第114話 会談の裏の会議の裏



View of リガロ=ランガス ルフェロン聖王国宰相






 先日、とても友好を結びに来たとは思えない条件を突きつけられた私は、そのあまりの内容にひどく取り乱してしまったが、落ち着いてみればあの条約が本気であるはずがない事が分かった。


 そうでなければ聖王や摂政のあの態度はあり得ない。


 あの条項を見て、一切の負の感情を見せないと言う事は、アレが茶番であるという証左か?


 いや、それは違う……余りにも反応が無さすぎるのもおかしい。


 アレが茶番であるならば、聖王や摂政が何も反応をしないというの不自然すぎる……茶番であるからこそ、何らかの反応をするべきなのだ。


 それすらなかったと言う事は……アレが茶番でありながら、茶番であることを隠す意図がないと言う事。


 あの条約を突きつける意図……恐らくは私、そして私の背後にいるソラキル王国への宣戦布告と見て良いだろう。


 そして他国と戦争中の王がわざわざこの国を訪れたのは……聖王達の後ろ盾についたということを知らしめるため。


 ならば奴らの本当の狙いは……ルフェロン聖王国を介しての戦争……小国を制したことで増長したか?


 確かに情報通りなら、エインヘリアは小国とは思えない戦果を挙げている。


 あのエインヘリア王に一瞬感じた恐怖……アレは以前ソラキル王国で会った英雄に感じたものと同種のように感じた。


 私自身武人という訳ではないから強さを計ったりすることは出来ないが、恐らくあの王は英雄と呼ばれる者達に近しいものなのだろう。


 ここにエインヘリア王が居ると言う事は……あの王が戦の前線にいる必要が既にないと言う事……残りの二国も時間の問題と言ったのは本当の事なのかも知れぬな。


 英雄と思しき王……そして小国とは思えぬ戦力、調子に乗ってしまうのも無理からぬことではあるが、あまりにも無知すぎる。


 ソラキル王国には絶対に勝てない。


 ソラキル王国は謀略の国と揶揄されることがあるが、ただそれだけで中堅国家と呼ばれているわけではない。


 保有戦力は言うに及ばず、経済、産業、技術、文化……あらゆる点で小国は言わずもがな、他の中堅国家と比べても頭一つと言わず抜きんでている。


 エインヘリアも小国としては抜きんでた実力を持っているし、中規模の国程度なら勝つことも不可能ではないかもしれないが、ソラキル王国に勝てる道理はない。


 例えエインヘリアの王が英雄であり、ソラキル王国と同規模の国力を得る事が出来たとしても……それでもエインヘリアは必ず負ける、何故なら……。


「閣下!これからどうするのですか!?」


 話しかけられた私はゆっくりと目を開く。


 部屋には十名ほどの人物がおり、先程まで各々が興奮した様子で話していたのだが……雑音を排除して思索している間に何らかの意見で合意したのだろうか?


 いや、この者達の様子を見るかぎり、私の意見待ちというところか。


「情報は十分に伝わったようだな?では、まずは貴公等の意見を聞こう。此度のエインヘリア来訪の件、どう考える?」


 雑音と切り捨ててしまってはいたが、まずはこの者達が何を考えているのかを知る必要がある。


 ここにいる面々は我が派閥に属している者達ではあるが、必ずしも私の味方という訳ではない。


 彼らの殆どは、ルフェロン聖王国での権勢を謳歌したいだけの俗物にすぎないからだ。


 まぁ、多少はいい目を見せてやっているし、現聖王と摂政を排除すれば短い間ではあるが我が世の春という物を味合わせてやるつもりだ。


「たかが新興国の王、少しばかり戦に勝って気が大きくなっているのでしょうな」


「ですが、戦上手というのは確かでしょうな。ルモリア王国に始まり、フレギス王国、エスト王国、ユラン公国と勝ち続けているのですからね。いずれも小国ではありますが、戦力で言えば我等とほぼ同格。事を構えるのは得策ではないかと」


「それは弱気が過ぎるのではないか?エインヘリアは連戦に注ぐ連戦、確かにその兵の実力は確かなものかもしれぬが、人である以上疲労もすれば怪我もする。やつらが戦いを続けるのはそろそろ限界であろう」


「何を根拠に限界が来ていると?本当に限界が来ているのであれば、ここに来て我等を敵に回す様な真似をするはずがない!」


「自らの限界も分からぬ程愚かなのだろうよ」


「敵を愚かと断ずるのは卿の悪い癖ですぞ!仮にエインヘリアの戦力に余力があった場合、エスト王国の二の舞になるやもしれぬのです!慎重に考えるべきでしょう!」


「そういう貴殿は弱気が過ぎる!今は敵も連戦による疲弊もあるだろうが、早晩奴らはフレギス、エスト、ユランの国力を取り込むぞ!?そうなった場合、我等一国で対抗できると思っているのか!?」


 エインヘリアと事を構えるべきか慎重に行くべきか、この部屋の中で交わされている話はここまでのようだ。


 これでは何の役にも立たぬ……私は内心ため息をつきながら口を開く。


「エインヘリアは敵である。今戦うべきか、慎重になるべきか……貴公等はそういう認識なのだな?」


「閣下は違うのですか?」


 この場にいる全員を見据えながら私が言葉を発すると、私の近くに座っている者が訝し気に尋ねて来る。


「いや、違わぬ。だが今論ずるべきは、そんなことではない。仕掛けて来た相手に対してどう立ち回るかが大事なのだ。戦う戦わないといった段階はとっくに過ぎておる。既に戦は始まっておるのだ」


「「……」」


「状況は理解出来たな?それでは再び問おう。此度の件、どう考える?」


 改めて問いかけた私の言葉に、部屋の中にいた者達はお互いの顔を見まわした後、ぽつぽつと声を上げ始める。


「……摂政派がエインヘリアを引き込んだのだ。その責任を追及し追い落とす……その上で我等が主導してエインヘリアと交渉をすれば良いのでは?」


「いや、会談でのやり取りから察するに、この件は既に摂政派が受け入れているのだ。恐らく聖王が、既にエインヘリアにてなんらかの約定を交わしているに違いない。もし摂政派を排除してこちらが実権を握ったとしても、エインヘリアは聖王と交わした約定を持ち出してくるに違いない」


「そもそも、どうやって聖王はエインヘリアに向かったというのだ!」


「考えるまでもない。使節団に紛れ込んで移動したのだろう?我々が聖王だと思っていたのは影武者だったというだけのこと」


「約定とやらの内容は分からんのか!?」


「待て!約定はあくまで仮定の話だ!案外この会談で詳細を詰めようと……」


「馬鹿か貴様は!お飾りとは言えあの小娘は聖王だぞ!エインヘリアが適当に言いくるめて適当な条約を既に結ばせているに決まっている!」


「落ち着け!仮定の話ばかりしていても仕方あるまい!今考えるべきは敵への対応だ!摂政派の狙いは間違いなく我等を潰し実権を得る事。エインヘリアの狙いは……無理難題を押し付けた上での決裂……そしてそこから侵略といったところだろう。この状況で我等が打つべき……いや、打てる手は何がある?」


 やはり、これだけの人数を集めると話が全く進まないな。


 まぁ、私としては別にそれでも構わない。この会議の目的は派閥の危機感を煽り、同時にこちらの真の目的へとこの者達を誘導する為だからな。


 起死回生の一手が生まれるならばそれでも良いが……そう都合よくそんなもの出はしない。


「聖王と摂政を排除してはどうでしょう?先程聖王が結ばれた約定という懸念が指摘されましたが、少なくとも、その約定が結ばれた時に摂政が傍に居なかったことだけは間違いありません。聖王と摂政の二人を排除しておけば、約定は無効だと突っぱねることも出来るかと」


「聖王が幼い故、摂政を置いているのだから、苦しくはあるが最低限道理は立つか?しかし、排除となると……」


「聖王の血筋が途絶えてしまうのはな……」


 ふむ……どうやら暗殺といった手を取る方向のようだが……流れ的には悪くない。もう一押しすれば、話はそちらに進んでいくだろう。


 私は、部屋に居ながらも一度も言葉を発していない男に視線を飛ばす。


 その者はこの場にいる中ではあまりぱっとしない地位にいるものだが、私の同士であり、この場における唯一の味方と言える。


 少々時期は早いが、この機にこちらの計画を進める方向に誘導するか。


 彼は私の視線を受けて初めて意見を口にする。


「……聖王は殺さずに王配を宛がってはどうでしょう?政務を取り仕切られる年齢になる前に次代を身ごもらせてしまえば、後は適当な理由をつけて退位させてしまえるかと。あと数年もすれば子を成せるようになるでしょうしね」


 折衷案に見せかけた注意喚起だ。


 現聖王家の血を残すのであれば、聖王自身の排除はあと数年待たなければならない。


 あの聖王に数年の猶予を与える……それは今この場にいる者達にとってはけして見過ごすことの出来ないリスクだろう。


 まだ幼いながらも聡明さを見せる現聖王の能力は、間近で見ている我等にとって決して侮る事の出来ないものだからだ。


「それは、今回の件を乗り切ってからの話ではないか?」


「いや、摂政だけを排除すれば、先程の弁解でエインヘリアを抑えられるのでは?」


「このような条約を平然と突き付けて来る国が弁解なぞ聞くと思うか?」


「待て!そもそも、あの小娘が王配を宛がった程度で意のままに操れるようになるとでも?アレは幼いとは言え、その振舞いには賢が感じられる。摂政のみを排除した場合、必ず数年後には我等に仇成す存在となるぞ?」


「だが、聖王家の血を絶やすわけには……」


「血が問題であるなら、確か摂政に娘がいただろう?」


「既に嫁いでおる。それに、そこを聖王にすれば、結局今の摂政派に実権が戻るだけだ」


「いや、わざわざ摂政派の者を使わずとも、先代の王妹がソラキル王国に嫁いで子を成していたはず。確か男子だ。王妹本人は継承権を失っているが、その王子には聖王国の継承権もあったはずだ」


 最後にそう述べた男は、役目は終えたとばかりに再び存在感を薄くする。


 我等にとっては既定路線ではあるが、この流れなら聖王や摂政の排除は彼等が自身の意思で動くだろう。


「王妹殿下は既に亡くなられていますが……確かにそのお子は継承権をもっておりますね」


「……聖王家の血が残るのであれば、今の聖王陛下には席を空けて貰いますかな?」


「「……」」


 なんとも忠誠心の薄い者共だな。


 危機感と多少の免罪符を与えただけで、仕えるべき王家をあっさりと裏切ろうと言うのだから。


 まぁ、このような者達だからこそ操りやすい訳だが。


「しかし……ソラキル王国から新たな王を迎えるにしても、簡単にはいきますまい?」


「その件については伝手があります故、お任せいただけませんか?」


「しかし、ソラキル王国とのやり取りは、移動だけでもかなり時間がかかるぞ?その間、エインヘリアを抑えておけるか?」


「いっそのことエインヘリアの使節団も排除してはどうだ?」


「それこそ戦争の口実を与えるだけだろう?」


「いや、聖王や摂政と何かしらの約定を交わしていれば、どちらにせよ向こうは攻めて来る。ならば少しでも敵を混乱させ動きを鈍らせるべきでは?」


「あの王が本物とは限らんだろ?偽物であった場合、嬉々として攻め寄せて来るぞ?」


 あの王が偽物か……その可能性も無くはないが……だが、それ以上に問題なのは、アレを暗殺するのは恐らく無理ということだ。


 移動中でさえ、情報を得る事が出来ない程完璧な警護体勢だったのだ。


 城の中とは言え……いや、こちらのフィールドだからこそ、その警戒は相当なものに違いない。


 万が一殺すことが出来れば……私としては嬉しい限りだが……失敗した際のリスクが大きすぎる。


 元々排除する事が決まっていた聖王達ならともかく、エインヘリアについては私自身が対応した方が良いだろう。


 そう考えた私は、ここで初めて口を挟むことにした。


「エインヘリアにはまだ手を出さぬほうが良いだろう。このような条約を持ち掛けて来ている事を考えれば、影武者である可能性は大いにある」


「しかし閣下……こうして先手を取られている以上、何か手を打たねば取り返しがつかぬことになりませんか?」


「……会談とは別に、私が個人的にエインヘリアの者達と接触しよう。聖王達に何かあれば、交渉の窓口となるのは私しかいない。交渉が継続可能であると思わせる必要がある」


 なにより、エインヘリアの真の目的を探る必要がある。


 摂政派と手を組むことでエインヘリアは何を手に入れる?我等の背後にソラキル王国がいることは摂政達なら気付いている。


 だが、エインヘリアがソラキル王国と事を構える必要性があるのか?


 力量差を理解していないただの蛮勇であるなら、それはそれでよし……何かの策があったとしてもソラキル王国はその程度では揺るがない。


 ……もしや、エインヘリアも我等と同じように考えているのか?


 ソラキル王国一国であれば正面から戦えると……だからこそ、エインヘリアの東にあるルフェロン聖王国が敵に回らぬように摂政派の後ろ盾に回った。


 摂政派が居なくなれば、ルフェロン聖王国はソラキル王国と連携してエインヘリアを北と東から攻める……その攻勢は、三国同時に相手にするよりも遥かに苛烈な物となる……それを避けるために、ということか?


 この考えが的外れでないとすれば、エインヘリアが摂政派に肩入れするのは当然とも言える。


「聖王達を排することで、すぐに開戦とさせない為ですな……」


「私はエインヘリアを抑えることに注力する。他は任せることになるが……時間がないとは言え、くれぐれも軽挙妄動は慎んでほしい」


 部屋にいる者達を見まわしながら、私は立ち上がる。


 聖王国の者達の考えは十分把握出来た。


 後の流れは、仲間に任せておけばいい具合に誘導してくれるだろう。


 一部暴走しそうな者もいるが、暴走したらしたで利用出来るからな……自分達の利権を守る為、出来る限り上手に踊って貰いたいものだ。


 時間さえ稼げれば……ソラキル王国と連絡さえ取ることが出来れば、この状況はひっくり返すことが出来る。


 その為には、宰相派の大半が居なくなろうとも混乱さえ引き起こしてくれればよい。時間を稼ぐにはそれで十分なのだから。


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