第117話 もはや修正不可能
View of リガロ=ランガス ルフェロン聖王国宰相
「……」
馬鹿な!?
一体何を考えているのだ!
私は、突如齎された報告を聞いて頭を抱えたくなったが、今ここでそれは出来ない。
何故なら、私は今エインヘリアの参謀、キリクと個人的に面談をしている最中だ。
この男……非常に若いように思えるのだが、流石は一国の重鎮……全く隙がない。正直敵に回すのはかなり面倒な相手だが……もはや今更だな。
それよりも、この件を伝えねばなるまい。
「キリク殿、会談中に失礼した。些か見過ごせぬ報告が上がって来ましてな」
「ランガス殿のお立場であれば、色々と面倒事が舞い込んでしまうのは無理もない事。どうかお気になさらず」
「
「えぇ。我が国に聖王陛下がお越しになられた際、随分と友好を深められたらしく、非常に気安い間柄であるようですね。しかし謝罪とは、一体どうされたのですか?」
突然の私の言葉に首を傾げるキリク。
至って冷静な様子だが、どことなく楽しんでいるような雰囲気も感じられる。
その感情が向けられている先が何処なのかは分からないが……。
「両陛下の仲が良好なのは喜ばしい限りなのですが……先程、何者かに襲撃をされたと」
「襲撃……?この王城の中でですか?」
「お恥ずかしながら……」
実際失態どころの騒ぎではない。
王城内で自国の王と他国の王が襲撃に遭う……しかも襲ったのは間違いなく自国の貴族の手の者……どう謝罪しようと開戦……いや、十中八九エインヘリアの狙いはそれだろう。
この参謀の様子を見る限り、これが予定通りなのは間違いない。誰が襲撃を命じたのかまだ分からぬが、エインヘリアにそそのかされたのか?
それとも、馬鹿が暴走したのか……。
くそっ……まだあの会議をしてから一日だぞ?
エインヘリアの王に手を出すなと言ったのが理解出来なかったのか?せめて後一ヵ月時間があれば……エインヘリアとの戦端が開かれてもソラキル王国と連携が取れたというのに……。
「ですが、両陛下の御無事は確認出来ております」
「それは重畳。まぁ、陛下の無事は分かっておりましたが……恐らく襲撃者は全て捕獲済みですよ。情報は取り放題でしょうし、今後の事が捗りますね」
「……それは嬉しい情報ですね」
嘘か本当か分からないが、襲撃者が生きているとして……余計な事を喋ってもらっては困る。
急ぎ口を封じる必要があるのだが……すでに動いているか?
「キリク殿、私から会談を申し出ておきながら、中途半端になって申し訳ない。私は急ぎやらなければならない仕事が出来てしまったようだ。今日の所はこれで失礼させて頂く。キリク殿をエインヘリア王陛下の元へ案内して差し上げろ」
報告に来た者をそのままキリクの案内に着けると、これ以上相手に何も言わせないように会議をしていた部屋をすぐに出る。
その時が来た時に、王族に対して暗殺という手段を考えられるように今まで誘導してきたのは私達だが……まさかここまで考え無しの行動をとるとは……。
とにかく詳細な情報を得る……それからすぐに動かなければ。
「閣下、こちらに」
部屋から出た私を、私と同じようにソラキル王国に仕えながらルフェロン聖王国に入り込んでいる者が近くにある部屋に誘う。
表向き、私とこの者の繋がりは殆ど無いし、今まで余程のことがあってもこのような形で接触してくる事は無かった。
つまり状況は最悪と言う事か……。
私が部屋に入るとしっかりと扉が閉まっている事を確認した後、深いため息をつきながら男は口を開いた。
「アフロン侯爵、ザックル子爵、ムヌル男爵、ロガイ男爵が兵三十を率いて、聖王を襲撃しました」
「……なんだと?」
今何と言った?
兵を率いて襲撃……?暗殺者を送り込んだのではなく……?
「襲撃の場にはエインヘリアの王もおり、近衛とエインヘリア王の護衛によって鎮圧、侯爵以下全ての者が生け捕りとなりました」
「……」
……嘘だと言ってくれ。
「大事な事だ、確認するぞ?侯爵達は襲撃者を送り込んだのではないのか?」
「違います。侯爵自ら兵を率いて襲撃を行いました。正面から堂々と」
ただでさえ暗い部屋の中で、私は目の前がさらに暗くなっていくのを感じる。
何故その様な愚行を……いや、確かに侯爵は短絡的な人物ではあったが、あまりにも酷すぎる!
侯爵は何を考えてそのような行動に……。
……聖王への襲撃は分かる。これは前々から私達が仕込んできたことだし……その時が来た場合、直接命令を出すのは侯爵の役目だった。
しかし、昨日の今日でいきなり……エインヘリアの王を巻き込んでの襲撃?侯爵自ら?……大方、エインヘリアの突き付けた条件を聞き、聖王が国を売ろうとしている今なら、先頭に立って聖王を倒せば次の聖王になれるとでも考えたのだろう。
何の手回しも無しにいきなりそんな暴挙に及んで、大願が成就する訳ないだろうが……いや、そもそも三十人程度で近衛を突破して聖王を殺せるわけがない。
まだ暗殺という手段なら分からなくもないが、正面から襲撃だと?ただの自殺志願にしてもお粗末すぎる!
「情報局の副局長はどうしている?宰相派のコントロールはあの者に任せていたはずだ」
「それが、副局長の姿が見えません。襲撃よりも以前から姿を見かけた者はおりません」
「馬鹿な……一体何故……」
あの者は、私と同じく長年をかけてルフェロン聖王国に潜り込んだ者だ。
しかも情報局副局長という、機密情報にかなり近いポジション。ある意味工作員としては、私よりも重要な立場にあると言っても良い。
だからこそ、宰相派の動きを見張り、誘導するのにうってつけの人材であったのだが……あの者がこの動きを見落としたというのはあまりにも不自然……。
いや……もしかすると、そのことがエインヘリアにバレて既に消されたか……?
その上で侯爵達を操り襲撃させ……大義名分を得たエインヘリアは宣戦布告。
ここまで用意周到に事を進めたのであれば、ルフェロン聖王国に攻め込む準備は既にできていると見て間違いない。
だが、王や他の重鎮がこの国にいる以上、開戦は出来ない。
ここにいるエインヘリアの兵力は二百程度……仮にアレが全て近衛兵だとしても、敵国の中枢から要人を護衛しつつ自国まで戻るのは容易ではない。
ならば、こちらから先制して王を捕縛……いや、違う。こんな状況を作り出した以上、あの王は恐らく偽物だ。
恐らく……人質として価値があるのは参謀のキリクだ。
少なくとも、あの者の能力は偽物ではない。なればこそ、あの人材を捨て石にはしないだろう。
恐らく今回の計画の立案兼実行者として、あの者はこの国に来たのであろう。計画の最後で失敗しない為に……本人は決死の覚悟でルフェロン聖王国に乗り込んできている筈。
その国への忠誠心は見事なものだが、見逃すわけにはいかない。
その忠誠心のせいで、長年進めて来た計画が崩されそうな私としては、一番忌々しい相手だしな。
「宰相派の者を使って構わん。エインヘリアの者達の身柄を抑えよ。但し、兵にはまだ手を出すな。参謀キリク、エインヘリア王。この二人の身柄確保を優先……特に参謀キリクは最優先だ!城門と王都の門も閉じる様に伝令を飛ばせ!それと、可能であれば捕まった者を消せ。急げ!」
「はっ!」
私の指示を受け、男は急ぎ部屋から出て行く。
間に合うか……?あの者……キリクさえ捕らえることが出来れば、ぎりぎりまで開戦を遅らせることが出来るはず。
恐らく、先程私が部屋から慌てて出て行こうとした時……キリクは内心ほくそ笑んでいたに違いない。
あの瞬間こそ……キリクを捕らえることの出来る最後のチャンスだったかもしれないのだ。
我が身の愚鈍さに呆れかえるばかりだが……今は悔やんでいる暇はない。
冷静に処理をしろ。次に考えるべきは……敵味方をはっきりさせる事。
今欲しいのはエインヘリア兵二百を封じ込め、キリクの身柄を確保できるだけの戦力……私が今すぐ動かせる手勢は精々百五十といったところ。敵兵二百を抑え込むには、聖王や摂政の協力が必要だ。
奴らはエインヘリアの力を借りて宰相派の打倒を目論んでいたはず……だからこそエインヘリアを国内に招き入れた。
だが、エインヘリアの狙いが聖王達の後ろ盾となりこの国を操る事ではなく、併合する事だと分かった今、一時的に摂政と手を組むことは可能なはず。
摂政と手を組めば近衛を動かすことが出来るし、聖王に忠誠を誓っている者達も動かせる。
それだけ戦力があれば、エインヘリア兵を制しキリクを確保出来るだろう。
これ以上時間を無駄に出来ない。こうしている間にキリクは城から脱し、国境に向けて移動を始めている筈なのだから。
あの者を今確保できるかどうかで、私の計画がどうなるかが決まる!
私は急ぎ部屋から飛び出し摂政の執務室へと向かったが、その道すがらすれ違った者に摂政や聖王の所在を確認した所、会議室に集まっているとの情報を得ることが出来た。
教えられた会議室に向かうと、扉の前に近衛が立っておりそこに聖王がいることが分かる。
この状況だ、間違いなく摂政もここにいるはず。
私が会議室に入ろうとすると、扉の前に控える近衛が扉を開く……この様子だと、まだ私は敵と見なされている訳ではないと考えて良さそうだな。
「聖王陛下、遅くなり申し訳ございません!早速ではありますが、今は何よりも優先せねば……」
部屋に入りながら、私は捲し立てる様に言葉を続けようとして……部屋の中にいた人物を目にして固まってしまった。
「来たか、宰相。待っていたぞ」
聖王、そしてその隣にいる摂政は良い。だが、何故……何故この場にエインヘリアの王、そしてキリクがいる!?
私の予想が間違っていた……?
それとも……ここで私を殺してから動くつもりか……?
それはつまり、ルフェロン聖王国よりもソラキル王国を警戒していると言う事……マズい、情報局の副局長がやられていたという推測が当たっていた場合、こちらの動きがバレていたと言う事……それはつまり、ソラキル王国への伝令も潰されている可能性があると言う事だ。
エインヘリアの諜報力は十分警戒していたつもりだったが、それでも甘すぎたということか!
何とか時間を稼げば、ソラキル王国の介入によりエインヘリアを撃退できると考えていたが……これはマズイぞ!
ソラキル王国への連絡が完全に止められていた場合、私の策の全てが潰えることに……。
「宰相?何を固まっている。何が起こったか、分かっているのだろう?」
「は、はっ……申し訳ございません。エインヘリア王陛下もいらっしゃっているとは思わず……」
「エインヘリア王がいるのは当然だろう?私と共に襲撃を受けたのだ。しかも我が国の貴族にな」
「……」
その通りだ……だからこそ、エインヘリア王とキリクがこの場に残っている意味が分からない。
私はこの数日、何度こう思ったことか分からない……だがそれでも思ってしまう。
一体何がどうなっているというのだ!?
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