第119話 決着



「我々を襲撃した愚か者共は、次の聖王が決まっていたからこそ、このような暴挙に出たのではないか?だが、私も摂政も、次の聖王に関してはまだ何も話してはいない。一体どのような経緯で、ソラキル王国の王子が次の聖王になると言うのだ?私にはまだ子が居らぬが……それも数年以内には解決出来るだろう。直系である我が子を差し置いて、他国の王子を次期聖王に私が推挙するとでも?」


「……」


 エファリアの言葉に沈黙しか返さない宰相は、それでも一切の表情を変える事は無い。


「それに貴様は、先程派閥の者がエインヘリアの方々に誘導されて襲撃を行ったと言っていたが、そもそも何故本決まりでもない条約の内容が漏れているのだ?まさかそれも下の者が勝手に手に入れたと?」


「……」


 うん……まぁ、宰相だったかあの会談に参加していた二人だったかは忘れたけど、その後でやった会議で思いっきり条約の内容を派閥の者に伝えていたよね。


 派閥の長であるなら、その情報が何を引き起こすか理解出来ていなかったはずはない……というか、エファリアを暗殺するように誘導したいが為に情報を与えたのだろうけどね。


 その結果、宰相の予想以上の暴発をしたみたいだけど、あのお馬鹿さん共が動くように仕向けたのは間違いなく宰相だ。


「あの者達に私を暗殺させようと企んでいたのだろう?だが、エインヘリアを巻き込んだことと、その行動を起こす時期に関しては想定外だったようだな」


「……」


「そういえば、先程から私達エインヘリアがあの暴走貴族を唆したとランガス殿はおっしゃられていますが、それは勘違いですよ?」


 徐にキリクが口を挟む。


 あれ?唆してないんだ?てっきりキリクが何かしたと思ってたんだけどな……。


 そんなキリクの言葉を信じていないのか、宰相はキリクの方を見ることをしない。


「あの貴族達を唆し、陛下達を襲わせたのは、貴方のお仲間……そして本日城から逃げ、ソラキル王国方面に向かっていった、元情報局副局長の男ですよ」


「……なんだと?」


 流石に聞き捨てならなかったのか、久しぶりに宰相が反応を見せる。


「おや?聞き取れませんでしたか?貴族達を唆したのは、ルフェロン聖王国で情報局の副局長を務めていた、ソラキル王国の工作員。貴方の本当のお仲間ですよ」


「……」


 キリクの言葉に再びだんまりを決め込む宰相。その表情は相変わらず厳しいものではあったが、先程までの様に何の感情も感じさせない物では無かった。


「因みに、その男を我々は捕獲していませんよ。勿論監視はしていますがね……ソラキル王国、そして誰の元に向かうかまで、しっかりと案内してもらうつもりですよ」


「……」


 キリクの台詞に、忌々しげな視線を向ける宰相。


 ソラキル王国の話となると冷静ではいられない様だね……自分の命以上にソラキル王国の事を想っているということだろうか?


 凄い忠誠心……キリクが推測していた、宰相は最初からソラキル王国に仕えていたっていう説は確定っぽいな。


「実は私共も此度の件、全てを理解出来た訳ではないのですよ。元副局長を捕らえれば分かるかも知れませんが……今は泳がせている最中ですし、話を聞くのは難しいですね」


「……」


「しかし、推測は出来ます。聞くところによると、貴方と副局長が、ルフェロン聖王国に潜り込んでいるソラキル王国の工作員としては最古参だそうですね?役割としては、表立って計画を立て動いているのは貴方。裏で情報を操り工作をするのが副局長。他の者は適時ソラキル王国から送り込まれていたみたいですが、貴方達程中枢に潜り込めている者はいない……そうそう、とりあえず工作員は全て捕えさせてもらっていますよ?」


「……」


「貴方を含めて、四人」


「……馬鹿な」


 宰相の小さく呻く様な台詞で、ソラキル王国の工作員を全部捕まえることに成功している事が分かった。覇王の目で見る限り、ブラフではないだろう。


 うん……かなり宰相も限界みたいだね。


「貴方と双璧を成す古参の人物が、この大詰めと言った段階で訪れた危機に……はたして、裏切るでしょうか?いえ、それはあり得ない。寧ろ全力で事を成す為に注力するはず。だが現実は、彼は馬鹿な貴族を唆し、あなたを窮地に追いやった……」


「あり、えない……」


 宰相の鉄面皮が一気にひび割れ、茫然としながら言葉を漏らす。


 そんな宰相を見ながら、キリクはにこやかに……言葉を続ける。


「そう、彼が裏切ったわけじゃない。ランガス殿、貴方を裏切ったのはソラキル王国です」


「……」


 宰相は叫びこそしなかったが、その表情は完全に憤怒に染まっている。


 こうして見ると……あの最初の会談の時、宰相が怒って見せていたのは思いっきり演技だったんだね。


 今こうして宰相から感じる怒気は、あの時とは比べ物にならないほど強烈だ。


「ソラキル王国が、どの時点で貴方の進めて来た計画を見限ったのかは知りませんが……少なくとも、聖王陛下がエインヘリアに向かう前だったのは間違いないでしょう」


 キリクの言葉に目を見開く宰相……あの様子だとキリクが何故そう判断したか理解できたみたいだけど……やばいな、察しの良い人たちの会話はついていくのが非常に難しい……。


「情報局の副局長ともあろう人物が、秘密裏にとは言え、聖王陛下が国から脱したことに気付かない訳がないですしね。しかし、それを貴方はすぐに知らされてはいなかった。早めに知らされていれば使節団の移動中に襲撃をしたでしょう?」


「……」


 再び黙り込んだ宰相を見ながら、思わず「なるほど!」と手をぽんと叩きたくなる衝動を抑える。


 なるほどなー、そうなってくるのかー。


 うん、やっぱり俺にはこういった謀略戦みたいなのは向いてないな。秒で覇王のメッキが剥がれそうだ。


「貴方がその事を知らされたのは、既に手出しの出来ないエインヘリアへと聖王陛下が入られてから……他の事に気を取られていたのかもしれませんが、そこで気づけなかったのは致命的でしたね」


「……」


「しかし、今回の件はともかく……今まで順調に計画は進んでいたのですし、見限られる要素はなかったと思いますが、その辺りどうです?」


「……」


 キリクがドSっぷりを発揮して、とんでもない質問を宰相に投げかける。


 それ聞いちゃうの?


 俺が宰相の立場だったらキリクの事ぶん殴ってたと思うよ?


「貴方に課せられていた仕事は、ルフェロン聖王国を手中に収める事……これはあくまで私見に過ぎませんが、ソラキル王国は多分ルフェロン聖王国を食い物にするつもりは無かったのでしょう。まぁ、操って都合よく利用しようと考えていた……他国に対する牽制か盾として使う、そんなところではないでしょうか?」


「……」


「ふむ。この期に及んでまだ黙秘しますか。その忠誠心は見事……どこぞの暴走貴族にも見習わせてやりたいくらいですよ」


 ……キリク、その台詞はエファリア達がダメージを受けるからやめてあげて。


 一瞬エファリアと摂政が痛そうな顔してたし。


「ランガス殿、貴方や貴方が長きにわたって従事して来た計画を見捨てた国に、そこまで義理立てする必要がありますか?今全てをつまびらかに話せば、最大限の恩情を与えられるように口添えいたしますよ?」


 そんなキリクの言葉を鼻で笑う事もせず、宰相は先程まで浮かべていた厳めしい顔に戻ってしまう。


 こうなると、俺は全く宰相の心情が読めない。


「長年、他国で工作員として活動しながら、宰相という地位にまで上り詰める……物凄い功績だと思います。無論ソラキル王国の助力もあったのでしょうが、それでもとても素晴らしい手腕です。もし貴方がルフェロン聖王国の真の臣であったなら、この国はもっと強く豊かであったかもしれませんね」


「……」


「まぁ、その場合……我がエインヘリアとルフェロン聖王国は、今の様に友誼を結ぶのは難しかったかもしれませんし……我々としては微妙ではありますね」


 キリクは冗談めかしながら言うけど……その場合、俺はルフェロン聖王国に何かしらいちゃもんをつけて攻め込んでた可能性が大……それは何か物凄く気まずいというか……よろしくないというか……いや、そんなたらればはどうでも良いのだよ!


 今こうしてエファリアとは仲良くやっている、それでいいじゃない!


「さて、ランガス殿。貴方は自身の命すら投げ打ってでも、エインヘリアとルフェロン聖王国の開戦を遅らせようとしていましたね。まぁ、ソラキル王国への連絡は全て潰させて貰っていたので、いくら時間を稼いでも意味はありませんでしたし、そもそも我々は開戦するつもりは一切ない。覚悟は見事でしたが、盛大な空回りでしたね?」


 キリクの攻めっぷりに、そろそろ宰相が可哀想になって来たよ?俺は。


「さて、ランガス殿は、あまり我々と話をしたくなさそうですし……そろそろ御退席いただきましょう。あぁ、ご安心下さいランガス殿。貴方は中々口が堅いようですが、我が国の交渉役は非常に仲良くなるのが得意なので。きっとランガス殿も、すぐに打ち解けて色々と語りあかせると思いますよ」


 俺はもうキリクの笑顔が悪魔の笑顔にしか見えないヨ……。


 そんなことを考えながら俺が表情を崩さないように頑張っていると、宰相が突如懐から取り出した短剣を自分の喉目掛けて……突き刺そうとした所を、何処からともなく現れたウルルに阻止される。


 ……完全に油断してたわ。


 宰相の動きに、俺は今一切動くことが出来なかったけど……俺、襲われた時に咄嗟に対応できないかもしれんな……。宰相の動きはしっかり見えていたのに、そのまま見送ってしまった。


 因みに驚いているのは俺だけじゃなく、エファリアや摂政も、宰相の行動と突然現れたウルルに目を丸くしている。


「それはいけませんよ、ランガス殿。ここには両陛下が居られるのです。いくら重臣、いくら護身用とは言え、武器を所持したまま陛下の前に立つなど、下手をすれば極刑ですよ?」


 キリクの惚けるような物言いを聞きながら、エファリアが机の上に置かれていた鈴を鳴らし、部屋の外に控えている近衛を呼び出す。


「その反逆者を牢へ入れておけ。身動きは一切できない様に拘束した上でだ。絶対に自殺を許すな」


「「はっ!」」


 二人の近衛が宰相を掴み会議室の外へと連れだす。


 宰相は気絶しているわけではないようだけど、もはや歩く気力も無いのか、近衛に引きずられ無言のまま部屋から連れ出されていった。


 会議室の扉が閉まり、人の気配が扉の向こうから消えるのを確認してから、エファリアが大きくため息をついた。


「流石に何も情報を漏らさないか」


「なに……宰相の尋問は我等が協力させてもらう。ソラキル王国の目論見から宰相派の情報まで、ひとつ残らず吸い出してやろう」


 少し疲れを見せながら言うエファリアに、俺は宰相が会議室に来て以降、初めて言葉を発した。


「貴国の尋問は恐ろしいな……」


 そう言って苦笑するエファリアには、俺も物凄く同意したい。


「想定よりもかなり予定は早まってしまったが、此度の会談の本題に入るとしよう。我が国、エインヘリアとルフェロン聖王国で交わす条約について、その詳細とルフェロン聖王国の貴族達に納得してもらうための……例の件の打ち合わせだな」


「まさか、王都に戻り数日で宰相の件が終わるとは思わなかったな」


 エファリアがしみじみというけど、それに関しても強く同意したいね。


 キリクの推論では、俺達の仕掛けだけじゃなくソラキル王国の方の動きもあったからこそ、こんな一瞬でケリがついちゃったってことだけど……流石に宰相が不憫すぎるな。


 まぁ、敵だからいいけどさ。


「まだ派閥が潰えた訳ではないが、宰相がいなくなり、ソラキル王国の手の者はすべて排除した。残された派閥の者達は、もはやグリエル殿の派閥の障害とはなり得ないだろう」


「陛下のお陰で随分と楽をさせてもらえそうです。早々に国内をまとめ上げ、エインヘリアとの関係を進めていきたいと考えております」


 摂政がそう言って俺に深く頭を下げる。


 これでようやく、ルフェロン聖王国の属国化がすすめられるという訳だね。


 ようやくっていっても、王都に来てからまだ三日しか経ってないけど……まぁ、気分的にはやっとって感じだよ。


 なんせ……こんな連続で覇王ムーブかまし続ける事無かったからね……いや、かなりきつかったよ……早くお家に帰ってルミナをもふりたい……。


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