第118話 言い訳



 俺が見る限り、宰相の表情はここ数日見て来た厳めしい表情と何ら変わらない様子ではあるけど、会議室の入り口で立ち竦んでいる様子を見る限り、平常心という訳にはいかない様だ。


 まぁ、それも当然だろうけど……自分の派閥の人間が、何をとち狂ったか自国の王と他国の王がお茶会をしているところに武装して突撃かましたのだから。


 失態とかそういう問題ではない、普通に戦争案件だし、ルフェロン聖王国からすれば関係者全員首チョンパして謝罪をする感じになるだろう。


 ところで、宰相がこの部屋に入って来た時、エファリアと摂政に何かを伝えようとしていたみたいだけど……アレは何を言おうとしていたのだろうか?


 なんか俺……というかキリクの姿を見て硬直したみたいだったけど。


 俺とエファリアがお茶会をしている間、キリクと宰相で何か会談をしていたらしいけど……なんか脅したりしたのかしら?


 今も明らかにキリクを警戒している……いや意識しているような気がする。


「宰相。既に聞き及んでいるとは思うが、つい先程私は襲撃を受けた。私に害をなし、国賓であるエインヘリア王をも害そうとした愚か者共は……頭の痛いを通り越してもはや虚無さえ感じるが、残念ながら我が国の貴族だ」


「は……」


 宰相は席に座ることなくエファリアの言葉を聞く。


「そしてその者達は、お前が面倒を見ている者達のようだ。アフロン侯爵、ザックル子爵、ムヌル男爵、ロガイ男爵……既に家の取り潰し、一族郎党の処刑は決まっているが、異論はあるか?」


「あろうはずもありません。事は国家反逆罪、処刑は当然です」


 間髪入れずに宰相は答える。


 うーん、何を考えているのか……俺には分らんな。


 流石にこの場で、キリクにこそっと説明してもらうってのは無理そうだし……とりあえず、俺はしたり顔、というか余裕の表情をしておこう。


「可能であれば、不届き者どもの尋問をお任せいただけませんか?」


「それが可能であるかは、お前が一番分かっている筈だが?」


「……申し訳ございません」


 キリっとした様子で宰相の事を横目で見るエファリアは、体の大きさや年齢とはかけ離れた迫力がある。


「さて、宰相……いやリガロ=ランガスよ。この際面倒は省きたい。だから単刀直入に聞こう、何故国を裏切った?」


「一体何の事でしょう?聖王陛下、私は宰相……国に尽くし、国を発展させることこそ我が責務。突然裏切ったなどと非難されるのは心外ですな。確かに今回、私が面倒を見ていた者共がとんでもないことをしでかしたのは事実。宰相として派閥に属していた者を管理しきれなかったことは認めますが、私自身は反意を抱いたことなぞございません」


 しれっとすっとぼける宰相の顔に、動揺した様子は全く無く……今までの得た情報が無ければ、この人物が国を裏切っているとはとてもじゃないけど思えない。


 いや、違うか……コイツはルフェロン聖王国を裏切っていない、最初から敵だった……それがキリクの意見だったな。


 そもそもルフェロン聖王国に仕えているわけではないから、反意を抱いた事は無いってことか?……いや、ルフェロン聖王国から俸禄を貰っておきながら、それは図々し過ぎるだろ。


「反意はない、か……その言葉を無邪気に信じられたなら、どれだけ良かっただろうと思うな。長年聖王国の為に働き、いくつもの功績を成してくれた……だが、これ以上お前を自由にすることは出来ない」


「……聖王陛下、エインヘリアに何を言われたかは存じませぬが……今この国を狙っているのは、そちらの方々ですぞ?」


 そう言って俺達の方に視線を飛ばす宰相。


「おや、ランガス殿。私共の方こそ、あらぬ疑いをかけられて心外ですよ?」


 そう言ってキリクは普段見せない様なにっこりとした笑顔を見せる。


 因みに俺は、反応を一切しないように苦心中だ。


「何度も申し上げている通り、私達はルフェロン聖王国と友好を結びに来たのです」


「ふん……茶番はやめて貰おうか。そちらが持ち掛けて来た条約……此度の反乱はその条約から端を発したもの。およそ受け入れられる筈もない条約を持ち出し、我等を揺さぶり暴発させる腹積もりだったのだろう?」


「そのような意図はありませんが?お互いの国がより発展して行く為、それだけを考え作った条項です」


「ぬけぬけと言ってくれる……聖王陛下、恐らくエインヘリアが後ろ盾となり、我等を排除……実権を得てから、改めて正式な条約を結ぶというような密約を結ばれたと存じますが、それはエインヘリアの罠です!」


 キリクから視線を外し、語調を強くしながらエファリアに向かって話しかける宰相。


 うーん……宰相派の排除と実権の確保は約束してたし、条約の件は宰相派の件を片付けてからって話だったけど……罠ってなんぞ?


 宰相派を追い落とす罠……って意味じゃないよな?それをエファリアに言いつけたところで意味は全く無いし。


「恐らくエインヘリアはアフロン侯爵……いえ、元侯爵達を操り自分達を襲撃させたのでしょう!その手腕は見事な物です、実に上手く侯爵達の危機感を煽り操ったものだ。聖王陛下と手を結び無茶な条件……特に貴族制の廃止なんてものを突きつける。聖王陛下と話が付いている以上、彼等は動かざるを得ない状況に追い込まれ……結果あのような短絡的な行動をとった」


 へぇ……うちで条約の内容を決めた時には無かった貴族制の廃止が条項に追加されていたのは、宰相派を釣る為だったのか……なるほどなー。


 貴族制の廃止については、通す事は無いけど必要なので入れておくとキリクから聞いてはいたけど……ただ揺さぶる為じゃなくって、アホの子を暴発させるって明確な目的があったのか。


 ……キリクがうちの子で本当に良かった。


「確かに、あの者達の暴走によって我が派閥は力を失うでしょう。当然責任の所在は派閥の長である私にある、そのことに異論はありません。ですが、聖王陛下を害するという決断は、けして派閥全体の意思ではありません!派閥の長として責任を取る所存ではありますが、何卒……宰相としての最後と言葉をお聞き入れ頂きたい!」


 中々殊勝な態度にも見えるけど……宰相の狙いを考えるに、諦めた訳じゃないよな……?


 何を考えている?どういう話の持っていき方をするつもりだ?


「……」


 俺と同じように宰相の狙いが掴めていないのか、エファリアは無言で宰相を見ている。


「聖王陛下。エインヘリアが……他国へ侵攻し、領土拡大に傾注しているエインヘリアが、ただルフェロン聖王国と条約を結ぶだけで満足すると思いますか?それはあり得ません。今回、エインヘリアは我が派閥の者を裏で操り、聖王陛下と歓談している自国の王を襲わせた……ルフェロン聖王国へと宣戦布告をする大義名分を得たのです!恐らく、国元では既にこちらに攻め込むための軍をおこしていることでしょう」


 ……いや、おこしてないよ?


 え?キリク軍の準備とかして……るわけないよな。うん。


 流石にそれは俺に報告せずに進めるはずがない。


「ランガス殿……決死の覚悟なのかもしれませんが、それは些か暴論に過ぎる上、我等の友好を壊しかねない言葉かと」


 その言葉とは裏腹に、キリクは笑顔だ。


 これは何処からどう見ても、キリクが宰相の言っていた事を企んでいたようにしか……。


「もはやこの状況……私にできること等ありはしない。ただルフェロン聖王国が蹂躙されるのを無為に見過ごす事だけは許されないと思っているだけだ」


「なるほど……随分と殊勝な考えの様ですね。ところで話は変わりますが、ランガス殿はソラキル王国と随分仲が良いようですね。昨日、今日と立て続けに使者を送っているようですし」


「……」


「まぁ、昨日はともかく、今日の使者は貴方の意思で送られたものではないようですが……」


 キリクが肩を竦めながら宰相に向かって言うが、宰相の顔はピクリとも動かない。


「私共も是非ともお話を伺いたかったので、使者の方に少しお時間を頂いたのですが……中々興味深い話が聞けましたよ」


「……」


「なんでも、次期聖王陛下が決まられたとか?いや、現聖王陛下が成人もされておられないというのに、随分と気の早い事ですね」


 キリクの台詞に一切反応を見せない宰相……この人もとんでもない精神力だよな……俺からは一切動揺が表に出て来ていないように見えるんだけど……キリクにはこの人の感情も読めているのだろうか?


「後継者が早い内から決まるのは良い事ですね……他国から遠縁の王子を呼ぶ程ひっ迫した状況とは思えませんが、まぁ他国の人間が口を出すような問題ではありませんね。あぁ、お祝いの使者を送る事は見送らせていただきますが、構いませんよね?」


「リガロ=ランガス。いつから貴様は次期聖王を決められるような立場になったのだ?」


「……」


 エファリアがこれ以上ない程冷ややかな声で宰相に問いかける。


 その迫力は、矛先の向いていない俺でも下半身がきゅっとなる感覚を覚えた。


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