第111話 隣の国からこんにちは



 馬車の旅を終えた俺は体をほぐす様に動かす。


 と言っても覇王としての威厳もあるので、あくまでさりげなくだ……けしておっさんっぽい動きはしない。


 まぁ、そもそも俺は0歳だ……世界で一番未成年……アラゼロだ。


 精神的にも……元になった奴の年齢が分からないから0歳と言ってもいいだろう。


 閑話休題。


 馬車を降りてすぐ目に飛び込んできたのは城……石造りの立派なものだが、エインヘリア城に比べるとかなりこじんまりとしているように見える。


 その城を囲んでいる城壁も、大した高さはなく、あまり防御に優れた城ではないことが分かる。


 まぁ、予定通りいけばこの城を攻める事は無いので別にいいんだけどね。


 そんな城から目の前にいるエファリアへと視線を移し馬車旅に対する感想を伝えると、エファリアが苦笑しながら応える。


 ここまで数日馬車に揺られてきたにもかかわらず、その姿は完璧で、髪も服も全く乱れておらず長旅の余韻を感じさせない……馬車の中でもだらけることなく、背筋を伸ばしてここまで来たのだろうか?


 聖王は色々と大変だな……覇王以上に色々と気を使ってそうだ。


 そんなエファリアの後ろには、三十代くらいの人物と五十代後半か六十代って感じの爺さんが立っている。


 三十代くらいの人物はにこやかな笑みを浮かべこちらを見ているが、爺さんの方は目をむき出して唇はブルブルと震え……多分驚いているのだろうけど……ぱっと見、吐瀉する寸前って表情にも見える。


 この爺さんが宰相だろう……聞いていたよりも表情が豊かなようだな。


「エインヘリア王、疲れているところすまないが、我が股肱之臣を紹介させて貰っても良いか?」


「問題ない。暫く世話になるのだ、先に名前くらいは聞いておいても良かろう」


 俺がそういうと、エファリアは頷き、宰相の横に立つ。


「彼が我が国の宰相、リガロ=ランガスだ。聖王三代に仕える古参の臣だ」


「……御初御目にかかります、陛下。ただいま聖王陛下よりご紹介にあずかりました、リガロ=ランガスと申します。宰相として聖王陛下の御治世を支えさせて頂いております」


 一瞬、何故摂政よりも自分を先にとでも思ったのか、ちらりとエファリアに目線を送った宰相だったが、すぐに丁寧な礼の形をとる。


「あぁ、話は聞いている。随分と頑張っているようだな。私も若輩の身故、色々と話を聞かせて貰いたいものだ」


 俺はそんな宰相に軽く声をかけた後、摂政の方に向き直る。


「こちらは摂政だが……紹介は不要だったな」


 続けて摂政を紹介しようとしたエファリアに、俺は笑みを見せながら頷く。


「あぁ、久しいなグリエル。壮健だったか?」


「御無沙汰しております、フェルズ陛下。相変わらず陛下は破天荒ですね」


「至って普通のつもりだが……?」


 俺が摂政に挨拶をすると共に右手を差し出すと、にこやかな笑顔を見せながら摂政が俺の手を握る。


「なっ!?」


 そんな俺達を見た宰相が思わずと言った様子で声を上げる。


 まぁ、その気持ちは分かるけど。


 つい最近まで全く名前を聞いたことのなかった国の王と、政敵である摂政が親し気にしていれば驚くのも無理はない。


 しかし、当然ではあるけど……俺達は別に嘘をついているわけではない。


 今から数週間前、摂政であるグリエルは王都より三日の距離にある街から転移を使い、秘密裡にエインヘリアへと来ていたのだ。


 その時、最低限の打ち合わせをしながら、この日の為に出来る限り親交を深めた……まぁ、流石に時間が短すぎて色々と無理はあったが、大事なのはルフェロン聖王国の摂政とエインヘリアの王が以前より親交があったという事実だ。


 そういう訳でエファリアが紹介は必要ないと言ったのも、俺が久しぶりと声をかけたのも、グリエルが以前から俺の事を知っているように話したのも、一切嘘ではないのだ。


 まぁ、宰相からしたら全力で寝耳に水の事態だろうし、摂政派の後ろにエインヘリアが居ると考える事だろう。


「それではフェルズ陛下、長旅でお疲れでしょうし、部屋に案内させていただきます」


「あぁ、助かる。やはり慣れない馬車の旅は色々と窮屈でな」


 俺が嘆息しながら首に手を当てると、グリエルが愉快そうに笑う。


「はっはっは、エインヘリアの方々は馬車なぞ使われないでしょうからね」


「一応街中での移動に使う事もあるぞ?短い時間だし、道が舗装されているからあまり気にならなかったがな」


「あぁ、エインヘリアの舗装技術は確かに素晴らしいものですからね。今は街道整備を進められているとか?」


「くくくっ……中々耳聡いな。最近領土が増えたおかげで道の舗装に国中が大忙しよ」


「やはり陛下の大胆な政策は見事な物ですね。我が国では中々すぐに踏み出せない部分でもあるので、羨ましい限りです」


「インフラの整備こそ国が主導してやるべき事業だと思うがな。民の生活が潤う為の基盤こそ、しっかりと金をかけて取り組むべきだ」


「耳が痛いですな。どうしても街道にまつわる事業は利権関係が……」


 苦笑しながらも、ちらりと宰相に視線を向けたグリエルが肩を落とす。


「そこを上手くまとめる事が為政者としての務めであろう?なぁ、宰相殿……グリエルは少し摂政として腑抜けているのではないか?」


 難しい顔をしたまま立ち尽くす宰相に水を向けてみると、宰相はすぐにかぶりを振って見せた。


「いえ、摂政殿はよく頑張っておられますよ。まだお若いながらも聖王陛下に代わり政務をしっかりと取り仕切っておられます」


「ふむ……長年国に尽くしてきた宰相殿が言うのであればそうなのだろうな。だがやはり、そういった利権関係のとりまとめは、年の功のある宰相殿の方が得意なのではないか?」


「フェルズ陛下は相変わらず手厳しいですね。これでも必死にやっているのですが……」


「くくくっ……為政者は結果が全てよ。だがまぁ、エインヘリアの舗装技術に関しては、約定通り技術者を派遣して、貴国にしっかりと技術を伝えてやろう」


「感謝いたします、陛下。っと……すみません。長々と、部屋にご案内いたします、こちらへどうぞ」


「うむ……それでは宰相殿、また後程会おう」


「ごゆるりとおくつろぎください、陛下」


 グリエルの案内について行く前に宰相に一声かけておく。


 非常に難しい表情をしている宰相だが……もしかしたらこれがデフォルトの顔なのかもしれないね。途中から一切この表情から変化していないし。


「摂政、今回の件で少し話しておくことがある。エインヘリア王を案内したら執務室に来てくれ」


「承知いたしました、聖王陛下」


 グリエルにエファリアが声をかけ、俺と共に歩き始める。


「エインヘリア王。日が落ちるまではゆっくり休んでくれ。エインヘリアの宴にも負けぬ晩餐を用意しよう」


「それは楽しみにさせてもらおう」


 エファリアにそう答えた俺は、最後に気付かれない程度に宰相へと視線を飛ばす。


 その表情は相変わらず難しい表情を変えていなかったが、手の甲に浮かぶ青筋を見るに……中々力を込めてその表情を保っているようだね。






View of リガロ=ランガス ルフェロン聖王国宰相






 足早に執務室に戻った私は部屋の鍵をしっかりと閉めた後、思いっきり拳を机に叩きつける。


「一体何がどうなっているというのだ!」


 数か月前、突如として隣国であったルモリア王国が崩壊し、その領土は全てエインヘリアという名を名乗る事となった。


 そのあまりの展開の早さに、何が起こっているのか非常に気にはなったが、私としても長年かけて進めて来ていた謀が大詰めということもあり、あまりエインヘリアに注力を向ける事は無かった。


 無論完全に放置していたという訳ではないが……あの国の防諜は凄まじいもので、情報を得ようと思ったら本腰を入れなければ厳しいと感じられた。


 それは摂政派も同じだった筈……だからこそ少しでも情報を得るために、使節団を送り友好を結ぶという名目を以てエインヘリアに近づこうとし、私もそれに賛成したのだ。


 しかし……あの摂政とエインヘリア王の、旧来の仲だったようにしか見えぬやり取り……。


 アレは演技なのか……?


 一国の王が王族の一人とは言え、他国の摂政に初対面であれ程気安く接する事が出来るはずがない。


 仮にアレが演技だとするならば……摂政と親密だとアピールすることで、エインヘリアは摂政派に着いたと喧伝しているということ……いや、それ自体は理解できるのだが、一体どうやって?


 こちらの使節団から話を聞いていたにせよ、顔も合わせずに綿密にやり取りが出来たとは考えにくい……。


 しかし、使節団の派遣以降、摂政が王都を離れたのは一度きり……しかも片道三日の距離にある街への視察だ。


 摂政がその街に入って以降、王都に戻る時以外街から出ていないのは確実だし、エインヘリアの王も時期的に見て、エインヘリア国内を移動中だったはず。


 絶対に会う事は出来ない……もし、二人が会うことが出来るとすれば、それは使節団を送るよりも以前と言う事になる。


 それはつまり、摂政は使節団を送るよりも前からエインヘリアという国の事を知っていたということになるが……それはおかしい。


 ルモリア王国の滅亡やエインヘリアという国の出現には、摂政も本気で困惑していたのをこの目で見ている。


 あの時ばかりは派閥の垣根や謀を横に置き、真剣にエインヘリアへの対応を話し合った。もし、アレが全て摂政の演技だとするのであれば、想像よりも遥かに摂政は狸ということになるが……。


 無論、私は摂政……いや、聖王家の血筋を侮ってはいない。


 先代も先々代も、そして今代も……聖王は非常に優秀で、名君の名に相応しいだけの実力があった。


 もし私が真にルフェロン聖王国の民であったのなら、彼等に忠誠を捧げ、粉骨砕身の想いで働いたことだろう。


 それだけの能力と魅力を聖王家の者達は有している……それを侮ること等出来るはずもない。


 しかし、だからこそ……私は入念に場を整え、確実に謀を進めて来た。


 あと少し、あと少しで聖王国の未来は我が手中というところまで来ているのだ。


 今更ぽっと出の国に邪魔をされる筈がない……そう思っていたのだが……あの王が姿を見せた時、長年感じていなかった感情が私の胸を過った。


 ……何か致命的な失敗をしてしまったのではないか?


 王とは思えぬような気安い態度で摂政と話すエインヘリア王だったが、その圧倒的な存在感は間違いなく王のもの……いや、歴代の聖王や数々の王を見て来た私からしても、あれ程の気配は感じた事がないかもしれない。


 だが……どこかでアレに似た気配……いや、恐怖を感じた事がある気が……。


 いや、今それはどうでも良い。


 聖王の小娘が王都を脱し、エインヘリアに身を寄せている事に気付いたのは使節団が出発して暫く経ってからの事だ。


 これを機に一気に聖王国を奪い取る策を進めて見たが、肝心の影武者を殺すことが出来なかった。


 聖王が国を脱した状態であれば、影武者を本物の聖王として屠り実権を握る事も出来たのだが……摂政派もその狙いに気づいていたのか、聖王本人以上の守りで影武者を守っていた。


 くそっ!


 聖王国内が大詰めに近いからと他国の情報を疎かにしたツケが回って来たのか?それとも侮らない様に戒めていたつもりだったが、心のどこかでまだ小娘と聖王を侮っていたか?


 聖王の帰還に他国の王の来訪……ただの使節団だと思っていれば、王が直々にだと?


 あの王と摂政が何を企んでいるのか……諜報員を総動員して調べ上げ、対策を講じる必要があるが……道中の警備も完璧だったからな……エインヘリア王から情報を得るのは難しいか?


 最悪、摂政を先に排除するという手も……。


 いや、駄目だ……殺すなら聖王を先でないと……しかし、他国の王がいるこの状況での暗殺は……駄目だ、摂政とエインヘリア王の関係が把握できていない以上、事を起こすのは早計だ。


 下手にエインヘリアが介入してくれば、距離のあるソラキル王国よりも先に武力を以て事を成されてしまう。


 落ち着くのだ……先手は完全に取られてしまったが、盤面がひっくり返るほどではない。


 まずは情報だ。


 情報を集めながら相手の出方を見る……出来れば出鼻を挫きたいところだが……そう、今までと何ら変わらない。


 障害を排除し、アクシデントさえも次への一歩の糧とする。


 私はそうやってここまで来たのだ……大詰めに近いからと焦っていたのだろうな。


 焦りは禁物……冷静に、今まで通り事を運べば良いだけだ。


 そう考え冷静になった瞬間、一つ思い出した。


「そうか……あのエインヘリア王に対して抱いた恐怖。アレは、以前見た英雄のソレと似たようなものだったのかもしれない」


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