラーグレイ王国の向こう側が、最近何かと噂のエインヘリア……そりゃお偉いさん等も気になって仕方ないやろうな。


「国を一つ挟んでるエインヘリアより、隣国の事を気にした方がいいんじゃないっスかね?ラーグレイ王国かなりやばいっスよ?」


 肩を竦めながらロブがいうが……まぁ、確かにあっちも大概やな。


「せやな……なんや一気に王や貴族を打倒する動きが広がっとるけど、どこの手引きやろな?」


「そういうことをするのはソラキルの連中じゃないっスか?」


「尻尾は掴めたんか?」


「いや、それが全くっスよ。やっぱ直接行かないと厳しいっスね」


「普段なら、お前の部下でも相手の影くらいは掴めるやろ?それもないんか?」


 俺が含みを持たせてロブ聞くと、少し考えるそぶりを見せながら答える。


「確かに、一切情報が無いって言うのもおかしな話っスね」


「それに、うちの国から物資が運ばれたって話もない。無論ソラキル方面からもや……」


「それにしちゃぁ、連中ちゃんとした武装を整えているみたいっスね」


「裏で絵図描いとんのは……これと一緒の奴かもな」


 俺はそう言って、薬の入ったガラスの小瓶を爪で弾く。


「三国と戦争かましながらラーグレイに謀略を仕掛けてるって事っスか?いくらなんでも……」


「まぁ、普通に考えたらそうやけどな。俺とお前の情報網を抜けられる奴はそれなりに居るやろうが、影も痕跡も一切掴ませない奴があちこちにいるとは思われへん。せやったら、同一の相手と考える方が信じられるやろ?」


「……確かにその一点を見ればそうっスけど。兄貴の予想が当たっていたとしたら、相当やばいっスよ」


「せやな……まぁ、今んとこ俺らにあの国の戦争は関係あらへん。それより、ロブ。ちょいときついかも知れんけど、この薬の大本調べてくれるか?」


「了解っス」


「頼むで、命はお金と同じくらい大事にな」


「そこは金よりも大事って言って欲しいっス」


 そう言って笑ったロブが部屋から出て行くと、一気に部屋の中が静まり返る。


「この薬……ロブが言っていたくらいの効果があるなら……うちらだけやない。世界中が目の色変えて欲しがるやろうなぁ。大々的に売り出さん理由はなんや……?情報の秘匿……小出しで希少性を高める……教会さんとの対立……技術を欲した大国に狙われる……そんなとこやろな」


 俺は小瓶に蓋をして、机の中にナイフと一緒にしまう。


 これ以上の考察は、ロブが情報を持って帰って来てくれてからにしよか……それより仕事の続きやらんとな。


 ……あれ?文鎮どこや?






View of モーリス=スコモス 元ルフェロン聖王国情報局副局長 ソラキル王国工作員






「……以上がルフェロン聖王国での作戦報告になります」


 私は報告を終え、目の前でつまらなさそうにしている人物に深く頭を下げる。


 その人物はソラキル王国第三王子……ザナロア=エルシャン=ソラキル王子殿下。


 今回私に、ルフェロン聖王国内での工作の中止とランガス殿を捨てる様に命じられた方だ。


「そっか……ん~、やっぱ失敗だったかな~」


 そう言いながらも、その声音に悔恨の色は一切感じられない。


「ま、そっちはいいとして、ご苦労様だったね……えっと、名前は忘れたけど、結構長い事あの国に潜り込んでいたんでしょ?」


「はっ」


 私は顔を上げず、短く返答だけをする。


 この方相手に、余計な事を話すことは出来ない。


 聞かれた事のみを短く素早く返答することが出来なければ、徐に胴と頭が泣き別れになってもおかしくないからだ。


「なんかさ、十年だか二十年だか潜入してたんでしょ?そんなに長い事あの国で過ごして、愛着とか湧かなかった?」


「いえ、そのような感傷は一切御座いません」


「あっそ……」


 私の返答に、心底つまらなそうに相槌を打つ殿下。


 私は国元こそ離れてはいたが、ルフェロン聖王国にて情報局副局長という立場にあった為、色々とソラキル王国の情報を目にすることも多かった。


 この第三王子殿下は、側室の子ということもあり、王位継承の順位はそれ程高いという訳ではないが、もっとも現国王の血が濃いと噂されている。


 自国の王に対して言う事ではないが……残忍で狡猾、敵にも味方にも容赦はしない……しかしそれを表に見せることは、滅多にない。それを見せる時は相手を絞りつくし、利用価値がないと判断した時だけだ。


 恐怖による独裁……それがソラキル王国という国とそこに君臨する王の本質である。


 まだ若い第三王子殿下はその残忍さをあまり隠してきれておらず、だからこそ王の血が最も濃いと言われているのだ。


「もう一人の長年頑張ってたって工作員……彼も君と同じような想いだったのかな?」


「感傷は一切なく、ソラキル王国の為ならば全ての我欲を捨てたでしょう」


「それはつまらないね」


 再びつまらなさそうにそう言った王子殿下は、大きくため息をつく。


「まぁ、それが本当だとしたら、あの小国にそいつを捨てて来て正解だったね。国から見捨てられて悔しがるとか、絶望するとか……復讐を考えるとか……そういうのを見たかったんだけど、聞いた限りじゃそういうの一切無さそうだしさ」


「……」


 あてが外れたけど、捨てて来たのは失敗じゃなかったかと言いながら、椅子から立ち上がる王子殿下。


「今回の計画中止を決めたのは私じゃなくて父上だからね。やっぱりそういった負の感情は、自分の手で育ててこそ収穫するのが楽しいよね。うん、だから……そろそろ動こうかな」


「……」


「君は……私の指揮下に入ってもらう。長旅で疲れていると思うけど、すぐに動けるよね?」


「問題ありません」


 私もそろそろ六十近い……ルフェロン王都からソラキル王都まで一人旅の強行軍で心身ともに疲れ果ててはいるが、否はない。


「じゃぁ、御用商人の所へ行ってきてもらえるかな?私の使いだと言えば後は案内してくれる」


「承知いたしました」


 指示を受けた私は、すぐに立ち上がり部屋を後にする。


 部屋から出る直前、先程までとは打って変わって、楽しげな様子で王子殿下が呟いた一言には当然反応を返さない。


「まずは、国内の収穫からだね」


 耳に残ったその言葉を振り払うように、私は移動を始めた。


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