第113話 エインヘリア・ルフェロン会談
ルフェロン聖王国の王都に来て二日目、今日はメインイベントである両国首脳部による会談だ。
といっても、俺とエファリアがやる事は会談開始時の挨拶くらいなもので、後は静かに会談を見守るくらいのものだ。
実に気楽なものだね。
……。
……当然嘘である。
いや、会談を見守るだけってところは嘘じゃないけど……気楽からは程遠い雰囲気だよね。
というのも……。
「……これは一体どういうことですかな?」
顔の周りにピキピキと効果音が書いてあるんじゃないかと思ってしまうくらいに青筋を浮かべながら、宰相が今回両国間で交わす条約について簡単に纏めた資料を食い入るように見ている。
まぁ、その気持ちは非常に分かる……いや、やっぱり分らんな。ここまで煽られた経験ないしな……。
今回渡した資料はキリクが作成したものだが、その内容はエファリアやヘルディオ伯爵と最初にこの会合をした時並みに不親切な代物だ。
内容は、ルフェロン聖王国の軍の解体、貴族制の廃止、両国間の国民の自由移動および越境税の撤廃、関税の見直しだ。
魔力収集装置の設置の件やエインヘリア軍の行軍権等のことは書かれていない。
更に内容に関するフォローは一切無しで、ただこの条件だけを付きつけている状態である。
宰相がブチ切れるのも無理は無いだろう。いや、この資料を渡された場がここでなければ一笑に付されただけで終わった可能性もあるけどね。
因みに今この会談に参加しているのは、エインヘリアから、俺、キリク、ウルル、リーンフェリア。
ルフェロン聖王国からは、エファリア、摂政、ヘルディオ伯爵、宰相、後なんか宰相派のお偉いさんが二人。
摂政派と宰相派のバランスは取れているようだけど、エインヘリア派とソラキル王国派で考えるなら圧倒的人数差である。
「あぁ、そこに記載はしていませんが、道の敷設に関する技術提供は十全にさせていただきますよ。ご安心ください」
「ふざけるな!」
完全に人を食った物言いをするキリクに対し、宰相は資料を机に叩きつけつつ怒りを露にする。
キリクめっちゃ煽るじゃん。
俺は内心ドキドキしながらもつまらなそうな表情を意識しつつ、宰相達を見る。
横の二人も怒りに染まった顔をしているけど、それよりも宰相がやばいね……憤死するんじゃないのってくらい血管浮き出てるよ。
「ふざける?両国が友好を結ぶ大事な場でふざける等と……ランガス宰相殿は随分とユーモアが御有りですね」
「いい加減にしろ!これは一体何なのだ!」
「我等の間で交わす条約の概要ですが?まさか歴史あるルフェロン聖王国を支えるランガス宰相殿ともあろう方が、此度の会談の趣旨を理解していなかったと?」
「あぁ、そうだな。私は誤解していたようだ!エインヘリアは我等と友好を結びたいのだと思っていたが、まさか侵略を目論んでいたとはな!」
「それは聞き捨てなりませんね。我等が何時ルフェロン聖王国を害すると言いましたか?」
キリクが不機嫌そうにそう言ってのけるけど……うん、俺は宰相の言っている事の方が正しいと思うな。
無論、そんな想いは顔に出さないけど。
「どこまでふざければ気が済むと言うのだ!このような物を持って来ておいて、我等が建国以降外征をしておらぬからと調子に乗っているのではないか!?」
「何を馬鹿な事を……我等が貴国を侮るなどと……例えどれだけ国力に差があろうと、我等は他国を見下すようなことは致しませんよ」
何という慇懃無礼か……どう聞いても完全に見下してると思うけど……。
「……どうやら無駄な時間を過ごしたようですな。王自ら足を運びながらこのような戯言を言うとは……貴国は随分と暇なのですな」
「おや?ランガス宰相殿は我が国の状況を御存知なかったのですか?」
「……軽くは聞いておったがな。まさか王とその側近が揃って国を開けられるほど余裕があるとは思っておらなんだ」
忌々しいとでも言いたげに宰相が言う。
中々キリクのペースで話は進んで……いや、一切進んでないなコレ。
「御存知の通り、エインヘリアは現在二国と戦争を行っております」
「二国……?三国では無かったかな?」
表情を変えることなく宰相が言うが……エスト王国との戦いが終わったことは知らなかったのか?
それとも情報自体は知っていたけど、興味ないってアピールか……宰相の表情からは全く読み取れないな。
寧ろさっき分かりやすく怒って見せたのも、アピールだったのかもしれんな。
「半月ほど前にエスト王国との戦いは終結しましたからね。現在交戦しているのは二国のみ……まぁそれも後少しといったところですがね」
キリクの言葉に宰相は一切表情を変えないが、その横にいる宰相派のお二人はそんな馬鹿なと言いたげな表情をしているね。
まぁ、宰相も内心同じなのかもしれないけど。
「そのような状況で、我等ルフェロン聖王国にまで手を伸ばそうと?」
「手を伸ばすとは心外な……先程からランガス宰相殿は何がお気に召されないのですか?我等は条約を結びに来たのであって、敵対しに来たわけではないのですよ?」
「このような条件を突きつけておいて、良くそのような台詞を言えたものだな。この条項の何処に友好を感じれば良いのだ?」
そう言って宰相が立ちあがる。
「時間の無駄でしたな。貴国もまだ戦争中ということで色々と忙しいでしょうし、お早めに国に戻られた方がよろしいでしょう」
宰相の言葉に追従するように宰相派の二人も椅子から立ち上がる。
「おや、ランガス宰相殿は中座されるのですか?まぁ、私としては構いませんが……」
「中座……?この期に及んでまだ話を続けるつもりだとでも?」
「ランガス宰相殿が席を外されたとしても、聖王陛下や摂政殿は会談を続けられるおつもりの様ですし、当然会談はこのまま進行させて貰いますよ?」
「……」
そこで宰相は初めて横に並んでいたエファリアやグリエルへと視線を向ける。
「……聖王陛下、摂政殿……いつまでこの茶番を続けられるおつもりですかな?見ての通り、彼らは友好を結ぶつもりは微塵も無い様子。此度の会談は残念ながらここまでということでよろしいでしょう?」
宰相に話しかけられた二人……いや、エファリアは一切の反応を見せなかったが、摂政であるグリエルは笑みを見せながら宰相へと語り掛ける。
「宰相殿。私も聖王陛下も、エインヘリアの方々からの提案は大変興味深く感じております。宰相殿が中座されるというのであれば、止めはしませんが、勝手に会談を終わらせようとする暴挙は看過出来ませんよ?」
「な、何を言っているのだ?この条項の何処に興味を抱くと言うのだ……?」
「ルフェロン聖王国とエインヘリアの友好の為の第一歩と言える話ですよ?一切国交のなかった両国間なのですから色々と手探りになるのは致し方ない事でしょう?」
「手探りだと!?この条項を手探りと言うのか!?こんなもの、内政干渉と言うのも馬鹿馬鹿しい……これは、属国への突き付けのようではないか!」
残念ながら属国のようではなく、属国への突き付けですね。
っていうか、会談の開始からここまで、間違いなく宰相の方が愛国者って感じの発言をしているよね。
どう聞いても摂政の方が国を売る悪者っぽい。
「はっはっは。どうされたのですか?宰相。いつも冷静な貴方らしくもない」
朗らかに笑うグリエルを見て、宰相が表情をほんの少しだけ変化させる。
それは、一瞬の事だったけど、何か恐ろしいものでも見たというような表情に感じられた。
「摂政殿、正気か?先程から一体何を言っておられる……どうしてそのように……もしや、洗脳でもされて……」
「宰相、いい加減にしろ」
今まで不動の姿勢を見せていたエファリアが、鋭い視線を宰相へと飛ばす。
「聖王陛下……」
「お前が興奮する気持ちは分からないとは言わぬが、ここを何処だと心得ている?この場で、しかもお前の様な立場の者がそのような事を口にして……どうなるか考えるまでもないだろう?」
エファリアの当然と言えば当然だが、中々辛辣な言葉を受けて宰相は深々と頭を下げる。
「申し訳ございません、両陛下……少々興奮してしまったようです。御無礼を謝罪いたします」
「私からも部下の非礼を詫びさせてもらう。すまなかったな、エインヘリア王」
神妙な様子で頭を下げる宰相と、堂々とした様子で謝罪を口にするエファリア……この子……本当に摂政必要なのかしら?
どこからどう見ても立派に王様やっていけそうなんだけど……。
ちょっとエファリアに、王としての立ち居振る舞いについて教えて貰いたいくらいじゃよ。
とりあえず、話しかけられたからにはちゃんと返さないとな。
「なに、こういった会談で熱が入ってしまうのは仕方のない事だ。俺は気にしておらんよ。ここは俺達の国の初めての公式会談の場だ。胸襟を開き、忌憚ない意見を言い合い、是非とも実りある会談にして貰いたいものだな」
そう言って俺は宰相達に笑いかける。
「しかし、宰相達はこの会談に随分と不満があるようだな」
「……」
当たり前だろうと言わんばかりの視線が宰相以外の二人から飛んでくるが、宰相自身は既に怒りを飲み込んだようで特に睨みつけてくるような事は無かった。
「キリク。恐らく宰相達は不安なのだろう。軍を解体してしまっては今後どうやって国を守って行けばよいのか……我々が提示している条件の真意がどこにあるのか、まずはそこを説明して差し上げろ」
「畏まりました、陛下。ランガス宰相殿、宜しければ着席されてはどうでしょう?これから各条項について細かく説明させていただきますので。またこれらに付帯する細かな条件についても説明致します。今回はあくまで初回の会談……これから条件を擦り合わせて最終的な合意に行くためにも、こちらの言い分は全て確認しておいていただいた方がよろしいかと」
キリクが眼鏡のブリッジ部分を中指でクイっと上げながら着席を促すと、宰相以下立ち上がっていた者達がゆっくりと席に腰を下ろす。
それを確認したキリクは満足気な笑みを浮かべると、次の資料を配り、説明を再開した。
まぁ、その内容も全力で煽りにかかっていて、救済措置など一切ない極悪な内容ではあったが、宰相達は声を荒げることもせず静かにその説明を聞いていた。
さて、これで宰相派には、摂政派とエインヘリアが何を考えているのかほぼ伝わったことだろう。
これにより宰相は早く次の手を打たざるを得ない状況になった。
なんせ、正統な王家の人間が他国に国を売り渡そうとしているのだ。
それを止めるには、王家を排するしか手は無いが……今まではいくら宰相が権勢を誇っていても王家を正面から排除する事は出来なかった。もしそれが出来るのであればとっくにやっていた事だろう。
だが今回の件で、それをする大義名分は得られたと見ても良い。しかし、今この状況では何もかもが遅すぎるのだ。
正当な手段であろうと邪道な手段であろうとエファリア達を排せば、大義名分を得たエインヘリアが一気にルフェロン聖王国になだれ込んでくる。
後ろ盾であるソラキル王国に連絡を取る暇もない。早馬を走らせても数日と言わずかかる距離、指示なんて待っていれば簡単に一か月程度の時間はかかってしまうだろう。
どんなにこの会談を引き延ばしたとしても、その頃には条約は締結されてしまっている。
エファリアやグリエルを殺すのは駄目、当然俺やキリクを殺すのはもっての外……今頃宰相の頭の中はどの手だったら打てるのかと必死に考えているだろう。
チェックメイトとは言わないけど……既に王手はかかっている。
宰相がこれからどう動くのか、非常に見物だね。
それはそうと、うちの外務大臣さん……外交の場において物凄く空気だったんだけど……いや、服装はいつもの軽装と違って、パリっとした感じで格好良かったけど、なんだったら自己紹介すらしてないんじゃないだろうか?
まぁ、ウルルの仕事はこれからが本番だけどね。
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