第116話 きちゃった
「……エファリア」
「……」
「……これ……大丈夫なのか……?」
「……」
沈痛そうなエファリアに、俺は若干気まずい想いをしながら尋ねる。
いや、尋ねるべきではないのかもしれない……だが……現実は残酷だ。
俺達の視線の先には、糸の切れた操り人形の様な格好で倒れ伏す多くの人……。
何故俺達がこんな思いをしなければならないのか……時は少し遡る。
「ルフェロン聖王国の王都は良いな。活気があって……何より人口が多い」
「ありがとうございます、フェルズ様。ルフェロン聖王国がエインヘリアに勝てる数少ない点かもしれませんね」
そう言って上品に笑ったエファリアが紅茶に口をつける。
今俺達がいるのは東屋というのか……西洋風に言うとここは何て言えば良いのか……うん、分からん。
まぁとにかくあれよ、ちょっとおしゃれな感じの庭とかにある、屋根のある場所!
イメージ的には、貴族のお嬢さん方が御茶会とか読書とかしてそうな雰囲気……そんな感じのお上品でこじんまりした場所だ。
そこで俺達は……のんびりとお茶を飲んでいるわけだが……給仕をしてくれる人の他にリーンフェリアとエファリアの護衛が一人いるだけで、ぱっとみ不用心って感じだけど、まぁ、ここも王宮内だし、そんなごてごてした警備はしていないのだろう。
がっちりガードしてたら宰相派も困るだろうし、こちらとしては是非とも動いて貰いたい。
っていうか、このタイミングで襲撃してくることはないだろうけど、普段から不自然にならない程度に隙を見せておくってのは大事だからね。
「くくくっ……流石に比べ物にはならんな。エインヘリアの場合、城下町というか……城下村といった代物だからな」
「建物はとても見事な物でしたが……」
「建造物は城にいる技術者が指導しているが……エインヘリアの城下町は少々特殊な事情があるから中々人口を増やすのは難しいな。外部から人が訪れることもないし」
基本的に客は全て城に直接転移で来ているし、行商人が来たって話も聞いたことがない。
国内には龍の塒にいたドラゴンは既に討伐されたって話は流しているけど、だからと言って龍の塒に足を踏み入れるかと言えば……普通は踏み入れない。
そのくらい、あの地とグラウンドドラゴンはアンタッチャブルだったという訳だ。
俺からしたらただのアホ蜥蜴だったけど、それは俺達だったから言えることで、あの巨体が空を飛んで火を吐いて回れば……対応は難しいだろうな。
対空兵器なんて用意している間にいなくなるだろうし……そう言ったものが配備されている都市がどのくらいあるものやら……ってあの蜥蜴はどうでもいい。
今は、ゴブリンという特殊な住民と、龍の塒という特殊な土地の相乗効果により人口を増やすことが出来ないって話だ。
「住民を移動させたりはしないのですか?」
「自らの意思で移動してきたのであればともかく、俺が令を発して民を移動させるつもりは無い。住み慣れた土地を離れたくない者は多いだろうし、災害への対応という訳でも無いのに移住させる趣味はない」
まぁ、普通は王都の税収が……とか気にしないといけないのだろうけど、俺達はそんなことを気にする必要性がないからね。
「あくまで、民の自主性を重んじると言う事ですか?」
「そこまで言うつもりは無いが、自分達の思うように過ごしてもらいたいとは思っている。必ずしもそれが国の為になる訳ではないが、自由に生きれば良い」
「……だから我が国との越境を自由に行えるようにしたのですか?」
「それだけじゃないがな。人が動くと言う事は金が動くと言う事。金はどんどん使って回して、初めて意味があるものだ。一か所に貯められた金は毒にしかならん。金持ちが金持ち同士で金を回しても意味は無い……広く、色々な場所で金を使う事で健全に経済は回っていくのだ」
とか言ってみたものの……俺にとって一番大事なのは魔力収集装置のある場所で暮らしてもらうことで、エインヘリアが民にとって過ごしやすい場所と知れ渡れば、うちを目指してくる人が増えるだろうと言った打算によるものだ。
「中々実践するのは難しいですね……」
「エファリアには申し訳ないが、エインヘリアはかなり税率が低くなっているからな。何か手を打たないと、属国というレッテル以上に人が流出していくことになるぞ?」
「……」
まぁ、その点に関しては俺じゃなくてイルミットが対応してくれる予定となっている。
けしてルフェロン聖王国を悪いようにはしないと言う事だったので、問題はない。今後の事は、グリエルやヘルディオ伯爵と話をしているみたいだしね。
「軍事費は削れるだろうが……色々な経済政策、税の見直しが必要だろうな。そして一部の商人や貴族達だけが恩恵を受けるようでは意味がない」
「……フェルズ様は、何故エインヘリアにおいて貴族制を廃しているのですか?」
「別に貴族制が悪いという訳ではないが……血筋による統治は、無能が権力を持つ可能性が少なくないからな」
「……」
「貴族に優秀な奴が多いのは血筋故ではない、環境だ。それと同じように、平民に優秀な者が少ないのも環境のせいだ。貴族だろうと平民だろうと、優秀な奴は優秀だし、無能な奴は無能だ。だが、貴族が権力を握る機構が出来上がっていると、多くの優秀な者を見逃し、多くの無能が蔓延る温床となりやすいと俺は思う。優秀な奴はそれ相当の努力をしたから優秀なのであって、努力する場が与えられなかった者は、その才能に気付くことなく一生を終えてしまう……それは国としての損失だ」
「……平民が学ぶ環境を整えられるのであれば、貴族制を廃さなくても良いのではないでしょうか?」
「国の為……生まれを誇り、自らの血を誇る事も悪いとは言わない。命を賭けて戦う事がある以上そういった感情も大切だ。だがエインヘリアにおいてはその役目を担う者が貴族ではないということだな。それに、宰相派の面々を見る限りその誇りや自負も、あまり良い作用をしていないように感じられるな」
「……」
俺の言葉に表情を苦いものにするエファリア。
「自らの家を誇る事は悪い事ではない。それを芯として、より気高くあろうと考えられる者は素晴らしい。だが、それを振りかざす者もまたいるということだな。そして民の目に映り心に残るのは残念ながら気高き者ではなく、権力を振りかざす愚物が殆どだ。一部の愚物のせいで貴族という枠全てが腐敗しているように見えてしまう……そうなった時民の怒りの向かう先は貴族を御しきれない王に向かう。まぁ当然だな」
「それは致し方なき事かと……」
「そうだな。だが、俺は家名に守られ増長した愚か者を保護してやる趣味はない。無能には無能なりの仕事を与え、優秀な者には相応の仕事を与えたい。その障害となりそうな貴族制は、エインヘリアには必要ないということだ」
「……ですが国が長く続くと、どうしても力ある家というのは生まれてしまいます。例えそれが貴族の名を冠していなくても、他者に与える影響力は無視できないのではないでしょうか?」
「そうだな。そしてその影響力を使い、自分に都合の良い者に仕事を割り振り……それが派閥となりより強い権力を握る。貴族制を廃したとしても結局は同じ流れが生まれるだろう」
「……」
口には出さないけど、エファリアは若干不満そうだ。
長々と語ったあげく、結局同じことだと言われればそう感じるのも当たり前だろうけど。
「そういったものが生まれてしまうのは致し方なき事。優秀な者が権力を握るのであればそれはそれで構わないとは思うが……少なくとも俺の統治下では、それは個人の力で成すべき事だ。親や先祖が優秀であれば、それだけで金や縁といったアドバンテージはとれるが……最終的には本人の力次第よ」
「フェルズ様は、全ての者に平等であろうとしている訳ではないのですね?」
「残念ながら、人は平等ではない。人が百人集まれば一位から百位までの順位が絶対に着く。それが力の強さなのか、頭の良さなのか、財布の中身なのか、顔の良し悪しなのか……それはその場で何を求められているか、それ次第だろう。だから俺は、チャンスだけは万人に与えたいと考えている」
「チャンスというと……登用試験という事ですか?」
「いや、自分のやりたい事を学ぶチャンスだ。家が裕福であれば、子供の頃より多くを学ぶことが出来るが、平民はそうもいかぬ。特に農村部ともなると子供も貴重な働き手だ。役に立つかどうか分からない知識よりも、今日の食糧の為に働かせたいだろう」
「……」
既に俺が何を言いたいのか理解したようで、エファリアの目が真ん丸に見開かれる。
「税を軽く、移動を自由に、経済を回し、農村部に至るまで民を裕福にする。暮らしが楽になれば子供達も学ぶ自由を得られるだろう。農村部の子供に至るまで勉学に触れることが出来れば、その国はどんどん強くなっていくぞ?一部の特権階級の者だけが学び、権力を握る国とは分母が違うからな。農村部の三男から二十年後の宰相が出て来るかも知れない。俺が目指すのはそういった世界だ」
「……ですが、フェルズ様。全ての子供に学を与えると言う事は、畑を耕したり鉱山で働いたりするものが居なくなってしまうのでは……」
「そんなことはない。全体のレベルが上がると言う事は、要求されるレベルも上がるということ。夢破れる物も多く出るだろうし、そもそもそういった仕事を好む者もいる。犯罪者の労役も、そういった仕事を課すことになるだろうしな」
あまりにも農業とか鉱山の働き手が減るようなら補助金を出して、そういった職種を優遇するという手もあるしね。
その辺の塩梅はイルミットがしっかり管理してくれる筈。
しかし、エファリアも一瞬でそういった問題点を思いつくのは凄いよね……やはり俺は余計な事を考えずに皆に任せておいた方がよさそうだな。
偉そうに指示をするのは大まかな指針だけにしておこう。
「エインヘリアの……いえ、フェルズ様の御考えは、私達の考え方とは方向性が違い過ぎますわ……」
「そうだな。だからこそルフェロン聖王国にそれを押し付けるつもりは無い。エファリアはエファリアのやり方で国を豊かにしていけば良いのだ」
「……フェルズ様の御話を聞いた後では物凄くやっていける自信が湧いてきませんわ……」
エファリアがかなりショックを受けてしまった……。
いや、俺がやろうとしている事は、レギオンズのゲーム時代の力が使えるからこそ出来るパワープレイな上に全部人任せだから……偉そうに言ってるけど、基本ズルだからね……?
「……貴族や既得権益の話からは随分逸れてしまったが……エファリア。エインヘリアはルフェロン聖王国に軍事以外の面でも協力するつもりだ。どんなことでも良い、相談があれば必ずそれに応えてみせる。だから、遠慮はするな。以前にも言ったが、エインヘリアの民もルフェロン聖王国の民も、俺にとっては同じ守るべき民なのだからな」
相談に乗ってくれるのは俺じゃなくて、キリクやイルミットだけどね!
「……ありがとうございます、フェルズ様。それと、弱気を見せて申し訳ありません」
「構わん。今ここで茶会をしているのは、フェルズとエファリアだからな」
俺がそう言って笑いかけると、エファリアも少し照れたような笑顔を見せた。
しかし、演説癖とはまたちょっと違うけど、こういった王として……みたいな意見を口にするのも最近結構慣れて来た気がするよね。
カルモスとかヴィクトルとか……エストの王とか、そういった相手に自分の考えを大仰に言って見せる事が多かったからかな。
それとも知略を上げたからかな……?まぁ、何にせよ実行できるかは……他人に丸投げなことをよくもまぁ偉そうに言えたもんだね!
まぁ、王様というか組織のトップなんてこんなもんよね!
そんなことを考えつつ、紅茶に手を伸ばしたところ、少し離れた位置に控えていたリーンフェリアが俺に近づいて来た。
「陛下、どうやら賊のようです」
「……ほう?」
賊……?
え?賊が来たの?ここに?嘘でしょ?
「数は三十程。もう間もなく姿を現すでしょうが……隠れる気は無さそうです」
「正面からくるということか?もし賊が何か言葉を発するようであれば、それを確認してから制圧しろ」
堂々と襲い掛かって来るのであれば何かしら主張をしてくる可能性がある。アホな事を言う可能性も十分あるだろう。
「畏まりました」
頭を下げたリーンフェリアが、賊が向かって来ているであろう方向に体を向ける。
「どうやらこちらに賊が向かって来ているようだ。特に問題はないが、エファリア俺の傍から離れるなよ?」
「はい。よろしくお願いします」
賊が来たという俺の言葉に、エファリアは慌てる様子も見せずに頷いて見せた。
襲撃については既にエファリアに話してあったし、大丈夫そうだが……こんな真昼間に真正面からって、宰相派は正気か?
俺とエファリアを同時に討つ気?
いや、武装した状態で俺達の前に姿を現した時点で色々アウトでしょ?何考えてんの?
時間を稼ぐって話は何処に行った?
そんな風に俺が混乱していると、俄かに庭園が騒がしくなる。
どうやら、ご到着のようだけど……エファリアの護衛の人達は大丈夫だろうか?恐らく遠巻きにここを守っていたはずだけど。
む……剣戟の音が聞こえてきたぞ、どうやら戦闘が起こっているようだな。
「……エファリアの護衛の者達を見捨てる訳にはいかんな。こちらから出向くとしよう」
「ありがとうございます!」
俺が立ち上がりながら言うとエファリアが嬉しそうに礼を口にしたが、ここにいるエファリアの護衛はそういう訳にはいかない。
「お待ちください!聖王陛下とエインヘリア王はすぐにこの場から離脱を!この音から察するに敵は多勢!いつまで時間が稼げるともわかりません!私と共に、城まで退いていただきますよう何卒!」
「……貴公等の聖王殿への忠誠は素晴らしいが、俺の事は心配いらぬ。それに今は問答している時間が惜しい、悪いが行かせてもらうぞ」
そう言って俺は、リーンフェリアと共に剣戟のする方へと移動を開始する。
「聖王陛下!お待ちください!」
そんな護衛の声に足を止めず振り返ると、俺のすぐ後をエファリアがついて来ていた。
「エファリアも来るのか?」
「傍を離れるなと言われましたので」
そう言って微笑むエファリア。
本当に豪胆な娘だね。
「護衛に叱られることからは守ってやらんぞ?」
「……いきなり見捨てられてしまいましたわ」
そんな軽口を交わしながら移動をすると、武装した集団とそれらと対峙するエファリアの護衛達の姿がすぐに見えて来た。
「アーネ!何をしている!聖王陛下を連れて逃げぬか!」
俺達の接近に気付いた護衛のおっさんが、エファリアの傍に居る護衛の人に向かって怒鳴る。
まぁ、そりゃそうだよね……命がけで敵を防いでいるのに、その護衛対象が近づいてきているのだから。
「おぉ!売国の愚王に蛮族の王ではないか!観念して首を捧げに来たのか?」
護衛のおっさんの声で俺達の接近に気付いたのか、武装した賊の後方から偉そうな雰囲気のおっさんが声を張り上げる。
愚王と蛮族の王って俺達の事か……?
お前……俺の指示が無かったら確実に死んでるぞ……?
「近衛よ!下がれ!アフロン侯爵、貴様何をやっているのか分かっているのか!?」
エファリアが声を上げるが、おっさんはニヤニヤした表情を崩す事は無い。
しかし、エファリアがここに来たことで戦闘は一時的に止まったようだ。
先程まで戦っていた護衛……っていうか近衛か、彼らもこちらに下がりエファリアを守るように武器を構えている。
っていうか、あのおっさん侯爵なのか……でっぷりした体型にちょび髭で、かなり小物臭がしているのだけど、正直見た目は男爵レベル。
「黙れ、自らの命惜しさに他国に国を売った愚王よ!貴様には既に王たる資格なぞない!そこの蛮族の王共々誅してくれるわ!者共!掛かれ!愚王の首を取った者は褒美も栄達も思いのままだ!」
男爵っぽい侯爵が号令をかけると、喊声を上げながら三十名程いる兵がこちらに向かって突撃を始める。
「リーンフェリア」
「聖王陛下!お逃げください!この程度の相手、けして抜かれは……」
俺の一言と近衛の人が叫んだのはほぼ同時……だけど、台詞の長さの違い故、彼がまだ喋っている間に全ては終わった。
こちらに突撃しようとした兵、その後ろで偉そうにしていた男爵っぽい侯爵、そして侯爵の傍に居た派手な装備の数名……それらは全て倒れ伏してピクリとも動かない。
それを成した人物……リーンフェリアは、剣も抜かずに倒れた者達を見降ろしている。
勿論、俺の指示通り誰も死んではいないのだろうけど……何故か倒れている男爵っぽい侯爵にリーンフェリアが徐に蹴りを放つ。
何で追撃したし?
まぁ、そっちは良いとして……俺は傍に居たエファリアを見ながら口を開く。
色々な意味でルフェロン聖王国が心配になってきたんだけど……。
「エファリア……これ……大丈夫なのか……?」
エファリアは沈痛そうな表情のまま、何も答えなかった。
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