第112話 姪の心臓が強すぎる



「宰相の様子はどうだった?」


 俺はあてがわれた部屋で、ウルルから現状について確認をしていた。


「……かなり……慌ててた。でも……すぐに部下に指示……情報を集めてる……」


「立ち直りが早いか。指示の内容は分かるか?」


「暗殺の類はない……フェルズ様と摂政の関係と……ここまでの道中で……調べられなかった……こちらの情報」


「まぁ、その辺りは当然だろうな。エファリアやグリエルの守りも必要だし……人手がギリギリだな」


「人数は負けてるけど……情報を抜かれることは……ない……」


「あぁ、そこは心配していない。だが、こちらを守りながら宰相の動向にも注意しておかなくてはならないからな。こればかりは人手が物を言うだろう?」


「……任せて」


 俺が肩を竦めながらウルルに言うと、思っていた以上に真剣な声音で少し驚いた。


「分かった。期待している」


「……了解」


 俺の言葉に、小さく笑みを浮かべたウルルだったが、次の瞬間その姿が掻き消える。


 毎度のことながら、ウルルはどうやって消えているのだろうか?


 いつも聞いてみようと思うのだけど……それを思い出すのは消えた後なんだよな……呼べば出て来てくれそうだけど、忙しいだろうしそれも悪いよね……。


「フェルズ様、そろそろお召し替えをされますか?晩餐まであまり時間も無いようですし」


 ウルルを見送った俺に、リーンフェリアが話しかけて来た。


 それにしてもお召し替え?あぁ、着替えか……必要なのか?


 いや、パーティに出るのに旅装のままというのはおかしいか。


 俺自身は気にしないけど、礼儀的にもエインヘリアが侮られる的な意味でもまずいだろう。


「ふむ……そういえば、メイドがいないのか」


 いつも服の用意とかはメイドがしてくれていたけど、今回は国外での滞在と言う事でメイドは連れて来ていない。


 まぁ、メイド達には懇願されたし、イルミットやキリクにもメイドを連れて行くべきだと進言されたけど、未強化状態の彼女達をいきなり確実に危険が待っている他国に連れて行くというのもな……。


 まだ友好国とかなら良かったんだけど……宰相がどう動くか分からないかな。


 過保護と思われようとも、未強化の子達を危険な場所に放り込みたくはない。


 まぁ、最近は完全に未強化とも言えないんだけどね。


 一応メイドの子達は訓練所を使って能力を鍛えて貰ってはいる……でも、流石に一ヵ月やそこらでそこまで能力値は上がっていない……と言いたいのだが、何故か結構上がっている。


 玉座の間でしか能力値のチェックは出来ないけど、ゲームの頃のレギオンズだったら訓練所に配置して一ターン……一週間で能力値が3も上がれば良い方と言った感じだったのだが、何故かメイドの子達は一日でそのくらいの数値を上げて来るのだ。


 一体どんな訓練をしているのか気になる所だけど、何故か訓練風景は見せて貰えないんだよね。


 勿論、メイドの子達は城の管理という仕事がある為、毎日訓練をしているという訳ではない。


 上手い事ローテーションを組んで訓練をしているようだが……ちゃんと休むように言っているけど、本当にしっかり休んでいるのだろうか?


 今度しっかりと確認しておいた方がいいだろう。


 でも、そんな風に彼女達が頑張ってくれているお陰で色々と能力値に関する調査は捗っている。


 まぁ、アビリティを覚えさせないと専門職系は厳しいんだけど……近いうちに彼女達もエインヘリア城の外で仕事をしてもらってもいいかもな。勿論安全な場所でだが。


 って今は着替えの話だったな。


 服を着るくらいは自分で出来るけど、装飾品を着けて身だしなみを完璧に整えるとなると……流石に手に余る。


 それに服のチョイスも……マズい。


 メイドの子達を連れてこなかった弊害がいきなり露呈したぞ……。


「よろしければ私がお手伝いいたしますが……」


 俺の心の内が伝わってしまったのか、リーンフェリアが伺うように尋ねて来た。


「頼めるか?こういったことはあまり得意ではなくてな」


「お任せください!フェルズ様の魅力を完璧に引き出すコーディネートをしてみせます!」


 突如鼻息の荒くなったリーンフェリアに対し、微妙にたじろいでしまう。


 まぁ、俺が自分で選ぶよりもちゃんとした物を選んでくれるだろう。


 何故か瞳に炎を宿しながら俺の服を選ぶリーンフェリアを尻目に、窓の外へと視線を向けると、見事な街並みが眼下を埋め尽くしていた。


 ルフェロン聖王国の王都か……うちの城から見える風景は殆ど草原だからな……こちらの方が圧倒的に都会感があるよな。


 まぁ、今のうちの王都は田舎と呼ぶのも烏滸がましい状態だしな……いや、街の建設は進んでいるんだけどね?


 圧倒的に人が少ないというか……ゴブリンの隠れ里三カ所分の人数しかいないからな……ちょっとした村程度の規模でしかない。


 こうして他国の王都を見ると……圧倒的敗北感に苛まれるな。


 いや、王都の人口をただ増やすだけなら、適当に他所の街で食うに困っている人を移住させたりすれば行けるけど……ゴブリンといきなり大勢の人族を一緒にするのは色々危険だろうし、ゆっくり浸透させていくしかあるまい。


 倉庫に大量にある建築素材を使えば、街づくりというか……建物はかなり素早く建てられるんだけど、住民が居なければ建物も無駄になるだけだしな……でもエインヘリアの王都がいつまでもど田舎というわけにもいかんし……そろそろ真剣に街づくりを考えるべきかな?


 いや、考えるのは俺じゃなくってイルミットやオトノハになるだろうけど……ルフェロン聖王国はともかく、それ以外の四国をエインヘリアに併合したら人口六百万くらいは行くはず……流石に、王都が村レベルって言うのも切ないよね?


 毎回旧ルモリアの王都に他国の人間が来るのも良くないし……対外的にも王都の位置をちゃんと知らしめるべきなんだよな。


 ドラゴン自体は退治してあるわけだし、問題は無いだろうけど……王都を立派にするのが先だよな……そうなると、下手すれば数年単位で王都を公開出来ない訳だけど……それは流石にマズいよね……?


 うん、やっぱりイルミット達に早めに……いや、ルフェロン聖王国から帰ったら忘れないように相談しよう。


 タスク管理ツールが欲しいなぁと思いながら、俺は窓の外から視線を切り、リーンフェリアが用意している服に意識を向けた。






View of グリエル=ファルク ルフェロン聖王国摂政 エファリアの叔父






「はぁ……やはり、あの王と話をするのは緊張するな」


「緊張、ですか?」


 私のぼやきを聞いたエファリアが可愛らしく小首をかしげる。


 その様子を見て私は軽く苦笑する。


 今私達がいるのは私の執務室だが、部屋の中には私達二人だけしかおらず、余程の事がない限り誰も部屋に入ってくる事は無い。


 そうでもなければ、エファリアがこうして寛いだ様子を見せることは出来ないだろう。


 それは私にも言えることだが……流石に人の目がある場所でこのような姿は見せられない。


「エファリアは、エインヘリア王と話す時は緊張しないみたいだな」


「そう、ですわね。陛下はとてもお優しい方ですし、緊張したことは……あぁ、でも最初にお話しした時は緊張しましたわ」


 そう言いながらエファリアは少し考えるそぶりを見せた。


 我が姪ながら、とんでもなく肝が据わっている娘だと思う。


「私は、何度お会いしても緊張が消えることはないと思うよ」


 私はそんな姪に、弱気とも取れる言葉を伝えた。


 あの王は、一見すると苛烈で覇気のある強き王という印象だが、話をしてみるとその印象だけで判断するのは間違いだとすぐに気付く。


 あの王は、猪突猛進の王ではない……深い思慮と狡猾さを持ち合わせており、自らの欲ではなく、自国の繁栄を第一に考え自身の能力を奮っている。


 家臣もとんでもなく優秀な者達ばかりが揃っており、王本人の強さも……嘘か真かドラゴンを王自ら倒したと言われていた。


 敵には苛烈な対応を以て制する強さを持ち、自国の繁栄の為に数々の政策を実施する柔軟さ……かといって、感情で判断せずに法を順守し適切な手段をもって統治を進める厳格さ。


 その上で民や家臣へと見せる優しさは、見せかけのものではなく本心からのように感じられる。


 こうして並べると、実に嘘くさいプロパガンダのようだが、人柄はともかく実績については全てが事実なので呆れるよりほかない。


 大体……自分達と同規模の国を三つ同時に相手をして、二か月程度で相手を滅亡寸前に追い込んでいるって……どんな冗談だ?


 王としても国としても規格外過ぎて、一度や二度の邂逅では全容が掴めるはずもない。


「フェルズ様はとっても気さくな方ですわ。それにとても民想いの優しいお方です」


「確かにそれは私も感じているけどね……」


 しかし、ただ優しいだけの王でないことは間違いない。


 この辺り一帯の国々の協定によって定められているゴブリンという種族の排除……それを真っ向から否定し、王城の傍に住まわせているのだ。


 そして彼らの事を民と呼び、不当な扱いはけして許さないと言っている。


 はっきり言って、この行為にメリットは一切ないように思う。


 ゴブリンに対する融和政策は近隣諸国を敵に回すだけではなく、自国の民達でさえも混乱させるに違いないからだ。


 流石にまだ民にまでそれを流布しているわけではない様だが……既にエインヘリアの上層部、そして元ルモリア王国の貴族達はゴブリン達を受け入れているし、積極的に保護するように動いているようだ。


 ゴブリン達がこの辺りを武力で制していた時代は確かにあったが、それはもう遥か過去の話であり、今を生きる我等にとっては体の良い生贄に過ぎないのだ。


 悪を成したゴブリンを迫害するのは正しいという免罪符。国々が主導して作り上げた敵……作られた弱者は、民達の不満の矛先として非常に使い勝手の良いものであった。


 それを、くだらないと一蹴したエインヘリア王の強さと優しさ、そして厳しさは、他国に追従して平和を保ってきた聖王国の王族の一員として非常に眩く見えたものだ。


「しかし、エインヘリア王の考え方は革新的過ぎて、多くを敵に回しそうだ」


「そうですわね。フェルズ様は寧ろどんどん攻めて来て欲しいと思っておられるようですが」


「……殴られたから殴り返すって戦いを今後も続けるつもりだと?」


 何故そこまで戦いを求めるのだろうか?


「私もその点に関しては少し不思議なのですわ。フェルズ様は領土を広げたからと言って、それを支配したいといった欲をお持ちではない様に見えますもの。近い内にそのお心内を聞かせて頂けたらと思っておりますわ」


「ふむ……軍を解体する以上、我等がその外征に手を貸すとしたら、兵站の類だろうか?」


「いえ、そちらは条約の方に明記されておりますわ。エインヘリアの外征に於いて、ルフェロン聖王国に一切の負担をかけない。糧食や武器、金銭、兵の供与等の要求は一切行わないものとする。この条項がある限りルフェロン聖王国がエインヘリアの外征の際、何かを提供することはありませんわね」


「……いかんな。そんな大事な条項を見落としていたのか?」


「いえ、こちらは叔父様が聖王国に戻られてから追加された条項です。まぁ、正式な交渉はこれからになりますが、エインヘリア側の要求はもう出揃っているそうなので、後はこちら側の条件を詰めるだけと言った感じですね」


 属国という言葉の意味を真剣に悩んでしまうような条件だ。


 とはいえ、属国は属国……相手の気分次第で立場が急変する可能性はけして否定できない。


「……宰相の事があるというのに、そちらは何故かもう片が付いたような気分になるから不思議だよ。今はどうやって属国化という難題をうちの者達に納得させるか、それしか考えられない」


 突然現れたエファリアを懐に迎え入れ保護し……打算があるにせよ、属国への条件とは思えない程緩い条約。


 勿論、軍の解体や貴族制の廃止等、聖王国の根幹を揺るがす様な厳しい条件も付きつけられているし、これを納得させるには相当な労力を必要とすることだろう。


 いや、普通に考えれば納得するはずがない。


「最悪の場合、私も叔父様もファランも……国家反逆罪で処刑ですわね」


「エファリア……笑顔で言う事じゃないからね?」


 宰相は嬉々として処刑するだろうな。


 まぁ、そんなことになったら、ルフェロン聖王国はエインヘリアに併合されるだけだろうが……流石に自分や姪の命をどちらにせよ、みたいなノリで捨てる訳にはいかない。


 家臣たちを納得させるだけの策は聞いているが……流石にエファリアの様に楽しみだなんて言える程、私の肝は据わっていない。


 明日からの会談で……私達……いや、ルフェロン聖王国の命運が決まるのだ。


 とりあえず……もし私が死ぬようなことがあれば、兄夫婦に貴方達の娘は肝が据わり過ぎと伝えることにしよう。


 私はこの状況でもニコニコとしているエファリアを見ながら、固く誓った。


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