第115話 外務大臣は見ていた



「ソラキル王国へ向かう者への対応はどうなっている?」


 宰相達が行っていた会議……それをしっかりと見張っていたウルルから話を聞いた俺とキリクは、会議の内容についていくつか確認をしていた。


「王都を出たら……潰す」


「ウルル、その者は殺さずに捕えて下さい。宰相を潰すのに必要です」


「……分かった」


 キリクの指示にウルルが頷く。


 しっかし……秘密裏に会議をしていたであろうに余すことなくバレてるって、相手からしたら悪夢だろうな。俺からしたら頼もしい事この上ないけど。


「エファリア達の守りは問題ないな?」


「大丈夫……今はクーガーがついてる」


「クーガーならば問題ないな。しかし宰相派と言ってもそこまでソラキル王国と繋がりがあるという感じではないな」


「そのようです。恐らくこの会議の参加者でソラキル王国に与しているのは宰相と後一人……それ以外は権力に目の眩んだ愚者といったところでしょう」


 ウルルの報告は主観を交えず、その場の会話を淡々と報告してくれるからこそ、それぞれの思惑や関係が浮き彫りになりやすい。


「あまりにも忠誠心が無さ過ぎて報告を聞くだけでも、腹立たしく感じますが……」


「……そうだな。エファリアはまだ幼いが、将来性がないとは思わないし、宰相派の連中もその辺りを危険視しているように見える。それで何故裏切ろうとする?」


 忌々しいといった様子のキリクに、俺は少し疑問を感じて尋ねてみた。


 いや、裏切るメリットがあまりにもなさ過ぎやしないか?宰相派の行動……どう見ても破滅へまっしぐらって感じなんだが……。


「権力に目が眩んだ愚か者は、その判断が間違っている事にさえ気づかないのでしょう」


「そもそも、こいつらはエインヘリアの要求に対する対策の為に集まったはずだろう?結局うちへの対策は宰相による時間稼ぎだけか?意味が分からんな……」


「今回属国化という話はまだしておりませんからね。恐らく宰相は、こちらの要求が見せかけだけのものだと判断しているのではないでしょうか?」


 あまりにも要求が強烈過ぎて、本当の要求はこれからだと思っているってことか?


 それはそれで暢気すぎる気もするけど……今エインヘリアはガンガン侵略している最中なんだし、我が国ながら難癖付けて攻め込んで来てもおかしくない輩だと思う。そんな相手がこんな要求をしてきたら、もっと警戒してしかるべきだと思うのだけど……。


「どうも相手との意識の差があるように感じるな」


「宰相派が判断力に欠けているのは、こちらの情報を得られていないが故。双方の持つ情報量の差がそのまま意識の差に見えるのでしょう」


 俺が呆れたように言うと、キリクが状況説明をしてくれる。


「なるほどな。情報量の差か……だからこれだけズレた事をしているように見えるのか」


「宰相はともかく、宰相派の人間はそんなことをやっている場合ではないとフェルズ様から見れば思えるのでしょうが、彼らにとって障害となるのは聖王家のみ。エインヘリアの事は自分達が実権を握ってから対処すればよいと考えているのです」


「この状況で未だに内輪揉めに労力を割こうというのは、憐れみすら覚えるな。まぁ、主にエファリアやグリエルに対してだが……」


 こんなのが重鎮として幅を利かせているってのが、不憫すぎる……。


「これは推測に過ぎませんが、恐らくここまで宰相派が考え無しの行動をとるのは、宰相とその手の者に考えを誘導されているからだと思われます」


「ふむ……」


 それって会談中に宰相がぽろっと口にした洗脳ってことか?


「今聞いた会議の中でも、途中で会話の流れを誘導した様な節が見えます。宰相が狡猾なのは、その誘導をしたのが宰相本人ではないと言う事ですね。以前聖王の影武者を襲撃しようとした暗殺者を捕らえましたが、宰相派の人間の指示と言うところまでは判明しましたが、宰相の指示だったという証拠はついぞ得る事が出来ませんでした。恐らくこの会議の時の様に、間接的に相手を誘導して暗殺の指示を出させたのでしょう」


 洗脳……とはちょっと違うみたいだけど、相手の思考をいいように操るという意味では似たようなものか。


 想像以上に宰相の手管はやっかいなようだな。


「長い時間をかけて聖王家の求心力を低下させ、暗殺と言う邪道への忌避感を失わせる……これだけ時間と労力をかけて、金や資源を吸い取れるだけ吸い取るだけの属国とすると言うのは……些か割が合わない気がしますね。聖王達はソラキル王国の狙いを読み違えているのかもしれません」


「そうなのか?」


「はい。少なくとも私がソラキル王国の人間だったなら。この国をそのように使い捨てにはしないでしょう」


「ふむ……しかし、手間暇をかけたのは宰相だろう?その上前を撥ねるだけと考えれば、ソラキル王国としては良い買い物なのではないか?」


 俺がそう言うと、キリクは顎に手を当てて少し考えるようなそぶりを見せながら口を開いた。


「……これはまだ確証があるわけではないのですが、あの宰相は最初からソラキル王国に仕えている可能性があります」


「……宰相はルフェロン聖王国を裏切ったのではなく最初からソラキル王国の工作員だったと?何故そう思った?」


「宰相の動きは、自身がルフェロン聖王国を手に入れようとしている様に動いているとは思えないのです。宰相と言う地位はけして安いものではありません。少し力加減を変えるだけで、国を自由に動かすに近い事が出来るはずです。しかし宰相は、その力を聖王家や貴族の力を削ぐことに使っているように感じられます。実際ルフェロン聖王国は、上層部の乱れに反して国力は下がっていません。これはあたかも次の支配者の為に障害となる物を取り除き、速やかな統治が出来る様、準備をしているように見えるのです」


「なるほど……宰相は宰相自身の為に動いていない。だからこそ、キリクはエファリア達が狙いを読み違えている可能性があると……ソラキル王国の情報はまだ集めている最中だったな?」


「はい」


 宰相が元々ソラキル王国の人間か……確かにそう考えた方が辻褄が逢う気がする。


 正直俺も、宰相自身がルフェロン聖王国の実権を欲している様には思えない。


 会議の様子から見るに、既にソラキル王国と次の聖王については話が付いているにも拘らず、宰相派の人間はその事について何も知らない様だった。


 もし宰相が宰相派の人間を味方と考えているのであれば、既にその話は知れ渡っていてもおかしくない。仮にギリギリまでそれを隠していたのだとしても、先の会議でそれを明かさない意味がない。


 なんせ、次の聖王はロイヤルクレイジー王子だ。相当面倒な聖王になるのは間違いないだろう。


 だというのに宰相派の人間にそれを知らせていない。明らかに面倒事を引き起こすであろう聖王を担ぎ上げるというのにだ。


 恐らく、何かまだ隠しておかなければならない理由があるのだろう。


「宰相は俺達と会談以外の場で接触しようとしているが、そちらはどうする?」


「よろしければ、基本的に私に任せて頂けませんか?宰相が時間を稼ぎたいと言っているのは本心でしょうが……それは恐らくソラキル王国の為でしょう。故に、出来る限りエインヘリアの情報を得ようとしてくる筈ですが、情報が欲しいのはこちらも同じこと。相手の狙いも含め、私に探らせては頂けないでしょうか?」


「ふむ……ならば、そちらはキリクに任せよう。その間、俺はエファリア達と過ごすことにする。もし俺が同席している時に襲撃があれば中々面白い事になるしな」


「……流石に宰相派もそこまで愚かではないと思いますが……絶対にないとは言い切れない気もしますね。分かりました、もしもフェルズ様と聖王が共におられる時に襲撃者が現れた場合は……事前に捕まえずに襲撃させても?」


「その方が都合が良いのだろう?問題ない」


 ……いや、問題あるわ、超ある。


 俺が咄嗟に襲撃者に対応できるかどうか不安だし、毒とか弓とか吹き矢とかでこっそり的な攻撃をされたら思いっきり喰らう可能性が……。


 毒なら状態異常無効の指輪が無効化してくれる……はず。多分。


 一応実験では、指輪を嵌めているだけで毒や麻痺は防げた……レギオンズ産の毒や麻痺だけどね。後、指輪を装備している事を意識しないように意識していたから、本当に無防備状態でも防いでくれるかは……後、この世界の毒とかも試しておくべきだった……。


 まぁ、それも問題ではあるけど、それよりも……覇王的に不意打ちを華麗に捌けないと非常にマズい。


 気配とか殺気とか……そういうの分からないんだけど……いや、うちの子達がめっちゃ怒ってるとか、そういうのは分かるよ?空気は読める系の覇王だから……でもそれとこれとは話が違うよね?


 いっそのこと、わざと一撃喰らってみるとか言ってみる……いやいや、いきなり首かっ切られたら終わるやん?何かいい感じに襲撃者への対応を有耶無耶にしないと……。


「賊が姿を見せずに暗殺を狙ってくるならクーガーに処理させて、俺達のいる場に引きずり出させろ。直接こちらを襲ってくるようであれば、リーンフェリア、お前に任せる。けして殺すなよ?」


「はっ!」


 よし、これで賊の命運も俺の命運も決まった!


 何も俺自身が対応する必要はない……だって俺覇王だよもん!


 お偉いさんが自ら戦う必要はないんだよもん!


 だからクーガーとリーンフェリアに任せるのは当然なのだよもん!


「とはいえ、俺がエファリアといる時に襲撃が起こる事はあるまい。俺を害せばどうなるか、会議でも話していた訳だしな。襲撃があるとすれば夜、エファリアが一人でいる時だろうよ」


「そうですね。そこまで短絡的な者がいるなら色々と楽は出来るでしょうが、そんなものが国の中枢に居られるわけがありませんしね。早ければ今夜……遅くとも三日以内に、聖王の所に襲撃があるでしょう。クーガーがいる限り襲撃者を生け捕りに出来るのは間違いありませんが、クーガーが確保する前に殺されるという可能性もありますね」


「クーガーが確保する前に殺される?……あぁ、死体を持ってきてエインヘリアの送り込んだ襲撃者と言い張る、と言った感じか?」


「はい。宰相が今一番欲しいのは時間ですから……そういった手を使って、場を混乱させる可能性も否定できません。誤算があるとすれば、宰相が思っているよりも我等と聖王の繋がりが強いと言う事ですね。聖王達が襲撃者をエインヘリアの手の者と疑う事はまずありえません。なので宰相が思った程の効果は得られないでしょうが……それでも少しの時間を稼ぐことは出来るでしょう」


「ソラキル王国への連絡は潰すのだから、多少時間を稼いだところでどうにもならぬであろう?」


「この王宮から出される使者であれば確実に潰せますが、連絡手段はそれ一つとは限りません。流石にウルルでも、一人で全ての者を見張る事は出来ませんし……私としては早めに決着をつけたい所ですね」


 確かに……鳥を使った伝書とかもあるらしいし、いくらウルルが最強の外務大臣であっても、一人でやれることには限界がある……多分。


 なんかウルルなら全部防いでくれそうな気もするけど……きっと限界はある。


 だから、キリクが出来る限り相手に余裕を与えずに、短期で決着をつけたいと言うのは当然だろう。


「となると、やはり俺とエファリアが襲撃を受けるのが一番手っ取り早そうだな」


「だからこそ一番あり得ない選択肢ですね」


 珍しく苦笑しながら言うキリクに、俺も笑って見せる。


 やって欲しい事はして貰えず、やって欲しくないことをされる……世の中とは得てしてそんなものだ。


 しかし、そんな懸念は一瞬で払拭されることになる。


 何故なら……フラグはあっさりと回収される……これもまた世の中の真理の一つなのだから。


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